勇者、魔王に振り回される
俺はあまりの事に固まっていた。
こいつが、魔王? 俺に会いたかった?
つまり、それは……やっぱりあれか!?
「お前っ、俺を殺しに来たのかっ!?」
「そんなわけなかろう」
アホか、と言わんばかりの呆れ顔で返された。
……あれ? 俺を恨んで探してたんじゃないのか?
「別にそんな気はないし、仮にあってもこの体では何もできんし幼子と戦ってもつまらん。第一、この国では人間を殺すのは理由はどうあれ大罪なのだろう?」
うん、まっとうな理由だ。なのに、なんか納得できんのは何故だ。
「まあ、強いてあげるならお前も私と似たような状態のようだからな。お前は不本意かも知れんが、お互い前世を知っている唯一の存在だ。情報交換といこうじゃないか」
「情報?」
「この世界についてだ。ここがもしお前の故郷の『ニホン』とやらならば、お前の方が詳しいだろうし、違うならば情報は多いに越したことはない。今から時間はあるか?」
……俺より色々考えてる。
これは元魔王の知力があるからか、お嬢様育ちの賜物か。どっちにしろ敗北感が……
「まあ、後は帰るだけだから空いてるっちゃ空いてるが。あんまり遅くになるのは困るぞ、今の両親が心配する」
「分かった。時間は決めるし帰りは運転手に送らせる。それでいいか?」
「ああ」
だが、相手は幼女とはいえ元魔王だ。まだ信用できるかは分からない。
「ただし、お前の家とかは却下だ。俺の指定した場所にしろ」
で。
「……なんだ、このやかましい部屋は」
「そういう所なんだよ。これなら他の奴に聞かれないだろ」
俺は魔王のとこの運転手を保護者に仕立て上げて、カラオケボックスに魔王を連れ込んだ。
他人には立ち聞きされにくく、多少騒いでも大丈夫という条件で選んだ。
金の事を聞いたら魔王の方で払っておくとの答えがもらえたから、というのもある。……仕方ないだろ、家がダメな以上有料の所じゃないと人払いとか難しいんだから。
ちなみに保護者役にされた運転手さんは、出入り口あたりに控えてもらっている。立場上「お嬢様」のそばを離れられないらしいし、店員さんとかの対処もしてもらえるしな。
「さて、まずは互いの状況だな」
「ああ。……そういや、お前は今なんて名前だ? 俺は橘恭司だが」
流石に魔王と呼び続けるのも勇者と呼ばれ続けるのも問題あるので聞いたのだが、
「私か? 朱雀院玲奈が今の名だ」
告げられた名に、俺はまた固まることになった。
橘恭司に朱雀院玲奈……だと?
俺の名前だけだったら、別に珍しくもなんともない。
だが、朱雀院玲奈……しかも金持ちのお嬢様。
これは、前世で見たあれと一致するが……いや、まさか。
「お前んちって、朱雀院財閥か?」
「ああ、らしいぞ」
「お前んちに御影って使用人かなにかいないか?」
「いるぞ。執事に一人」
「その御影さんだが、お前と歳の近い息子がいないか?」
「いるぞ。1歳上だ」
「その息子の名前って、まさか達哉だったりしないか?」
「そうだ。よく知ってるな」
まるでメイドだ、と変な感心をされた。なんでだ。
いや、今問題はそこじゃない。
橘恭司、朱雀院玲奈、そして御影達哉。
この三人は、俺が前世で友人にやらされた『世界と君に花束を』、略して「セカ花」の登場人物の名前でもある。
朱雀院玲奈は典型的な悪役令嬢で、主人公(以下ヒロイン)に何かと「庶民のくせに」と突っかかり、想い人がヒロインと親しくなったと知るや嫌がらせを始める。バッドエンドの中には攻略対象とくっついた彼女がヒロインに向かって高笑いするものまである。
御影達哉はその朱雀院玲奈の苦労性な付き人にして隠れ攻略対象だ。基本ヒロインをいじめまくり対立する朱雀院玲奈だが、彼のルートに関してはある程度仲良くなっておく必要がある。彼女の協力がないとハッピーエンドのフラグが立たないからだ。それゆえにハッピーエンドに入れず号泣したプレイヤーも多いとかなんとか。
そして橘恭司は、攻略対象の一人。文武両道、品行方正、いわゆる「学園の王子様」的ポジションであるモテ男君だ。
……それがどうした。中身が俺な時点で別物じゃん。悪役令嬢なんて、目の前の魔王様だぜ?
……いや、だから現実逃避してる場合じゃなくて。
「おい、どうした? 先程から顔色が悪いが」
「あー……」
どうしよう。こいつに言うべきか、黙っとくべきか。
そもそも、まだここが「セカ花」の世界だと決まったわけじゃないし……
「私や達哉がどうかしたのか? ……いや、どうやって達哉のことを知ったかと聞くべきかもしれんな。いくら朱雀院財閥が有名とはいえ、接点のない幼子が使用人のことまで知っているのは不自然すぎる」
…………
やらかしちまったー!!
しまった……御影達哉のことを聞いたのはまずかったか。
必死に思考をめぐらせるものの、誤魔化すための名案が全く浮かんでこない。
「……あくまで仮定の話だぞ。例えばこの世界が、本の中の物語だと言ったらどうする?」
結局、正直に話す事を選択した。
魔王に下手な誤魔化しは無意味だろう。こいつは想像以上に頭が回る。
とはいえ、こんな突拍子もない話は流石に……
「ふむ、つまりお前はその『物語』とやらを知っているということか?」
へ?
「……今ので分かったのか? っていうか、信じるのか?」
「信じるも何も、生まれ変わって前世の記憶が戻る時点ですでに作り話みたいな状況だろう? お前やこの世界ではどうだか知らんが、転生なんて伝承や人間の聖書に書いてあるくらいの代物で、実際には起こった例などないぞ」
あ、あの世界でもそうなのか。
意外に万能じゃないんだな、ファンタジー。
ここで話をやめる理由もなくなってしまったので、俺は知る限りのことを全て話した。
前世でやったゲームのこと。
そこに同じ名前の登場人物がいること。
『朱雀院玲奈』や『橘恭司』、『御影達哉』のゲームでの立ち位置。
話が終わると、魔王改め玲奈はふむとひとつうなずき、
「つまり、そのヒロインとやらの抹殺を目論めばいいのか?」
「なんでだっ!?」
なんでんな物騒な方向にいくんだ!? さっきまでのお前はどこ行った!!
「いや、そのゲームとやらの『朱雀院玲奈』が悪役ならば、それっぽく振舞った方がいいのかと」
「お前の中で悪役はそういうのしかいねーのかよ!?」
「他にどんなのがいるのだ? 人質をとってなぶるのか?」
やばい、こいつ本気で言ってる。
やっぱこいつ、魔王だ。
いくら頭がよくても、バイオレンスの親玉だ。
「そういうのじゃなくて、主人公がむかつくからと陰で嫌がらせするとか」
「そんな姑息な真似ができるか!!」
おい。抹殺を目論んだり人質とってなぶったりするのはよくて、嫌がらせはダメなのかよ。つか、人質とるのは姑息じゃねえのかよ。
こいつの悪の基準がわからん。
「まあとにかく、そのゲームに出てくる同名の奴と似てる部分があるのは確かだ。あと、ここが俺が前世でいた日本ではないこともな」
少なくとも、俺の前世では朱雀院財閥なんて見たことも聞いたこともない。例のゲームを除いて。
「確かに、決め付けるのはまだ早いな。だが、情報は感謝する」
「そりゃどーも」
まさか、魔王に感謝される日が来るとは思わなかった。
「ところで、さっきから気になっていたのだが。あそこにある機械は何だ?」
玲奈が指差したのは、モニターの下に並んだカラオケの装置一式。
まあ、いいとこのお嬢様は親に連れられてカラオケボックスには行かないか。
「あれで歌を歌うんだよ。そこの本に何が歌えるか載ってる」
「やってみてくれ。折角だから、お前の歌を聴いてみたい」
目を輝かせる玲奈は、見た目年齢そのままの幼女のように見えた。
うっ……そんな目で見るな、断ったら俺が悪者にされそうじゃないか。
「わーかったよ、やればいいんだろ」
この世界で歌えるやつがあるか分からないので適当に歌本をめくる。
お、仮面ファイター魔技があった。この特撮シリーズは子供だけでなくその母親もターゲットにしているので、俳優や主題歌にはかなり力を入れているのだ。魔技のOPはかなりかっこいいロックチューンで、発売後はミリオンヒットになったとか聞いた覚えがある。
早速予約を入れ、マイクのスイッチを入れる。チープな合成音が鳴り始める。
久々だったので最初は所々ずれたが、慣れればだんだんのってくる。
「おおお、何故か知らぬがかっこいいぞ勇者!!」
褒められた。
ってか、でかい声で勇者って呼ぶなよ。一応運転手さんもいるんだから。
「私もやりたい! 教えてくれ!」
「いいけど、お前知ってる歌あるのか?」
言われて歌本を探し始める玲奈。
どうもこいつが、子供向けアニメに夢中になる光景が想像できない。それこそ私立の幼稚園で習うような歌しか知らなそうだ。
ややあって、
「あった! それでどうするのだ?」
「横に書いてある番号を……いや、曲名の方が早いか。ここに触って、これで曲名を入れて……」
玲奈はたどたどしい手つきで、タッチパネルのリモコンを操作した。
なんとか「予約しました」の画面が表示され、数秒置いて流れ始めたのは……
「いーつくしみふかーき、とーもなるイエスはー♪」
賛美歌かよ!!
確かに私立の幼稚園とかじゃ歌いそうだけど、お前元魔王だろ! いいのかそれで!!
わずか数分の歌の後、
「面白いなこれ! 幼稚園で歌うより楽しかったぞ!!」
「あー、そりゃよかったな……」
大興奮した魔王様と逆に冷めまくった俺がいた。
他にすることも特になかったので、早々にカラオケボックスを出て玲奈のとこの運転手さんに家まで送ってもらうことにした。
たまたま外に出ていた親父が、目の前に止まった外車に固まっていた。……なんか、すまん。
「ただいま」
「……あ、おかえり。その、恭司? そちらの方は……」
「恭司君のお父様ですか? はじめまして、朱雀院玲奈と申します」
いつの間に下りたのか、俺の隣に玲奈が立って深々とお辞儀をしていた。
「実は、少々恭司君にご迷惑をおかけしてしまいまして。お詫びにご自宅までお送りした次第です」
おい、なんかキャラが違うぞ。
……いや、よく考えてみればお嬢様だから当然か。
「そ、そうなんですか……」
親父は幼女相手なのに敬語になってる。そりゃ戸惑うよな。
そこへ更に、
「あら! どうしたのこれ?」
買い物に行っていたのだろう、スーパーのビニール袋を提げた母さんが歩いてきた。
やはり同じような挨拶と説明をする玲奈に、
「それは、ご丁寧にありがとうね。そうだ、お礼といってはなんだけどお茶でもどう? お菓子買ってきたの」
母さんはあまり動じてなかった。すごいよ母さん。
って、あれ? 家に上げるの?
戸惑う俺と親父をよそに、母さんは嬉々として玲奈の手を繋ぎ家へと入っていった。
というわけで。
俺は再び、元魔王様と茶を飲んでいた。……自宅で。どうしてこうなった。
玲奈は庶民の家が珍しいのか、やけにきょろきょろしている。
「玲奈ちゃんのおうちのおやつに比べたら、たいしたものじゃなくて申し訳ないんだけど」
「いえ、そんなことありません。これもおいしいです」
女同士というのもあってか、母さんと玲奈はあっさり打ち解けていた。
ちなみに親父はまだ落ち着いていないっぽかった。それだけ朱雀院の名がでかいのだ。
「それにしてもびっくりだわ。まさか、恭司が朱雀院のお嬢様とお友達になるなんて」
「いや母さん、別に友達じゃ……」
「なんだか嬉しいわ。うち、娘がいないから物足りなくて」
俺の意見はスルーですかお母様。
ってか、俺は知ってるぞ。「男の子だけど、まあ今のうちなら……」なんて幼女の着そうなドレスのカタログとか見てただろ。何する気だったんだよ。怖くて聞けないけど。
「お母様が生きていたら、こんな感じだったのか……?」
ぽつりとつぶやいた玲奈の言葉に、母さんだけでなく親父も固まった。
そういえば、朱雀院玲奈の母親は早くに亡くなっているって設定だったっけ。その分父親が猫可愛がりしたのが我侭悪役令嬢となった原因のひとつだったような。
「玲奈ちゃん!!」
母さんがその手をがしっと掴む。目じりには涙まで浮かんでいた。
「これからも遊びに来ていいからね!」
「ああ、恭司がお世話になったんだ。いつでも歓迎するからね」
ちょ、母さん、親父まで!?
俺はこいつに世話になった覚えがないんだがっ!?
「ありがとうございます。あ、これ連絡先です」
「うちの番号も教えておくわね。来れそうな時はいつでも連絡してね」
ああっ、俺をよそに話がどんどん進んでいく!!
「これからよろしくね、恭司君?」
この笑顔が今日で一番魔王っぽく見えたのは、俺の目の錯覚じゃないだろう。
そして奴はその宣言どおり、理由をつけては家に来るようになった。
それだけでなく、俺が行ってる習い事全てにまで新しい生徒としてやってきた。
流石に幼稚園には来なかったので、安息の地はそこだけだった。
玲奈が何を考えているかは分からない。
だが、よからぬことを企んでいるなら絶対に止めないと。
今の俺は勇者じゃないけど、奴が魔王だったことを知っているのは俺だけなんだから。
しかし、その時の俺は気づいていなかった。
これはまだ、序章に過ぎなかったことを。
次の魔王サイドで序章は終わりの予定です。