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魔王、運命に二度出会う

 「勇者?」

 「はっ、ラグリア王国がとうとう召喚に踏み切ったようです」

 部下の報告を、私は玉座の間で聞いていた。

 人間と魔族の間で、戦が続いて数百年。

 その間にも幾度かあった、異世界の勇者召喚。

 まさか、私の代で来るとは思わなかった。


 私は14代魔王。そう呼ばれている。

 個人名もちゃんとあるが、人間には発音も聞き取りも難しいらしいので割愛する。


 「わかった、情報を集めつつ警戒に当たるよう各地に通達しろ」

 はっ、と敬礼をして出て行く部下たち。

 一人残された私は、

 「……勇者か……せめてまともな奴が来ればいいが」

 多分、遠い目をしていたと思う。


 人間側だって、今まで他に何もしてこなかったわけではない。

 一応、魔王討伐軍を差し向けてきたり、「自称」勇者が挑んできたりしたのだ。

 無論、全て返り討ちにした。

 だが……だが!




 な ん で ま と も な や つ が い な い ん だ!!




 ……そう叫びたくなるような連中だったのだ。


 例を挙げるなら、まずは戦闘馬鹿の筋肉ダルマ。

 おそらく人間の中ではかなりの実力者だったのだろう、無駄に自信だけはあった。

 そう、自信だけは。うっとおしいくらいに。

 ……結局その辺の有象無象よりはマシ、程度の実力だったが。


 ある意味厄介だったのが、大して強くないくせに取り巻きに威張り散らすか言いくるめるかして戦わせる奴だ。

 はっきり言って、見ててわずらわしい。

 中には女ばかり連れてきた上に、私が女と見るや口説こうとした馬鹿もいた。

 気分が悪いので即刻消し飛ばした。


 ……それだけだったらまだ、人間はろくでもないという認識で終わっただろう。

 だが、私を更に苛立たせたのはよりにもよって魔族みうちだった。

 要するに、女の魔王ということで求婚者が殺到していたのである。

 そのような者には野心家が多く、そいつらも力自慢の戦闘馬鹿だったり、見てくれは美しいが性格に難ありだったりした。


 魔族に美しいとかあるのか、だと?

 確かに、魔族は力のある者が異性に人気が出る。

 外見の要素はあまり関係しないが、例外なのが夢魔族や吸血族などの異種族を魅了して生気を奪うタイプの者たちだ。

 言うまでもなく、醜い者より美しい者の方が他者を魅了しやすい。よって、彼らにとっては外見の美しさも立派に強さの一つだ。


 だが……どんな力があるにせよ、増長するのはいかがなものか。

 人間に対抗するには強力な戦力だから、邪険にできないのがまた腹立たしい。

 人間も魔族も、ろくなのが寄ってこないとはどういうことだ!


 いかん、思考が脇道に逸れた。

 ……今は求婚者のことは忘れよう。うん。

 それよりも勇者だ。


 異世界の勇者というのがどんな者なのか、先代たちが残した資料からはたいした情報は読み取れない。

 ただ、魔王たる存在を殺すためだけに作られた『聖剣』を扱える、そこだけは共通していた。


 ……そうだな、事前に異世界の勇者とやらを調べておいて損はないか。

 それでろくでもない奴だったら、ここに来る前に部下に始末させればいい。

 私はひとつうなずくと、使い魔を召喚した。

 使い魔……ハイドリザードのルーは姿が消せるため、監視や調査に向いている。

 「異世界から来た勇者を探せ。見つけたらこちらに知らせろ」

 そう命じると、ルーの姿は透明になった。

 こうなると、そう簡単には存在を見抜かれない。必ずや、勇者を見つけてくるだろう。






 それから数日して、発見の知らせが来た。

 「……『映せ』」

 魔水晶の鏡に魔力をこめながら命じると、どこかの森が映し出された。

 こうしてルーの目で見たものを、私が見ることができるのだ。


 鏡には小柄な男が、背を向けて座り込んだ姿で映っていた。

 黒い髪は人間としては珍しい。

 だが、肝心の顔は見えない。というか、何をしているのだ?


 『ホントはこんなことしちゃいけないんだろうけど。でも、やっぱり実際見ちゃうと、なあ……』

 などとつぶやきながら、手を動かしているようだ。

 風景が動く。ルーが見やすいように移動してくれてるのだろう。


 『よし、終わり。大丈夫か?』

 ちょうどルーが正面に回った時、男の作業も終わったようだった。

 よく見ると、男の前に小さなラビノがいる。

 人間がよく食料にしている小動物だ。大きさからして、おそらくまだ子供。その足には、血の滲んだ布が巻かれていた。

 その横に壊された罠。さっきの口ぶりからするに、この男がやったのだろう。

 人間が食うために仕掛けた罠に捕らえられたラビノなのに、こいつは助けるのか?


 『今度は捕まるんじゃないぞ』

 ルーの視界が上へと動き、男の顔が映る。

 「…………っ!?」


 その時私が受けた衝撃を、なんと言い表そう。

 刺されたような痛みとも。

 殴られたような痛みとも違う。

 自分の中の何かを、鷲掴みにされた……いや、そんな表現もどこかが違う。


 『お前も達者でやれよー』

 私が初めて見る笑顔を浮かべた男が、そこにいた。

 今まで攻めてきた人間も、求婚者も、あんな笑い方はしない。奴らの笑顔は不快だった。

 こいつには、それがない。むしろ、もう少し眺めていたい。そう思わせる、不思議な何かがあった。


 『勇者様ー』

 『おっと、やべっ』

 男の姿が鏡から消える。

 やはり、あれが勇者で間違いないか。

 それにしても、なんと不可解か。

 わざわざ捕まってるラビノを助け、手当てまでする。

 笑顔ひとつで、この私に奇妙な感覚をもたらす。

 ……もう少し観察すれば、この謎は解明するのだろうか。








 その後も私は、時間を見ては勇者の監視を続けた。

 名前はコーイチ・スズキ。

 好物はカレーとハンバーグ。どんな食物かは知らないが、しきりに食べたいと言っていたので名前だけは覚えた。

 故郷はニホン。会話から推察するに、魔法はないらしい。そこでダイガクセイとやらをやっていた。

 そんな情報をひとつ知るたびに、あの奇妙な感覚に包まれる。

 だが、いつしかそれを心地よく思うようになっていた。




 「それって恋ではないでしょうか?」

 ある日、何の気なしに城仕えのメイドに相談してみた返答がこれだった。

 「こ、恋? 誰が、誰をだ?」

 「ですから、魔王様が、その殿方にですよ」

 やけにきっぱり言うメイド。

 おかしい、こいつはこんな奴だったか? 普段は楚々として、「余計な事などいたしません!」みたいな女だったのだが。


 「だって、その人のことが気になって、姿を見ると嬉しいんでしょう? で、女と親しそうにしてるとなんか腹が立ってきたりしません?」

 うっ、と思わず詰まる。

 確かにそうだ。特に最後のは言ってすらいない。


 勇者の仲間は女3人だ。

 確か僧侶は、ラグリア王家筋の貴族という情報もある。この女は私でも分かるくらい、勇者を好いているのが見て取れた。勇者の方は鈍感なのか気づいていなさそうだが。

 魔法使いは宮廷術士団の副長だ。だが真に恐ろしいのは、勇者を惑わせる体型だ。おのれ、私ももう少し胸が大きければ……げふんげふん。

 戦士はよく知ってる。超級ランクの冒険者の一人で、奴に倒された配下は数知れず。私も一目置いている数少ない人間だ。勇者も頼りに……頼りに、して……


 ………………

 うわああああぁっ、理不尽だと頭では分かっているのに腹が立つ!

 そこまで見抜くとは……メイド、恐るべし。


 「しかも、お話を聞きますに明らかな一目惚れじゃないですか」

 再び言い切るメイドの言葉が、今度はすとんと心に収まった。

 恋、一目惚れ……これがそうなのか。


 「で、何族のどなたです? 魔王様のお心を射止めた、その殿方は」

 「へっ!?」

 「へっではありませんよ。こんな面白……いえ、おめでたいことをそのままにしておくわけにもいかないでしょう」

 おい、今面白いと言いかけただろうメイド。

 というか。


 「……めでたいのか?」

 「当然です。魔王様の伴侶候補ですよ? 場合によっては次期魔王様にもなりえますし」

 「は、はんりょっ!?」

 脳裏に浮かぶのはいかにも新婚な風景。隣で優しく微笑む勇者。

 そうなったらいいと思う反面、叶わぬ夢だということも分かっていた。

 ……そもそも敵同士だし、勇者は私を倒しに来るし……世界がどうなってもありえんだろうな。


 こちらに引き抜くというのも考えなかったわけではないが、勇者にとっては分の悪い賭けにしかならないだろう。人間を敵に回す上に、元の世界に帰る手段が遠のくわけだからな。

 そもそも、こちらが勇者に示せる利点がない。勇者はただ、故郷に帰りたいだけだ。残念ながら、異世界から来たものを元の世界へ送還する術はこの国にはない。今まで必要がなかったからな。

 かといって騙すのもなんだか嫌だ。これも恋の影響だろうか。


 「で、どなたです?」

 などと考え事をしていたら、再びメイドが追撃してきた。

 人間で、しかも勇者だ。……などと、当然言えるわけがなく。

 「あー……その、それに関してはまた後日に相談に乗ってもらえぬか? 勇者のことも対策を考えねばならんし」

 「なるほど、お命を狙う害虫をなんとか退治せねば魔王様も安心して恋愛できませんよね」

 なんとかごまかせたようだが、どうにも複雑だ。すまん勇者。

 その害虫扱いされている奴だと知られたら終わりだろう。色々な意味で。






 そのまま時は、表面上は変化なく過ぎた。

 だが、のんびりもしていられない。勇者に特に何も起こっていないということは、部下は倒すのにことごとく失敗したことを意味する。

 この城に来るのも時間の問題だろう。


 勇者が来れば、もはや恋だの何だの言っていられない。

 倒すのが目的である以上、おそらく勇者は全力で攻撃してくるだろう。


 その時……私はどうするべきか。

 心を殺し、彼を殺せるだろうか。

 ……無理だ。私は、自分の本心に気づいてしまった。

 彼には笑っていて欲しい。あの笑顔を失わないでいて欲しい。


 「帰りてえよ」と一人で泣いている姿を見た。

 辛そうな顔で、誰かの墓の前に立っている姿も見た。

 そんな顔をさせているのは、突き詰めれば私だ。

 私には、勇者を喜ばせることなんてできない。

 いっそ、魔王なんてやめられたらどんなによかったか。


 ……ああ、そうか。

 ひとつだけ、あった。

 勇者のためにできることが。






 「魔王様、勇者が侵入してきました」

 「そうか……」

 メイドの言葉に、感情を出さないように応える。

 ついに、この時が来た。


 後継者には、万一の為にと後の事を任せてある。

 遺言状も書いたし、準備は全て整えておいた。

 さあ、最後の大舞台だ。


 玉座の間に通じるドアが開く。

 何度も使い魔の目で見てきた男が、中をうかがう様に入ってくる。


 「来たか、勇者を名乗る愚か者よ」


 私は、悪として貴方の前に立ち。


 「お前が……魔王?」

 「この城を荒らした罪、貴様らの命をもって贖え」


 悪として貴方に討たれよう。

 私が貴方のためにできる、たった一つのことだ。






 そして。

 「…………」

 すでに動かなくなった勇者が、私の目の前にいた。

 じきに私もそうなるだろう。回復するには深手を負いすぎた。


 それらしく攻撃をして、頃合いを見てわざとやられるつもりだった。

 だが、身に染みた技というのは恐ろしいものだ。いよいよという瞬間、つい無意識に身体が動いてしまった。結果、互いの剣が相手の腹を貫いた。

 絶望が心を掠めたのは一瞬。

 しかし、これも悪くないという気持ちがすぐ現れた。彼が私を殺し、私が彼を殺す。共に同じ場所へ逝ける。


 「あなたという方は……」

 気づくと、傍らにメイドがいた。

 無事ということは、勇者の仲間は逃げたのだろう。派手に魔法を撃ったから、いかに玉座の間とはいえど無事ではすまない。

 「何、誰にも断りなく無理心中してるんですか。あなたなら、もっと上手く立ち回れたでしょうに」

 ……おや?

 「まさか……気づいて、いたのか……?」

 「何年あなたにお仕えしてきたと思っているんですか。私をなめないでくださいまし」


 メイドは呆れつつ私の手を取った。

 こんな私に、最後まで付き合ってくれるのか。

 「すまぬな……愚かな、王で……」

 「確かに魔王としては愚かです」

 言いながらも、メイドは穏やかに微笑んでいた……気がする。

 意識がそろそろぼやけてきた。

 「ですが、女としては理解できます」

 「そうか……」


 メイドが私の手を、別の誰かの手に握らせる。

 「せめて、これくらいは許してさしあげます。愛する男と一緒の方がいいでしょう?」

 そうか、これは勇者の……


 「色々と……すまな、かったな……後は、たの、む……」

 「かしこまりました」

 メイドは一礼した後、私の首の向きを勇者の方へ変えてくれた。

 すまなかった、勇者。こんなことになってしまって。


 勇者の死に顔を見ながら、私は死んだ。








 という記憶を取り戻したのは、『朱雀院玲奈すざくいんれいな』が三歳の時。

 高熱を出して寝込んだ際、走馬灯のように一気に『前世の記憶』が流れ込んできた。

 そして幼かった『朱雀院玲奈』の人格は取り込まれ、『第14代魔王』が『朱雀院玲奈』の精神となった。


 だが、それがどうしたというのだ。

 ここには勇者がいない。

 そう思うと、折角の新しい生も喜ぶ気になれなかった。

 まして、今はただの人間だ。

 魔力が全く使えなくなる事が、こんなに心もとないものだとは思わなかった。


 どうやら今生は、人間の中でも名家の娘らしい。

 しかも、魔法がない代わりに便利な道具で満ち溢れている。

 ここで生きるしかない以上、しばらくは周囲の言に従いながらも情報収集するしかなかった。






 そうして2年ほど経ったある日のこと。

 「……疲れた」

 『お父様』関係での茶会に呼ばれたため渋々行ったものの、やはり楽しくもなんともなかった。

 どうにもあそこの人間たちは、前世の求婚者たちを髣髴とさせる。

 婚約なんて単語も飛んでいたし、まったく面倒くさい。


 ぼんやりと車の窓から外を見ていると、今の自分と同じくらいの幼子が歩いているのが見えた。

 おそらくは一般人の子供だろう。ああいう身ならば、こんな窮屈な思いはしていなかったのだろうか。

 そのまま車は、子供の横を通り過ぎ。


 「…………っ!?」

 息を呑んだ。

 記憶にあった顔とは違う。子供だということを差し引いても。

 だが、何故か私には確信があった。


 あれは、勇者だ。


 「おい、止めてくれ! 今すぐにだ!!」

 とっさに運転手に怒鳴りつけ、止まると同時にドアを開ける。

 不思議そうにこちらを見ている少年に、私は駆け出したいのをどうにか我慢して近づいた。


 「……勇者?」

 「は?」

 「勇者……コーイチ・スズキか?」

 その名を口にしたとたん、彼の顔は驚愕に染まった。

 「何で、その名前……」

 やっぱり!

 喜びを必死に押し隠して、私は言った。

 「やはりそうか。私はお前のことを片時も忘れたことはなかったぞ」

 対する少年は、どうやらまだよくわかっていないようだった。

 まあ、確かにあの時と姿は違うからな。


 「まだ思い出さぬか? 前世のお前を殺した者、と言えば分かるか?」

 そう言ってやると、彼は顔面蒼白になって私を指差した。

 「まさか……お前、魔王か!?」

 「久しぶりだな。会いたかったぞ、勇者コーイチ」

 ああ、本当に会いたかった。


 神とやらが本当に存在するならば、今なら信者になってやってもいい。

 再び出会えた、この運命に感謝しよう。

 今度こそ、私の恋はここから始まるのだ。

ハイドリザードは、カメレオン+トカゲみたいな生き物です。


まっとうな人は、ろくでもない人の踏み台になったという現実。

……まあ、魔王様でなくてもキレますよねー(遠い目)

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