勇者、転生する
『さあ、行こうか。みんなが待ってる』
画面の中で微笑むイケメン君。
ゆっくりとその姿がブラックアウトし、音楽が流れ出す。
「いやー、やっとエンディングだねえ! 終わった終わった!」
「ホント長かったよな……あー、やっと開放される」
「とか何とか言っちゃって、結構ノリノリだったじゃんか」
「抜かせコラ」
マイクを付けたまま、ゲームのエンドロールを背景に俺達は軽口を叩き合う。
『世界と君に花束を』
このタイトルを持つ乙女ゲームの実況プレイは、今日でついに最終回を迎えた。
「ではでは、次の実況でまたお会いしましょう! バイバイ!」
言いつつ友人が録画ソフトを停止させる。
ここからはいつも通りの俺たちだ。
「悪いな、長々と付き合わせて」
「いや、案外面白かったぞ。お前のツッコミとかツッコミとかツッコミとか」
「それだけかよ!」
目の前のこいつが実況プレイを動画サイトに投稿していると知ったのはつい最近。
人手がいるとかで呼びつけられた俺は、何故か乙女ゲームをやりながらツッコミまくる友人を手伝う羽目になったのだ。
最初は無理やりだったこともあって渋々だったのだが、友人だけでなく視聴者のツッコミもなかなか面白かったのでだんだん楽しみになっていった。
それも今日で終わりと思うと、やっぱり寂しい感じもする。
「やっぱ相方いるとまた違った感じになるな。次回作も手伝ってくんね?」
「まだやるのかよ」
「勿論! もうゲームも決めてるんだ、ゆーちゃんのおススメ!」
ゆーちゃんというのはこいつの彼女だ。
オタクなのに美人の彼女持ち……おのれ、リア充爆発しろ。
「『ロープレカレシ』っていうらしい」
友人が出したのは、勇者っぽいイケメン君が描かれたCDケースだった。
タイトルから察するに、
「主人公がゲームの世界に行っちゃう、的な話か?」
「らしいぞ。RPGあるあるネタとかもあるから、男でもとっつきやすいって」
「ふーん」
まあ、でもこれも乙女ゲームみたいだからな。
主人公は女だし、攻略対象含めて出てくるのは男ばっかりなんだろう。
よく考えたら、ギャルゲとかでもこういうのあったな。
「理想の彼女ができるんなら、俺だって画面の向こうとか行ってみたいよ」
なんて思っていた時期が、俺にもありました。
いやむしろ、あの時の俺をぶん殴ってやりたい。
「うっぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら、俺は逃げまくっていた。
背後からはドスンドスンと重たく響く足音。
時々、シャギャアとかいう鳴き声も聞こえてくる。
幸いなのは、火とか吐いてくるタイプじゃないということか。
はい。俺、今ドラゴンに追っかけられています。
信じられないかもしれないけど、ここ異世界なんだぜ……
「レム・フィア・フラウ・バルト!」
この状況においては真に頼もしい声がやっと飛んできた。
続けて、サッカーボールくらいの火球が数発、ドラゴンに命中する。
大したダメージは与えられなかったようだが、
「グゥオォォォォ……!」
ドラゴンの注意は俺から逸れた。
逃げ回る俺よりは、火球――魔法を放った相手の方を先に潰すべきだと判断したのだろう。
「メル・フロウ・グロア! 今です勇者様!」
その声と共に、俺の体は淡い光に包まれた。
どうやらこれはステータスアップの魔法らしい。走り回って疲れてるはずなのに、力がみなぎってくる。
よしっ、いくぞ!
「力、借りるぜ!」
剣を抜いて、しっかりと構える。
俺の中から力を流し込むようにイメージすると、剣はうっすらと光りだした。
でも、まだ足りない。ドラゴンなんてでかい相手に、この程度では!
俺はイメージを続けながら、剣の光具合を確認する。
サイリウムレベル……蛍光灯レベル……ビームサーベルレベル……
実際はそんなでもなかったろうが、力が貯まるまでの時間がとても長く感じた。
そして、
「おりゃあぁぁぁぁあっ!!」
気合一閃。
振り抜いた剣から光が弧を描いて飛んでいき、ドラゴンに命中した。
硬いはずの鱗を光は切り裂き、ドラゴンの肉体に食い込む。
痛みにのたうち回るドラゴンを、
「とどめっ! レム・フィーデ・フラウ・ベルン!!」
特大の炎が飲み込んだ。
苦しむ巨体が次第に小さくなり、そして消える。
同時に、炎も治まった。
「お疲れ様です、勇者様」
「おう、そっちもな。……ったく、なんつう門番置いてんだよ」
「まあ、魔王の本拠地だし。敵も気合入ってるんでしょ」
大技ぶっ放した影響で座り込んでる俺に近づいてくる魔法使いと僧侶(共に女)。
その向こうでは、剣士(こいつも女)がドラゴンが何か落としてないか調べていた。
まあ、ただの一般日本人大学生の俺が勇者なんかやれてるのはこいつらと、そして聖剣の力があるからだ。
召喚したのが人間の大国だったから、腕利きを同行者として用意してくれたし。
更に聖剣。これを扱える人間がこの世界にいなかったから、俺が召喚されたのだ。
魔王に唯一ダメージを与えることができるとされるこの剣だが、適正がある者でないとその効力は発揮されない。
逆に言えば、適正があれば対魔王用の強力な武器となる。
つまり、今魔王を倒せるのは俺しかいないというわけだ。
「手当てしたらすぐに行きましょう。次が来るかもしれませんし」
「だな……」
なんせ、ここは魔王城。
いわば最終決戦地、敵の本拠地なのだからいつ、何が来るかわからない。
……てか、門番がドラゴンだからな……魔王って、あれより強いんだろうなぁ……
本当は今すぐ帰りたい。てか、逃げたい。
だが、今や魔王を倒せる唯一の存在となった俺は魔族に命を狙われる身。
何より、元の世界に帰る手段は成功報酬とされてしまった。
この世界で死ぬか、魔王を倒して帰るか。この二択しか俺にはなかった。
結論を言えば、魔王とは相打ちになった。
こっちも必死だったので詳しくは覚えていない。魔法を撃ち合い、剣で打ち合い、最後には互いの腹をざっくり。
死ぬところまでは見ていないが、もう助かるまいとか言っていたから致命傷だったのだろう。
まあ、俺も同じだったけど。
あー、まさかこんな死に方するとはな。
せめて彼女欲しかったな。
そういや魔王、女な上に結構な美人だった。
敵じゃなきゃ、お近づきくらいはしたかったな。
あっちの世界の親父に母さん、ダチ一同、すまん。
俺は戻ってこれなさそうだ。
パソコンのハードディスクやエロ本は、中身を見ずに処分してくれ……勿体ねーけど……
………………
うおおお――っ、やっぱり死にたくねぇよっっ!!
その後も未練やら後悔やらで悶々として、どれくらい経っただろうか。
不意に、周りが光に包まれた。
続いて、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
うるさいな、誰だよ。親は何やってるんだ。
「はい、お疲れ様です。生まれましたよー」
何故か俺を覗き込む、見知らぬ女性。
「おめでとうございます橘さん、元気な男の子ですよ」
と、その女性が俺を持ち上げ……
……あれ? 何で持ち上げられるんだ?
軽々と俺を抱きかかえると、そのまま歩いていく謎の女性。
そして、
「はーい、お母さんですよー」
「はじめまして、あなたのママよ」
横たわる別の女性が、弱々しく俺に微笑みかけた。
まさかと思い、自分の体を見……ようとしたが、首が上手く動かせない。
どうにか手を上げると、俺のよく知るそれより小さいものが視界に現れた。
まさしく紅葉の手、という表現がふさわしいくらい。
もしかして、いやまさか、でもこれは、と混乱した頭は堂々巡りを繰り返す。
「産まれたのかっ!?」
思考ループは、これまた知らない男の声で断ち切られた。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」
「そうか! よく頑張った!」
寝ている女性に嬉しそうに笑いかけると、男はこっちに向き直り、
「パパだぞー。よろしくな、俺の息子!」
えーと……これは、やっぱり。
記憶持ったまま転生、って奴か?
こうして俺の、橘恭司としての新しい生が始まった。
ほとんど動けなかった赤ん坊時代が二足歩行習得と同時に終わると、色々溜まっていた俺は遠慮なしにはっちゃけた。
そのせいで自分が今幼児だということも忘れ、色々やらかした結果「もしかして天才?」の称号が付いた。
……まあ、親父のマンガ読んでつい考察たれちゃったのはまずかったよな、流石に。
まあでも、これはガキのうちからスペック上げて、今度こそ明るい人生と彼女をゲットできるチャンスだ。
そう思った俺は、いくつかの習い事を家計と俺自身の負担にならない程度にやらせてもらうことにした。
あれやっとけばよかったという後悔は、今生で生かせばいい。
そんな生活に慣れ始めた矢先に、変化は起こった。
「はー……」
幼稚園が休みの日、英会話教室からの帰り道。
仕方がないとはいえ、ガキ向けの遊びをするってのはな……中身が合計して30近くじゃ、どうにも違和感がある。
確かに、どう振舞おうが見てくれは幼稚園児だからな……それは分かるんだが。
なんて、疲れからとりとめのない考え事をしていると。
「ん?」
横を通り過ぎたでかい外車が、突然止まった。
庶民の俺でも分かる。どう見ても高級車の類だ。
不思議に思って立ち止まる俺の目の前で、後部座席のドアがやや乱暴に開けられた。
そこから飛び降りるように出てくる幼女。
そいつはずんずんと歩み寄ってきて、俺のところまでやってきた。
さらさらの黒髪は肩まで。
着ている服はいかにもブランド物ですといわんばかり。
一言で言えばお嬢様、そんな幼女の口から出たのは、
「……勇者?」
「は?」
「勇者……コーイチ・スズキか?」
勇者。それだけだったらまだ適当に流せる。
だが、俺の前世の名前をなぜ知っている?
「何で、その名前……」
「やはりそうか。私はお前のことを片時も忘れたことはなかったぞ」
こいつ、もしかして前世……それも、あの世界の関係者か?
そういやこの口調、なにか引っかかるような……
「まだ思い出さぬか? 前世のお前を殺した者、と言えば分かるか?」
オマエヲコロシタモノ。
紙に染み込んだ水のように、いやな予感が浸食してくる。
そんな奴は一人しかいない。
「まさか……お前、魔王か!?」
「久しぶりだな。会いたかったぞ、勇者コーイチ」
正解だと言わんばかりに、幼女の姿をしたそいつはにんまり笑ったのだった。