七
部屋のドアが小さくノックされて、暫く待ってからドアを開けて誰かが入って来る。
その誰かと一緒に、味噌汁の良い匂いも部屋へ滑り込む。
起きてと揺するこの温かい手は…そうだ…
「かあ、さん…?」
目を開けた途端涙が溢れた。
涙で滲んだ先にあった顔は、懐かしい母のものではなくて…泣きそうに顔を歪めた、リィンだった。
唐突にぎゅっと抱きしめられて、決壊する。
もう、みんな、いない。
ずっと、目の前にチラついていても、受け入れられなかった現実がのしかかってきて、小さな温もりにしがみつきながら、歯を食いしばって、泣いた。
どのくらいそうしていたのか、あったかい手が何度も頭を撫でてくれている。そうされているのが心地よくて、泣き疲れてぼんやりした頭で考えた。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか?
葬式で泣いたのかすら、思い出せない。
グズグズ鼻を啜りながら、横たえたままだった体を起こし、名残り惜しい温もりから離れた。
「………ごめん…」
呟いた奏に、リィンは首を横に振る。
再び腕の中に閉じ込められたら胸がきゅうっと痛んで、泣き過ぎのせいだろうかと奏は思った。
顔を洗ってリビングに行くと、一人の時は使わないダイニングテーブルに朝食が並んでいた。
低血圧かと真人にからかわれて、遅くなったことを謝る。
目が腫れぼったい気がして、顔は上げられなかった。
朝食の後は、昨夜残したバーベキューの片付けをみんなでやった。
残った食材は持って帰ってもらうことにする。この家にあっても、奏は腐らせてしまうから。
箱買いしたビールは結局半分以上残っていて、また泊まりにくるから冷やしておけと真人に言われ頷いた。
「んじゃ、また来るよー」
ひらひら真人が手を振って、それぞれ挨拶して車に乗り込んだ。
玄関先で車が見えなくなるまで見送り、奏は家の中に戻る。
ふと書斎のドアが目に入って、少し迷ってから、鍵を開けて中に入った。
本棚に紛れるように設置されている仏壇の扉を開いて、線香に火を付ける。
仏壇の写真を一つ一つ眺めてから、その前に膝を抱えて座り込んだ。
父と母と妹。
写真の中の家族の姿は、もうずっと変わらない。十歳のままの妹が写真の中で笑っている。
自分だけを置いて行ってしまった、家族。
奏の唯一だった、大切な存在。
もう会えない彼等を思って、気の済むまで、泣くことにした。