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青の月  作者: よろず
本編
6/38

放課後の日課の勉強場所は、あの月曜日から図書室ではなく、細川家へと移された。

あれから毎日、放課後の図書室にリィンと美里がやってきて、リィンの馬鹿力によって細川家まで連行される。

ちなみに美里は荷物係だ。

一般的な高校生女子には荷物が精一杯だと言って、奏から人質替わりの鞄を奪い取る。奪い取る力は結構強いと奏は思っていたりする。


そんなこんなで連れて来られる細川家には、参考書などの本が沢山あった。

大学生である真人のものもあるが、大体は教師であるという修三のもののようだ。

教師が家にいるのなら自分は必要ないような気がするが…言っても無駄のような気がして、奏は黙っている。

それに、誰かと食べる温かな食事が手放し難く…申し訳ないとは思いつつも彼等の好意に甘えていたいと感じてしまっていて、遠慮という名の抵抗が成功した試しはない。



夕飯の後のお茶を飲み終え奏が暇を告げると、珍しく家にいた真人がバイクで送ってくれると言い出した。

バイクに乗ったことがないと言う奏に、真人はしっかり掴まっていれば大丈夫だと笑った。

朝ごはんにしなさいと毎日帰り際に渡されるタッパーを傾けないよう気をつけて、真人の後ろに跨る。今日は金曜日だから、土日の分だといつもより多く持たせてくれた。

大きな音を響かせ走り出した初めて乗るバイクは、なんだか風が気持ち良かった。


最寄り駅までで良いと遠慮したが聞いてもらえず、奏は素直に従うことにした。


「あ、そこです。」


風の音に消されないよう大きな声で伝えて、奏が示した家の前でバイクが止まる。


「………誰も、いないの?」


奏からメットを受け取り、自分も脱いだ真人が奏の家を見上げた。

細川家よりも少し大きな一軒家。家主の不在を示すように真っ暗な家。奏が付けない限りこの家に明かりが灯ることは、ない。


「……一人で、住んでいますから。」


何か言いたそうにした真人にそれ以上聞かれたくなくて、奏はにへらと笑って誤魔化した。

何かを察してくれたのか、真人はそっかとだけ呟いて再び自分のメットを被る。


「送っていただいて、ありがとうございました。」


頭を下げた奏に応えるように片手を上げ、真人は爆音と共に去って行った。

鍵を開けて自宅の玄関に入る。

少しひんやりと感じる我が家の中はいつも通りに真っ暗だ。


「ただいま…」


毎日繰り返す、一人きりのただいまと、いってきますの挨拶は、細川家に行くようになってから余計に、寂しさを覚えるようになった。

タッパーを冷蔵庫に入れて、今日はもう眠ってしまおうと風呂場に向かう。

なんだか少しだけ、鼻の奥がツンとした。




とろとろとした眠りの中に、遠くから電子音が聞こえる。

断続的に鳴り続けるそれに、奏は強制的に眠りから引き起こされた。

枕元の携帯で時間を確認する。11時。

休日はいつも昼頃まで眠る奏だが、まぁ起きても良い時間かとぼんやり考える。

その間も鳴り止まない音は、玄関での来客を告げているようだ。

一人で暮らすようになってから、自室へと移してもらったインターホンの通話ボタンを押す。眠い…。


「はい…」


どなたでしょう?の意味を含んだ言葉を発して、奏は眠い目をこすった。


『あーけーてー』


もし訪れたのが知り合いじゃなかったらホラーな台詞が耳に届き、なんとか開けた目で画面を確認して、奏は停止した。


『奏〜?あーけーてー』


画面の中で彼女は、笑顔で手を振っていた。


「え?…え?え?え?あの…ちょ、ちょと、ま、まま待って…」


大混乱で通話を切って、奏は逡巡する。

寝起き。顔、洗って、ない。寝巻きだし…寝癖…あ、あぁでも待たせるの悪い……

考えのまとまらないまま、足は階段を駆け下りて玄関に向かった。


「突撃!お宅訪問だよ〜」


鍵を開けたら扉が開かれ、リィンが押し入ってきた。後ろには美里と真人と、知らない女の人がいた。


「え、あの、待って…」


静止する間もなく、リィンと美里はさっさとあがって奥のリビングへ突き進んでいる。


「あー、その…すまん?」


茫然自失の奏に、へらっと笑った真人が声を掛けてきたので視線をやる。と、真人の後ろにいた女性と目が合ってとりあえず会釈した。


「ごめんなさいね、妹達が…。美里の姉の沙智です。」

「え?あ…はじめ、まして…奏です。………あの、とりあえず、中へ、どうぞ…」


いつまでも玄関に立たせている訳にも行かないので、真人と沙智を招き入れる。

そしてはたと思い至った。


「すみません、スリッパなくて…掃除もあまりしていないので……」


この家に人が訪ねて来なくなって大分経つ。来客の為のスリッパなどないし、自分が活動する上で困らない範囲しか掃除もしていない。

靴下を汚してしまうかもしれないと見やれば、想定していましたというように二人は持参したスリッパを履いていた。


「奏〜」


リビングから駆け戻ってきたリィンも、持参したらしきスリッパを履いている。


「お掃除大会を開催しますので、顔を洗って着替えてきて下さいな〜」


何故、突然訪ねてきて人の家を掃除するのかわからない…

聞きたいのは山々だが、来客の前でいつまでも寝巻きでいる訳にもいかない。とりあえず質問は後回しにして、客人達にリビングで待つように告げて身支度を整える事にした。



身支度を整えてからリビングに行くと、既に掃除大会は始まっていた。

台所には沙智と美里が動き回っていて、真人はソファに座っている。

風呂場の方から洗濯機の音がするということは、リィンはそちらにいるようだ。

自分はどうしよう…と立ち止まった奏を、ソファから真人が手招きした。


「奏くんはまずはご飯だってさ。」


ソファの前のローテーブルには、昨夜翔子さんにもらったものではない、手作りらしきお弁当とパックの牛乳が置かれていた。

言われた通りにソファに座り食事を取り始めると、隣で真人が口を開く。


「いやぁ…昨日さ、奏くん送って帰ってさー、鈴にポロっと、奏くんは大きな一軒家に一人暮らしみたいだって言ったらさ、こんなことになっちゃったんだよね。朝起きたら美里と沙智まで巻き込んで、男の一人暮らしは不衛生に違いないとか言って張り切り出しちゃってさー。あ、そういえば車で来たんだけど、車庫空いてたから勝手に入れさせてもらっちゃった…良かったかな?」

「大丈夫です。誰も、使う人いないので。」


ぽりぽりと頬をかきつつ突然の訪問理由を説明する真人は、困っちゃうよね、と言いたげな顔をしていた。

一応、よく使う場所は休みの日に掃除はしている。ただ台所の、特に鍋などが閉まってある棚は一人になってから一度も触っていない。

食事が終わったら自分はどこを手伝えば良いのか考える奏の耳に、リィンが自分を呼ぶ声が届いた。


「ね!開かずの間がたくさんあるよ〜?掃除する?」


駆け寄りながら聞いてくるリィンに、奏は首を横に振った。


「そこは、そのままで大丈夫。」


へらりと笑った奏にそっか〜とリィンが返事をし、ソファの隣に立って首を傾げる。


「奏、ご飯はちゃんと食べないのに掃除はしてるんだね〜?台所意外はそんなに酷くないやぁ。奏の部屋も、あんまり物なくて綺麗でツマラナイ。」

「ちょ、鈴オマっ!高校生男子の部屋に勝手に入っちゃイかんだろ!色々隠したいものが間に合わず隠せてないかもしれんのに…!」


自室を見られた奏本人よりも何故か真人が慌て出し、リィンも奏も首を傾げた。


「真人の言うことは、たまにわかんない。」


不満げに呟くリィンと男心のなんたるかを解きだした真人に挟まれながら、奏は食事を終えて弁当箱を閉じた。


「ごちそうさまでした。……美味しかったです。ありがとう。」


見上げてお礼を言うと、リィンがにっこり微笑んでくれた。



弁当箱を洗って干して、悲惨な台所を張り切る姉妹と真人に頼んでから、奏は洗濯物を干しに行くことにする。

止まった洗濯機から洗濯物をカゴに移して、リィンが下ろしてきたのだろうシーツを洗剤と一緒に放り込み、スイッチを押した。

二階に行くと、リィンが布団を干してくれている所だった。

ベランダは奏の自室から出られるようになっている。

布団を干してくれたお礼とシーツを洗濯機で回していることを告げて、リィンと入れ替わりでベランダに出て、洗濯物を干し始める。


「二階は二つ。一階には一つ。ずっと、開かずの間?」


ちらりと伺った彼女は、椅子に座って奏を真っ直ぐに見ていた。


「…………いつかは…開けたいと、思ってるよ。でも、まだ……無理、かな。」


泣きそうになった顔を隠すように、シャツをハンガーに掛けて誤魔化した。

彼女がベランダの入り口まで来た気配がしたけれど、敢えて視線は向けない。

とん、という優しい衝撃があって、温かくて柔らかな腕が巻き付いてきた。ぎゅうっと抱きつかれて少し苦しい。

離れてしまうまでの少しの間、痺れるような熱に、奏はじっと目を閉じた。

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