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青の月  作者: よろず
本編
2/38

二話目

路地裏の一件以降、奏をいじめていた同級生の姿を見ていない。

教室内で囁かれる噂によると、彼等の怪我は不良同士の喧嘩として処理され、しばらく学校には来ないらしい。

最初にぶっ飛んだ彼は、どうやら一番怪我が酷くて入院中だと聞いた。

噂の中に、少女の存在と自分の名前が出てこないことに、奏はほっとしていた。

彼女には、まだ再会出来ていない。

自分と同じ三学年に見当たらないという事は、恐らく下級生なのだろうという当たりはつけたが、学年が違うとなると活動する階が変わる為、中々見つけるのが難しくなる。

放課後か登校時間に校門で待ち伏せするのが手っ取り早そうだが…そんな勇気は持ち合わせていない。

それに、待ち伏せをして見つけたとして、なんて声を掛けたら良いのか分からない。

お礼を言うにしても、彼女は自分を覚えているのだろうか?一週間も経ってしまって、今更だと思われはしないか?

マイナスな思考にはまりかけ、奏は一つ溜息を吐いてから少女の姿を思い出す。

財布を押し付けながらこちらを見上げていた彼女の顔は、日本人というより西洋人寄りの顔をしていたなぁと思う。ハーフなのかもしれない。

二重のくりくりした瞳も髪も、日本人にしては色素が薄かったし、肌も白かった。髪については染めている可能性もあるが、なんとなく、彼女のは自然の色なのではないかと思った。

そういえば、言葉も少し訛りが入っていた気がする。

あんなに華奢な身体で、あんなに腕っ節が強いなんて、一体どんな子なのだろうか?


「また、会いたいな…」


零れた呟きは、図書室へと続く渡り廊下に落ちて、消えた。



奏の放課後は、学校の図書室で閉館まで勉強や本を読んで過ごす事がほとんどだ。

図書室であれば、勉強に必要な本も必要な時にすぐに探せるし、息抜きに何か読みたくなった場合も同様だ。

今日もいつもと同じように図書室を訪れ、空いている席に落ち着いて参考書を開く。

放課後の図書室はほとんど人がおらず、学校の中で奏が唯一好きだと思える場所だった。


「美里ちゃん、美里ちゃん、こんなのあったよ!」

「…黒魔術 これであなたも黒魔術師……。こんな本、なんで高校の図書室で入荷許可が下りたのか私には謎だわ。」


小声で交わされていた会話が耳に届くと奏は一瞬固まり、急いで図書室内を見回した。


ーー見つけた。


色素の薄い髪を水色のシュシュで一つに括り、黒色の本を手に笑っている、あの時の少女。

彼女の姿を認識した瞬間、奏は無意識に立ち上がり彼女の側へ駆け寄っていた。


「あ…あの…」


声を掛けると、彼女の瞳が奏を捉える。

真っ直ぐ見上げてくる彼女の姿に頭の中は真っ白になって、もしまた会えたら言おうと考えていた言葉が、飛んだ。

顔が熱い。熱すぎて、目が潤んできた気がする。

あわあわと奏が口を開けたり閉じたりしていると、何故か彼女が罰の悪そうな顔をした。


「どうしよう美里ちゃん、私うるさかったかな?」

「いやむしろ、これは愛の告白?」


図書室では静かに、と注意されるとでも思ったらしい彼女は、この前も一緒にいた友人らしき女生徒に向けて首を傾げている。

それに答えた彼女の友人の言葉に、奏の顔は更に熱くなった。


「ち、ちがっ…ぼ、ぼく、この前…たすけて、もらって…あの…お礼、を、言い、たくて…」


カラカラになってしまった喉からなんとか言葉を絞り出した奏を、彼女はきょとんとした顔で見上げてきた。


「あ、ありがとう…ございまし、た…」


彼女の顔を真っ直ぐ見ているのが気恥ずかしくて、奏は目をぎゅっと閉じて頭をさげた。

次の瞬間、その頭を何故かわしゃわしゃと掻き回され、奏は頭の中をハテナマークでいっぱいにしながら髪を掻き回している人物を見上げる。


「袖振り合うも多生の縁とはこの事か!ども〜リィンと言います〜、あなたのお名前は?」

「え…あ…い、一宮奏…です」

「イチミヤカナデ?」


掻き回していた奏の頭を開放した彼女ーーリィンは、奏のフルネームを片言で復唱しながら彼女の友人を見た。その友人はというと、シャーペンとノートを鞄から取り出し、漢字で書いて下さいと言って奏に渡してくる。

やはりリィンは日本語が得意ではないのだろうかと考えつつ、受け取ったノートに自分の名前を書いて渡す。と、友人は奏が書いた文字を見せながら、一宮が苗字、奏が名前だとリィンに説明した。


「ふむふむ、奏、ね!覚えた!奏、こちらは美里ちゃんです〜、よろしくね〜」

「…よ、よろしく、おねがい、します」

「どうも」


紹介された美里は、リィンと違って日本人らしい特徴をもった、一重の目元が冷たい印象を与える人物だった。声もリィンより少し低くて、落ち着いた感じだ。

冷たいと感じるのは、奏を値踏みするようにあからさまに観察している目線のせいかもしれないが…。

立ったままもなんだからと、リィンに促されて奏は美里の前の席に座らされ、リィンは美里の隣へ腰掛けた。

なんだか居心地が悪く、お礼を伝えられれば満足だったはずが、何故彼女達と同じ机に自分は座っているのだろうか…ニコニコ見てくるリィンと、観察してくる美里。二人の視線に晒されて、奏の身体はガチガチに固まって動けない。


「…………で?あんたはこの状態にしてどうしたい訳?」

「へ?」


会話をするでもなく、沈黙に包まれた場で口火を切ったのは美里だった。対して、目的を問われたリィンはきょとんとした顔になっている。


「あ〜、ん〜?…なんとなく?」


何も考えていなかったようだ。

美里が呆れたように大きく息を吐き出して、それに慌てたようにリィンが言葉を紡ぐ。


「わかった!お友達はお食事に連れて来なさいって翔子さんが言ってたから、奏、今からうちにご飯食べにおいで〜。それがよいと思います!」

「えぇ?!あ…あの、そ…それは、ご迷惑……」

「確かに、突然は翔子さんも困るでしょ。彼だって家の人に連絡しないとだろうし。…今日は連絡先だけ交換してまた今度にしたら?」

「それもそうかぁ。ん〜…でも真人が、無闇に男に教えてはいけませんって言ってたよ?」

「あれは過保護シスコンなの。友達なら大丈夫でしょ。」

「そか!友達だもんね!奏、番号交換し〜ましょ」


目の前で交わされる会話についていけず、オロオロと二人を見ていた奏は、差し出された水色の携帯を呆然と眺める。

携帯から腕を辿ってリィンの顔へ視線をやると、キラキラ期待に満ちた瞳が奏を見ていた。

また顔が熱くなり、ぼーっとなった奏は震える手でほとんど使う事のない携帯を取り出し、赤外線通信で連絡先を交換した。


この日から奏は、リィンという少女に深く関わるようになった。

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