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青の月  作者: よろず
本編
10/38

夏休みに入って、ふくふく化計画は次の段階に進んだようだ。

細川家の一室で、奏は筋トレメニューをこなしながら受験勉強も同時にやらされている。


「肉の次は筋肉を付けるのデス!」


握り拳を作って、リィンはまた何かに燃えていた。


「なぁ、奏くんムキムキ化計画は良いけどさー、お前ら高校生だろ?ずっと家で筋トレとお勉強とか、ないわー。」


リィン監督の元で筋トレをこなしている奏へと出題していた真人は、飽きたのかだらんと寝転がった。

問題は出されなくなったが、奏はまだ休むことを許されない。厳しい。


「なー、海行かね?海ー。お兄ちゃんは奏くんにもご褒美が必要だと思います!」

「ほほう!鶴の一声ならぬバカの一声。海さんせーい!」


スパンと襖を開いて現れた美里の同意を得て、海行きは決定した。




冷房の効いた車内から出ると、ジリジリ日差しの強さを肌で感じる。

ふわりと潮の匂いが鼻を擽り、目の前には波を煌めかせた海が広がっていた。


「うおーっ!!海だぁー!!!」

「うおー、海だ〜!!」


真人に続いてリィンも叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

リィンは海が初めてらしく、車内でも海が見えた途端に大興奮していた。


「おーい、真人ー。お前は荷物運ぶの手伝いやがれー。」


ワゴン車のトランクから荷物を下ろしながら、加持が真人を呼ぶ。

その隣では落合が降ろした荷物を運び易いよう、折り畳みのキャリーカートに載せていた。


「すみません、車出してもらったのにうちのおバカがおバカで。」


うふふーと笑いながら、荷物を括る落合に沙智が話し掛ける。


「こちらこそ、便乗させてもらっちゃって申し訳ない。」


海に行くのに、細川家の車では後部座席が狭いだろう問題が生まれ、任せろと言った真人がワゴン車と共に加持と落合を連れて来た。

どうやらワゴン車は落合の物らしい。


「あのバカだけ女子高生と海とか、車だけ貸してとか、ありえないっしょー。俺は沙智の水着姿が見たい!」


真人と沙智は同級生で、加持と沙智は真人を交えてたまに遊ぶ仲だと車中で教えてもらった。


「美里ちゃん!海、広い!大きい!青い〜!すごいすごーい!!」

「あちー、早く泳ぎたいね!」


美里の周りをぴょこぴょこ跳ねながら、リィンのテンションは中々収まらない。


「よっし!いざ海へー!!」


パラソルを抱えた真人の号令で、海へと向かって歩き出した。



シートを敷いた側に加持と二人で穴を掘り、パラソルを立てた所で掛けられた声に、奏は振り向いた。


「ね、うちらも四人なんだけど、一緒に遊ばない?」


水着姿でバッチリメイクを施したお姉さん達が、にっこり笑って奏を見ている。

手についた砂を叩きながら立ち上がり、近くにいる加持を見やるが、ニヤニヤ笑ったまま何も言わない。

何故知らない人と遊ぶのかがよくわからくて、奏は困って首を傾げる。と、柔らかいものが横からぶつかってきた。

奏の腰に腕を回して抱きついたリィンは、むすっとした顔をしている。

いつもみたいにぎゅうぎゅう抱きつかれて、その様を見下ろしていた奏の全身が、かぁっと熱くなった。

鼻と口を覆った掌に、ぬるりとした感触が触れる。

頭がカッカッして、ぼおっとなった。


「わぁぁぁっ!鈴!奏くんには刺激が強過ぎるようだっ!!」

「奏さん鼻血!鼻血出てる!ちょっとあんた、一旦放しなさい!!」


ベリッと美里によってリィンは剥がされ、タオルを顔に押し付けらた奏は日陰に座らされた。

赤く染まったタオルを顔に当ててじっとしている奏の両肩に、大きな手がぽんとのせられる。


「いやー、奏くん、清い。青い春を思い出した。」

「初心過ぎでしょ。まじ可愛い!」


右から落合、左から加持に見下ろされ、二人にバンバン叩かれた肩が痛い。


「奏、血、止まった?」

「うん。…もう、大丈夫…。」


屈んで覗き込んできたリィンに顔を向けて立ち上がろうと思ったが、断念する。

高い位置にお団子で纏められた髪に、水色のセパレートタイプの水着姿をしたリィンは、白い肌が強調されて眩し過ぎた。

リィンを視界に入れていられなくて、立てた膝に顔を埋める。


「ごめん…まだ、ダメみたい……」


くぐもった声で謝ると、頭を優しく撫でられる。

その手にすら過剰に反応して、この熱をどうやって冷ませば良いのだろうと熱くなった頭で考えてみても、何も浮かばない。

熱くて、熱くて、苦しい。


「あー、鈴?奏くんはお兄ちゃんが見てるから、お前、美里達と泳いで来い。」

「え〜、やだ。奏といる。」

「良いから!あんたは少し離れててあげなさい。」

「そうねー、あんまり刺激すると出血多量で死んじゃうかも?」


奏が心配だと渋るリィンは、美里と沙智に海へと連行された。


「顔、洗いに行こうか。」


落合に連れられて行った水場で顔を洗ったら、気分が落ち着いてほっとした。

血が付いてしまったタオルも洗って、少しシミが残っているかなというくらいまで綺麗になり安心する。


「あんな可愛い妬かれ方されて、男冥利につきるね。」


水場からの帰り道、落合が発した言葉を少し考えて、奏は聞いてみた。


「…沙智さん、真人さんと何かあったんですか?」

「え?なんで?」

「へ?お二人って、恋人同士なんじゃあ…?」

「あぁ。そうらしいけど、今はそっちじゃなくて、奏くんと鈴ちゃんだよ。」

「僕と、リィン…ですか…??」

「そう。さっき、奏くん逆ナンされてたでしょう?それ見つけた鈴ちゃんが奏くんに抱きついたまま相手の女の子威嚇してさ、あんな妬かれ方されたら、奏くんも嬉かったでしょう?」


鼻血騒ぎになる前のことを思い出して、奏は納得した。


「あぁ…あれが、逆ナンというもの、なんですね。」


なるほどと頷いている奏に落合は笑う。


「髪型変えて奏くんカッコ良くなっちゃったから、鈴ちゃんも気が気じゃないのかもね。……ほら、お迎えだ。」


落合の視線を辿った先に、リィンが砂に足を取られながらこちらへ歩いてくるのが見えた。

濡れた身体に肩からタオルを掛けて、奏と目が合うと笑顔になる。


「ダイジョブ?」


奏の側まで辿り着いて、リィンはこてんと首を傾げた。


「うん。もう平気。…海、気持ち良かった?」

「水がね、しょっぱいんだよ!目に入ったら痛くてびっくりした〜。」


よっぽど楽しかったのか、奏を見上げてリィンはニコニコして海について語っている。

そのまま並んで歩こうと足を一歩踏み出したら、左手をキュッと掴まれた。


「冷たい?」


驚いて見下ろす奏に、リィンは嬉しそうに笑いかけてくる。


「冷たいね…。」


温めるように握り返して、そのまま歩き出す。

落合は、いつの間にか大分前を歩いていた。その大きな背中を見ながら考える。

もしリィンが、彼が言ったように自分へヤキモチを妬いてくれていたら…嬉しいかもしれない……。

浮かんだ願望と緩んだ顔を誤魔化すように、繋いだ手に少しだけ、力を込めた。

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