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序章

 突き抜けるような青い青い空。悠々と鷹がその大空を飛び大地を睥睨する。

 そこには鉄の塊が固められたアスファルトの上を走り、人々が忙しなく生活している。その町の片隅に小さな大学があった。白塗りで統一されたその建物では日々大学生が授業を受け、研究を進めている。そんな大学の講義室の一つで彼、蓼丸 薫(たでまる かおる)は不貞腐れた顔で、片肘をつきながら講義を受けていた。間違っても教えを受けている者の態度ではないが、他の学生も似たり寄ったりだ。

「で、あるからしてー。この部分での解釈は。」

 白髪の教授は、そんな生徒のことは気にせずに、ただ淡々と講義を進めていく。200人規模の講義なのでいちいちそんな生徒に目くじらを立てていられないのもあった。

 薫はごく普通の学生といっても過言ではない。特に目立つような言動をするわけでもなければ、引きこもりのような性格でもない。背も普通だし顔は少し整ってはいるが、女性がこぞって来るようなレベルでもない。あえて言うならば家が剣道の道場をやっていることもあり、剣道はもちろん、水泳、空手、馬術と現代でできそうな鍛錬をほとんどやっている。、細めではあったが、筋肉もついていて、喧嘩などが起こったとしても負ける気はしなかった。もちろん一般人が相手の場合はだ。父親と祖父に勝ったことは一度もない。

「まだ痛むじゃねえか。」

 腰をさすりながらそう呟いた。腰には今日の朝の鍛錬でしっかりと竹刀が入った痣が出来上がっていた。朝の鍛錬のときにボーっとしていた自分が悪いので、特に誰かに毒づくわけではないが、一日中痛いので、うれしいはずもない。

「まあ、それは置いといて。」

 そういって授業中にもかかわらず、ニコチャンマークが入ったボーダーのリュックサックから取り出したのは三国志の漫画だった。ここ最近はまってしまい全館全巻読もうと、少しずつ授業の合間や授業中に読んでいた。この授業では仲のいい友達もいないので話しかけられることもなく純粋に楽しむことができるのだ。

 漫画はようやく赤壁の戦いに入ろうとするところだった。普段は漫画やアニメを見ているといい顔をしない親だが、ことこの漫画に関しては認めている部分がある。というよりそれに興味を持つこと自体がうれしいようだった。

 ズボンの右ポケットに入っている携帯のバイブがなったのは赤壁の戦いがいよいよなときだった。無視して読み進めようと思った薫だったが思った以上に長く振動が続く。仕方なくポケットから取り出し画面を見た。電話ではなくメールだった。

 奇妙だった。メールならばそれほど長く振動が続かないはずだが振動は長く、そして、そのメールも文字化けして何が書かれていたかわからない。いや、一部だけわかった。

『救え』

 ほとんどが文字化けしたそのメールの中でそこだけ意味を成していた。


 今日もボコボコにやられて薫は道場の床に倒れこんでいた。なぜか父は薫との稽古の時防具をつけさせてくれない。もちろん自分もつけてはいないがいくら薫が打ち込んでも一つも体に当てることができていないのだ。ある意味必要ない。しかし薫はそうは行かない。父上殿に滅多打ちにされてもう人生を放棄したい気持ちでいっぱいだった。

「薫、まだ十本もおわっとらんぞ。そんなところでねてないで早くたたんか。」

 厳しすぎる。お袋となんかあったのだろうか。いや、絶対にあったに違いない。薫はそう思って気分最悪の状態に落ち込んでいた。俺何も悪くなくね?その気持ちがすごくよく出てくる。そもそも、今日の稽古は素振り五百本からはじまっておかしかった。本数はまだいいが、その姿勢や力の入れ方の矯正を受けて、そのたびにやり直しをさせられたのだ。いったい何千本振ったのかわからない。

「立たんか。この軟弱者が。」

 いつの時代の人間だよ。もう、無理だって。そんな薫の考えを知ってか知らずか父は薫を無理やり立たせると無理やり構えを取らさせた。


 ようやく稽古から開放されたのは夜の10時を超えたころだった。親父殿もすっきりした顔で終わりを告げていたところを見るとストレスは解消されたらしい。

「おわったよ、みーちゃん。薫は今日もがんばってたよ。」

 さっきまでの威厳はどこにやってしまったのか、母に猫なで声で擦り寄る親父のなんと気色の悪いことか。薫にとって日常ではあるが、あまり見たくないもの一つだ。

 親父殿―本名を蓼丸 巌(たでまる いわお)という―が実は超がつくマイホームパパだということは門下生にはあまり知られていない。道場とはこれっぽっちも違うというか別人の類だ。

「はいはい。早くご飯食べてね片付かないから。」

 そんな巌と結婚した奇特な女性がこの蓼丸 美津子(たでまるみつこ昔はこの界隈でもモテル部類に入る美人だったらしいのだが、息子から見ればただのおばさんだった。

 面倒くさい巌の世話に息子の世話プラスで道場の経営と家事をこなしているため、とても忙しいのだが、ちょこちょこ暇を見つけては近所のママ友と遊びに出ている。もちろん巌を置いて。

 二人の中睦まじい姿を見ながらさっさと夜ご飯をかっ込むと薫は自分の部屋へとあがっていった。ちなみに蓼丸家は2階建てで、両親は一階薫は二階に部屋があった。

 漫画にパソコンそれにベッドと教科書。黒と青を基調にした自分の部屋に入りやっと一息つく。早速漫画を読もうと、リュックサックを開けたが、そこに漫画はなかった。それどころか教科書もない。まずい、講義室に忘れてきた。大きなため息が出た。

「最悪だな、まじで。」

 無くなってないことを祈る。そんな祈りとは裏腹に漫画は持っていかれているであろうことは容易に想像がついていた。

 仕方なく、携帯でもいじろうと机の上の携帯を探した。これも忘れてきたかと一瞬あせったが、すぐに見つかった。机の隅に置かれていた。

「ん? メールか、勇次からかな。」

 机に置かれていた携帯はピカッピカッとライトが光っていた。

 ふと、今日の講義中の変なメールが思い出されたが、携帯を操作してメールを開いた。届いたメールは2通あった一つは友人の勇次から。来週のスノーボードの件だろう。そして、もう一つはまた文字化けした変なメールだった。そして今回は文字化けというよりも何かしらの文字が書いてあることはわかるが、間違いなく異国の文章だった。英語の筆記体に見えるが、一箇所も読めない。何かしらの規則性らしきものは読み取れたが分からないものは分からない。そもそも日本人である彼に外人の友達はいない。

「なんだこれ?」

 気持ちが悪い。先ほどの親父ほどではないが気持ち悪かった。

 削除しようと携帯を操作していたが、ふと指が止まった。。いや、体が固まったといったほうがいいのかもしれない。携帯の奇妙な文字が映写機のように壁に映し出される。一文字一文字をきちんと写しそれが進むたびに携帯の画面の輝きが増す。

 なんだこれなんだこれなんだこれ。薫の第六感が緊急警報をがんがん鳴らす。間違いなく、今おかしなことが起ころうとしていた。だが、体は一ミリも動いてはくれない。そうこうしている間に映し出される文字は残り少なくなっていく。そして、最後の文字が終わると、部屋中に光があふれだし、

光は薫を包み込み一瞬で消えた。

 部屋にはだれもいなくなっていた。


太古から育つ木々が鬱蒼とした深い森。妖精たちの住むその森の名は暗黒の森と呼ばれる。おどろおどろしい名前とは反対にこの森は神秘的な泉や生命の木などを内包した神聖な土地だった。ある種のタブーがこの森には存在し、罰せられるわけではないが人はもちろん魔族も入り込もうとはしない。そんな森の奥深く常世の泉と呼ばれる場所に月の光を集めたような銀色の髪と真っ赤な瞳を持った少女が白い肌衣一枚を着て立っていた。髪は長く毛先が泉の中をゆらゆらと漂っていた。

「あら、あらあらあら。また、紛れ込んでしまったのね。」

 少女は穢れのない笑顔を見せる。まるで、赤ん坊が新しい玩具を見つけたかのように。

 そして、両手に水をためて顔の前に持っていき、そっと息を吹きかけた。泉に漣が起こり、木々がざわめく。

「あなたに、祝福あれ。」

 言葉は力を持ち、その場を離れた。

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