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私の答えはお母様

掲載日:2026/08/03

手に残っている




私には娘が1人います。京佳、という名前で、それはそれは頭の良い子なんですの。私の子供の時なんて、こんなすらすらと参考書を解くことはできなかったわ。まだ中学二年生だけれど、医師になるには申し分ないんじゃないかしら?


‥‥これは、少し親バカが入ったわ。

テストの点数を見るたび、感心するものよ。

理系というには少し、数学の点数がよろしくないけれどその他の教科はとてもよく取れている。私は毎日起きてから寝るまで勉強漬けでしたが、そんなものは無意味だ、とでも言われたかのような点数、才能ね。


最近、お勉強をしていないように見えることを注意すると、とても鋭く睨まれるようになった気がするわ。毎日六時間、休日だって絶対にこなさなければいけない勉強時間は変えていないのに。それさえ終われば、自由なのに。出かけずに携帯を眺め続けているのはどうかと思うけれどね。外をお散歩したり、図書館や美術館へ行けばいい勉強になるのだけれど‥‥動画視聴アプリやゲームアプリの類は入れていないし、入れられないはず。何を熱心に眺めているのか気になるけれど、あの子はあまり私と話してくれないから。パスワードは知っているから、後であの子が寝た時に見ればいいわ。携帯は自分の部屋へ持ち込んではいけないルールだもの。


お外で遊ぶのも許可しているわ。公園で遊ぶのも、お友達のお家で遊ぶのも。この前なんて、お泊まり会、なんてものもしてあげたわ。家に来た子の中には、すこし教養が足りない子もいたけれど、お泊まり会が終わった後に、あの子の母親に注意してあげた。お母様はお友達を家に呼ぶことは許してくれたわ。お泊まり会を許してはくれなかったけれど、〝あなたの為よ”なんて言って、私に不要なお友達は払ってもらっていたわ。正直、その中にはとっても仲の良い気が合うお友達も、尊敬できる子もいたのだけれど、お母様が言うには間違いないはず。そう思って、お母様があまりいい反応をしなかった子とは縁を切らせてもらったわ。今でも縁を切った子達を思い浮かべると切なくなるけど、これが正解だったんだからね。私もお母様を見習わないと。そんな一心で、選別していたわ。でも、私はお泊まりも、お外で駆け回るのも許してもらえなかったんだか、優しいはずよ。


なのに‥‥

なのに、なんであの子はあんな顔するの?

どうして憎々しげな目、顔つきで私を見てくるの?


ずっと家にいない夫を好いているみたい‥‥



‥‥私は、毒親じゃないわ。お母様も、決して毒親ではなかったはずよ!あれは、全部私を思って言ってくれた、してくれた事なんだから。あれは愛で、愛は毒になるはずないじゃない。

それに、私はお母様のおかげで医師になることができたんだから。

お母様が私にしてくれたことをすれば、あの子も医師になれるはず。昔、あの子が言ってくれた


〝ママのお仕事かっこいい!”


とっても嬉しかった。きっと、医師になりたいんだと思ったわ。だから、医師にさせてあげるためにお母様のことを一生懸命真似したわ。それでも、お母様に比べたら優しいんじゃない?わたしは‥‥いえ、いいわ。


私は、医師、という事にとても誇りを持っていた。医学部もそこそこ優秀な成績で卒業したもの。とにかく、医師は私の生き甲斐で、人生だったの。四年しか働けなかったけれど、胸を張っていえるわ。


なら、なぜ辞めたのかとみんなに聞かれる。


‥‥お母様が、仰ったからよ。


〝医者は辞めて、〇〇会社の御曹司様と結婚しなさい。”


正直、とっても嫌だった。好きでもない人と結婚するのも、医師を辞めるのも。恋愛なんてしたことがなくて、どんな恋ができるのだろうかと、年甲斐もなくときめいていたのよ。二十代後半に差し掛かって、医師になれて、ようやく勉強漬けの日々を終えたと思っていたの。そうすれば、今までする余裕のなかったこともできるかと思っていたの。だから、思わず呟いてしまった。


〝私の26年はなんだったのかしら‥‥嫌よ‥”


完全に油断していたわ、この時は。迂闊だった。そんなことを呟いたら、もう上を向くことはできないのに。気づいたら、お母様の足下を見ていた。首に損傷があったわけではないけど、顔を上げることはできなかった。ただ口から、


ごめんなさい、もう、そんなことは考えません。


そんな言葉が出ていた気がするわ。もう思い出したくないの、お母様の目の前で完璧でいられなかった私が悪いのだから。あんなに気をつけていたのに、少し離れると忘れてしまう。‥‥楽しかったからかしら


いいえ、そんなことも忘れるのは私が愚かだからよ。一度で覚えることができないなんて、お母様に不快な思いをさせてしまって、申し訳ないわ。楽しかったから、なんてそんな馬鹿馬鹿しいものじゃないわ。 


きっと、そうよ


そうでなければ、

 

そうでなければ


私の人生は‥‥









母親として娘を医師にして、幸せな道を歩かせてあげることに決まっているじゃない。私が娘を差し置いて幸せになる、なんて親として失格よ。それに、お母様も、私が医師になった時に〝あなたが私の誇りよ”なんて言ってくれたのだから、私もそう思う日が来るはず。そうすれば、医師だった頃のことなんて思い出さなくて済むわ。





母親として娘を医師にして、幸せな道を歩かせてあげることに決まっているじゃない。私が娘を差し置いて幸せになる、なんて親として失格よ。それに、お母様も、私が医師になった時に〝あなたが私の誇りよ”なんて言ってくれたのだから、私もそう思う日が来るはず。そうすれば、医師だった頃のことなんて思い出さなくて済むわ。



あの子の体を傷つけたことはない。こればかりはお母様も知らなかったのでしょうね。〝あれ”は、恐怖で体が震えて結局効率が落ちるだけだった。それに、医師になった時に、子供の不自然な打撲痕を見逃してしまうかもしれないもの。実際、私は2度ほど見落としてしまったわ。私のお母様は愛情からの対応だったけど、あの子達は違ったみたい。診察をしている時に、抱かなければいけない不信感だった。親に、大人に、掌に怯えて、何かが起きていることは明確だったわ。なぜだろう、と思えないといけなかったの。親に怯えて、目が訴えていた、と看護師は言っていた。後ろにいる親はヘラヘラするばかりで、看護師の子達からみたら、無責任で、最低な行為なんだって。


        「虐待」


と言っていたわ。なんだか、耳障りだった。そんな言葉を、耳に入れることさえ許されないことのように感じられたの。私の場合は違ったけれどね。虐待‥‥なんて、そんなものでは決してないわ。あの人たちと違って必要なことだったから!自分の欲求を満たすためだけに手を振るうなんて、お母様はしていなかったわ!

あの人達はなんて愚かなんでしょう。




でも、

あの人たちの子供を見たら、

なぜか泣きたくなった。

怒りたくなった。

なんでかわからないの。

なんでかはわからないのに、泣き叫びたくなったわ。

あの人達の親にも、

世界にも


なんでかはわからないの。


なんでかは、わからないのよ‥‥


でも、あの子達には寄り添いたくなった。私は小児科医だっから、あの子達とたくさんお喋りもしたし、遊んだりした。とっても楽しかったし、あの子達の喜んでる顔を見るだけで充分だったの。


京佳だって。

京佳の事だって、生まれてきてくれて、本当に感謝した。嬉しかった。笑ってくれるだけで、よかったの。



ずっと、私の隣で、笑ってくれるだけでよかったの‥‥


本当なのよ‥‥


でも、お母様が仰ったから。


「あなたと、京滋さんの子なら、きっと頭がいいから。」


   「きっと、医者になれるはずよ」


   「あなたなら、育てられるわよね?」


それからは、勉強の時間ができたわ。

お受験に向けて、塾へ行ったり、楽しくやらせてたはずのピアノはお受験のために厳しくしたり、体操を習わせたり、いろいろなことが増えた。


京滋さんとの喧嘩も、増えたわ。


正直、最初からあの人とは馬が合わなかったというか‥‥


私が、歩み寄ろうとしても、拒絶されたわ。


「君は、不貞の子なんだよ。」


「‥‥そんな子を愛せというのは無理がある」



あぁ、そうだったのか、と。

前から、不思議だと思っていたのよ。

なぜ、そんな大層な方と見合いをできたのか、なぜ私にはお父様がいないのか。お母様は父の事について聞くと、顔をしかめて、とても鋭い眼差しで私のことを見てくるから、一度聞いてそれきりね。その時ばかりは、お母様がとても弱い女の子に見えたわ。とても切なそうな、哀しそうな、怒っているような、いろいろな感情が見えた気がするの。きっと、京滋さんのお父様である京彰様と私のお母様は本当に愛し合っていたんじゃないかしら。


でも、やはり京滋さんのお父様は小路の家の長男で、後継だから。お母様との婚姻より、京滋さんのお母様と結婚した方がもの。しょうがなかったけど、許せなかったのかも。


京彰様のご家族も


きっと、京彰様のことも。


だから、私を医師にして、あの人たちを見返してやりたかったんでしょうね。

でも、それでは足りなかったのね。


だから、私を、あの人の妻にした。


誰も幸せにならないのに


みんな困るだけなのに、やっぱり、気が済んでなかったんだわ。


私の養育費を送らなかったことをいい事に、京滋さんの婚約者にさせた。


最初から決まっていたのよ‥‥


あの人が、他の人を好きになるなんて


私を嫌って、いい家族にはなれない事だって


京佳が、幸せに‥‥






お母様が、私の言うことを聞いていれば幸せになれるって言っていたから‥‥


だから言われた通りにしたのに


あの子を医師にさせようとしたのに







ずっとあの子のために頑張って、この身を捧げてきたのに




好きじゃないない男と結婚したのに




ずっと誇りに思ってた仕事も辞めたのに







お母様に ずっと ずっと ずっと ずっと






逆らわずに生きてきたのに!






毒親なんて、言わないで‥‥


私はずっと、あなたを愛しているのに‥‥


ずぅーっと愛しているのよ‥‥




それだけなら良かったのに


あの子は言った


「お父さんもあんたのお母さんが死んだから離婚したいって。私はお父さんの所で暮らすから!!」


違うの。あの男は、よそに女がいるから、私と離婚したいのよ。私はその事実をあなたに、周りに見せないように必死に隠していたわ。

父親がそんなんだと、あなたの名誉に傷がつくのよ。


あなたは、知らないから


私の父の事で、私がどんな扱いを受けていたか


みんなから、どれだけ疎まれていたか



知らないでしょう?


あなた達は私の事を知ろうともしてくれないでしょう?


一丁前に知ったふりして避けて傷つけて







もううんざりよ!!!!












娘がいてもよかったの


医師になるのもよかったの


いなければ、なんて、考えたことがなかったの


ただ、笑って、隣にいてくれたら


一緒に生きてくれれば‥‥


隣で、私のことを愛してくれれば


それでよかったの


 ‥‥お母様が死んでしまってから何が正解なのか分からなくなってしまったの。本当に。思えば、私に選択肢が用意されていたことはあったのかしら。


選ぶ、なんてことができないなんて、馬鹿だと思う?


でも、しょうがないのよ‥‥


教えてもらえなかったんだもの


勉強じゃないんだもの


でも、私の人生で唯一手に入れたものがある


   医師としての、証明と誇り

 


何度も確認した心音の停止、呼吸の停止、瞳孔の散大・対光反射の消失。


全部死亡条件に当てはまっていたわ


今のこの子の、横たわっている姿が



お母様が死んでしまってから何が正解かわからなくなってしまったからなの‥‥


これは正解なの‥?


どうすればいいの‥‥?


どうすればよかったの‥‥


ねぇ‥黙ってないで答えてよ‥‥


       お母様‥



       お母様‥‥


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