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第10話:【黄金のチェックメイト】世界を盗む

 ジャジャジャジャーン!

 金管楽器が一斉に咆哮し、勝利のファンファーレが『エデン・コア』の崩壊音をかき消す。

 宙に浮く巨大なチェス盤は、今やパズルのように砕け、その破片は星屑となって暗黒の宇宙へと吸い込まれていった。七人の「バグ」たちが奏でた狂気のアドリブは、神が数万年かけて編み上げた完璧な譜面を、跡形もなく焼き払ったのだ。


25:00 神の沈黙と泥棒の美学


「さて……。これが最後の一手だ、神様」

 教授は空中を漂う黄金の光――この世界の「所有権」そのものであるマスターキーを、静かに指先で弄んだ。

 目の前で形を失い、崩れ落ちていく幾何学体。アーキテクトの声は、もはや威厳に満ちた雷鳴ではなく、壊れた蓄音機のような悲鳴に変わっていた。


『馬鹿な……。数式が……因果律が……。たった七人のエラーデータによって、世界の運営権が……強奪されるというのか……!?』

「強奪とは人聞きが悪いな。私はただ、あんたが独占していた『宝物庫』を解放しに来ただけだ。あんたの台本は確かに緻密だったよ。だが……」

 教授は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷めた瞳でくうを見つめた。

「あまりに予定調和すぎて、観客(俺たち)は途中で寝ちまったよ。スリルも驚きもない物語に、拍手を送る奴はいない」


 教授は金色のコインを高く放り投げた。

「チェックメイトだ。……ここからは、俺たちの即興劇アドリブ・ショーの時間だ」


25:15 世界最大の盗みの代償


 教授がマスターキーを握りしめた瞬間、エデン・コアの崩壊は加速した。

 世界のシステムを書き換える。それは、神から権限を奪い、それを世界中の人々の「自由」として分配する作業。だが、その莫大なエネルギーをバイパス(仲介)するためには、強固な精神と、膨大な魔力の負荷を背負う「触媒」が必要だった。


「……ふむ。やはり、タダで盗み出せるほど甘くはないか」

 教授の体が、内側から黄金の光に焼かれ、透け始める。

 世界の所有権を解き放つ代わりに、その実行者である「教授」というデータが、システムから消去されようとしていた。


「教授! 何をしてるの!? 早く脱出するわよ!」

 瓦礫を蹴散らして駆け寄ってきたルナが、教授の異変に気づいて目を見開いた。

「……ルナ、諸君。最高のチームだったよ。私の最後の指示オーダーを聞いてくれ」

 教授は穏やかに微笑んだ。

「この要塞が消滅する前に、ゴーストの艇へ戻れ。……この世界が明日を迎えるためには、誰か一人がここに残り、キーを回し続けなければならない」


「冗談じゃねえぞ、ボス! 報酬も受け取ってねえのに、あんた一人置いていけるかよ!」

 ゴーストが叫ぶが、光の障壁が教授と仲間たちを隔てる。

「報酬なら、すでに手に入れているはずだ。……自由という名の、最高の獲物をね」


25:30 独りぼっちのフィナーレを拒む者たち


 教授は目を閉じ、最後のアドミニストレート(権限実行)を開始しようとした。

 独りで死ぬことには慣れている。前世でもそうだった。誰にも看取られず、夜の帳に消えるのが、泥棒としての美しい散り際だと信じていたから。


 だが。

 ガシッ!

 黄金の光を突き破り、無骨で巨大な「手」が、教授の細い腕を掴んだ。


「……アイアン?」

「教授。言ったはずだ。俺は、もう二度と守りたいものを壊させないと」

 アイアンが、鋼鉄の意志をもって光の障壁を力技でこじ開けていた。その背後には、仲間たち全員が揃っていた。


「教授、あんたの計算違いだね。僕たちが、あんたの指示通りに動く『駒』だと思ってたのかい?」

 ハッカーがニヤリと笑い、空中に浮かぶコードを物理的に引きちぎる。

「ハッキング完了! 消去プロセス、逆転リバース! あんたを消させはしないよ!」


「……見つけた」

 影の中から現れたウィスパーが、教授の背中を支える。

「教授が僕を見つけてくれたみたいに、僕だって、何度でも教授を見つけるよ」


「まったく、往生際が悪いですよぉ、皆さん!」

 ピエロが派手なクラッカーを鳴らした。

「独りでフィナーレを迎えるなんて、泥棒失格です! カーテンコールは全員で並ぶのが、この業界の鉄則でしょう?」


25:45 黄金のセッション・フィナーレ


「……君たちは、本当に……」

 教授の目から、一筋の雫が零れ落ちた。それは前世も含め、彼が初めて流した「論理的ではない」涙だった。


「独りでカッコつけるのは、もうおしまいよ、ボス」

 ルナが教授の空いた方の手を握りしめる。

「さあ、みんなでこの世界を盗み出しましょう!」


 七人の手が、一つのマスターキーに重ねられた。

 

 ――ドォォォォォォォン!!

 

 エデン・コアが黄金の光の粒子となって爆散した。

 その光は、流星となって世界中の空へと降り注ぐ。

 

 運命という名の鎖が砕け散る音。

 人々が自らの意志で立ち上がり、空を見上げる音。

 

 それは、鳴り止まない拍手のようなパーカッションと共に響き渡る、自由の凱歌ファンファーレだった。


26:00 エピローグ:アンコールは夜明けと共に


 数ヶ月後。

 帝都レガリアの広場には、もはや圧政の影はなかった。

 人々は自らの足で歩き、自らの声で語り、不完全で、しかし輝かしい日常を謳歌していた。


 街外れの小さな時計店――。

 そこには、相変わらず眼鏡のブリッジを押し上げながら、複雑な歯車を弄る男の姿があった。

「……おや、もうそんな時間か」

 店内に、賑やかな足音が響く。


「教授! 今日のターゲット、決まったわよ! 王宮の地下にある『伝説のヴィンテージ・ワイン』。あれ、一度飲んでみたかったのよね」

 ドレスを翻すルナ。

「酒なら俺の船に山ほど積んであるぜ! ついでに国境までドライブといこうじゃねえか!」

 相変わらず酒臭いゴースト。

「……掃除が必要な場所があるなら、俺が行く」

 相変わらず潔癖なアイアン。


 ウィスパー、ハッカー、ピエロも、それぞれが「自分だけの宝物」を抱えて集まってくる。

 神様、あんたの言った通りだ。この世界は欠陥品たちのゴミ溜めかもしれない。

 だが、そのゴミの中には、あんたが一生かかっても見つけられないような、最高にクールな「黄金」が紛れている。


「……さて。諸君、準備はいいか」

 教授はステッキを手に取り、不敵な笑みを浮かべて扉を開いた。


「世界で最も退屈な平和を、最もエレガントに盗みに行こうか」


 軽快なジャズのスキャットが、青空へと突き抜けていく。

 

 黄金の7人、ここに完結。

 だが、彼らの「即興劇アドリブ」は、まだ始まったばかりだ。


 ダバダ、ダバダ、ダバダ……

 カーテンコールは、いつまでも終わらない。


 ――THE END――

最後まで読んでいただきありがとうございました。明日からは「転生したら双子の姉妹だった 〜元教師、美少女(×2)になって異世界の衣食住をDIYする〜」が始まります。

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