第4章 文化祭準備は波乱の予感
読書週間が終わってから、数日が経った。
教室の空気は、どこか柔らかく、しかし微妙にねじれたような変化を帯び始めていた。窓から差し込む陽射しが、机の角を淡く縁取り、埃の粒子がゆっくりと舞っている。黒板のチョークの粉がまだ少し残っていて、午後の授業の匂いが漂う。そんな日常の中に、私と美緒の距離が、いつしか自然なものとして溶け込んでいた。
朝、美緒が教室の引き戸を勢いよく開けて入ってくると、迷うことなく私の席に向かってくる。バックを机に置く音が軽やかで、彼女の足音にはいつも少し跳ねるようなリズムがあった。休み時間になれば隣の席に腰を下ろし、昼休みにはお弁当箱を並べて、放課後には「一緒に帰ろ?」と笑顔で誘ってくる。
明美はそんな私たちを見て、くすくすと笑う。 「二人、ほんとに仲良しになったねえ」
美緒は——いつも通りの明るさで私に話しかけてくる。
彼女の笑顔は、教室の蛍光灯よりも眩しくて、少しだけ息苦しいほどだった。そして同時に、羨ましくもあった。
どうして美緒は、そんなに周りの目を気にせずにいられるのだろう。どうして、あんなにまっすぐに笑っていられるのだろう。
そんなことをぼんやり考えていた、ある月曜日の朝。ホームルームのチャイムが鳴り、田中先生が教卓に立った。
「来月、文化祭があります。各クラスで出し物を決めてもらいます」
その一言で、教室が一気にざわめきに包まれた。
「何やるー?」 「喫茶店が無難じゃない?」 「劇とか、お化け屋敷とか面白そう!」 「でも準備めっちゃ大変そう……」
さまざまな声が飛び交い、机を叩く音や椅子の軋む音が重なる。田中先生は静かに手を挙げて制し、穏やかな声で続けた。
「今日はこの時間で話し合って、水曜日までに決定してください。実行委員も募集します」
話し合いが始まると、クラス委員の井上結衣さんが自然と前に立った。彼女はいつも落ち着いていて、声も通る。
「今出てるのは喫茶店、劇、お化け屋敷、縁日……いろいろですね。とりあえず多数決で決めましょうか」
挙手が集計され、あっという間に「喫茶店」に決まった。定番ではあるけれど、準備のイメージがしやすく、クラス全員が何かしら参加しやすい。誰もが納得したような空気が流れた。
「じゃあ次、実行委員を募集します。立候補してくれる人?」
数人が手を挙げた。井上さん、明美、そして——
「はいっ!」
美緒が、勢いよく、ほとんど跳ねるように右手を振り上げた。
一瞬、教室に小さなざわめきが広がる。誰かの舌打ちのような息遣いも聞こえた気がした。でも美緒はそんな空気などものともせず、教卓の近くまで歩み出て、はっきりと言った。
「私、デコレーションとか得意なんで、絶対やりたいです!」
田中先生がにこやかに頷く。 「ありがとう、桐谷さん。他には?」
私は、指先が冷たくなっていくのを感じながら、迷っていた。
実行委員に入れば、美緒と一緒に準備をすることになる。それは嬉しい。すごく嬉しい。でも——。
「愛子も出なよ」
隣の席から、明美の小さな声。
「え……」
「愛子って企画とかまとめるの得意じゃん。メニューとか、絶対上手に考えられるよ」
「でも……」
「大丈夫。私も入るから、一緒にやろうよ」
明美の柔らかい笑顔と、確信めいた声に背中を押されるように、私はゆっくりと手を挙げた。
「水原さんも? ありがとう」
こうして実行委員が決まった。井上さん、明美、美緒、私、それに男子二人と女子三人。合計九人。
「では、明日の放課後、第一回ミーティングをします。残ってくださいね」
ホームルームが終わると同時に、美緒が私の席に飛び込んできた。
「愛子、一緒だね! やったー!」
弾けるような笑顔。彼女の瞳には期待がキラキラと光っている。
「……うん」
私は曖昧に微笑むことしかできなかった。
美緒は気づいていないようだった。私の胸の奥で渦巻く、名前のつけられない不安に。
翌日の放課後。
実行委員のミーティングが始まった。教室の後ろに机を寄せ合い、みんなが輪になって座る。外のグラウンドから、部活動の掛け声が遠く聞こえてきて、窓ガラスが微かに振動する。放課後の空気は少し埃っぽく、黒板消しの白い粉がまだ残っている。
井上さんが進行役を務め、ノートを片手に穏やかな声で言った。
「まず、喫茶店のコンセプトを決めましょう。どんな雰囲気にしますか?」
すぐに意見が飛び交う。
「可愛い感じがいいよね、ピンクとかリボンとか」
「いや、落ち着いた大人っぽい雰囲気もいいかも。木目調とか」
「レトロな喫茶店はどう? 古いポスターとか置いて」
みんなの声が重なり、笑い声が混じる。空気が少しずつ温まっていく中、美緒が元気よく手を挙げた。
「私はキラキラした感じがいい! ピンクとハートがいっぱいで、女の子がわくわくするような!」
その言葉に、別の女子が首を傾げる。
「可愛いけど、ちょっと派手すぎないかな……」
「派手なくらいが目立つし、お客さんたくさん来るよ!」
美緒は笑顔で譲らない。彼女の瞳には、すでに完成したイメージが浮かんでいるようだった。
井上さんが優しく間に入る。
「両方の意見をミックスして、可愛いけど落ち着いた雰囲気にするのはどう? ピンクを基調に、でも過度に派手じゃなく」
「それいい!」
みんなが頷き、なんとなく納得の空気が流れた。
「じゃあ、次は役割分担。デコレーション担当は桐谷さん。メニュー担当は……水原さん、お願いできますか?」
「はい」
私と美緒の声が同時に重なる。美緒がこちらを振り返り、嬉しそうに目を細めた。
「愛子と協力できるんだ! 楽しみー!」
その笑顔に、私の心臓がドクンと跳ねた。嬉しい。でも、同時に胸の奥で小さな波が立つ。不安の波。美緒と一緒に作業して、うまくいくのだろうか。価値観が違う気がして、指先が少し冷たくなった。
ミーティングはさらに進み、井上さんがホワイトボードにスケジュールを書き出していく。マーカーの音がカチカチと響く。
「準備期間は三週間。一週目で企画の詳細を固めて、二週目で材料調達と試作、三週目で最終準備と練習、という流れでどうでしょう」
「いいと思います」
みんなが頷く中、私はノートに丁寧にスケジュールを書き写した。日付を並べ、チェックリストのように項目を立てる。計画的に進めないと、絶対に間に合わない。そう思ってペンを走らせていると、美緒はというと——スマホをいじっていた。画面の光が彼女の顔を青白く照らす。
「桐谷さん、大丈夫? スケジュールわかった?」
井上さんの声に、美緒は慌ててスマホをポケットにしまう。
「あ、はい! 大丈夫です!」
でも、彼女のノートは真っ白だった。何も書いていない。私は少し心配になった。美緒、ちゃんと覚えているのかな。頭の中でイメージしているだけかもしれないけど……。
「じゃあ、次回のミーティングは金曜日。それまでに、各担当で案を考えてきてください」
「はーい」
みんなが返事をして、帰り支度を始める。椅子の引きずる音が響く中、私は荷物をまとめていると、美緒が近づいてきた。
「ねえ愛子、一緒にメニュー考えない?」
「え? でも美緒はデコレーション担当でしょ?」
「うん、でも愛子と一緒に考えたいんだ。デコレーションとメニュー、合わせた方が統一感出ると思うし」
確かにその通りだ。全体の雰囲気を揃えるのは大事。
「じゃあ……明日の放課後、図書室で?」
「やった! じゃあ明日ね!」
美緒は手を振って帰っていった。彼女の後ろ姿は軽やかで、廊下の向こうに消えていく。私は少しだけ不安を感じながら、教室のドアを閉めた。美緒と一緒に作業して、本当に大丈夫だろうか。価値観が違いすぎる気がして、胸がざわついた。
翌日の放課後。
私と美緒は図書室の奥のテーブルに座り、企画を練っていた。図書室の空気は静かで、本のページをめくる音や、時折の咳払いが響く。窓から入る夕陽が、テーブルの木目をオレンジ色に染めている。私はノートにきちんと項目を立てて書き出していく。ドリンクの欄、フードの欄、値段の欄。
「メニューはまずドリンク。コーヒー、紅茶、ジュース。それからフード。クッキー、マフィン、サンドイッチ……」
「愛子、ちょっと待って」
美緒が私の手を優しく止めた。彼女の指先は温かかった。
「何?」
「そんなに細かく決めなくても、いいんじゃない?」
「え? でも計画立てないと……」
「計画も大事だけど、柔軟性も必要だよ。やりながら変えていけばいいじゃん」
美緒は気楽に肩をすくめて言う。私は少しイライラした。胸の奥で熱いものが込み上げる。
「でも、直前で変えたらみんな混乱するよ。ちゃんと最初に決めておかないと」
「大丈夫だって。何とかなるよ」
「何とかなる、って……美緒は楽観的すぎるよ」
「愛子は心配しすぎ」
美緒の声に、少しトゲが混じった。彼女の眉がわずかに寄る。空気が、微妙に重く、険悪になる。図書室の静けさが、かえってそれを強調する。
「……とりあえず、ドリンクとフードのリストは作っておこう」
私は話を戻した。声が少し硬くなった。
「うん」
美緒も渋々頷いた。でもその後の作業は、全然スムーズに進まなかった。私が「これはどう?」と提案すると、美緒は「もっと可愛い方がいい」と言う。美緒が「これがいい!」と言うと、私は「現実的じゃない」と却下する。意見がぶつかり合い、テーブルの上のノートは進まない。結局、この日は何も決まらずに終わった。外が暗くなり、図書室の閉館ベルが鳴ったとき、二人の間には疲れた沈黙が残っていた。
金曜日。二回目のミーティング。
教室に集まった実行委員たち。各担当が順番に案を発表していく。広報担当の明美は、手描きのポスターのデザイン案を広げた。
「こんな感じで、可愛く目立つようにしました」
鮮やかな色使いのスケッチ。みんなが拍手する。
「いいね!」
会計担当も予算案を発表。
「材料費は一人五百円の集金で賄えそうです」
「わかりました」
順調に進む中、私の番が来た。
「メニューはドリンクとフードに分けて、こんな感じで……」
ノートに書いたリストを読み上げる。コーヒー、紅茶、オレンジジュース。クッキー、マフィン、サンドイッチ。値段はドリンク二百円、フード百円。
「ちょっと待って」
美緒が手を挙げた。彼女の声は少し尖っている。
「何?」
「メニュー、地味じゃない?」
「え……?」
「もっと特別感のあるメニューがいいよ。普通の喫茶店と同じじゃ、つまらない」
美緒の言葉に、私はムッとした。頰が熱くなる。
「でも、これなら確実に作れるし、コストも抑えられるよ」
「コストより、お客さんが喜ぶメニューを考えた方がいいんじゃない?」
「喜ぶって言っても、作れなかったら意味ないでしょ」
「作れるよ。やってみなきゃわからないじゃん」
また意見が対立。空気がピリピリする。井上さんが慌てて間に入る。
「二人とも落ち着いて。両方の意見を取り入れて、基本メニューと特別メニューを作るのはどう?」
「それなら……いいかも」
私は渋々頷いた。美緒も同じく。だけどお互いの顔は不満げで、視線が絡まない。
ミーティングが終わった後、私は一人で教室に残っていた。机に頰杖をつき、窓の外の夕焼けをぼんやり見つめる。美緒は先に帰ってしまった。足音が遠ざかるのを聞いていた。
明美が心配そうに近づいてくる。
「愛子、大丈夫?」
「うん……」
「美緒ちゃんと、ちょっとギクシャクしてるよね」
「気づいてた?」
「うん。二人とも意見が合わなくて困ってる感じ」
明美は私の隣に座った。彼女の存在がありがたかった。
「でも、それって悪いことじゃないと思うよ」
「え?」
「違う意見があるから、良いものができるんじゃない? 二人とも真剣に考えてるからぶつかるんだよ」
明美の言葉に、心が少し軽くなった。救われた気がした。
「そうかな……」
「うん。ちゃんと話し合えば大丈夫だよ」
「ありがとう、明美」
明美は優しく微笑んだ。でも、私の不安は完全に消えなかった。美緒と本当に上手くやっていけるのだろうか。胸の奥で、まだ小さな棘が刺さっている。
週末。
私は家で一人、文化祭の準備を進めていた。リビングのテーブルにノートを広げ、メニューの詳細を詰め、レシピを調べ、材料リストを作る。キーボードの音が静かな部屋に響く。きちんと計画を立てれば失敗しない。そう信じて、リストを並べ替える。でも、美緒のことが頭から離れない。
美緒は今何してるんだろう。ちゃんとデコレーションの案、考えてるのかな。それとも適当にやるつもり? 不安がどんどん膨らむ。窓の外は雨が降り始め、ガラスに水滴が伝う。
日曜日の夕方、美緒からメッセージが来た。スマホの通知音に、心臓が跳ねる。
「愛子、明日話せる? デコレーションの案、一緒に見てほしい」
少しホッとした。美緒もちゃんと考えてくれてるんだ。
「うん、大丈夫。放課後、図書室で」
「ありがとう! じゃあ明日ね!」
メッセージを見て、気持ちが軽くなった。美緒と話せばきっと分かり合える。そう思った。
月曜日の放課後。
図書室で美緒と待ち合わせ。彼女はスケッチブックを抱えてやってきた。
「見て! デコレーションの案、描いてきた!」
スケッチブックを開くと、そこにはカラフルで華やかなイラスト。ピンクのカーテン、ハート型の風船、キラキラした飾り。
「すごく可愛い!」
私は素直に感動した。美緒の絵は本当に上手で、色使いが生き生きしている。
「でしょ? これで教室を飾ったら絶対可愛くなるよ!」
美緒の目が輝いている。でも、私は少し不安になった。
「美緒、これって……予算内でできる?」
「え?」
「風船とかカーテンとか、けっこうお金かかるんじゃない?」
「まあ……そうかもだけど」
「会計担当が決めた予算、オーバーしちゃうよ」
私が指摘すると、美緒の顔が曇った。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「もっとシンプルにするとか……」
「シンプルって、つまり地味ってこと?」
「そういう意味じゃないけど……」
「愛子はいつも現実的すぎるよ」
美緒の声にイライラが混じる。
「現実的じゃなきゃ実現できないでしょ」
「でも夢がないじゃん。もっとワクワクするものを作りたいのに」
「ワクワクも大事だけど、ちゃんと計画しないと……」
「計画、計画って、愛子はそればっかり!」
美緒の声が大きくなった。図書室の他の生徒たちがこちらを振り返る。司書の山田先生が注意の視線を向ける。
「二人とも、静かにしてください」
「すみません……」
私たちは小声で謝った。でも空気は最悪。重い沈黙が落ちる。
「ねえ、愛子」
美緒が低い声で言う。
「私のこと、信用してない?」
「え?」
「いつも私の意見を否定するよね。『現実的じゃない』とか、『予算オーバーする』とか」
「そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どういうつもり?」
美緒が私をじっと見る。瞳に傷ついた色。
「私、真剣に考えてるんだよ。文化祭を成功させたいって。でも愛子は私のこと信用してないんだね」
「違うよ!」
私は思わず声を上げた。また山田先生が注意してくる。
「二人とも、図書室では静かに。話し合いは別の場所でしてください」
「すみません……」
私たちは図書室を出た。廊下で向き合う。夕陽が斜めに差し込み、二人の影を長く伸ばす。
「愛子、私の意見どう思ってるの?」
美緒が真剣な顔で聞いてくる。
「美緒の意見は……素敵だと思うよ。でも……」
「でも?」
「現実的に考えないと失敗するかもしれない」
「失敗、失敗って、やる前から諦めてどうするの?」
美緒の声が震える。
「諦めてないよ。ただ慎重になってるだけ」
「慎重すぎるんだよ、愛子は」
美緒が涙目になった。
「私、愛子と一緒に頑張りたかった。でもこんなに意見が合わないなら……」
「美緒……」
「もういい。一人でやるから」
美緒はそう言って走り去った。足音が遠ざかる。私は呆然と立ち尽くしていた。何が起きたんだろう。美緒と喧嘩してしまった。胸が締め付けられるように痛い。
その夜、私はベッドで丸くなっていた。毛布の温もりが、かえって孤独を強調する。美緒との喧嘩が頭から離れない。私、何か間違ったこと言ったかな。ただ現実的に考えただけなのに。でも美緒を傷つけてしまった。
スマホを見ると、美緒からのメッセージはない。いつもなら「おやすみ!」って来るのに。私から送ろうか。でも何て言えばいい? ごめん、とだけ送っても伝わらない気がする。結局、何も送れなかった。涙が溢れてきた。枕が濡れる。美緒と仲直りしたい。でもどうすればいいのかわからない。私たち、このままなのかな。
私はいつもより早く学校に着いた。美緒に会ってちゃんと話したかった。朝の陽射しが教室を明るく照らす。でも美緒は来なかった。ホームルームのチャイムが鳴る直前、美緒が駆け込んでくる。いつものギリギリ。でも彼女は私の方を見なかった。自分の席に座り、すぐに下を向く。
声をかけられなかった。授業中も、美緒は一度もこちらを見ない。休み時間も、お昼休みも、他の子と話している。まるで私を避けているかのようであった。胸が苦しかった。
明美が心配そうに声をかけてくる。
「愛子、美緒ちゃんと何かあった?」
「うん……喧嘩した」
「そっか……仲直りしないの?」
「したいけど……何て言えばいいか、わからない」
明美は少し考えてから言った。
「愛子の気持ち、ちゃんと伝えた方がいいよ。謝るだけじゃなくて、なんで喧嘩になったのかちゃんと話し合わないと」
「うん……」
明美の言う通りだ。ちゃんと話さないと何も解決しない。でも勇気が出なかった。拒絶されるのが、どうにも怖かった。
放課後。
文化祭実行委員のミーティングがあった。私と美緒は同じ教室にいるのに、目も合わせない。空気が張り詰めている。
井上さんが進行する。
「では、デコレーション担当から進捗報告をお願いします」
美緒が立ち上がる。
「デコレーションはシンプルな感じにすることにしました。予算内で収まるように工夫します」
声はいつもより小さく、元気がない。私は胸が痛んだ。美緒、あんなに華やかなデコレーションを考えていたのに。私のせいで諦めさせてしまった。
「メニュー担当は?」
「メニューは予定通りです」
私も簡潔に答えた。ミーティングは淡々と進んだ。でも私と美緒の間には大きな溝があった。終わると美緒はすぐに帰ってしまった。その背中を見送ることしかできなかった。寂しさが胸に広がる。
次の日も、美緒は私を避けた。もう三日目。このままずっとこうなのかな。もう友達に戻れないのかな。そんなことを考えていたら、涙が出てきた。トイレの個室で一人で泣いた。美緒がいない日常なんて考えられない。美緒の笑顔が見たい。美緒の声が聞きたい。美緒と話したい。でもどうすればいい?
個室から出ると、明美が待っていた。
「愛子、泣いてた?」
「うん……」
「まだ美緒ちゃんと話してないの?」
「話せない……怖いんだ」
「何が?」
「もし美緒がもう友達じゃないって言ったら……」
明美が私の肩を掴んだ。力強い視線。
「愛子。逃げちゃダメだよ」
「え……?」
「美緒ちゃんもきっと同じこと考えてる。愛子が怖がって逃げたら、二人とも傷つくだけだよ」
明美の言葉が心に響いた。
「勇気出して。ちゃんと向き合って」
「うん……」
私は決めた。今日、美緒と話す。ちゃんと向き合う。
放課後。
私は美緒を探した。教室にはいない。図書室にもいない。どこだろう。校舎を歩き回って、やっと見つけた。屋上。美緒が一人でフェンスに寄りかかっていた。風が彼女の髪を揺らす。
「美緒」
声をかけると、美緒が振り返った。
「愛子……」
「話、していい?」
美緒は少し迷ったような顔をしたけど、頷いた。私は美緒の隣に立った。夕陽が水平線に沈み、空がオレンジと紫に染まる。
「美緒、ごめん」
「え……?」
「この前、美緒の意見を否定しちゃって。美緒、傷ついたよね」
美緒は何も言わなかった。風の音だけが聞こえる。
「私、計画を立てるのが好きで、失敗するのが怖くて。だからつい慎重になりすぎちゃう」
私は続けた。声が少し震える。
「でも美緒の意見は素敵だった。私には思いつかないような、ワクワクするアイデアで」
「本当?」
「本当だよ。美緒の絵、すごく可愛かった。あれを実現できたら絶対素敵な文化祭になると思う」
美緒の目が少し潤んだ。
「でも、私……愛子を困らせちゃった」
「ううん、困らせてないよ」
「だって愛子は現実的に考えてくれてたのに、私が夢ばっかり見てて……」
美緒が俯いた。肩が小さく震える。
「美緒のアイデアは素敵だよ」
私は美緒の手を握った。温かい。繋がっている感じがする。
「二人で一緒に考えよう。美緒のアイデアを現実にする方法」
美緒が顔を上げた。
「愛子……」
「仲直りできる?」
美緒が涙を流しながら頷いた。
「うん……」
私たちは抱き合った。温かかった。美緒の温もりが私を包み込んでくれる。心の棘が溶けていく。
「ごめんね、愛子。私も意地張っちゃって」
「ううん、私もごめん」
しばらくそのまま抱き合っていた。風が優しく屋上の周囲を吹き抜けていった。
その日から、私たちは本気で文化祭の準備に取り組んだ。
美緒のデコレーション案を予算内で実現する方法を一緒に考えた。百円ショップで材料を探したり、手作りで工夫したり。図書室や空き教室で作業する時間が増え、美緒のアイデアと私の計画性が合わさって、少しずつ形になっていく。
「愛子、これ見て! 折り紙でハート作ったんだ!」
美緒が嬉しそうに差し出す。色とりどりのハート。
「可愛い! これならコストも抑えられるね」
「でしょ? たくさん作って飾ろう!」
二人で作業する時間は楽しかった。笑い声が絶えない。喧嘩する前より、もっと仲良くなれた気がする。お互いの違いを認め合って、尊重し合えるようになった。
明美も時々手伝ってくれた。
「二人とも仲直りできてよかったね」
「うん。明美のおかげだよ」
「私は何もしてないよ。二人がちゃんと向き合ったから」
明美は優しく微笑んだ。文化祭まであと二週間。準備は順調に進んでいた。




