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イケメン男子

担当編集者の田中さんとカフェで打ち合わせをしながら、遥は次回作のプロットについて話し合っていた。

「ここの伏線なんですけど、もう少し早めに回収したほうがいいと思うんです」

「確かにね。読者が忘れちゃう前に——」

 田中さんが何か言いかけた瞬間、遥の視線が窓の外へと吸い寄せられた。

 いや、窓の外ではない。店の奥のソファ席だ。

(……美緒?)

 見間違えるはずがない。金髪に染めた髪、盛りに盛ったメイク、ヒョウ柄のバッグ——美緒が、そこに座っていた。

 問題はその向かいにいる人物だった。

 すらりとした長身で、制服ではなくシンプルな白シャツにデニムという格好をしている。高校生か、大学生になりたてくらいだろうか。ただそれにしては随分と落ち着いた雰囲気を纏っていて、整った顔立ちが店内の照明の下でどこか絵になっていた。同年代とは思えないようなオーラがある。

 その彼と美緒が、何やら真剣な表情で話し込んでいた。

「白石さん?聞いてますか?」

「あ、す、すみません!」

 慌てて田中さんに向き直りながら、遥は何度もちらちらと奥の席を確認してしまった。美緒があんなイケメンと、いったい何を話しているのだろう。

 打ち合わせが終わる頃には、美緒の姿はもうなかった。


翌日の朝、遥が教室に駆け込むと、すでに愛子と明美が席に着いていた。美緒の席は空いていた。

「今日、美緒、バイトだからって授業が終わるなり帰ったよ」と愛子がスマホを見ながら言った。

「ちょうどよかった」遥は二人の机に身を乗り出した。「昨日、美緒を見ちゃったんだけど」

「見た? どこで?」

「カフェ。編集さんとの打ち合わせ中に」遥は声を潜めた。「めちゃくちゃイケメンと、ふたりきりで話してたの」

 愛子の目が丸くなった。

明美が「え」と素っ頓狂な声を上げる。

「イケメンって、どのくらい?」と明美。

「どのくらいって……なんか、芸能人みたいな感じ。高校生か大学生くらいだと思うんだけど、すごいオーラがあって」

「年上じゃないの?」

「ううん、たぶん同じくらいだと思う。でもなんか、ふつうの男子と雰囲気が全然違ったんだよね」

 愛子が腕を組んで唸る。「美緒、彼氏いるとか言ってなかったよね」

「でも隠れて会ってる可能性は?」と明美。

「あの美緒が隠すかな。好きな人いたら絶対自慢するでしょ」

「確かに」

 三人で顔を見合わせる。

「じゃあ……なんだろう。幼なじみ?」

「にしては、ふたりともすごく真剣な顔してたんだよね」遥は昨日の光景を思い返す。「なんか、話し合いっていうか、交渉みたいな雰囲気だった」

「交渉!?」明美が身を乗り出す。「同年代のイケメンと交渉って、どういう状況?」

「わかんない。だから気になってて」

「もしかして、美緒って裏の顔があったりして」と明美が声を潜める。

「物騒なこと言わないでよ」愛子が苦笑した。「でも確かに気になるよね。あの美緒が隠し事してるって、それだけで一大事だし」

「そうそう。なんでも全部しゃべるじゃん、あの子」

 三人が笑い合った瞬間、教室の扉が開いた。

 でも入ってきたのは担任の先生で、美緒ではなかった。


放課後、三人が校門をくぐろうとしたとき、遥は思わず足を止めた。

「……あの人」

 小声でそう言うと、愛子と明美も視線を向ける。

 校門の脇に、昨日カフェで見た男性が立っていた。改めて見ると、やはり同年代に見える。ただ制服姿の男子たちがわいわいと帰っていく中で、彼だけが明らかに空気が違った。スマホを操作しながら誰かを待っているようで、その立ち姿ひとつが様になっている。

「……ほんとにイケメンじゃん」と明美が小声で言った。

「でしょ」と遥。

「高校生?」と愛子。

「わかんない。でも遠目で見るとそのくらいに見えるよね」

 三人が固まっていると、男性がふいに顔を上げた。そのまま視線がさっと三人の間を流れて——愛子のところで、止まった。

 遥はそれに気づいたが、愛子は気づいていないようだった。

 男性の方から近づいてきた。

「あの、すみません」

 年相応に聞こえるが、落ち着いた声だった。至近距離で見ると、整った顔立ちがさらによくわかる。やはり高校生か、せいぜい十八、九くらいだろう。明美が遥の腕をそっとつねった(痛い)。

「桐谷美緒さんのクラスメイトの方ですか? 」

「あ、はい、そうです」愛子は何とか平静を装った。「あの、美緒と、お知り合いですか?」

 彼は少し考えるような間を置いてから、穏やかに微笑んだ。

「よかったら、少し話しませんか。近くにお店ありますよね」


学校近くにある「麺屋 大輝」は、安くてボリュームたっぷりと学生に人気のラーメン屋だった。四人で座敷の奥の席に落ち着く。美緒はバイト中なので、ここにはいない。

「自己紹介が遅れました。橘諒です。一応、高校生です」

「一応って何ですか」と明美が思わず笑った。

「だってみんな、大学生か社会人だと思って見てたでしょ」

 実際そうだったので、遥たちは顔を見合わせて苦笑した。諒は特に自慢げでもなく、ただ事実として言っているようだった。

「えっと、諒くんと美緒はどういう関係なんですか?」と愛子が訊く。

「同じ事務所の、同期です。……昔の、ですが」

「事務所?」

 諒はスマホを操作して、画面を三人に向けた。

 ファッション誌の特集ページだった。他のモデルたちに混じって、橘諒の名前とともに大きく写真が掲載されている。凛とした表情でカメラを見つめる彼は、高校生とは思えないほど堂々としていた。

「……モデルさんなんですか」

「はい。主にティーンズ向けのメンズ誌を中心に。美緒ちゃんとは同じ事務所で同期デビューだったんです」

 愛子と明美が同時にスマホを取り出して検索し始める。「本物だ」「結構有名じゃん」と小声で囁き合った。

「じゃあ、昨日のカフェでは何を話してたんですか?」と遥は訊いた。

「美緒ちゃんに、また戻ってきてほしいって話をしてたんです。モデルに」

「え、美緒も昔モデルをやってたってこと?」と明美。

「そうです」

 諒はそう答えてから、スマホをさらに操作して、今度は別の写真を三人に差し出した。

 白いワンピースを纏った少女が、柔らかな光の中に佇んでいる。ふわりとした黒髪、飾り気のない清楚な微笑み。どこか儚げで、まるで映画のワンシーンから切り取ったような——

「……え」

 愛子は二度見した。

「これ……美緒ですか?」

 遥も明美も、画面をまじまじと見つめて固まっている。

金髪のギャルと、写真の中の清純な少女。どう見ても結びつかない。

「事務所の看板みたいな存在で、俺より先に売れてたくらいです」

「あの美緒が……」と愛子がぽつりと言った。

「信じられないですよね」諒は苦笑する。「俺も最初、今の美緒ちゃんを見たとき、同一人物だって気づくまでしばらくかかりましたし」

「なんでやめちゃったんですかね」と明美は写真を見ながら言った。

「本人に直接聞いたわけじゃないですけど」諒はラーメンのスープをひとくちすすってから続けた。「昨日話した感じだと、今の自分の方が自分らしいって思ってるみたいで。清純キャラで売ってたのが、どこかしっくりこなかったみたいなんです」

「あー……」遥は思わず納得してしまった。「確かに今の美緒って、すごく美緒っぽいですもんね」

「そうなんですよ。だから俺も、無理に連れ戻したいわけじゃなくて」諒はスマホを手の中で弄びながら言った。「ただ、もし気が変わったときのために、扉は開けておきたくて。昨日会いにいったのも、そういう気持ちが大きかったです」

 三人はしばらく無言で写真の美緒と、諒の顔を交互に見比べた。

「美緒、このこと知ってるんですよね? 諒くんが私たちに話してくれたこと」と愛子。

「いえ、それは……」諒は少し困ったように頭を掻いた。「まあ、怒られるかもしれないですね」

「絶対怒られますよ」と愛子が即答した。

「そうですよね」諒は苦笑しながらも、どこか飄々としていた。「でも、美緒ちゃんのこと大切に思ってる人たちなら、知っておいてもいいかなと思って」

 なんとなく話が一段落して、四人はそれぞれラーメンに向き合った。

そのとき、諒がふいに口を開いた。

「あの」

 声のトーンが、さっきまでと少し違った。遥と明美が顔を上げる。

 諒の視線は、愛子に向いていた。

「……え、私?」愛子が自分を指さす。

「来週の土曜日、空いてますか」

 一瞬、テーブルの空気が止まった。

「え、と」愛子が目を瞬かせる。「それって……」

「よかったら、一緒に出かけませんか」

 諒はごく自然に、まるで天気の話でもするかのような顔で言った。ただその話を切り出された愛子の耳がほんの少し赤くなっていたのを、遥はしっかり見逃さなかった。

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