第8話「夢の終わり」
「メルリア様は『性別というものは3つある』と話した。1つ目は『女』。2つ目は『女体化した女』。3つ目は『まだ女体化していない女』。まだ女体化していないならそいつは男だろと民衆は思ったが、それを言うと更に性別が増えそうなので、黙っていた」
───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)
王城には、いつもと変わらぬ穏やかな時間が流れていた。
玉座の間では、黒いローブをまとった小柄な少女が、いつものように玉座に腰を下ろし、片肘をついてぼんやりと宙を見つめている。
水色のツインテールが軽やかに揺れ、その頭にはぴょこんと立つアホ毛が、今日も元気そうに自己主張していた。
メルリア。――異世界転生によってこの国の王となった少女である。
「メルリア様〜!」
耳をぴくぴくと揺らしながら、二足歩行のウサギの半獣人・ラビが王室へと飛び込んできた。
彼のいつもどおりの元気な声に、メルリアは嬉しそうに顔を上げる。
「メルリア様、今日はボク、一日中ずっと暇なので、ご飯食べに行きましょうよ!」
「いいね!」
メルリアはぱっと笑顔になり、即座に応じた。
ラビも満足そうに笑みを返す。その目は、まるで何かを期待する子どものように輝いていた。
「メルリア様が前に言ってた『ラーメン』って食べ物、あれを是非作りたいって料理人が現れて、それを再現したらすごく美味しくって! 今日、その店が開店するんですよ!」
「えっ!すごい! ラビが話してくれたってこと!? ありがとう!」
「ふふーん! ボクはスゴイのです!」
胸を張るラビの姿に、メルリアはくすっと笑った。
ふと、メルリアは周囲を見回す。
「あれ? バッテン君は? いつも王室にいるのに、今日は見当たらないね」
「バッテンさんは今、お買い物に行ってますよ。メイドの初給料を、メルリア様へのプレゼントに使いたいんだとか」
「ええっ!? なんか皆、僕のために色々やってくれて……嬉しいな。僕は王として、なんにも出来てないのに……」
「何言ってんですか」
ラビは言葉を遮り、メルリアの手を取るような勢いで進み出る。
「メルリア様、はやくご飯行きますよ。色々と話したいこともありますし」
「よーし、行こう! とっても幸せだなぁ〜!」
メルリアはローブの裾をひるがえし、ラビと共に玉座の間を後にした。
穏やかな陽光が、二人の背中をやさしく照らしていた。
◇◇
一方その頃、メルリア城の正門前――。
今日もこの国には、のんびりとした平和の風が吹いていた。
赤い甲冑を着た門番は、大きなあくびを一つ。
陽気は心地よく、敵の影などどこにも感じられない。
何百年も戦のない国の最前線とは、かくも穏やかなものだ。
だが、その平穏は唐突に破られる。
ふと門番が視線を前に向けると、そこには「誰か」が立っていた。
「……いつの間に?」
誰も通った気配などなかった。だが確かに、そこに一人の人物がいる。
やや大きめの白いローブを纏い、背は低い。
つるりとした白い肌と黒髪。
その顔立ちは少女のように整っている。華奢な体つきも相まって一見すると女の子のようだが、よく見ると男である。
年の頃は16、メルリア王と同じくらいの背丈だ。
左手には黒く無骨な杖を携えている。先端には小型の車輪が付いていた。
「いつの間に?誰だい君は。ここはメルリア王のお城なんだよ」
門番は穏やかな口調で声をかける。
しかし、白いローブの少年はその問いかけには答えず、鋭く睨みつけてきた。
「……この国は平和だな。何百年も戦争が起きていないから、危機感というものが無いのだろうな。そして、この国は適当で、いい加減だ。それでも成り立ってしまうくらいに平和で、穏やかな国民しかいないというのは、まぁ、良い事なのだろう」
その口調は冷たくも理知的で、どこか侮蔑が混じっているようだった。
門番は困惑しながらも首を傾げる。
「君は……何しに来たの?」
すると、少年はそれを無視して、逆に問い返してきた。
「ここの王様は、なんて名前なのか答えろ」
「え?えーっと……メルリア王だよ。ここはメルリア国なんだから、王の名前はメルリアだよ」
「そうか……その王のことを、どう思っているんだ?」
「素晴らしい王様だよ! 悪いツルギノ王を倒してくれたからね! 変な人ではあるけど、良い人だと思うよ!」
門番は笑顔を交えてそう答えた。
だが――その瞬間、少年の瞳がすっと細くなった。
「なるほど。ヤツを信仰しているのか」
その呟きと同時に、少年の左手が軽く動いた。杖がふわりと宙を描く。
「……ッ!?」
何が起きたのか、門番は理解する間もなかった。
閃いた何かが瞬時に甲冑を切り裂き、血飛沫が宙を舞う。
「じゃあ死なないといけないよな」
門番はそのまま地面に崩れ落ちた。
動かぬ身体が静かに血の海を広げていく。
少年はその様子を一瞥すると、無言のまま両の扉に手をかけた。
ギィィ……と、重々しい音を立てて開かれる門。
彼は堂々とした足取りで、メルリアの城内へと歩みを進めていった。
まるで、自分がそこに招かれるべき存在であるかのように。
◇◇
メルリア城の広く長い廊下を、一人の侵入者が音もなく歩いていた。
純白のローブを纏い、無表情のまま、まるで自分の城であるかのように堂々と。
その歩みの先、廊下の片隅に、鮮やかなオレンジ色のツインテールが揺れていた。
一人のメイド服姿の少女が、モップを使って床の掃除をしている。
「ん?お客さんッスか?」
少女は警戒心もなく、気さくに話しかけてくる。
小柄で明るい声の持ち主は、まだあどけなさを残していた。
「……ああ、ここの王に用があってな」
「メルリア様に用があるんスか?じゃあ、オレっちが案内するッス!いやー、他の使用人は今日はお休みで、オレっちくらいしか居ないんスよ。申し訳ないッス」
少女は気軽に名乗る。
「オレっちはコルミィって名前ッス!お客さんは、メルリア様にどんなご用があるんスか?もしかして、他の国の人ッスか?」
ローブの少年は無感情に返す。
「……人?違うな。俺は人間ではない。種族は――『神』だ」
「ええっ!?神様!?」
驚きの声が廊下に響いた。コルミィは一歩後ずさる。
「分からんのも無理はない。神と人は姿が近いからな。証拠を見せてやろう。神のスキルカードは、普通とは違うからな」
「……あっ!聞いたことあるッス!なんかの伝承によると、神様のスキルカードは黄金色のカードなんスよね?」
少年は静かに手を前へ差し出し、呟いた。
「ゴッドスキル《地上神》」
瞬間、彼の掌に黄金の光が集まり、そこから一枚のスキルカードが現れた。
煌めくカードには、黒の紋様が浮かび上がっていく。
「すごいッス!オレっち、こんなの初めて見たッス!でも、なんで神様が、メルリア様に会いに?」
コルミィの問いに、少年は視線を向けた。
「……お前、自分のことを『オレっち』と言っているな。 他人の一人称だから自由だが、あまり女らしい喋り方ではないな?」
コルミィは苦笑いを浮かべ、少しだけ視線を逸らす。
「……ああ、それは、オレっちが女体化したからッス。オレっちが瀕死の状態だったのを、メルリア様のスキルで助けて貰ったんスけど、そのせいで女体化しちゃって」
「嫌じゃないのか?女体化するのは」
「まぁ、最初は戸惑ったんスよ。『男らしくなりたい』って思ってたのに、どうしようって。でも、メルリア様の戦いを見て、男らしさっていうのは見た目のことだけじゃないって気付いたんス。だから今は、この姿でも良いかなって思ってるし……本当の男らしさを教えてくれたメルリア様には、感謝してるッス」
「そうか。ヤツのことを信仰しているようだな」
少年の口元に微かな嘲笑が浮かぶ。
彼が杖をひと振りすると、手にしていた黄金のカードは、まばゆい閃光とともに弾け、霧散した。
「男なのに、女の姿を受け入れてしまっているのか。元に戻る術が無いとはいえ……本当に気持ちの悪い考え方だ」
その瞬間、コルミィの足元――廊下の床が砕けた。
銀色に輝く宝石のような尖った岩が、地面から勢いよく突き上がり、天井まで突き抜ける。
「っ!!」
一瞬のことであったが、コルミィは反射的に身体をひねり、その岩をぎりぎりで避けた。
だが、破壊された床材の破片が肩を裂き、赤い血が滲む。
「元、盗賊なだけあって、素晴らしい身のこなしだな」
「っっっぶねぇ!!オレっちが避けるの遅れてたら、死んでたッスよ!!今のはテメェのスキルなんスか!?」
コルミィが怒鳴るように叫ぶが、少年の態度は変わらない。
「……いいから早く案内しろ。俺の目的は――この城の王を殺すことだ」
その言葉は、まるで世界の温度を一瞬で下げるかのように、冷たく響いた。
コルミィはスカートの裾をめくり上げ、太ももに巻かれたホルスターから一本のナイフを抜き取った。
細身ながら刃は鋭く、かつて盗賊として生きていた証でもあった。
「……オレっちが元々、盗賊だったってのも知ってんスか?……テメェ、なんなんスか!神様だとしても、メルリア様を殺すなんて、絶対に許さないッスよ!!」
怒気を孕んだ声が、廊下に響く。
だが少年は、変わらぬ無表情で呟いた。
「そうか。ヤツを信仰しているのか。……じゃあ、お前も殺すことになるな。……もし死にたくなければ、早く案内しろ」
その瞬間、廊下の床が音もなく裂けた。
コルミィの背後と、少年の背後――両方から、滑らかで巨大な銀色の岩が、壁のように立ち上がる。
前にも後ろにも進めない。
閉ざされた空間が完成した。
「ほうら、どうする?閉じ込められてしまったな。……言っておくが、叫んでも声は届かない。そして、誰も来ない。さぁ、俺をヤツの所まで案内しろ。でなければ、お前は確実に死ぬことになる」
コルミィはふと振り返り、背後の鏡のように滑らかな銀色の壁を見る。
そこには、女の姿の自分が映っていた。……かつてとは違う、今の自分。
「……この姿は、メルリア様から貰ったモンだ。それを馬鹿にしやがったな?……許さないッス」
「――ああ。馬鹿にしている。お前の信仰している主人も殺すつもりだ。俺はお前よりも確実に強い。死にたくないなら、従うしかないぞ」
その理屈に、コルミィは噛み締めるように叫ぶ。
「メルリア様は!今のオレっち達のアタマ張ってんだ!!オレっちがここで退いたら、メルリア様まで舐められちまう!!んな事できねぇッスよ!!」
少年の瞳が細められる。そこに一抹の興味の色が混じる。
「……姿や立場が変わっても、その精神性は盗賊のままだな。……神に楯突くのか?死ぬぞ?」
「うちのアタマに手は出させねぇ!!死んでもここで食い止めるッス!!」
コルミィの足元が砕けた。
だが、その瞬間、彼女は跳び上がる。岩が飛び出るよりも早く。
まるで獣のような反射神経で、真っ直ぐに少年へと走り出す。
だが――その動きが止まった。
「……ッ!?足が!」
足首に絡みついたのは、地中から伸びた蔦のような銀の植物。
動きを止められたコルミィは、すぐさまナイフを振るい、それを切断する。
しかし、次の瞬間――
「ぐっ……!」
地面から放たれた無数の小さな岩片が、散弾のようにコルミィの身体を打ち据える。
鋭い痛みと共に吹き飛ばされ、背後の岩壁に叩きつけられた。
激しい衝撃に、息が詰まり、背中を強く打って床に崩れる。
荒く息を吐きながら、コルミィは天井を睨むように見上げた。
「……満足したか?」
少年の声が、静かに響く。
「これだけボロボロになったら、ヤツも許してくれるだろうよ。誰もお前を咎めたりはしない。……ほら、ヤツのところまで案内すると言え。そうすれば助けてやる」
その口調は優しげですらあったが――それは“遊び”にすぎなかった。
実力の差は歴然。こちらにはスキルすらない。
これは“勝負”ですらない。ただ“絶望”を突きつけられているだけだった。
きっと、この神と名乗る少年は、コルミィが信念を捨てて、無様に命乞いをし、主人を差し出すのを見たいだけなのだ。
コルミィは、ゆっくりと立ち上がった。
ナイフを握ったまま、血を吐きながら。
「……よぉーく分かったッス。オレっちは馬鹿にされてるんスね。徹底的に痛め付ければ、考え方を変えるって思ってやがるんだ。だって、ここで命乞いした方が楽だから。オレっちが損得で動いてるって思ってるワケだ」
少年は淡々と返す。
「お前がどう行動したところで、ヤツは死ぬぞ?無駄な足掻きはやめておけ。損得で考えろ。それくらいの知能はある筈だ」
コルミィは傷だらけの身体で立ち尽くし、鋭く少年を睨みつけた。
その眼差しには、揺るぎなき意思が宿っている。
「損得よりも、大事なモノがあるッス。この命より、何よりも大事なモノ」
沈黙の後、少年が冷淡に訊ねる。
「……なんだそれは」
コルミィは、堂々と胸を張って言い放った。
「夢だ」
少年は僅かに眉をひそめる。無感情に見えたその目に、かすかな疑問の色が宿った。
「……夢だと?」
「オレっちの夢は、男らしく生きる事!強く逞しく生きる事ッス!……それを教えてくれたのはメルリア様だ!!」
言葉に力がこもる。
今も脳裏にはっきりと焼き付いている。あの時の戦い、あの人の背中。
「メルリア様は、こんな状況でもきっと逃げないッス!だから、オレっちは夢のために戦う!決して怯んだりしない!!」
言い放つや否や、コルミィは手にしたナイフを鋭く投げ放った。
一直線に、少年の眉間を狙うように。
だが、少年は落ち着いた仕草で杖を振り、刃を弾き飛ばす。
「随分、ヤツの考えに染まっているな……。もういい、殺す」
少年の言葉と同時に、コルミィの足元が割れた。
岩の柱が飛び出そうとするが、その瞬間にはもう、コルミィの姿はそこにはなかった。
跳び上がりながら、袖口から取り出したもう一本のナイフを空高く放る。
ナイフは天井にぶつかり、鋭く弾かれる。
そして――落ちてくる。少年の真上へと。
「避けても、弾いても……その隙を突いて、オレっちがテメェの首をかっ切る!!クソ野郎がぁ!!殺してやるッス!!」
叫びながら、コルミィは空中から落ちるナイフと入れ替わるように俊足で接近し、別のナイフを構えて飛び込む。
少年は、落ちてきた刃をまたもや杖で弾いた。
その直後、コルミィが目の前へと迫る。
「終わりッス!!」
だが――
少年の杖が、突如として光を放つ。
取り付けられた小さな車輪が「キリキリ」と回転を始めた。
少年が静かに呟く。
「魔神機《嘲弄朽》」
次の瞬間、コルミィの腹部が爆ぜた。
炎と血が同時に弾け、爆風が廊下を吹き抜ける。
「ぐ、うっ……!!」
辺りが爆煙に包まれる。
少年は静かに語る。
「神は人間や魔物とは別格だ。……神はそれぞれ、神にのみ使う事が許される“魔神機”を持っている」
少年は続ける。
「所詮、スキルなどというものは精神を能力化しただけの、ありふれた現象。人間や魔物にも使える程度のつまらん技だ。……それに比べ、俺のこの杖は、それとは格が違う。そしてこの杖は、そんな魔神機の中でも最強。神々の頂点とされる――」
その言葉を途中で断ち切ったのは、鋭く飛び出したナイフだった。
爆煙を切り裂きながら現れた、もう一本の刃。
「……投げたのか?あの爆発を食らいながら……!?」
少年は杖を振り、ナイフを弾く。
そこへ、爆炎の中からコルミィが飛び出す。
服は焼け焦げ、腹部から血が滴っている。それでも彼女は、振りかぶったナイフで迫った。
「ひるむかよ、クソ野郎」
狂気に満ちた血走った目を向けて、コルミィはナイフを振り下ろす。
少年が慌てて杖を構え、唱える。
「《嘲弄朽》!!」
またしても、コルミィの身体が爆発した。
今度は右腕が破壊され、ナイフが宙を舞う。
だが――
コルミィはすかさず左手でナイフを掴む。
そして振り下ろす。
更なる爆発。今度は左腕が吹き飛ぶ。
両腕を失っても、なお怯むことなく、足で地を蹴り、渾身の蹴りを放った。
それは、かつて彼女が目に焼き付けた戦い方。
全身ボロボロになっても、なお前へ進み続けた――
あのメルリアの戦い方だった。
コルミィの蹴りが、少年の顔面に届かんとする刹那――
その右足が、またしても《嘲弄朽》の爆炎に包まれた。
乾いた破裂音と共に、右足は粉砕され、コルミィの身体は無残にも宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
彼女はもう、動かない。
両腕も足も失い、顔も身体も血と煤で汚れ切っていた。
「……ようやく死んだか」
少年がぽつりと呟く。
感情のないその声に、どこか一抹の驚きと哀れみが混ざる。
「夢のためにここまで抗うとはな……なかなか男らしい奴じゃないか」
その時、背後で銀色の岩壁が爆ぜる。
崩れ落ちる轟音が響き、粉塵が辺りを包んだ。
少年は静かに踵を返し、王室の方へと歩み出す。
……だが。
ピクリ、と。
空気が震えるような気配を感じ、少年はふと振り返る。
そこには、信じがたい光景があった。
「……なんだと……!?」
コルミィが、動いていた。
壁に背を預け、両腕も片足もないその身体で、なお立ち上がろうとしているのだ。
血だまりの中、ずるずると体を引きずりながら。
「へへっ……そうかい。男らしいか」
声はかすれていたが、確かに笑っていた。
「本当にそうなら、死んでも良いんスよ……でも、こんなんじゃまだまだ……主の為に身体張ったとは言えねぇな?」
瞳が炎のように揺らめいている。
「メルリア様は、この程度じゃないッス!!」
その名を口にする時、声が震えた。
「やめておけ」
少年は抑えきれぬ苛立ちを滲ませる。
だがその声には、どこか――哀しみに似た色があった。
「どれだけ男らしさを目指そうと、お前の姿は“それ”なんだ。結局お前は――」
「女体化したから、なんだってんだよぉッ!!」
コルミィが、絶叫した。
「オレっちの夢には、そんなもん関係ねぇんだよ!!誰がどう言ったって関係ねぇ!!心が折れねぇ限り、オレっちは夢を貫く!!」
少年の瞳が、一瞬だけ揺れた。
……彼は、右手をゆっくりと自らの左胸に当てた。
まるで心臓を握り締めるように、服を強く掴む。
そして、静かに杖を振る。
「……死ね。《嘲弄朽》」
業火が、再びコルミィを包み込んだ。
爆炎は狂おしいほどに渦を巻き、彼女の身体を打ち据える。
吹き飛ばされるようにして、コルミィは地に伏した。
動かない。
今度こそ、全てが終わったかのように。
しばらく、少年はその場に佇んでいた。
そして、やがて何も言わずに背を向ける。
王室へと、ゆっくりと足を進めていく。
灰と血と、静寂だけが、そこに残された。
◇◇
その頃――
メルリアとラビは、王室を抜け出し、ラーメンを食べに行こうとしていた。
「ラビ!早く行こう!」
「はいっ!今日は醤油で決まりですね!」
和やかな雰囲気のまま、玉座の扉へと近づく――その瞬間。
扉が音もなく開き、ひとりの少年と鉢合わせた。
白いローブを纏い、手には黒い杖。
少年の身体は返り血に染まっており、その瞳には冷たい炎が宿っていた。
メルリアは足を止め、息を呑む。
見間違えるはずがなかった。
その顔、その髪、その背格好。
――まるで、自分自身。
まだ“女体化”する前の。
まだ、現代日本で生きていた頃の――少年だった頃の、自分にそっくりだった。
「君は……?」
戸惑いと恐怖を押し殺して、メルリアは言葉を発した。
少年は無感動な口調で応じる。
「俺の名は、メルザルト・セシリアだ」
そして、静かに続ける。
「お前が騙った神だよ」
言葉の意味が理解できず、メルリアは凍りつく。
だが――
直後、王室全体が轟音と共に大爆発に包まれた。
柱が倒れ、壁が崩れ、燃え上がる魔力の炎があらゆるものを飲み込む。
「メルリア様――ッ!!」
ラビの叫びも虚しく、二人は爆風に呑まれ、空へと投げ出された。
その空中で、翼も持たないはずの少年が、まるで風そのもののように空を翔け、気絶したメルリアとラビを両腕に抱える。
彼は迷いなく、加速する。
王城を離れ、街を越え、森の方角へと一直線に飛び続けた。
そして――
ふわりと空中で静止すると、そのまま三人は森の奥へと降下した。
◇◇
……メルリアが目を覚ました時、そこには見覚えのある木々が広がっていた。
どこか懐かしい、深い緑と静けさ。
「ここは……!?」
そう、それは彼女がこの異世界に転生した“最初の場所”。
まだ自分が“少女”になった直後、何も分からずに目覚めた、あの森。
そして、ラビと出会った場所。
「そうだ」
不意に、静かな声が落ちる。
「お前が転生したのはこの辺りだったよな? このウサギとはここで出会った。合ってるだろ? 俺は神だからな。知っているさ」
少年はそう言い放ち、冷ややかに見下ろしていた。
「メルリア様!!」
ラビも目を覚まし、すぐにメルリアのもとへ駆け寄る。
その顔には涙と恐怖が滲んでいた。
少年――いや、“神”は、あらためて名乗った。
「そうか、ちゃんと自己紹介したつもりだったんだがな」
白いローブが風に揺れる。
「俺はメルザルト・セシリア。本物の『メルリア神』だ」
言葉が、落雷のように響いた。
「だが、そうなると――そこにいるヤツの名前が無くなってしまうな」
一拍置いて、少年は口角を僅かに上げる。
「……よし、俺のことは『メルザルト』と呼べ。お前はどうせ殺すし、それまでの間だけは、お前のことを『メルリア』と呼んでやる」
無慈悲な宣言だった。
「う、うわっ……本物!?本物のメルリア様!?そうか、勝手に神様の名前を名乗ったから、僕は処刑されちゃうんだ!ごめんなさい、ごめんなさい、なんとか許して下さい!!」
メルリアは地面に額をつけ、必死に土下座をする。
涙声が震えていた。
だが、返ってきたのは容赦のない一言だった。
「駄目だ。殺す」
冷徹に、感情一つ乗せずに言い捨てた。
「すみません、メルザルトさん!!」
ラビが、メルリアの隣で深々と頭を下げる。
「この人に『メルリア』を名乗り続けるように誘導したのは、ボクなんです!この人は……この人は、ボクにとって大切な人なんです!!」
しかし――
「……『偽りの神を信仰する事』もまた罪だ」
メルザルトの言葉は、まるで刃のように冷たく鋭かった。
「このメルリアは殺す。そしてウサギ、お前も殺す。どちらも今ここで、神の手で粛清する」
誰の心も、言葉も、情も届かない。
メルザルトの手が動いた。
杖の先が、真っ直ぐにメルリアへと向けられる。
「やめて……!」
メルリアが叫んだ。
声が、涙に濡れて震えていた。
「駄目だ!! 勝手に神を名乗ったのは、僕なんだ! ラビは関係ない! ラビが死ぬなんて嫌だ! そんなのおかしい! 絶対おかしい!!」
だが、メルザルトの表情は変わらない。
冷酷な神の眼が、ただ静かに見下ろしているだけだった。
するとラビが、勇気を振り絞って顔を上げた。
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「待って下さい、メルザルトさん!」
彼は叫んだ。
「確かにメルリア様は、神の名を騙りました。でも……でも、それで多くの人を救ってきたんです! 人の役に立ち、希望になったんです! だから、どうか――温情を!」
メルザルトは一拍、黙した後、ゆっくりと杖を下ろした。
「……本当に、多くの人を救ったのか?」
抑揚のない声。
だが、確かにその問いには、真実を見極めようとする意志があった。
「聞かせてみろ」
ラビは強く頷いた。
「はい! メルリア様は、コルミィという盗賊団の団員の命を救いました! コルミィは毒蛇に噛まれて――」
「知ってるぞ?」
メルザルトは静かに遮った。
「頭部を、蛇に噛まれていたんだろ? 」
ラビは言葉を失った。
その沈黙を縫うように、メルザルトが話し出す。
「確かにこの森には、“シュラアヘビ”という猛毒を持つ蛇が生息している。噛まれれば、身体は痺れ、やがて命を落とすだろう」
彼の語りは淡々としていた。
まるで、法を読み上げる裁判官のように。
「だが、この森には“ガンゲーヘビ”も棲んでいる。見た目はシュラアヘビに酷似しているが、毒は無く、噛まれても痺れるだけで済む。しばらく安静にすれば、回復する」
ラビは小さく震えた。
「そして、ガンゲーヘビの最大の特徴は……“高く飛び上がる”ことだ。噛みついたのが頭部だったというなら、そいつだった可能性もある」
「そ、それは……!」
「確かに、猛毒蛇がその身体をよじ登ってコルミィの頭部を噛んだという可能性もある。一刻を争う場面で、正確な判断は困難だったのだろう。霊獣族の知識にも限界がある」
メルザルトは少しだけ視線を逸らすように、そして鋭く言葉を突きつけた。
「分からない状況で、取り返しのつかない“女体化”を強行した。そして、コルミィから“男らしくなりたい”という夢を奪った」
ラビの口元が震えた。何も言えない。
メルリアも、顔を伏せたまま動けなかった。
「たとえ、コルミィ本人が『女体化しても関係ない』と言ったとして、それは“妥協”の可能性もある。“気遣い”かもしれない。どちらにせよ――曖昧だ。救ったとは言い切れん」
メルザルトは声を低く、静かに断じた。
「神の名を騙り、人の運命を弄んだ。善意ではあっても、それが善ではない事もある」
「そ、そんな……僕は……!」
メルリアは膝をついた。
嗚咽が喉を詰まらせる。
だが、ラビは再び立ち上がった。
「まだ……! まだです!!」
その声は涙に滲み、それでも真っ直ぐだった。
「フレイムさんは、ずっと……ずっと、女の子になりたかったんです! メルリア様は、その夢を叶えたんです!」
その言葉に、メルザルトの眉がかすかに動く。
だが、口を開いたのは……ため息だった。
「……ふぅ」
沈黙が落ちる。
空気は冷たく、張り詰めたまま――
「フレイムか……」
メルザルトが静かに語り始めた。
その声音には、情ではなく理があった。重く、冷たい言葉が空間を満たしていく。
「……まぁ、最初は他の団員も、フレイムの女体化を受け入れるだろう。だがな、騎士団長というのは、その国の治安と秩序を支える象徴だ」
彼はゆっくりと、杖を地に突いた。無機質な音が、ラビの心に突き刺さる。
「その団長が、ある日突然“女体化”したらどうなる? 国民は不安を抱く。ささやきが、疑念が、波紋のように広がり……やがて、それは仲間の耳にも届くだろう」
メルザルトは、わずかに声を低めた。
「『団長が女体化したせいで』――そうした思いが、自然と膨れ上がっていく。スキルを支える“信頼”が揺らげば、奴は力を失う。フレイムが力を失えば、この国そのものが脅かされる」
その言葉に、ラビが叫んだ。
「違う! メルリア様は……! 夢を叶えるために……!」
「夢、だと?」
メルザルトの視線が鋭くなった。
「そいつが居たせいで、フレイムは女体化を叶えてしまった。……叶えてしまったが故に、フレイムは“不幸”になる」
「フレイムさんが不幸になるかなんて、まだ分かんないじゃないですか!」
ラビの声が震えた。だが、メルザルトの声は一層冷たくなる。
「女体化が、世の中に正しく受け入れられると本気で思うのか?それを理解できるか? ……それでも、お前は頷けるのか?」
詰問に、ラビは何も言えなくなった。視線を落とし、小さく肩を震わせる。
沈黙を割って、メルザルトは話を続けた。
「マーティンの顔の傷を治したそうだな」
その言葉に、ラビは目を伏せたまま小さく頷く。
「彼女はその傷を受け入れていた。ツルギノ王に付きまとわれた経験から、美しい顔立ちである事の危険性を知っていた。だからこそ、傷を持ったままでも強く生きようとしていた」
メルザルトは、まるで過去を見てきたかのように語った。
「だが、“顔を治した”ことで、再び彼女は狙われるかもしれない。元のように。彼女自身が選ばなかった未来を、こいつが押し付けたんだ」
ラビは口を開こうとしたが、声が出ない。
「人を救うとは、現状を満足させることではない。その者の未来にまで責任を持つことだ」
そして、低く、重く――
「フレイムにしても、マーティンにしても。こいつに、果たしてその覚悟があったのか?」
ラビの小さな体が揺れる。答えは、喉まで上ってこない。
メルザルトは、今度は空を見上げるようにして言った。
「ジャラスの老衰を、こいつのスキルで止めたそうだな? だが、“黄金亀のスキル”が本当に存在するかどうかも分からぬままにだ」
彼の視線は雲の向こうの遥かな理想を睨みつけるようだった。
「もし、スキルが存在しなければ、ジャラスは永劫、夢を追い続けるだけの命を手にしてしまう。“諦める”という自然な終わりの時さえ、奪われた」
「違う……僕は……」
メルリアが呟いた。もはや、誰に向けた言葉かも分からないほどに、小さな声だった。
「バッテンや、盗賊団の奴らにしてもそうだ。お前の女体化を目の当たりにし、“強さ”だと錯覚した。ブライガルが崩壊し、空白となった権威の座。そこに現れた、異質な“神”」
メルザルトは視線を戻し、断罪するように言った。
「影響されたに過ぎん。女体化という思想など、長くはもたん。いずれ崩れ、彼らは絶望を味わう。――哀れな末路だ」
ラビは唇を噛み締める。心の中で反論の言葉を探しても、声にならない。
そのとき。
メルザルトが、ゆっくりと彼に歩み寄った。
「……おい、ウサギ」
その声に、ラビがびくりと震える。
「どうして言わない? 『ウィドウに殺されそうになっていたところを、この人に助けられた』――そう言えば、お前の正義は守られる」
「そ、それは……」
ラビの瞳が揺れる。口は開くが、声が出ない。
メルザルトは、またひとつ、ため息をついた。
「……もう気付いてるんだろ。全部、こいつのせいだってことに」
沈黙が森に満ちていた。空気は冷たく、重たい雲のように誰の心にも覆い被さっていた。
メルリアが、ゆっくりと顔を上げる。
その表情には、自責の色と、かすかな希望が入り混じっていた。
だが――ラビは、何も言わなかった。
小さく震えたまま、視線を下に落とし、メルリアの目を見ようとしない。
「……ボクは……」
ラビの声が、わずかに空気を震わせる。
「考えないようにしてたんです。だって……本当にそうなのかなんて、分からないし。もしかしたら間違いかもしれないし、それに……」
ラビはぼそぼそと呟いていた。心の奥底から掘り出された言葉は、弱々しく、どこか逃避のようにも聞こえた。
メルリアは不安げに、ラビを見つめる。
その姿に、メルザルトがふっと鼻で笑った。
「このウサギが、その“可能性”に気付いたのは、ごく最近のことだろうな」
彼の声が、メルリアの方へと向けられる。
「おいメルリア。お前、ジャラスから“転生者”の話を聞いたよな?」
「……え? 聞いたけど……」
メルリアは眉を寄せて思い出すように呟く。
「たしか、転生者が現れる1ヶ月前くらいから、その土地の魔力が薄くなるとかって……そんな感じだった気がするけど……」
その言葉に、ラビの顔がみるみる青ざめていった。
口元が震え、体がこわばる。
「おい、ウサギ。森の仲間たちが、ウィドウに狩られるようになったのは……いつからだ?」
メルザルトの問いに、ラビは躊躇いながら答える。
「……メルリア様が、この森に現れる……1ヶ月前くらいから、です……」
言葉は絞り出すように、かすれていた。
メルザルトは溜息をつき、肩をすくめる。
「やれやれ……。この森には、俺が“加護の魔力”を注いでいたんだよ。邪悪な心を持つ者が、入れないようにな。だが、その魔力が薄まった。それで、ウィドウのような外敵が侵入できるようになった。――原因は、こいつだ。女体化を願って転生した、その代償としてな」
「僕は……そんなつもりじゃ……!」
メルリアは、耐えきれず声を上げた。
だが、メルザルトは静かに、そして冷徹に言い放つ。
「お前が女体化を願ったせいで、ウサギの仲間は殺された。そもそも、お前が転生しなければ、ウサギがウィドウに襲われる事も無かった。被害者の前で『悪気は無かった』と言うのか?……じゃあ、お前の元の世界で例えてやろう。故意じゃなくても、車で人を轢けば、それは罪だ。免れはしないよな?」
森が静まり返る。
「……お前は、この世界に来てから、誰一人救っていない。何も成してはいない」
その言葉は、刃となって、メルリアの胸を突き刺した。
「偽りの名前、偽りの肩書、与えられたスキル――そして、考え無しの行動。お前はそれを使って、この世界を滅茶苦茶にしてきただけだ」
メルリアは、恐る恐るラビの方を向いた。
だがそこには、怯えた目をしたウサギの姿があるだけだった。
その目が――メルリアの心を、深く、鋭く、裂いていく。
彼女の胸の奥が、ぐしゃりと音を立てて崩れた気がした。
メルザルトは、静かに続ける。
「フレイムやマーティンがどうなっていたかなんて、誰にも分からん。だがな――このウサギは確実に、不幸になった。お前のせいでな」
ラビの前に、メルザルトがゆっくりと歩みを進める。
その足取りは重く、だが一切の迷いがなかった。
「そして、このウサギは今から、お前のせいで死ぬことになる」
彼の目はラビに向けられているが、ほんの一瞬ごとにメルリアの方をちらりと見る。まるで、その心の動きを試すように。
「ほぉら、どうする? 動かなくていいのか?まぁ、逃げようとしたら殺すけどな」
低く、冷たい声が、森の中に響く。
「俺はこれから、このウサギを殺そうとしているんだぞ? ……どうした、いつもみたいに考え無しに行動しろよ。得意だろ?」
その言葉が、メルリアの胸を突き刺した。
歯を食いしばり、メルリアは立ち上がった。
涙に濡れた目が、メルザルトをまっすぐに射抜く。
「間違ってる! 今、ラビをここで殺すのは……絶対に、間違ってるんだ!」
怒りと悲しみがないまぜになった声が、森の空気を震わせた。
だが、メルザルトは冷笑を浮かべるだけだった。
「そうだな……だが、先にこれだけは言っておくぞ」
彼の瞳が、地の底のように暗くなる。
「俺に攻撃するってのはな、それは“神”であるこの俺に楯突くってことだぞ?後戻りはできん。死ぬより辛い地獄が、お前を待っているぞ?」
それでも、メルリアは怯まなかった。
両目に決意の光を宿し、右手をメルザルトに向ける。
そして、スキル名を叫ぶ。
「スキル《女体──」
その瞬間だった。
炸裂音と共に、メルリアの右手が吹き飛んだ。
肉片が散り、肘から先が一瞬にして消え去る。
メルリアは呻き声を上げ、膝をついた。
メルザルトは冷たく彼女を見下ろしていた。
「この杖は“魔神機”と呼ばれる神の武器だ。俺がこの世に存在する限り、いつでも手元に現れる……《嘲弄朽》、それがこの杖の名だ」
再生能力によって、メルリアの右腕は少しずつ、だが異様に遅い速度で修復されていく。
いつもなら一瞬で治る傷が、じわり、じわりとしか戻っていかない。
「この杖の能力は、“他者のスキルを複製して使用する”ことにある。だが、条件がある。俺を信仰する信者のスキルしか使えん。そして――」
彼は静かに言葉を継ぐ。
「俺はここ数百年、誰にも姿を見せていない。つまり、『俺を信仰するスキル使い』なんて一人しか存在しない。だが、一人いれば十分だ。お前がそのウサギをペットとして飼っているように、俺にも……俺を慕う素敵なペットがいる」
メルリアの胸に、不穏な予感が走る。
彼の言葉の意味を理解したとき、脳裏にある名が浮かんだ。
「……まさか……」
「そうだ。ブラック・ドラグーンだ」
その名が口にされた瞬間、ラビが膝をついた。
「……そんな……。あの、ドラグーンの能力を使えるなんて……!」
右腕の再生がようやく終わる。
メルリアは、歯を食いしばり、もう一度手のひらをメルザルトに向ける――が。
またしても、爆発。
再び右手が吹き飛ぶ。
今度は血しぶきすらも乾いたように、メルリアの体がひきつけを起こす。
「くっ……こんな……!」
メルザルトは、退屈そうに言葉を継ぐ。
「ドラグーンのスキル、《不条理》……あらゆるものを爆発させるスキルだ。確かに強力だが、それ単体では大した脅威ではない」
震えるメルリアを見下ろしながら、彼はさらに語る。
「フレイムから、もう聞いているだろう?ドラグーンはこの世界の魔力の動き、すべてを感知できる。他者の魔力の“発動の兆し”すらもだ」
その意味が、メルリアの脳を貫いた。
「……それが可能な種族は2つのみ。ドラグーンと、俺のような選ばれし神だけだ。そんな存在がこのスキルを使ったら、それは凄まじい脅威に変わる。何が起きるか――分かるか?」
メルザルトの声は、ささやくようでいて、心を直撃するような強さがあった。
「スキルが発動するその“前”――魔力が動く、その“瞬間”に爆発を起こせる。つまり、どんなスキルであれ、発動前に破壊してしまえば、使うことすら出来ないんだ」
メルリアは、もう一度右手を見た。
再生が遅い。痛みが止まらない。恐怖が押し寄せる。
「お前が手をかざし、スキルを使おうとすれば……その瞬間に俺の《嘲弄朽》は、ドラグーンの《不条理》を発動させる。『攻撃』も『防御』も、『スキル封じ』も、すべてはこのスキルだけで一つで完結している」
それは、“神”による絶対の支配。
反抗すら許さない、完璧なまでの優位。
メルリアの中で、怒りと恐怖がせめぎ合う。
そして、メルザルトは淡々と、告げた。
「……もう一度言ってやる。お前は、この世界に来てから、誰一人救っていない。何も成してはいない。そして、これからも、お前にできる事は何もない」
メルリアを見下ろし、彼はさらに続ける。
「……他人の人生を破壊しながらの異世界転生は楽しかったか?他人の夢を奪って得た女体化は嬉しかったか?」
メルリアの肩が震える。
「……次は、俺の番だ。お前の人生で得たものを、すべて奪い取ってやる。友も、仲間も――全部、殺してやるよ」
その言葉が、すべてを終わらせるかのように、重く響いた。
そして――
「やめてぇぇえええええええええええっっ!!!!!」
メルリアの慟哭が、森を貫いた。
――第8話、完。




