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第7話「激痛を束ねて」



「幼い頃のメルリア様は女体化漫画と女体化ゲームばかりしていたため、友達が漫画やゲームの話をしている時、『何故、いつまで待っても女体化の話にならないのだろう』と思っていた」


───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)







ダガネットは、得意げな笑みを浮かべながら、手札を扇状に広げて見つめていた。彼の金色の瞳はきらきらと輝き、今にも「どれを出してやろうか」とワクワクしている様子が、見て取れた。


対するメルリアの手には、レベル1の呪文や怪物カードばかり。しかもそれらのカードには、まるで罠のように“デメリット”が記されている。自分の首を自分で締めるような効果ばかりが並んでいた。


内心、メルリアは泣きそうだった。冷や汗が頬を伝い、喉の奥から情けない声が漏れる。


「あ、あのー、ダガネットさん……デッキを間違えたみたいで……その、やり直しって……」


ダガネットはにやりと笑いながら、指を立てて振った。


「おっと、メルリア王。さっき約束したばかりなのサ。やり直しは禁止、ってね!カード遊びなんだから、初期手札の良し悪しは運も実力のうちなのサ!」


「あぅ……」


メルリアは俯きながら、心の中で「まさかこんなことに……」と嘆いた。


「……ふぅ、じゃあまずはオレサマの先攻ターンからなのサ!」


ダガネットは、ルールを説明しながら、自分のターンを始める。


「このゲームは、自分のターンと相手のターンが交互に進んでいくのサ。ターンっていうのは、プレイヤーが行動を起こす順番のことなのサ。自分のターンには怪物カードを1体まで場に召喚できて、呪文カードは何枚でも使えるのサ。ただし、先攻の1ターン目だけは、攻撃ができないってルールになってるのサ」


説明を終えると、ダガネットは1枚のカードをスッと場に出した。


「じゃあ、オレサマは呪文カード『サディスティック招集』を使うのサ。これはレベル2の呪文で、使うためには“サディスティック”と名のついた怪物カードを手札から見せる必要があるのサ」


ーー


《サディスティック招集》

呪文カード

レベル2

使用条件:手札にある『サディスティック』と記された怪物を相手に見せることで使用可能。

能力:デッキの『サディスティック』と記された怪物カードを手札に加える。


ーー


ダガネットは、毛皮の中から大きな紙を取り出し、それをテーブルの上に広げた。紙には、怪物カードを置くための3つの四角い枠が描かれており、それぞれの場所にフィールドとしての意味があるようだ。


メルリアは、それを見て先ほど読んだルールブックの内容を思い出す。フィールドには最大で3体まで怪物を出せる。そして、その紙の中央、メルリアとダガネットの間には、「冥界」と書かれた大きな枠があった。そこは、使い終わった呪文カードや、戦闘で敗北した怪物カードを置く場所だ。


「この呪文を使う条件として……」


ダガネットは、手札から1枚の怪物カードを抜き出し、メルリアに見せた。


「オレサマは怪物カード『サディスティック・クラッシャー』を持っているのサ。これで『サディスティック招集』の条件は満たされる!」


呪文は発動される。


「この効果で、デッキの中から“サディスティック”と名のついた怪物カード……『サディスティック・モンスター』を手札に加えるのサ!」


鮮やかな手つきでデッキを探り、目当てのカードを引き抜くと、ダガネットは満足そうに頷いた。そして使い終わった呪文カード「サディスティック招集」を、中央の「冥界」へと滑らせるように置いた。


「さあ、次はどうするかナ……」


盤上にはまだ何も召喚されていないが、ダガネットの流れるような行動と、順を追って展開される戦術に、すでに熟練の気配が漂っていた。


それを見つめるメルリアの手は、未だに震えていた。

「そして……」

ダガネットは楽しげな笑みを浮かべながら、再びカードを抜き出した。


「今度は呪文カード『サディスティック再臨』を唱えるのサ」


ーー


《サディスティック再臨》

呪文カード

レベル2

使用条件:冥界に『サディスティック』と名のついたカードがある場合に使用可能。

能力:冥界の『サディスティック』と名のついた呪文をもう一度使用できる。


ーー


場の空気が静まり返る。カードがテーブルに置かれた時の、わずかな紙の擦れる音が響いた。


「『サディスティック再臨』はレベル2の呪文。使用条件は簡単なのサ。冥界に“サディスティック”と名のつくカードがあればいい。さっきオレサマが使った『サディスティック招集』、もう冥界にあるのサ」


ダガネットの手は迷いがない。まるでこの展開を予測していたかのように、流れるように手札の1枚を裏返す。


「これにより、もう一度呪文『サディスティック招集』を使用できるのサ。再び『サディスティック・クラッシャー』を見せて……今度は『サディスティック・キング』を手札に加えるのサ!」


バッテンが小さく呻いた。「やはり、構築からして完成度が違いすぎる……」と。


そして、ダガネットは手札から怪物カードを1枚取り出し、表にして自分のフィールドの中央に出す。


「それから、オレサマは怪物カード『サディスティック・モンスター』を場に召喚するのサ!レベル1なので使用条件は無し。攻撃値は5、なかなかパワフルなヤツなのサ!」


カードに描かれていたのは、荒れ狂う髪と裂けた口元を持つ、赤い肌の鬼だった。握られた鞭が生々しく、紙面越しに風を切る音が聞こえてきそうだ。


ーー


《サディスティック・モンスター》

怪物カード

レベル1

攻撃値5

使用条件:なし

能力:なし


ーー


「それじゃ、これでオレサマのターンは終了なのサ。次はメルリア王の番……どう動くのサ?」


冥界には2枚の呪文カードが横たわり、フィールドには1体の怪物が立っている。手札は4枚。すべてが整然としていて、計算された流れだ。


メルリアはそっと息を呑み、自分の手札を確認した。5枚。だが、どれも見るからに“地雷”のようなものばかり。


効果欄には、「使用後、ダメージを受ける」「自分の場の怪物を1体冥界へ送る」など、自分に不利な言葉が並んでいた。


しかも、怪物カードはどれもレベル1。描かれているイラストも弱々しく、頼もしさは欠片もなかった。


そのとき、視線が自然と、相手の場にいる「サディスティック・モンスター」へと向けられる。


「……強そう……」


まるでメルリアを試すように、赤鬼はイラストの中でにらみ返していた。鞭を振るうその姿は、まるで「ほら、さあ来い」と挑発しているかのよう。


このままでは勝てる気がしない。そう思いながらも、メルリアはすぐに別の可能性を考える。


でも、もし……本当に何もせずにターンを終えたら?


バッテンやラビの顔が脳裏に浮かんだ。彼らの前で情けない姿は見せたくない。しかしそれ以上に、ダガネットは気づくだろう。「おかしい」と。不自然な行動、いや、“行動すらしない”という最悪のパターン。


あのルール紙の上に記された言葉「手加減は禁止」

それが破られたと判断された場合……。


(……もしかして……死ぬかもしれない)


メルリアは唇を噛みしめた。まるで、薄氷を踏むようなターンが始まろうとしていた。

メルリアは小さく息を吸い込み、震える手でカードを1枚選び取った。


「……怪物カード『激痛ゾンビ』を場に出すよ!」


バチン、とテーブルに置かれたそのカードは、まるで痛みを伴うような音を立てた。


ーー


《激痛ゾンビ》

怪物カード

レベル1

攻撃値7

使用条件:なし

能力:この怪物は攻撃できない。この怪物は戦闘で負けても退場しない。自分のターン開始の瞬間に自分の点数から7点を取り除く。


ーー


カードに描かれていたのは、見るも無惨な姿の怪物だった。

骨のような植物の蔓がねじれながら伸び、肌の一部はどろどろに溶けている。四つん這いになって這い回るその姿は、どこか動物的でもあり、植物的でもあり、しかし何より“痛そう”だった。

その目は空虚で、まるで苦痛そのものを象徴するような存在だった。


「この子は……他の怪物と戦って負けても、場から退場しないんだ。ただ、自分のターンが来るたびに、自分の点数を7点削るっていう、かなり重いデメリットがある。でも、その代わり、攻撃値は……7点。レベル1にしては、かなり高いんだ」


ダガネットは手を打って大笑いした。


「おおっ!そんなカードを選んだのサ?あのトランクの中には、もっと強いカードが沢山あったはずなのに!それを選ぶとは……いやー、趣味が良いのか悪いのか、判断に困るのサ!」


にやりと、毛皮の奥の口元がゆがむ。


「だが、確かに『激痛ゾンビ』は面白いカード。自分からは攻撃できない。でも、戦闘で倒されても退場しないタフネス。そして、ターンごとに自滅のカウントダウンが始まるという……なんともマゾが使いそうなカードなのサ!」


メルリアの背後、控えていたバッテンがぽつりと呟いた。


「……うん、正解です、メルリア様」


メルリアが思わず目だけで振り返ると、バッテンはうなずいた。耳元でアドバイスをする。


「あのダガネットさんのデッキ……“サディスティック”という名のカードで組まれている。あれは、超攻撃特化型、猛ラッシュをかけて一気に点を奪いにくるデッキです。防御も回避も一切しない、純粋な“殴り合い型”。激痛ゾンビのような持久戦向けのカードでなければ、あっという間に削りきられていた可能性があります」


「……そっか。じゃあ、これでよかったんだ」


メルリアは胸の奥の不安を、ぐっと押し殺した。


テーブルの上には、両者の怪物が向かい合う形で配置されていた。

ダガネットの「サディスティック・モンスター」は攻撃値5。こちらの「激痛ゾンビ」は攻撃値7。

勝敗だけ見れば、戦えばゾンビが生き残る。だが、ゾンビは攻撃できない。

それでも、何もしないよりは、はるかにマシな布陣だった。


ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:4枚

フィールド:サディスティック・モンスターが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:4枚

フィールド:激痛ゾンビが1体

残り点数:60


ーー


「さぁ、次はオレサマのターン!」

ダガネットが叫んだ。場の空気が再び切り替わる。


「2巡目からは、ターン開始時にデッキからカードを1枚ドローできるのサ!これで手札は5枚に増えたのサ!」


宣言と共に、ダガネットはデッキの山札から1枚を引いた。

その目が、ますます楽しげに細まる。


だが、場の状況はそう簡単には動かせない。

攻撃値5のサディスティック・モンスターでは、攻撃値7の激痛ゾンビを倒すことはできない。

さらに、仮にもっと強力な怪物を召喚したとしても、このゾンビは戦闘で負けても場を離れない。


状況は、明らかに“膠着”の方向へと傾いていた。


メルリアはカードを握る指先に、微かな力を込めた。

このゲームでの敗北は、ただの敗北では済まない。

だが、少なくともこの一手、“激痛ゾンビ”の選択だけは、正しかった。


ダガネットが次に何を仕掛けてくるのか。

この奇怪で残酷なカードゲームの真の意味が、少しずつメルリアに牙を剥き始めていた。


「フォフォフォフォフォ……!」


ダガネットは喉の奥から笑い声を引きずり出し、毛むくじゃらの腕で勢いよくカードを掲げた。


「オレサマは、手札の怪物カード『サディスティック・クラッシャー』を場に出すのサ!」


その言葉と同時に、テーブルの上に重たく叩きつけられたカード。

そこに描かれていたのは、巨大な鉄槌を振りかざす、鋼鉄の仮面を被った鬼のような怪物だった。筋骨隆々で、全身が漆黒の鋲で覆われ、背後には炎が渦巻いている。

まるで生まれながらにして“破壊”を宿命づけられた存在のようだった。


ーー


《サディスティック・クラッシャー》

怪物カード

レベル2

攻撃値8

使用条件:場の『サディスティック・モンスター』を退散させることで使用可能

能力:攻撃を終えた後、『サディスティック・アタック』と名のつく呪文カードを手札に加える。


ーー


「この怪物カードのレベルは2。普通なら、まだオレサマには従わないのサ。だが、コイツには特別な使用条件がある。場に存在する『サディスティック・モンスター』を退散させれば……!」


パチン、と指を鳴らすと、既に場に出ていた「サディスティック・モンスター」のカードが、まるで指示されたかのように場から消え去った。『冥界』ゾーンに送られている。


「退散ッ!そして、その代わりに現れるのは『サディスティック・クラッシャー』!」


重厚な雰囲気がテーブルの空気ごと圧し潰し、場に轟音が響いたような錯覚が走った。


「この怪物の攻撃値は8。メルリア王の『激痛ゾンビ』の攻撃値より1高いのサ。そしてコイツには、デメリットなんて何もないのサ!!」


メルリアの喉が、かすかに鳴った。

激痛ゾンビは確かに耐久は高いが、攻撃できず、点数は自滅的に減っていく。

そして、今――


「『サディスティック・クラッシャー』で、『激痛ゾンビ』を攻撃するのサ!!」


テーブルにドンッと手が叩きつけられた瞬間、ダガネットは毛皮の懐から大量の銀貨を取り出し、カラカラと机の上に並べ始めた。


「これがライフカウント。オレサマとメルリア王、初期点数は60点ずつ。こうして、それぞれ60枚の硬貨を積むのサ!」


塔のように積まれた銀貨。メルリアの分も、ダガネットの手で丁寧に積み上げられた。

そして――


「さぁて……1点削られるのサ!」


ダガネットはメルリア側の硬貨の山の頂点を弾き、1枚の銀貨が空中を舞って床に跳ねた。


「ふぉふぉふぉ!『サディスティック・クラッシャー』の攻撃値は8!『激痛ゾンビ』は7!差は1点!普通ならゾンビは退散して冥界行きだが……残念だったのサ!『激痛ゾンビ』は戦闘で負けても場を離れない能力を持っている!」


ぎしり、とメルリアの歯が鳴る。だが、まだ終わりではない。

ダガネットは鼻息荒く、続ける。


「でもぉ?『サディスティック・クラッシャー』には、さらに能力があるのサ!攻撃を終えると、『サディスティック・アタック』と名のつく呪文カードを1枚、手札に加えられる!オレサマはここで――『サディスティック・アタック・ファースト』を手札に加えるのサ!そして……」


またもカードが、テーブルの上に叩きつけられた。


「呪文カード『サディスティック・アタック・ファースト』を唱える!レベル1、使用条件はなし!能力はただひとつ――“自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす”のサ!!」


ーー


《サディスティック・アタック・ファースト》

呪文カード

レベル1

使用条件:なし

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


「というわけでッ!『サディスティック・クラッシャー』、再び攻撃するのサァアアアッ!!」


もう一度、メルリアの硬貨タワーから銀貨が弾かれた。再び1点が失われる。

残り点数:58。


「攻撃に成功したのサ。だから、また能力が発動するのサ!次は、『サディスティック・アタック・セカンド』を手札に加えるのサ!」


ダガネットは嬉々として、新たなカードを手札に加えた。

まるでゲームそのものより、メルリアの反応を楽しんでいるようだった。


「では……ターン終了ッ!さぁ、メルリア王の番なのサ。どう出る?」



ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:サディスティック・クラッシャーが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:4枚

フィールド:激痛ゾンビが1体

残り点数:58



ーー


メルリアの細い指が、山積みにされたカードのデッキにそっと触れた。


「僕の……ターン」


小さく呟くと、1枚のカードを静かに引き抜いた。


その瞬間――


カラン、カラン……。


硬貨が崩れ落ちる鋭い音が、場の空気を切り裂いた。

メルリアの硬貨タワーの最上段から、7枚の硬貨がダガネットの手によって床へと弾かれていった。

ラビが叫ぶ。


「げっ……!激痛ゾンビの効果で……7点減りました!?メルリア様、一方的にやられてますよぉ!」


耳を裂くようなラビの叫びに、メルリアはただ無言で、カードを手札に加えたまま俯いていた。


だが、後ろに控えるバッテンが静かに言葉を重ねる。


「落ち着いて下さい、ラビさん。もし『激痛ゾンビ』が場にいなければ、さっきのターンの攻撃でさらに点数を削られていた。メルリア様は、最善の戦いをしています」


「でも!持ってるカード、使い物にならないデメリットばっかのやつなんですよ!?むしろ、自分の首絞めてますよ、これ!」


ラビは小声ではあるが、興奮のあまり、耳をぴんぴんに立ててバッテンに詰め寄る。


しかし、バッテンは動じなかった。静かに、だが力強く言葉を返す。


「そう。こちらのデッキは、デメリットだらけの構成。そして相手のデッキは……“サディスティック”。このヴァリアルトライというゲームには、守備の概念がない。奴隷に守るものはない、という思想のもとに設計されたゲームです。つまり、防御などという概念そのものが存在しない。最も攻撃性能の高い『サディスティック』から逃げ切ることは、極めて困難。だが、だからこそ……その中で生き延びる道を模索するのが、真の戦いです」


少しの沈黙が走る。


そして、メルリアが静かに口を開いた。


「僕のターンは……これで終わりだ」



ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:サディスティック・クラッシャーが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:激痛ゾンビが1体

残り点数:51


ーー


「フォフォフォフォ……オレサマの番なのサ!」


ダガネットは豪快な手つきでカードを引き、引き抜いた1枚を手にしたまま場に掲げる。


「出すのサ!怪物カード『サディスティック・キング』!」


カードが放たれ、重く場に叩きつけられる。そのイラストには、荘厳な玉座に腰掛けた赤黒い鎧の王。冠には血のように紅い宝石が光り、眼差しは冷酷そのものだった。


ーー


《サディスティック・キング》

怪物カード

レベル3

攻撃値10

使用条件:前のターンに攻撃を行っていて、このターンに攻撃をしていない『サディスティック・クラッシャー』を退散させることで使用可能

能力:攻撃を終えた後、攻撃値を1つ上げる。


ーー


「この怪物はレベル3。もちろん、従わせるには難しい条件がいるのサ。だが……オレサマの場には、攻撃を終えた『サディスティック・クラッシャー』が残っているのサ!」


宣言と共に、クラッシャーのカードを冥界ゾーンへ置く。


「退散ッ!そして――『サディスティック・キング』、ここに降臨するのサァアアアッ!!」


雷鳴のような声と共に、テーブルの上にカードの王が君臨した。


「攻撃値は10!そしてその力を――『激痛ゾンビ』にぶつけるのサァ!!」


また、メルリアの硬貨タワーから銀貨が弾かれ、床を転がる。3枚。


「差額は3点!残念ながら『激痛ゾンビ』は場を離れない!でも、メルリア王の点数は減るのサァ!」


タワーは残り点数、48。


「そして、能力発動ッ!『サディスティック・キング』は、攻撃を終えた瞬間、攻撃値を1つ、引き上げるのサ!つまり……次からは攻撃値11になるのサァア!」


バンッとカードを指ではじくと、ダガネットは満面の笑みを浮かべた。


「それだけじゃ終わらないのサ!次は、呪文カード『サディスティック・アタック・セカンド』を唱える!!」


パァンと音を立てて、再びカードが場に現れる。


ーー


《サディスティック・アタック・セカンド》

呪文カード

レベル2

使用条件:場にレベル3の怪物が居るときに発動可能。

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


「条件は……“自分がレベル3の怪物を従えていること”。今のオレサマのフィールドには『サディスティック・キング』がいるのサ!問題なく、この呪文は発動可能!!攻撃回数を――さらに、1回増やすのサァアアアッ!!」


獰猛な笑い声が、空間を震わせた。

再び襲いかかる“王の一撃”を前に、メルリアの硬貨タワーが、さらに削られようとしていた――。



「えっ、なにこれ! また連続攻撃ですか!?」


ラビの耳がピクンと跳ねた。ダガネットの場に置かれた呪文カード――《サディスティック・アタック・セカンド》の不気味な光が、場の空気を変えていた。


「当然なのサ。さっさと点数を削る方がいいに決まっているのサ!」

ダガネットの声は滑らかにして鋭く、獲物を追い詰める捕食者のようだった。


「この、何度も何度もぶつかっていく流れこそ――オレサマの戦い方なのサ!!」


ドンッ!!


テーブルが揺れ、硬貨タワーの上から4枚の銀貨が、無惨に弾き落とされた。

メルリアの残り点数は、44点。


「攻撃を終えた後なので、『サディスティック・キング』の能力が使えるのサ。現在、オレサマの怪物は攻撃値12」


不気味な笑みを浮かべ、ダガネットは指を鳴らした。


「さぁ、オレサマのターンはこれで終わり。メルリア王の番なのサ」



ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:4枚

フィールド:サディスティック・キングが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:激痛ゾンビが1体

残り点数:44


ーー


メルリアは静かに手札を1枚引いた。だが――


(また……何もできそうにない……)


手札に並ぶカードは、どれも自分の点数を削ったり、怪物を自壊させたりと、デメリットの塊。使えば使うほど、自分を追い詰めてしまう。


――その時。


カラン、カラン……


『激痛ゾンビ』の能力により、再び7枚の硬貨が崩れ落ちる。残り点数は、37点。


「僕のターンは……これで終わ――」


言いかけた瞬間、テーブルに手が叩きつけられた。


ドン!


「……馬鹿にしてんのか、お前」


ダガネットの声は、先ほどまでの滑稽な軽さを失っていた。

低く、抑えられた怒りが滲む。周囲の空気が、一気に凍りつく。


「デッキは40枚。お前は手札を6枚も持っている。『手札が悪い』じゃ済まねぇんだよ。……さっきから往復3ターンもあって、お前は《激痛ゾンビ》を出しただけなのサ」


ダガネットは視線を鋭くし、さらに口調を荒らげる。


「オレサマは仲良く遊びたいだけで、勝敗はどーでもいいって言ったよな? ……舐めてんのか?」


ダガネットが更にテーブルを叩く。


「このままオレサマが一方的に勝つようなことがあったら、そのデッキの中身、見せろよ。もし舐めた事してんだったら――魂、奪い取って、殺すぞ?」


言葉ではなく、本物の殺意がそこにはあった。ラビが震え、バッテンが即座にナイフを抜き放つ。


「もしメルリア様を殺すような事をすれば……直後に私が、あなたを殺します」


「出来ねぇのサ!」

ダガネットは指を立てて叫ぶ。


「暴力行為は禁止って言ったよな?メルリア王の部下が、王の仇を討つ行為も、立派な『メルリア王の暴力行為』に当て嵌まるのサ!オレサマのことを舐めてねぇって言いたいなら、ここから逆転してみろよ!出来ねぇなら――これはもう『約束破り』なのサ!」


「……なるほど。では、殺します」


バッテンが勢いよく踏み込んだ。


だが、その腕に飛びつく小さな身体があった。


「話聞いてないんですか、バッテンさん!! あなたまで魂取られちゃいますよ!!」


ラビが必死にバッテンを止める。


「しかし、メルリア様が……このままでは……」


「でも、死んじゃったら終わりです!メルリア様が、今ここで動かなきゃ……本当に、全部失っちゃいますよ!!」


メルリアは震えていた。

手札を、何度も、何度も見返す。


弱いカードしかない。戦うどころか、場に出すことすらリスク。


「ど……どうしたら……」


目の前が霞む。勝てる未来が、見えない。


「メルリア様!!」


ラビの叫びが、頭の奥に響いた。


「諦めちゃ駄目です!メルリア様は今までも、なんとかして来たんです!今回だって……方法があるはずです!!」


その言葉に、メルリアの瞳がわずかに光を取り戻す。


(同名カードは入れられない……ということは、40枚すべてが違うカード……)


(組み合わせ次第で、逆転の糸口がある。きっと、あるはずだ)


「どうするのサ?」

ダガネットがニヤリと笑いながら尋ねる。

「本当にこのまま、何にもせずにターンを終了するのサ?」


メルリアは、答えた。


「……いいや。僕は呪文カード《岩石落下》を唱える」


その言葉に、場の空気が一変する。


「この呪文はレベル1。唱える条件は、ない」


手札からそっと場に出されたカード。

その一手は――確かに、盤面を揺るがす“兆し”を含んでいた。

メルリアは静かに手札の一枚を抜き取り、テーブルの上に差し出した。


「呪文カード《岩石落下》を使用する」


カードが場に置かれると同時に、その効果が読み上げられる。


ーー


《岩石落下》

呪文カード

レベル1

使用条件:なし

能力:使用後、次の相手のターンが終了する直前に、自分の怪物カードが全て退散される


ーー


「これは、ただ自分の怪物を消してしまうだけの、弱くて……意味のないカードだと思われるかもしれない」


メルリアの声はかすかに震えていたが、その瞳は真っ直ぐにダガネットを見据えていた。


「でも、これで次の自分の番に、《激痛ゾンビ》のダメージを受けることはなくなる」


ラビが思わず頷いた。


「なるほど……!次のダガネットさんの攻撃の盾にはなってくれて、その後で《激痛ゾンビ》が場から消えるから、デメリット効果も受けずに済むってことですね!」


だが、すぐに不安げな顔を見せる。


「でも、それから先のターン……その時のメルリア様を守るカードがなくなっちゃいますよ!?まだ残り点数は37点も残ってるんです!今『岩石落下』を使うには、早すぎるんじゃ……?」


その問いかけに、メルリアは目を閉じて、ひとつ深く息を吸った。そして、静かに――しかしはっきりと、言い返した。


「……大丈夫。これで合ってる」


ラビは黙った。

その言葉には、ただの希望的観測ではない、確かな“読み”が込められていたからだ。


ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:4枚

フィールド:サディスティック・キングが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:激痛ゾンビが1体

残り点数:37


ーー


ダガネットがデッキからカードを引く。見た瞬間、彼はふっと鼻で笑った。


「くだらねぇのサ。……オレサマの勝利だ。もう、お前は確実に殺す」


彼は場に手を伸ばし、《サディスティック・キング》のカードを指で弾いた。


「さぁ、まず『サディスティック・キング』で攻撃を行う!!」


ゴンッ!!


テーブルが小さく揺れ、メルリアの硬貨タワーの上から銀貨が滑り落ちる。

《激痛ゾンビ》の攻撃値は7。《サディスティック・キング》は12。その差――5枚。


メルリアの残り点数は、32点。


ダガネットの唇が歪む。


「……どんだけ虚勢張っても、これで終わりなのサ」


彼は続けて指を鳴らす。


「さぁ、《サディスティック・キング》の特殊能力!攻撃後に攻撃値を1つ引き上げる!これで《サディスティック・キング》の攻撃値は13!」


そして、手札から1枚の呪文カードを滑らせるように場に出す。


「ここで呪文を唱えるのサ! 呪文カード《サディスティック・アタック・サード》!!」



ーー


《サディスティック・アタック・サード》

呪文カード

レベル3

使用条件:場にいるレベル3の怪物が3回以上攻撃を行ってる場合に発動可能。

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


「この呪文を唱えるには、厳しい条件があるのサ。だが、今の《サディスティック・キング》は――これでちょうど3度目の攻撃!」


ダガネットが場を睨みつけ、唇を吊り上げる。


「条件達成。つまり――この呪文は有効なのサ!!この呪文により、怪物の攻撃回数を、1回増やす!!」


高らかに宣言するその声は、まるで勝利を告げる鐘のようだった。

場の空気が、緊張で張り詰める。


確かに、《サディスティック・アタック・サード》の効果は、レベル1呪文サディスティック・アタック・ファーストと、能力だけ見れば何ら変わりはない。

ただの「攻撃回数を1回増やす」――それだけ。


だが、このカードゲームには、デッキに同名カードを2枚入れることができないという、絶対的なルールがある。

だからこそ、《サディスティック・アタック》シリーズの各段階を全て投入するのは、決して無駄ではない。むしろ当然。

多少の発動条件の厳しさなど問題ではない。いかにして60点を速攻で削り取るか――それこそが、ダガネットの戦い方なのだ。


「……さぁ、攻撃!!」


《サディスティック・キング》が再び吠えた。

怪物の攻撃値は13。対する《激痛ゾンビ》の攻撃値は7。差額――6点。

メルリアの硬貨タワーが音を立てて崩れ、残りは26点。


「まだまだぁ!まだ終わんねぇのサ!!」


ダガネットは次のカードを叩きつけた。

その声に、もはや狂気じみた興奮すら感じられる。


「呪文カード《サディスティック・アタック・フォース》を使用!!」



ーー


《サディスティック・アタック・フォース》

呪文カード

レベル4

使用条件:自分と相手の点数が30点以上離れている場合に発動可能。

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


「条件は十分に満たしているのサ!この呪文で攻撃回数を1回増やし、攻撃!!」


《サディスティック・キング》の攻撃値は14。

再び差額分の7点が奪われ、メルリアの残り点数は19点。


「まだまだだ!!《サディスティック・キング》の能力で、攻撃値が15に上がる!そして唱える呪文は……《サディスティック・アタック・ファイナル》!!」



ーー


《サディスティック・アタック・ファイナル》

呪文カード

レベル4

使用条件:自分が、『サディスティック・アタック』と名のつくカードを4度以上使っている場合に発動可能。

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


「これで4度目だ! 条件は完璧なのサ!! 攻撃回数を、また1回増やす!!」


メルリアの顔が青ざめていく。

攻撃は止まらない。《サディスティック・キング》の攻撃が再び炸裂する。

攻撃値は15。対する《激痛ゾンビ》は7。差額8点。


メルリアの残り点数は、11点。


ラビが、テーブルに手をつきながら、荒く呼吸する。


「……や、やっと終わった……」


その言葉に、ダガネットがにやりと笑った。


「……終わった? 何を言ってるのサ? まだ、オレサマのターンなのサ!!」


その瞬間、手札からもう一枚のカードが、勢いよく盤面に叩きつけられる。


「これが最後だぁぁ!! 《サディスティック・アタック・リターンズ》!!条件は、手札が2枚以下の時のみ!今のオレサマの手札は……1枚!条件は満たされている!!」



ーー


《サディスティック・アタック・リターンズ》

呪文カード

レベル4

使用条件:自分の手札が2枚以下の場合に発動可能。

能力:自分の怪物カードの攻撃回数を1回増やす。


ーー


もう、何度も聞いたその効果を、メルリアはつい呟いていた。


「……攻撃回数を……1回、増やす……」


ダガネットが満足げに、指を鳴らした。


「ご名答。さぁ、《サディスティック・キング》よ――やれッ!!」


《サディスティック・キング》、最後の攻撃。


攻撃値16。

差額――9点。


崩れ落ちる銀貨。

残る点数は――2点。


静寂。

ただ、冷たい絶望の風だけが、メルリアたちの頬を撫でていた。

ダガネットの視線が鋭くなる。まるで相手の心を抉るような、刺すような目。


「さぁて……」と、彼は低く呟いた。

「これで《サディスティック・キング》の攻撃値は17になったのサ。メルリア王、残り点数がこのターンで“7以下”になるって、本当に分かっていたのか?それとも……ただの勘?だが、もしそれが読めていなかったら――『岩石落下』なんて唱えてない筈なのサ」


場には、すでに《激痛ゾンビ》の姿があった。攻撃ターンが終われば、自動的に退散するという呪文《岩石落下》の効果。

それがなければ、次の自分のターンに激痛のダメージを食らっていた。


「戦術眼だけは見事なのサ」


ダガネットは皮肉めいて言った。

するとバッテンが静かに、冷たい声で言葉を返す。


「……どうやら、残りの1枚は“攻撃回数を増やす呪文”ではなかったようですね?」


その言葉に、ダガネットはニヤリと笑う。そして手元の最後のカードを、わざとらしく見せつけるように掲げた。


「……ふふ、何を言ってるのサ。オレサマのターンは――まだ終わってなどいないのサ!」


カードの表面が光を弾いた。黄金色に輝き、まるで神のような風格を纏った一枚。


「オレサマが最後に引いたカードは……これ!!最強の怪物カード――《サディスティック・ゴッド》なのサ!!」


ーー


《サディスティック・ゴッド》

怪物カード

レベル4

攻撃値60

使用条件:レベル4の呪文カードを3度以上連続で使用し、攻撃値が15以上のレベル3の怪物を退散させた場合に使用可能

能力:場に出た瞬間、相手の点数を半分にする。半分にしたターンは攻撃できない。このカードは相手の呪文カードの能力も、相手の怪物カードの能力も一切効かない。


ーー


そのカードには、神々しい金色の不死鳥が描かれていた。

ただのイラストではない。見る者の魂を圧倒するような、神聖さと狂気が混在する輝き。


ラビは思わず、目を見開き、叫んだ。


「な、なんですかそれ!?攻撃値60!?初期ライフが一撃で終わりじゃないですか!!」


「その通り。これが最強のカードなのサ。攻撃値60。これを場に出す条件も厳しい。だが、それだけの価値がある!」


ダガネットの声は歓喜に満ち、確信に染まっていた。


「レベル4の上級呪文を3度“連続”で使用したうえに、攻撃値が15を超えた怪物を退散させる――その条件を、オレサマはたった今、すべて満たしたのサ!!」


場にあった《サディスティック・キング》を退場させる。代わりに、金の光が空間を裂くようにして現れた。


天翔ける金の不死鳥のイラスト。周りには恐るべく拷問器具の数々。


《サディスティック・ゴッド》――その名に相応しい、威容。


「安心していいのサ。召喚されたターン、このカードは攻撃できない。しかし!!この怪物が場に出た瞬間、相手の点数は強制的に“半分”になるのサァァ!!」


ラビが悲鳴に似た声を上げる。


「は、半分って……メルリア様、点数2点しかないのに!?半分って、まさか……っ!」


カラン――。


メルリアの硬貨タワーから、音を立てて硬貨が落ち、ついに残りは――1点。


「さらに言っておこう、この《サディスティック・ゴッド》は“完全耐性”を持っているのサ!相手の呪文カードの能力も、相手の怪物カードの能力も、一切効かない!!攻撃されれば終わり、守る術もない。オレサマが負けることは、もはや絶対にないのサ!!」


そして、ダガネットが片手を高らかに掲げ、宣言した。


「これをもって、オレサマのターンは終了!!同時に、呪文《岩石落下》の効果によって、メルリア王の《激痛ゾンビ》は退散したのサ!メルリア王のフィールドには……もう怪物は、一体も残っていないッ!!」


場に残るは、金色の神のみ。

絶望の光を放ち、戦場を照らしていた。



ーー


プレイヤー:ダガネット

ターン終了時の手札:0枚

フィールド:サディスティック・ゴッドが1体

残り点数:60


プレイヤー:メルリア

ターン終了時の手札:5枚

フィールド:なし

残り点数:1


ーー



静寂の中、メルリアはデッキの一番上に指をかけ、最後のカードを引いた。

その動作には、迷いも焦りもなかった。ただ、受け入れるような静けさがあった。


彼女の指先に宿ったその一枚は、このゲームで最も弱いとさえ囁かれる、あのカードだった。


どこにも居場所がなく、誰からも見向きもされない。

あまりに無力で、存在意義すら問われるカード。


《豚》。


「ほら、何してるのサ?」

ダガネットが苛立ち混じりに声を上げた。

「さっさと自分のターンを終わらせるのサ! 《サディスティック・ゴッド》には呪文も怪物も効かない。何をしようが無駄なのサ。舐めやがって……その魂、今ここで奪い取ってやるのサ!」


しかし、メルリアの表情は変わらない。

むしろその瞳は静かに澄み渡り、凛とした光を帯びていた。


彼女は一枚のカードを手に取り、その名を読み上げた。


「この怪物カードの名は――《豚》。レベル1、攻撃値0。場に出た瞬間、他の全ての怪物から攻撃を受けるという……デメリットしかないカードだよ」



ーー


《豚》

怪物カード

レベル1

攻撃値:0

使用条件:なし

能力:このカードが場に出た時、このカード以外の全ての怪物は同時に《豚》へ攻撃する。


ーー



バッテンが目を覆うようにして頭を抱えた。


「よ、よりによって最後に引いたのが……それですか。《豚》……。まさか、こんなところで……。終わりですね……」


だが、メルリアはそのまま淡々と続けた。


「……呪文カード《安寧の贈与》を唱える」


バッテンが顔を上げる。


「……?それもまた、レベル1の……」


「使用条件はない。ただ、自分の手札のカード1枚を相手に渡すだけ。なんの得もない、使えない呪文カード」



ーー


《安寧の贈与》

呪文カード

レベル1

使用条件:なし

能力:自分の手札のカード1枚を、相手に渡す


ーー


メルリアはそのカードを伏せることなく、堂々と発動した。


その効果により、《豚》のカードはメルリアの手から離れ、ダガネットの手札へと移った。


「……いや、何をしているのサ?」

ダガネットは困惑の表情を浮かべたまま、受け取ったカードを見つめる。

「こんな……使えない、弱すぎるカードを、今さら寄越して……何になるっていうのサ?メルリア王、アンタの点数は残り“1点”。場には怪物もいない。これは……ただの時間稼ぎなのサ?」


その瞬間――メルリアはもう一枚、手札のカードを取り出す。


「……呪文カード《我欲の放棄》を唱える」


「……!」


その名を聞いた瞬間、ダガネットの表情が強張った。


「この呪文も、使用条件はなし。意味のない、使えない……ただ、相手の手札に“怪物カード”があれば、それを強制的に場に出させてあげるだけの、ただのデメリット呪文だよ」



ーー


《我欲の放棄》

呪文カード

レベル1

使用条件:なし

能力:相手の手札のカードを1枚確認し、それがレベル1の怪物カードなら相手はそれを場に出す。


ーー


そして、ダガネットの手札には――たった今渡された、《豚》がある。


バッテンが息を呑んだ。


「ま、まさか……」


ダガネットの手が、まるで見えない鎖に引かれるかのように動き、手札のカードを――否、強制的に――場に出す。


そのカードの名は、《豚》。


金色の不死鳥、《サディスティック・ゴッド》の隣に、あまりにも無防備な小さな豚が出現した。

メルリアはゆっくりとダガネットを見つめた。

その瞳は、まっすぐで揺らぎがなく――そして、すでに勝利を確信していた。


「はい、終わり」


彼女は静かに告げる。


「もう僕は、何もしない。でも、《豚》の能力は“強制”で発動するよね?」


ダガネットの顔が引きつった。


「ダガネットさんの場には《サディスティック・ゴッド》。攻撃値は60。そして、今場にいるのは……レベル1で攻撃値0の《豚》。この差額60は、《豚》を出したプレイヤーが、つまりダガネットさんが、受けるよね?」


ダガネットの口元が痙攣し、やがて声を漏らす。


「……ふっ、ふふ……ふっふっふ、ハッ!ハーーッハッハッハッ!!メルリア王は、大事なことを忘れているのサ!!《サディスティック・ゴッド》は、相手の怪物カードの効果は一切受け付けない!これはテキストに明記されて――あ、あああっ!!!?」


ダガネットの顔が凍りついた。

慌てて《サディスティック・ゴッド》のカードテキストを読み返す。

その目が、見たくなかった現実に直面する。

メルリアは静かに言葉を重ねた。


「……確かに《サディスティック・ゴッド》は、“相手の”呪文カードも、怪物カードも、一切受け付けない。“相手の”ね。でも、今フィールドにいる《豚》は、ダガネットさんが、“自分の”手で、自分の場に出したカード。つまり、自分の怪物。……自分の怪物の効果からは、逃れられないよ」


「う……うああ……そ、そんな……!使えない怪物と、使えない呪文だけで!!こんなことが……あり得ないのサ!!」


ダガネットの絶叫にも、メルリアの目は曇らなかった。


「その不死鳥はもう、ダガネットさんの言うことは聞かないよ。だって――」


そこまで言って、メルリアはふと口元を緩める。


残った手札の3枚を、カードの神々しき鳥の周囲にパラパラと散りばめるように置き、テーブルに身を乗り出す。

そして――ダガネットの額に、自分の額を、そっとくっつけた。


瞳と瞳が交差し、時間が止まる。


「自分で調教した《豚》を、サディスティックな不死鳥が、放っておくわけないよね」


その瞬間――


バサァァン!!!


メルリアの手が、テーブルの上のコインタワーを勢いよく薙ぎ払った。

60枚の金属が床に降り注ぐように弾け飛び、耳を劈くような音を立てる。


ダガネットの顔が真っ青になり、そのまま椅子ごと後方へ――バターン!と倒れた。


「ンあぁァァぁぁ〜〜!!!悔しい!悔しい悔しい悔しいッッ!!!」


子供のようにじたばたと暴れながら、床の上で大の字に転がるダガネット。


だがその目には、涙と共に、歓喜の火が灯っていた。


「負けたけど……すっっっごい逆転劇だったのサ!!!楽しかったのサ!!!!!」

興奮冷めやらぬ様子で、彼は跳ね起きる。


「この勝負に賭けていた羊皮紙の契約も、大金も、ぜーーんぶチャラにしてやるのサ!!!また来たら、その時は……オレサマともう一度遊んでほしいのサ!!!!」


メルリアは笑顔で手を振った。


「うん!ダガネットさん、サディストっぽいから、僕と仲良くなれそうだよ。殴ってくれるなら、ぜひ遊びに来て!」


「次は絶対に負けないのサ!首を洗って待ってるのサ〜〜〜〜!!」


そう叫ぶと、ダガネットは床に散らばったコインやカードを拾い集め、スタコラサッサと去っていった。


その背は、どこか――倒れても蘇る不死鳥のようだった。


「やれやれ……《豚》で勝っちゃいましたよ」

ラビが肩をすくめ、冗談めかして笑う。

「こんなマゾが王様だなんて、バッドエンドですよ、ほんとに」


メルリアも、ふっと笑った。


その笑顔は、どこまでも純粋で、どこまでも自由だった。




――第7話、完。




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