第6話「リースロンダリングの悪魔」
「メルリア様が『人間以外の動物も女体化できるのかなぁ』と山に入っていった。すると、山の動物達は生態系の崩壊を予見し、一斉に山から逃げ出した。走れる動物は足が砕けるまで走り続け、飛べる動物はその羽根が千切れるまで遠くに飛び去った。たった数分で、山からメルリア様以外の全生物が消失した」
───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)
メルリア城、王室。
水色の髪をツインテールに結んだ少女、メルリアは、玉座に腰かけ、肩肘をついたままつまらなさそうにぼんやりと空を見上げていた。魔法使いのような黒いローブの裾が玉座の階段にだらりと広がっている。
その静けさを破って、王室の扉が重々しく開いた。足音を立てて入ってきたのは、二足歩行のウサギの半獣人――ラビだった。
「メルリア様、新入りのメイドを紹介しに来ました」
ラビは礼儀正しく頭を下げて言った。
「メイド?このお城って、そんなに人手が足りてなかったの?」
メルリアが小首を傾げて聞き返す。
「足りないわけじゃないんですけど……なんか、どうしてもこの城で働きたいとかで。メルリア様も知ってる人たちですよ」
ラビの合図で、扉の外から二人の少女が入ってきた。
一人目はオレンジ色の髪をツインテールに結んだ、小柄な少女。メイド服に身を包み、どこか所在なさげに目を逸らしながらも、チラリとメルリアの方を見ていた。
もう一人は、白銀の髪を肩までのウルフカットに整えた長身の少女。感情を読み取りにくい無表情のまま、真っ直ぐにメルリアを見つめている。
メルリアは目を丸くした。
「あっ!コルミィとバッテン君じゃんか!メイド服かわいい〜〜!!なんで!?なんでここに!?」
メルリアの声に反応して、今まで無表情で立っていたバッテンが、まるで風のように玉座へ駆け寄る。その動きには一切の無駄がなく、静かで美しい流線を描く。
バッテンはメルリアの前で恭しくひざまずいた。
「またお会いできて光栄です、メルリア様」
澄んだ瞳で見上げながら、バッテンは静かに続ける。
「仲間たちと、女体化の良さを広める活動をしようと話していたのですが……私はどうしても、女体化の始祖であるメルリア様のことが忘れられませんでした。だから、こうしてお側で支えさせていただきたいと思い、参りました」
メルリアは感激に目を潤ませ、バッテンの手をぎゅっと握りしめた。
「バッテン君!そんなに女体化のことを!う、嬉しいよ〜〜!!」
バッテンは顔を近づけ、真剣な眼差しでメルリアを見つめる。
「ああ、メルリア様は素晴らしい。女体化は素晴らしい。これから私は、メルリア様の側近として、身の回りのお世話と警護を担当させていただきます」
「えっ、警護って……?」
メルリアが首をかしげると、ラビが補足した。
「バッテンさんはスキルこそ持ちませんが、身のこなしが非常に優れていて、頭もよく器用です。王であるメルリア様をお守りするには最適だと思います」
「で、こっちのコルミィさんは……」
ラビが言いかけたところで、コルミィがラビの前に出て泣き叫んだ。
「オレっちはバッテン君にムリヤリ連れて来られたんスよぉ〜〜!!」
バッテンはその言葉に動じず、冷静に言葉を続けた。
「コルミィは、メルリア様にとって最初の女体化友達です。ああは言ってますが、メルリア様への信仰は間違いありません。掃除や洗濯が得意で、なんだかんだ言っても、盗賊団の中では私やブライガルの次に強いです」
「ひーん!褒めすぎッス〜〜!!」
コルミィが泣き崩れるのを見て、メルリアはぱっと笑顔になった。
「良いね!コルミィは掃除婦!」
こうして、メルリア城に新たな風が吹き込まれたのだった。
◇◇
こうして、バッテンはメルリアの側近として、日々を共に過ごすようになった。
食事の準備、衣服の整頓、日課の管理――彼女の身の回りの世話はすべて、無駄のない動作で、しかも完璧にこなしてしまう。
ただ、その無表情な顔と淡々とした態度のせいで、最初はメルリアも少しだけ距離を感じていた。
何を考えているのか分からず、気軽に話しかけづらい――そんな空気が確かにあった。
だが、それでも共に過ごす時間が増えるにつれて、メルリアは自然とバッテンに心を開いていった。
彼女の几帳面さも、無愛想さも、どこか「誠実さ」と「忠誠心」の裏返しであることが分かってきたからだ。
そんなある日のこと。
「メルリア様。こちらへどうぞ」
バッテンの言葉に導かれ、メルリアは玉座の間を離れ、別室へと案内される。
そこは、広い部屋の中央に小さなテーブルと椅子が二脚だけ置かれた、がらんとした空間だった。
床に並べられたのは、二つの大きなトランク。
「えっ……なにこれ?」
メルリアが椅子に腰掛けると、バッテンも向かいに静かに座る。
テーブルを挟んで、ぴたりと視線が合った。
「メルリア様。王様なのに“やることがない”と、以前嘆いておられましたよね?」
「え?そうだけどさ……これは?」
バッテンは、片方のトランクを開ける。中から現れたのは、ぎっしりと詰まった色とりどりのカードの束だった。
「うわっ!?これって……カードゲームの、カード!?」
メルリアは目を輝かせ、その中の一枚を手に取る。
カードの上部にはカード名、中央には個性的なキャラクターのイラスト。そして下部には、この世界の文字で記されたテキストが印字されていた。カードは裏面が全部同じ渦巻き模様で、裏面だけだとどれがどのカードか分からないようになっている。
「うわー!懐かしい!子供の頃にやってたなぁ……!前に僕がそんな話をしたの、覚えててくれたの?」
「はい。側近として当然のことをしたまでです。メルリア様がこれまで私に語った言葉は――すべて記憶しています」
「えっ、すべて……?」
思わず聞き返したメルリアだったが、バッテンは眉一つ動かさずに頷く。その口ぶりに冗談の気配は一切なかった。
「メルリア様の退屈を解消できる娯楽を、ずっと探しておりました。そしてたどり着いたのがこの『ヴァリアルトライ』というカードゲームです。隣国・リンティ魔界帝国で今、最も流行しているゲームだそうです」
メルリアは目を輝かせ、カードを手に取って読み始める。
「うわぁ、なんか面白そう!この世界にもカードゲームがあるんだね!しかも……初めて見る文字なのに、何故か読めちゃうんだよなぁ。前の世界でも英検持ってたからなぁ。やっぱ僕って語学センスあるのかなぁ〜」
「英検?前の世界……?」
バッテンが不思議そうに首をかしげるが、すぐに考えるのをやめ、代わりにカードの束をテーブルに並べ始めた。
「まあ、いいでしょう。簡単にルールをご説明します。まずはゲームに使うカードのセット――つまり“山札”を作る必要があります。ここには大量のカードを用意しましたので、好きなカードを集めて、40枚のデッキを組んでください。同名カードは2枚以上入れることはできません」
「うんうん、わかった!……カードにも種類があるんだ」
「はい、大きく分けて二種類です。『呪文カード』と『怪物カード』です」
そう言ってバッテンは、山札から一枚ずつカードを取り出して、メルリアの前に並べた。
片方のカードの右上には、この国の文字で「呪文」と小さく書かれている。もう一方のカードには「怪物」と書かれていた。
「すごいなぁ……!」
まるで童心に戻ったように、メルリアはカードを一枚一枚手に取り、目を輝かせながらテキストを読み込んでいった。
メルリアはテーブルに並べられた二枚のカードを見つめていた。
一枚は長い髪の毛を荒々しく振り回す、体中に枷をつけられた獣のような怪物が描かれたカード。もう一枚は、割れた大地の上に薄く霧がかかり、崩壊の余韻を残す幻想的な風景を描いたカードだった。
バッテンがそれぞれのカードを指差しながら、静かに口を開く。
「このカードゲーム『ヴァリアルトライ』とは、自分の手札から“怪物”を奴隷として使役し、その怪物を呪文で強化したり、支援したりしながら戦う――そういう形式のゲームです」
「奴隷として使役、ね……」
メルリアはカードを摘み、二枚の能力値を交互に読み比べた。
ーー
《エブリタイムセミロングマン》
怪物カード
レベル2
攻撃値:8
使用条件:場の怪物カード1枚を退散させることで使用可能
能力:自身の攻撃時に攻撃値を2上昇させる。ターン終了時に攻撃値は元に戻る。
ーー
《鎮魂の聖域》
呪文カード
レベル1
使用条件:なし
能力:使用後、次の相手のターンが終了する時に、山札からカードを1枚引く。
ーー
「この“攻撃値”っていうのは?」
カードの右下を指さして、メルリアが問いかける。
バッテンはうなずきながら答える。
「怪物の“強さ”です。基本的に防御の概念はありません。怪物はプレイヤーの命令に従う“奴隷”という設定ですから、守るものは何もないのです」
「へぇ〜、ちゃんと考えられてるんだね……」
「怪物同士がぶつかり合い、攻撃値の高い方が勝利します。そして、それぞれのプレイヤーは60点の“ライフポイント”を持っています。敗北した怪物との攻撃値の差額が、そのままプレイヤーの点数から引かれる仕組みです」
「なるほど……。じゃあ、怪物がいないときは?」
「その場合、相手の怪物がプレイヤーを直接攻撃し、攻撃値分の点数を削ることができます。つまり、強い怪物を出せば、それだけ有利になるというわけです」
メルリアはふむふむと頷きながら、カードの攻撃値にじっと目を凝らした。
「……だったらさ。攻撃値の高いカードばっかり入れれば強いってことにならない?」
だが、バッテンは静かに首を振る。そして、指先で「レベル」の表記を示した。
「そうもいかないのです。『呪文』にも『怪物』にも“レベル”が設定されています。低いレベルの怪物は、当然攻撃値も控えめ。逆に、レベルの高い怪物は非常に強力ですが……その分、“使用条件”が厳しくなるのです」
「使用条件……?」
メルリアはカードを見直す。たしかに、《鎮魂の聖域》には「使用条件:なし」と書かれている。一方、《エブリタイムセミロングマン》には、「場の怪物カード1枚を退散させることで使用可能」とあった。
「高いレベルの怪物ほど、出すまでの道のりが険しい。いかにその難関を突破して、強力な怪物を場に出すか――それがこのゲームの醍醐味です。そして、レベル1の怪物や呪文には、基本的に使用条件がありません。序盤はこうしたカードで場を整え、タイミングを見て上位のカードを繰り出すのが戦略となります」
バッテンの説明を、メルリアは夢中になって聞いていた。
カードの絵柄、数値、テキスト――そのすべてが戦術に結びついていく。
「なーんか……この世界の“スキル”に似てるね」
メルリアがつぶやくように言った。
「スキルにも、デメリットとか、発動条件があるでしょ? 状況を見極めて、最適な方法でスキルを活かすってところが、そっくりだよ」
「その通りです。ブライガルと戦ったときのように、戦況を読み、最適解を導き出す力――スキル使いとしての経験を積んだメルリア様なら、このゲームもきっと得意だと思いました」
バッテンは指先で、次々に呪文カードを示しながら説明を続けた。
「呪文カードにもレベル2以上のものがあり、それらは高いレベルにふさわしい使用条件が設定されています。高レベルの呪文ほど、プレイヤーに有利になる効果を持っているんですよ」
メルリアは頷きながら、目の前に広げられたルールブックを手に取った。
「先攻は1ターン目は攻撃できない。そして、呪文は自分のターンに何枚でも使えるが、怪物は1ターンに1枚だけしか場に出せない……ほうほう、なるほど、大体覚えたよ」
バッテンはさらに2つのデッキをメルリアの前に置いた。
「こちらのデッキは、初心者でも扱いやすく、それでいて強力なカードがたくさん入っています。実践的に使えるものですよ。では、ちょっとやってみませんか?初手は5枚からスタートです」
「うん!やってみよう!」
メルリアは元気よく答え、ルールブックをトランクに戻す。
その瞬間、トランクの中で1枚のカードが、メルリアの目に留まった。彼女の好奇心を刺激するそのカードは、他のカードとは何かが違っていた。
「ちょっと待って!このカード、見て!」
メルリアはカードを手に取り、バッテンに見せつける。
「ああ、そのカードは《豚》ですね」
ーー
《豚》
怪物カード
レベル1
攻撃値:0
使用条件:なし
能力:このカードが場に出た時、このカード以外の全ての怪物は同時に《豚》へ攻撃する。
ーー
カードには、ボコボコに殴られて気持ちよさそうに喘ぐ豚のイラストが描かれていた。その不思議な魅力に引き込まれるように、メルリアはウキウキした表情でカードを見つめていた。
バッテンは、無表情でカードの説明を続ける。
「《豚》は、この『ヴァリアルトライ』の中で、『最も弱い』カードとされています。攻撃値が0というだけでも十分弱いのですが、さらに能力がデメリットしかありません。場に出た時、このカード以外のすべての怪物が同時に《豚》に攻撃を仕掛け、プレイヤーはその総攻撃値分のライフを失うんです」
メルリアはイラストを指差して言った。
「ねぇバッテン君!見てよこのイラスト!殴られて楽しんでる!まるで僕みたいだ!」
バッテンは一瞬、表情を変えることなく首を傾げ、やがて静かに頷いた。
「そうですね、メルリア様はイラストを楽しんでいるのでしょうか。確かに、カードゲームは勝負だけではなく、イラストや世界観を楽しむことも一つの魅力ですからね」
「こういうカードって他にもないの?」
メルリアが目を輝かせて尋ねると、バッテンは一瞬考え込み、そしてゆっくりと答えた。
「使うことがデメリットになるカード、ですか?もちろんありますよ」
「面白そう!そういうのを集めて、僕だけのマゾデッキを作れるかな?」
メルリアは嬉しそうに言った。
バッテンは少し首を傾げたが、すぐに答えた。
「それは楽しそうですね。きっと、この世で一番弱いデッキが出来上がりますよ」
メルリアはニヤリと笑いながら、トランクに残りのカードを一枚一枚取り出してみる。その目は、まるで新しい冒険を始めるように輝いていた。
バッテンとメルリアは、テーブルの上に広げられたカードの山を前に、わいわいと楽しげに会話を交わしていた。
「こういうカードを沢山入れたら、ひたすら攻撃を受けて気持ちよくなれる、デメリットだらけのマゾデッキができそうだよね!」
「はい。勝つことを最初から諦めていれば、構築の自由度はむしろ上がります」
カードを一枚一枚手に取りながら、互いに感想を述べたり、デッキのバランスを議論したりと、まるで子供のように夢中になっている二人。しかし、その平和な空気を打ち破るように――
バンッ!
突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「メルリア様!大変ですっ!」
息を切らしながらラビが駆け込んできた。耳をピンと立て、顔には緊張と焦りがにじんでいる。
「とんでもない客人が……どうしても、この国の王様に会いたいって……!」
「え? 客人って……?」
メルリアはカードをテーブルに置き、椅子から立ち上がる。
「魔物です! しかも、ただの魔物じゃありません! すんごく強い、上級の魔物……『デビル』が来ているんです!」
ラビが早口で説明しているその背後――
ズン……ズン……
重々しい足音と共に、客人は堂々と部屋へ入ってきた。
ヤギのような頭部に、ねじれた巨大な角。裂けたような口元は不気味に笑みを浮かべ、ギョロリとした目が部屋の隅々を見回す。浅黒い体毛が全身を覆い、背中にはコウモリのような巨大な翼。鋭くとがった槍のような尻尾が左右に揺れ、脚部には固い蹄があった。全身から濃密な魔気が立ち上っている。身長は2メートルはあろうかという堂々たる体格。
だが、その恐ろしい風貌とは裏腹に――
「この国の王に会わせるのサ。そう、ツルギノ王と話がしたいのサ!」
どこか飄々とした口調で、魔物――デビルは語った。
メルリアは一瞬、きょとんとした顔をする。
「えーっと……ツルギノ王?あっ!そっか!」
気づいたように笑いながら、メルリアはデビルに近づいた。
「あの、悪魔さん?ツルギノ王は、もう王様じゃなくなってて……今の王様は、えーと……僕なんです!」
「ん? んん~~っ!? 王様が変わっちゃったのサ?」
デビルは頭をボリボリと掻きながら首をひねる。
「それはちょっと、ややこしい事になっちまったのサ……」
「ややこしい? 何がですか?」
メルリアが問い返すと、デビルは大きく一歩を踏み出して、どっかりとその場に腰を下ろした。
「オレサマの名前はダガネットなのサ。よろしくなのサ」
「僕はメルリアです。こちらこそ、よろしくお願いします!」
丁寧に頭を下げるメルリアに、ダガネットは手をひらひらと振って言った。
「君が本当に王様だって言うなら、オレサマに敬語なんていらないのサ。もっと気楽にいこうなのサ」
恐ろしい見た目とは裏腹に、どこか憎めない話し方と気さくな態度。話が通じないタイプではなさそうだ。メルリアは少し安堵した。
「今から、ちょうど10年前のことなのサ」
ダガネットは遠い目をして語りはじめた。
「ツルギノ王がオレサマの住んでいる『リンティ魔界帝国』にお忍びでやってきたのサ。そこのカジノでギャンブルして、大負けしちゃったのサ。国のお金を全部使っちまって、すっかり途方に暮れていたのサ」
「……うわぁ……」
隣で聞いていたラビがドン引きしてつぶやく。
「ツルギノ王って、昔から本当にクズだったんですね……」
「その時のツルギノ王、死にそうな顔をしていたからサ。見てて気の毒になってきて、放っておけなかったのサ」
ダガネットはおかしそうに笑った。
「だから、オレサマが金を貸してやることにしたのサ。オレサマ、すっごく偉い魔物だから、もう金には全然困ってなくてサ。ツルギノ王が負けた分、そのまま全部貸してやったのサ」
それを聞いたメルリアは、慎重に言葉を選びながら尋ねる。
「もしかして……そのお金を返してもらいに来たんですか?」
「そのとおりなのサ。でも、ツルギノ王がここにいないってなったら、ややこしいのサ」
そう言いながら、ダガネットの手のひらに、黒い雲のような魔気が集まりだした。もやもやと渦巻いたその中心から、一枚の古びた羊皮紙が現れ、ふわりと手元へ収まる。
「これ、見てほしいのサ」
ダガネットは真剣な眼差しで、羊皮紙をメルリアたちへと差し出した。
羊皮紙を手に取ったメルリアは、じっとその不気味な文様と複雑な文字列を見つめた。厚手のそれは古びた茶色をしており、魔力の気配がほんのりと漂っている。
「ダガネットさん、この紙は……?」
メルリアの問いに、ダガネットはにっこりと笑いながら説明を始めた。
「これはオレサマのスキル、《刑厄処》なのサ。スキルカードを破ることでこの羊皮紙が現れ、対象と『お互いの同意の上での約束』を結ぶのサ。その約束がここに記されるのサ。そして、もし相手がそれを破ったら……オレサマはその人物の魂を奪い取ることができるのサ」
「……っ!」
メルリアの顔色がさっと青ざめる。
「ツルギノ王は、『十年以内には必ず金を返す。もし返せなかったら、この国の王の魂を奪ってくれていい』と、オレサマと約束したのサ」
「……え、ちょ、ちょっと待ってよ!? この国の王って、今は僕じゃん!!」
ラビが腕を組み、唸るように言った。
「うーむ……確かにややこしいですね。ツルギノ王は失踪して、今は行方不明ですし……」
「そうなのサ。ややこしいのサ。本来なら、オレサマのスキルは『他者を故意に巻き込むような約束』は受け付けないのサ。だから、ツルギノ王も当時は“王位を他人に譲って逃げよう”なんて考えていなかった筈なのサ。もしそうだったら、スキルがそれを検知して、発動できなかったはずなのサ」
ダガネットは肩をすくめて続けた。
「つまり、これは偶然起こったこと……でも、偶然だとしても、今は“王”であるメルリア王の魂をオレサマが奪える、って状況には変わりないのサ」
羊皮紙を手に取ったラビが、じっくりとそれを読み込みながら口を開く。
「うーん……この金額、今返すのはどう考えても無理そうですね」
「そうなのサ、多分、ツルギノ王も10年前の事なんてもう忘れてると思うのサ。でも、オレサマとしては、金が返ってこなくても、王の魂を奪えれば、それだけで割と嬉しいのサ。とはいえ、無関係な君の魂を奪うのは、ちょっと気が引けるのサ」
「助けてぇぇぇ!!」
突如、メルリアが情けない声でダガネットに縋りついた。
「僕のことなら、何発でも殴っていいから! お金も、今は無理だけど、これから頑張って返すからぁ!」
「落ち着くのサ、落ち着くのサ」
ダガネットは軽く頭を撫でるような仕草をしながら言った。
「オレサマとしても、こんな形で魂を奪うのは不本意なのサ。この羊皮紙は、“約束が達成される”か、“オレサマがもう必要ない”と念じれば、それだけで自然に消滅するのサ。だから、そんなに気にしなくても――」
ふと、彼の視線が横に逸れる。そこには、静かに、しかし血走った目でじっとナイフを構えていたメイド――バッテンの姿があった。
彼女は、ようやくロングスカートをたくし上げ、太ももに巻いたホルスターにナイフを仕舞い込むと、何事もなかったかのように手を叩いた。
「素晴らしい判断です、ダガネット様。あなたのこと、最初から信じておりました」
そのしれっとした態度に、ダガネットは苦笑を浮かべる。
「まったく、調子の良いことを……ん?おやおやおや?そのテーブルにあるのは……!」
ダガネットの目が、テーブルの上のカードセットに留まる。
「『ヴァリアルトライ』なのサ!!オレサマの国で流行っているゲームなのサ!!」
「えっ!?ダガネットさんもこのゲーム知ってるの?」
メルリアが目を輝かせながら訊ねると、ダガネットは嬉しそうに何度も頷いた。
「もちろん知ってるのサ!まさか君もこのゲームをやっていたのサ!?よーし、じゃあ、こういうのはどうなのサ!」
ダガネットは立ち上がり、メルリアに向かって堂々と宣言した。
「オレサマと友達になって、このゲームで一緒に遊んでほしいのサ!もし遊んでくれたら、この羊皮紙も消してあげるし、お金も全部チャラにしてあげるのサ!」
「……いいよ!」
メルリアは即答だった。
「ダガネットさん、すごく良い人だし!僕も友達になりたい!」
「こちらこそなのサ!」
ダガネットは両手でメルリアの手を握りしめ、感極まったように微笑んだ。
「いやぁ、オレサマは見た目が怖いから、なかなか友達ができなかったのサ……カード友達ができるなんて、嬉しいのサ!」
彼の目に光るのは、まるで少年のような純粋な喜び。部屋に漂っていた緊張が、すっと、ほどけていくのがわかった。
メルリアは勢いよく椅子に腰を下ろし、テーブルの上に広がるカードやルールブックの山に目を輝かせた。子供のような好奇心に満ちた瞳で、彼はテーブルの上を探る。
「あっ、これだ!」
彼女の手が、ひとつのカードの束を掴む。
「これ、バッテン君が用意してくれた『初心者でも使える強いカードが沢山入ったデッキ』だよね!僕はこれ使うよ!」
対面に座ったダガネットは、わちゃわちゃと散らかったテーブルの上を器用に片づけながら、懐をまさぐった。
「オレサマは自分のデッキを持ち歩いているのサ」
分厚い毛皮の中からデッキを取り出す。
「メルリア王は初心者みたいだし、勝ち負けはどーでも良いのサ。楽しく遊べたら、それでオーケーなのサ!」
整えられたテーブルの上には、二つのデッキが静かに置かれた。
そしてダガネットは、ひとつのスキルカードを宙にかざすと、指で弾いて破った。
ばしゅん――と、音もなく現れた羊皮紙がふわふわと宙に舞い、二人の間で停止する。
「よーし、楽しく遊ぶために約束をするのサ」
ダガネットの声が、さっきまでの軽さとは打って変わって、わずかに硬さを帯びる。
「まず、イカサマは禁止。暴力行為も禁止。手加減や舐めたプレイも禁止。やり直しも禁止なのサ。こっちは大金をチャラにするのだから、それくらいの対等な覚悟は欲しいのサ」
「うん! もちろん、同意するよ!」
メルリアは頷いた後、少しだけ申し訳なさそうに付け加える。
「じゃあ、こっちからもお願いしていい?僕、初心者だから……ルールに詳しいバッテン君と、頭の良いラビに後ろに付いてもらって、アドバイスや作戦を立ててもいいかな?」
ラビとバッテンが、無言で頷きながらメルリアの背後に立った。
「もちろん、同意するのサ。じゃあ、オレサマが先攻を貰ってもオーケー?」
「いいよ!ダガネットさんがどんなカード使うのか、見てみたい!」
軽い掛け合いのあと、二人はゲームを開始した。
初手――手札は5枚。ルールに則り、二人は左手にそれぞれカードを持つ。
メルリアは自分の手札をじっと見つめた。最初は期待に満ちた表情だったが――数秒もしないうちに、見る見るうちにその顔が曇り、血の気が引いていった。
「……あ、あれ?」
その様子をすぐさま察知したバッテンが、青ざめた表情で声を掛ける。
「あ、あの、メルリア様、それ……」
指を差されたメルリアは、再度、手札を見下ろす。だが何度見ても、結果は変わらなかった。
5枚すべてがレベル1。しかもすべて、何かしらのデメリットがついているカードばかりだった。
「う、うん……バッテン君……。これ、もしかして、僕……デッキ、間違えちゃったかも……」
その声は、もはや震えていた。
「これ……マゾデッキじゃん……」
隣で首を傾げていたラビが不思議そうに尋ねる。
「え?なんですか、マゾデッキって?メルリア様、なんでそんな青ざめてるんですか?」
バッテンが、静かに、しかし明確に答える。
「確かに私は、テーブルに“初心者でも使える強いカードが沢山入ったデッキ”を用意しました。ですが、その直後にメルリア様が自ら、『デメリットのあるカードばかりを集めたマゾデッキ』を組んで、そのまま横に置いていたんです」
ラビがはっと息を呑む。
バッテンは続けた。
「そして……その直後にダガネット様が訪問してきて、メルリア様は確認もせず、そちらを手に取ってしまった……」
羊皮紙が、ふわふわと二人の間に浮いている。既にスキルは発動済み、逃れようのない状態だ。
「……もうゲームは始まってるし、ダガネットさんのスキルも有効化されてます。このまま続けて、メルリア様のデッキが、“手加減の塊”のようなデッキだとバレたら、約束違反として……魂が……!」
その言葉を聞いた瞬間、ラビが叫び声をあげた。
「うわーーーっ!!! バッドエンドじゃないですか!!!!」
部屋の空気が一気に重たくなる。
メルリアは震える手で、自分の“マゾデッキ”をじっと見つめていた。
――第6話、完。




