第5話「黄金亀の伝説」
「ある笛吹きの男が、メルリア様とすれ違った直後、吹いていた笛を投げ捨てて、こう言った。『なんだこの笛!急に指が届かなくなったぞ!』」
───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)
広々とした玉座の間。その中央に鎮座する大きな椅子に、少女は気だるげに身を預けていた。
メルリア。水色のツインテールにアホ毛が揺れ、黒のローブの裾が玉座の段差を覆っている。
肩肘をつきながら、退屈そうに部屋の壁をぼんやりと眺めていた。
そのとき、羽音と共に空を切る軽やかな声が近づいてきた。
「メルリア様、どうしたんだトリー?」
声の主はモニターバード。青い羽根を持つ小さな鳥で、空を舞いながらメルリアの肩に器用にとまる。
「ねぇ、王様ってこんなにやることないの?毎日椅子に座ってるだけなんだけど」
メルリアはため息をつきながら、頬杖をついたままつぶやいた。
「やることはたくさんあるトリー!でも、ラビさんが全部やってくれてるから、メルリア様に任せることがないんだトリー!」
「……まぁ確かにね。僕、この世界のこともよく分かってないし。……でも、まさかラビがあんなに優秀だったなんて」
メルリアが苦笑混じりに言うと、モニターバードが誇らしげに羽を広げた。
「とりあえずの人間を王様としてここに座らせておいて、実権はラビさんが握っていると言っても過言ではないトリー!」
「なるほどね!ラビの“強くなりたい”って夢、権力的にはもう叶っちゃったわけか。……ふふ、嬉しいなぁ〜」
「ツルギノ王が女体化させられた直後、ウサギがいきなり権力者になるのはさすがにみんな納得しないだろうから、スキル使いであるメルリア様を王に据えたんだトリー!ラビさんは頭がいいトリー!」
そんな会話の最中、玉座の間の大扉が静かに開いた。現れたのは、凛とした目つきのウサギの半獣人――ラビだった。
「メルリア様、ご機嫌いかがですか?王としての生活には、もう慣れましたか?」
「ラビ!快適だけどさぁ……ラビが何でもやっちゃうから、正直、暇なんだよね」
「ふふーん!ボクは優秀ですからね!全部任せちゃってください!」
胸を張って答えたラビだったが、すぐに真剣な顔に切り替えた。
「……でも、メルリア様がお暇なのは良くないですね。ちょうど、ボクひとりでは手に負えない仕事があるのですが、フレイムさん達は忙しいので、せっかくだからメルリア様にお願いしてもよろしいですか?」
「え?どんなの?」
「先代のツルギノ王もやっていたことです。スキル使いにしかできない方法で国の問題を解決し、国民の助けになる――それによって信頼を得るんです。……ここで説明するより、現地へ行った方が早いです。すぐに出発しましょう」
そうしてメルリアは、何をするのかも分からぬまま、ラビとともに玉座の間をあとにしたのだった。
◇◇
城を抜け、メルリアとラビは馬にまたがり、目的地へと向かっていた。目指すは、メルリア国の城下、サージカハン街を越えた先にそびえる、カイカッツの山。
「メルリア様!この馬、速い!!すっごい速いんですけど!!フレイムさんの乗ってた馬と同じ種類の、『キャブレ馬』の筈なのに、この馬の方がなんか圧倒的に速い!!」
ラビはメルリアの腰に必死にしがみついている。馬はまるで風そのもののように地を駆け、少しでも気を抜けば、振り落とされかねない勢いだった。
「この世界に来る前から、車とか馬とか、走る乗り物は大好きだったからね!いつか自分でやってみたいと思ってたんだ〜!」
手綱を片手に握り、ヘラリと笑うメルリア。顔には恐怖の色は一切ない。
「なんでメルリア様だけ平気なんですか!? 速度による影響とか受けてなくないですか!?常識的に考えておかしいですよ!」
「それはたぶん、女体化のせいだね。女体化ってすっごい興奮するから、脳内物質が溢れて、感覚が研ぎ澄まされるんだ。女体化してること以外、気にならなくなるから、どんなスピードの中でも取り乱さなくなって、落ち着いて馬を操れるんだよ。その集中力が伝わって、馬も限界を超えたスピードが出せるようになる。つまり、乗り手の想いが馬に伝わるってこと」
「……さっきから何言ってんですか!?興奮してるの!?それとも落ち着いてるの!?メルリア様、言ってることがメチャクチャです!!」
「ふふ、この乗馬技術も、女体化スキルの応用ってわけだね。スキルツール3rd《秋名最速》って名付けようか」
そんなふざけたやり取りをしながら、馬はカイカッツの山の麓へと到着する。メルリアが手綱を軽く引くと、馬はピタリと動きを止めた。
「うわあっ!」
急ブレーキに体がついていけず、ラビが吹っ飛びそうになる。だが、メルリアはそれを予見していたかのように腕を伸ばし、ラビをひょいと受け止めた。そして、颯爽と馬から降りる。
ラビはふらふらとしながらつぶやいた。
「……こ、この世界で最も速いと言われる馬はキャブレ馬……。そのキャブレ馬の最高速度は120km/hと言われている……。で、でも、今のは確実に180……いや、それ以上は……」
そして、そのまま地面に崩れ落ちた。
「僕って才能あるのかな!?馬って楽しいなぁ〜!」
馬のたてがみを撫でながら、メルリアは楽しげに笑った。
と、その背後から声がした。
「あ!メルリア様だ!王様が来てくれた!!」
振り返ると、まだ八歳くらいの小さな男の子が、嬉しそうにメルリアを指差していた。銀色の髪に、まんまるの瞳。元気そのものといった雰囲気だ。
ラビがむくっと体を起こし、少年に駆け寄る。
「メルリア様!この子が相談者のカンタロ君です!」
「王様!俺、カンタロ!」
カンタロは胸を張って、元気よく自己紹介をした。
「相談者って?スキル使いじゃないと解決できないような相談なの?」
「そう!俺のじいちゃん、スキル使えんの!でも、山からずーっと出てこないで、クソバカなの!だから、じいちゃんを山から連れ出してくれ!」
「……なにそれ」
唐突すぎる内容に、メルリアは思わず目を瞬かせた。
だが、カンタロはそんなことお構いなしに、メルリアの手を引っ張ってぐいぐい進んでいく。
「ちょ、ちょっと……」
「あ、もう諦めましょう。子供のペースには逆らえませんから」
苦笑するラビに背中を押され、メルリアは観念したようにため息をついた。
三人は、鬱蒼と茂る木々の間を抜けながら、山道を進んでいた。ひんやりとした空気が肌を撫で、葉の揺れる音が静かに耳をくすぐる。
「じいちゃんはな、『ジャラス』って名前でな、この山からずーっと出ないもんだから、すっかり有名になっちまったんだ」
先頭を歩くカンタロが、振り返りながら語る。
「だから、近所ではもう『クソバカのジャラス』とか呼ばれてんの。スキル使いってさ、スキル持ってるだけで尊敬されたり、賞賛されたりすんのに、じいちゃんはあんなんだからさ、クソバカって呼ばれてんの」
それを聞いて、ラビが口を開いた。
「なるほど、クソバカのジャラスって呼ばれてるんですね。でも、ここにいるメルリア様だって、スキル使いで王様なのに、マゾだし、女体化の話ばっかりしてるから、城でも全然尊敬されてないんですよ」
「えっ!?僕、尊敬されてないの!?」
メルリアは目を見開いた。
「城内の人に、女体化の良さを延々と語ったりとかしたせいかな……?」
うーん……と真剣に考え込むその様子に、ラビは呆れたようにため息をつく。
「じいちゃんのスキルは《転移送》っていう、テレポートするスキルなんだ」
カンタロは歩きながら説明を続けた。
「自分自身しかテレポートできないけど、逃げるってだけなら手がつけらんないんだ。パッて瞬間移動しちゃうからさ、誰も捕まえらんなくて」
「フレイムさんでも無理なの?」
メルリアがラビに目を向けた。
「戦って勝つのが目的じゃないですからね。老人を山から連れ出すのは無理では?フレイムさんのスキルじゃ、山火事になっちゃいますよ」
「いや、でも僕のスキルって女体化なんだけど、これって役に立てるのかな……?」
そんなことを話していたその時だった。突然、頭上から甲高い声が響く。
「イーヒッヒ!!新しい国王が、わざわざこんな所まで来るとはのぉ!!」
三人が見上げると、白髪と白髭の老人が一本の太い木の枝の上に立っていた。野生的な装いをまとったその男こそ、ジャラスだった。
上半身には革の鎧、腰には動物の皮を巻きつけた簡素な衣装。首から下げた骨の装飾が、陽に照らされて鈍く光っている。筋張った手足と鋭い目つきが、年齢を感じさせない鋭さを宿していた。
「あっ!じいちゃん!もうさ、いつまでもこんな所いないで帰ろうよ!」
カンタロが叫んだ。
「分かっとらんのぉカンタロ!ワシは夢を叶える!じゃから、それを果たすまではここから出んのじゃい!!」
「……夢?」
メルリアの瞳がかすかに揺れた。「夢」という言葉に、自然と心が反応していた。
しかし、次の瞬間——。
ジャラスの姿が、忽然と消える。メルリアは反射的に振り返る。
「おぉー、このウサギは食うてええやつかい?」
背後から聞こえた声。そこには、いつの間にかラビを持ち上げているジャラスの姿があった。彼のスキル《転移送》によるテレポート。その動きには、まったく予兆がない。
「駄目!これは僕の友達!」
メルリアは慌ててラビを取り返す。
「イーヒッヒ!ワシが消えた瞬間、まず背後を確認したな?戦い慣れしとるっちゅう事か?ええのぅ若造」
そう言いながら、ジャラスは不気味に笑い、メルリアの姿をじろじろと眺める。
「いや、なんとなくだけど……」
「そうかぁ!!そういう、直感的なモンは大事にした方がええぞ!?スキルは精神で操る!自分の精神が不意にどう動くのか、ちゃあんと分かっておくべきじゃ!」
山中の空気が少し緊張を帯びる中、メルリアたちは、不思議な老人・ジャラスと向き合っていた。
ジャラスが、ニタニタと笑いながら問いかけてくる。
「ワシの家族から、もう聞いとるじゃろ? ワシのスキルについて。そのデメリットも!」
それに応えるように、ラビがすぐさま口を開いた。
「はい。テレポートは自分自身にしか使えません。ワープ先は五メートル以内。他の物体と重ならないようにするため、必ず少し浮いた状態で現れます。スキルカードを破ってから十五分間は使用し放題ですが、それを過ぎると再びカードを破らないといけません。これは事前に聞いています」
その説明にジャラスは満足そうにうなずくと、地面に落ちていた石ころを右手に拾い、そして首にぶら下げていた歪な装飾品を左手に取って見せつけた。
「完璧じゃ!では、ワシが物を持ったままテレポートしたら、どうなる?」
「え、それは……」
ラビが言葉に詰まると同時に、ジャラスの姿がふっと掻き消えた。次の瞬間、石ころだけがその場に落ちてくる。
「ほい、こうなるんじゃい」
左を向いたメルリアの視線の先、木の影にジャラスが現れていた。右手には何も持っておらず、左手には装飾品だけが残っている。
「まぁ、『自分自身』ってのを頭で思い浮かべる時に、『裸の自分』なんぞ想像せんじゃろ? 普段着てる服、付けてる飾り、そういうものは自分のイメージに含まれる。だから、服や装飾品は一緒にテレポートする。でも、持ち物――たとえば石ころは違う。それは『自分自身』じゃないから、テレポートできんのじゃ」
ジャラスの説明に、メルリアは思わず聞き入っていた。
「『自分自身だけ』っていう発動条件は、スキルを授かった時に、感覚として心に刻まれる。じゃが、それすらも心で思った『自分自身』でしかない」
その言葉に、メルリアの顔が真剣になる。
「待って!じゃあそれって、僕の……」
しかし、彼の言葉をラビが遮るように叫んだ。
「そんな話はどうでもいいでしょ!あなたは家族に心配をかけているのです。もう帰りましょう!」
「年寄りの長話は退屈かい?ワシはここで待たなきゃならんのじゃ。絶対に帰らんぞい!」
その言葉に、メルリアがふっと声を落として語りかける。
「ねぇ、ジャラスさんは、そのスキルに自信あるの?僕に掴まれずに逃げ切れる?」
ジャラスの目がギラリと光る。
「なんじゃ若造。さっきの話、聞いとったぞ?女体化のスキル持ちか?……そのスキルで、ワシを掴めると思っとるんか!?……囀ったな。泣かしたるぞい?」
その言葉に、メルリアが静かに呟く。
「――応用技能。スキルツール1st。《被虐組手》」
その瞬間、メルリアの身体が激しく跳ねた。足の骨が音を立てて砕け、しかしその瞬間にスキルによって修復され、常人の目では捉えきれぬ速度でジャラスへと迫る。
ジャラスも即座に反応し、《転移送》を発動。木々の間へとテレポートして逃げていく。
「――ホウ!いい動きじゃい!」
草を掻き分ける音と、破壊された木の枝の音が重なる。メルリアは木々にぶつかりながらも、直線的に突き進み、ジャラスの後を追う。
その場に残されたラビとカンタロは、ただ呆然とその光景を見つめていた。
「……まーったく、血気盛んですねぇ」
「どっちもな……」
静かな森に、遠くからジャラスの笑い声が響いていた。
◇◇
森の中、木々を薙ぎ払いながら、メルリアはただひたすらにジャラスを追って走り続けていた。
ジャラスは、木陰の隙間を縫うように何度も《転移送》を発動し、メルリアから逃げていく。
「ジャラスさん!!そのテレポートには、まだデメリットがある!!」
追いすがりながら、メルリアは叫んだ。
「テレポート直後は、二秒以上、間を空けないと連続で使えない!!」
「イーヒッヒ!! 楽しいのぅ!」
ジャラスは笑った。逃走中にも関わらず、まるで鬼ごっこでもしているかのように。
「スキルの分析が早いわい!スキルを使うのは楽しいぞい!自分の精神を見せつけるのは、すなわち、自分が自分であると証明するようなもんじゃからのぅ!!」
メルリアはどんなに速度を上げても、ジャラスとの間にある五メートルの距離を埋めることができなかった。ジャラスは絶妙なタイミングでテレポートし、再び距離を取る。
――掴むことすら、叶わない。
けれどメルリアだけは、その中でひとつの感覚を掴み始めていた。
「……なんとなく、分かってきた」
移動先の予測、というほど論理的なものではない。ただ、最初にジャラスがテレポートした瞬間から、直感で分かっていた気がするのだ。これはただの偶然なのか?
「確かに僕は、運が良いと思う。女体化して、国王にもなれた。でも、そういうことじゃない。この感覚は……」
スキルを使うとき、精神を介して魔力が変質する。その際、目には見えない“大地の魔力の流れ”がわずかに揺れる――。
自分がスキルを使う時にもそれを感じるなら、相手がスキルを使う時にも、何かしらの“流れ”があるのではないか。そんな根拠の薄い仮説が、確信に変わりつつあった。
「ねぇ!ジャラスさん!」
メルリアは走りながら問いかけた。
「……あなたは、スキルを使う時、周りの魔力を感じたりする?周囲の魔力の流れ、みたいなものを感じたりとかはない?」
「イーヒッヒ!!何を言うとる?」
ジャラスの声が木々の間から聞こえてくる。
「自分の中に魔力があるのは分かるが、周りの魔力の、ましてやその流れまでなんて分かるはずなかろ!自分以外のことは、誰にも分からん!相手に共感したとしても、その心の中まで理解はできん!そんなことができるのは、もう神の領域――」
言葉の途中で、ジャラスはまた姿を消した。
その瞬間、メルリアは急に方向を変え、何もない空間へと手を伸ばした。
――そこに、ジャラスは居た。
「じゃあこれも、運が良いだけなのかな?」
メルリアの手が、確かにジャラスの手首を掴む。力強く引っ張ると、ジャラスの身体はバランスを崩し、すってんと転がった。
「……若造に遅れを取ったわい」
仰向けになったまま、ジャラスは空を見上げた。
「舐めとったな。すまんかったのぅ」
「ジャラスさん、若造じゃなくて、僕はメルリアだよ」
「メルリア?……メルリアって男の神様じゃろ?……ああ、自分を女体化したんか」
「女体化はね、僕の夢なんだ。運良く女体化スキルを手にして、今は夢が叶ったんだよ」
「ほーう、運が良いのぅ。でも、さっきワシを掴んだのも、女体化も……運が良いってだけではないじゃろ」
ジャラスは言葉を続ける。
「勝ったのは、テレポート先を『ワシの視線の先』として読んでたんじゃ。それが感覚的だったから、『なんとなく』って言うただけじゃろ。……女体化したのも、お前さんの精神がそう思い続けたから、スキルとして形になったんじゃ」
メルリアはその場に、ふっと腰を下ろした。
「……そう、なのかな?」
沈黙が一瞬だけ流れた後、ジャラスはぽつりと呟いた。
「……お前さんに夢があるように、ワシにも夢がある。じゃから、ここから出る気はない」
「ジャラスさんの夢は、どんな夢なの?」
その問いに、ジャラスは目を細め、空の向こうを見つめた。
空を見上げたまま、ぽつりと語り始めた。
「スキルを使うには、二つの方法がある。ひとつは、己の精神力そのものを魔力としてスキルに変換する方法。もうひとつは、この星の大地から溢れる魔力……自分の周囲の魔力を取り込んで、それを精神で変換するやり方じゃ。スキル使いはその両方を無意識でやっとる」
メルリアは、黙って耳を傾けていた。ジャラスの声は静かで、それでいて、どこか誇らしげだった。
「ワシがまだ、クソガキだった頃のことじゃ。この山でテレポートのスキルを使いまくって、遊び呆けとった。ところがある日、急に自分の中の魔力が弱まったような感覚があってな。精神は正常じゃ。じゃから、分かった。この山そのものの魔力が薄くなったんじゃと」
ジャラスはひと息つくと、続けた。
「異常は一ヶ月ほど続いた。そしたらな、ある日、山の中で見慣れん服を着た男を見つけた。そいつは自分のことを『転生者』だと言った」
「……転生者だって!?」
思わず声を上げたメルリアに、ジャラスはうなずく。
「飯を食わせてやると、そいつは言った。『助けてくれてありがとうジャラス君。君がジジイになった頃、この山に黄金の亀が現れる。その亀は、天まで届くような黄金を降らせるだろう』ってな」
メルリアは目を見開いたまま、言葉を失っていた。
「転生者は『星の環境が合わない』とかで、すぐに死んでしもうた。ワシも子供ができたりで忙しくなって、それどころじゃなかったが、今は違う。婆さんも死んでしもうて、暇だけはある。じゃから、夢を追うだけじゃ。天まで届く黄金……最初に見つけるのはワシじゃ!ワシのもんじゃーい!」
「でも、その転生者……もう死んじゃったんでしょ? 本当にそんな亀が出てくるの?」
「生前に発動しておいたスキルが、死後に効果を出す例は、まれにある。……まあ、前例が無いから確証はないがの」
「……っていうか、その“ジジイになった頃”って、何年先の話なの?その転生者って異世界から来たんなら、その人の本来の寿命によっては、もし百年後だったら……」
「それでも、少しでも可能性があるんなら、それに向かう。それが、夢じゃろうが」
「でも、黄金を手に入れても、それを使い切る前に寿命が尽きるかもしれないし……」
ジャラスは、イーヒッヒと笑った。
「黄金亀に会って、黄金が降るのを見て、手に入れる。ワシの夢は、それだけで充分じゃ。……これが、わからんか?じゃあ、お前さんの『女体化の夢』はどうじゃ?女体化した後、やりたいことは?次に目指す夢は、あったのかい?」
その問いに、メルリアは返す言葉を見つけられなかった。口を開きかけては、何も言えずに閉じた。
「……確かに、そうかもしれない。叶った後のこととか、次の夢なんて、何も考えられなかった。途方もない夢を見て、ただそれが叶えばいいとしか……。ごめんなさい。ジャラスさんは、ちゃんと夢に向かって生きている。偶然夢が叶ってしまった僕なんかより、ずっと立派だ。……あなたの夢を知って、共感してしまった。もう、連れ帰ることなんて、できそうにない」
「イーヒッヒ!残念だったのう!お前さんにできることなんぞ、なんにもありゃせんわい!ワシは自分の力で夢を……ゴフッ!!」
突然、ジャラスの口から血が溢れた。
「えっ!?なに……!?」
慌てて駆け寄るメルリアの前で、ジャラスは苦しげに笑う。
「ええよ……このまま死んだら、それまでじゃ。ワシは元々、病気だったし、寿命も近い。クソバカのジジイが、バカみたいな夢見て、山の中でくたばる……。それが、夢を目指して死ねるってんなら、本望じゃ……」
メルリアが、静かに口を開いた。
「……ジャラスさん。あなたを無理に連れ帰ることは、もうしません。でも、あなたの夢を――助けることなら、できるかもしれません」
その言葉に、ジャラスは目を細め、息混じりに笑う。
「……何を言うとる。……お前さんのスキルは『女体化』じゃろ……そんなもんで、どう助けるっちゅうんじゃ」
だが、メルリアは真剣な表情のまま、強く言い返した。
「この女体化は、『僕が思うかわいい女の子』になるんです!女体化した直後は、怪我してなんかいないし、病気にもなってない!そして、いつまでも若いままで、歳を取ったりしない!!あなたの夢を、助けられる!!」
一瞬の沈黙ののち、ジャラスが噴き出した。
「……イーヒッヒッヒ!なるほどなァ!寿命が無くなったらよぉ、いくらでも待てるってワケか!億年でもな!ワシはずーっと、黄金亀に会えたらって、それだけを夢見とった!ワシの性別がどうなろうが、黄金亀のことを待てるのなら……こんな嬉しいことは無ぇさ!」
咳き込みながらも、ジャラスは心底楽しそうに笑っていた。
「クソバカだろうと、笑われようと……」
メルリアはその手を取り、強く握り締めた。その瞳は真っすぐに、年老いた男を見つめている。
「僕は、君の夢を笑わない」
ジャラスは少し目を見開き、やがて、いつものようなひょうきんな笑いとは違う、どこか柔らかで穏やかな笑顔を浮かべた。
「……今日、お前さんに会ったのは、どういう運命なんだろうな?……ワシも、相当運が良いってことか」
風が、山の静寂を撫でた。
◇◇
翌日。
メルリアはいつものように玉座に腰掛け、頬杖をついて、どこかつまらなさそうにぼんやりと宙を見ていた。昨日の出来事が、まだ頭の中に渦巻いている。
そのとき、控えの間から軽やかな足音が響いた。ラビがやってくる。
「メルリア様」
その声に、メルリアはハッとし、慌てて姿勢を正す。
「ラビ! あの、昨日のことなんだけど……」
「はい、それなんですけど」
「……わぁっ!ごめんね、結局、目的って全然達成できなかったし……。僕のスキルじゃ、国民の役に立てるようなことって、やっぱり無理があるのかも……」
メルリアがしゅんと肩を落とすと、ラビはくすっと笑って首を横に振った。
「ああ、カンタロ君が言ってましたよ。『じいちゃんを助けてくれてありがとう』って。……まぁ、黄金亀の伝説を追い続けることは、もう好きにやらせてあげるみたいです」
「ってことは――!!」
メルリアは勢いよく立ち上がり、ぱっと顔を輝かせた。
「『女体化が国民を救った』ってことだよね!? たしかに、『山から出ない爺さん』はちょっと怖いけど、『山から出ない可愛い女の子』の方が全然いいもんね! 女体化サイコーッ!!」
ラビはあきれたようにため息をつきながら、肩をすくめた。
「……はぁ、まったくメルリア様は……。結局、根本的なところは解決してないので、まぁ、バッドエンドですね」
言葉こそ手厳しいものの、その表情は柔らかい。
二人は顔を見合わせて、思わずふっと笑い合った。
◇◇
山の中――。
カンタロは一人、木々の間をぬって進んでいた。手には虫取り網、腰にはベルトに巻きつけた虫かご。眉間にしわを寄せた仏頂面で、無言のまま足を動かしていく。
「じいちゃーん」
小さな声で呼びかけながら、軽やかに山道を登っていく。
ふと、背後に何かの気配を感じて立ち止まり、振り返る――が、そこには誰もいなかった。
また別の方向から気配。カンタロは即座に向き直るが、やはり誰もいない。
「じいちゃーん……」
少し大きな声で、もう一度呼ぶ。
そして、今度は腹の底から声を張り上げた。
「山から出ろとは言わないからさぁ!どーせ山に居るんなら、珍しい虫、一緒に探そうぜー!!」
山間に声が反響し、静けさが戻る――その時。
頭上から風を切る音とともに、彼女は現れた。
木の太い枝の上に立つ、蛮族のような衣装を身にまとった美しい少女。
その姿は、どこか神秘的で、しかしどこか懐かしい。
「それなら、お安い御用じゃなぁ!!」
彼女は勢いよく飛び降りると、カンタロの頭を乱暴にわしわしと撫で回し、手から虫取り網をぶん取った。
「任せい!!向こうの川でクソ美味い魚が取れるんじゃぞい!それと、そこの木の上から鳥も取れるぞい!一瞬で火起こしする方法も教えてやろう!!」
「違げーよ、クソバカだな。虫だよ虫」
「ぬ?虫か?ガキの間ではそんなんが流行っておるんか!?」
「そ。デケー虫採ったら、もう友達に自慢できんの」
少女――いや、元・祖父の姿をしたその者は、顔をくしゃっとさせて笑った。
「イーヒッヒ!!任せい!ワシはこの山のことは知り尽くしとるからのぅ!!」
「やっぱ変わんねーわ。女になっても、じいちゃんはじいちゃんのまんまだな」
「当然じゃ!どんな姿になろうと、ワシが夢見るのは黄金亀なんじゃーい!!」
二人の笑い声が、木々の隙間から、空へと溶けていった。
山の中、夏の日差しの下で、新たな日常が静かに始まっていた。
――第5話、完。
女体化ガチ勢!
おまけのバッテン日記3
自分の事を四天王とか言うやつを全員倒しながら進んでいると、遂に魔王の城まで辿り着いた。魔王はスキル使いで、妖艶な女だった。「なんなんだお前ら急に来て。勇者とかそういうのなのか?我々の世界征服の野望を阻止しに来たのか?」とオロオロしながら訳わかんない事を言ってきたから、「違います。我々は女体化文化を広めに来たのです」と正直に話した。魔王は「女体化?私は既に女だから、よく分かんねーな。でも楽しそうじゃん!聞かせてくれよ!」と言ってきたので、話してたらなんか仲良くなって、世界征服をやめて、女体化漫画を書くことを宣言した。魔王はクッソ絵うまかった。魔王城は女体化専用のコミケと化した。
私達は遂に、女体化を流行らせる事に成功したのだ!
でも、これでは満たされない。やはり、女体化の始祖であるメルリア様のお側で、女体化をもっと学びたい!そう思った私は、コルミィに相談した。「メルリア様のところへ行きませんか?」と聞いてみると、コルミィは「え、あ、はい。行きます」と震えながら了承してくれた。
こうして、他の女体化団の仲間や、魔王さん達に別れを告げ、私とコルミィは二人で魔界を抜け、メルリア様を探す旅に出たのだった。
コルミィが「え、なんで皆は置いて、オレっちだけ誘ったんすか?なんで?怖い」と聞いてきたので、「だってコルミィ、魔界に入っちゃった時に一人だけ『引き返そう』とか言ってましたよね?」と正直に答えた。これからしばらく、コルミィと二人きりだ!コルミィは常に不安そうにしているから、絶対に片時も離れないようにするぞ!




