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第3話「フレイム騎士団長の悩み」



「善なる男を見たメルリア様は、その褒美として彼を女に変えた。悪なる男を見たメルリア様は、その罰として彼を女に変えた」


───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)






かつて「ブライガル盗賊団」と呼ばれていた女体化団は、メルリアとラビに満面の笑みを向けていた。


「本当にありがとうございました、メルリア様!」


一同が感謝を口々に伝える中、その中の一人、バッテンと呼ばれる、無愛想な表情の団員が一歩前へ出た。取り出した小さな包みを、メルリアへと差し出す。


「女体化してくれてありがとうございました。これ、俺達からの……いや、私達からのお礼です」


包みの中から顔を覗かせたのは、見事な輝きを放つ紅玉だった。太陽の光を受けて、まるで熱を帯びるかのように煌めいている。


「えっ! そんなの受け取れないよ!」

メルリアは慌てて手を振った。「僕は別に、お礼が欲しくてやった訳じゃ――」


しかし、その言葉はバッテンの冷ややかな動作によって遮られる。彼女は音もなくナイフを抜き、無表情のまま、スッとメルリアの方へと突きつけた。


「メルリア様には本当に感謝しているんです。これは神様への供物です。お願いですから、我々の想いを受け取ってください。『女体化は素晴らしい』という我々の想いを、どうか踏み躙らないでください」


ナイフを構えながらのその口調は、奇妙に丁寧で、そして殺気を帯びていた。数時間前、バッテンがかつての親分――ブライガルに大岩を持ち上げて見下ろしていた姿が脳裏によみがえる。


背筋に冷たいものが走る。だがそのとき、メルリアの耳元に、小さな声が滑り込んできた。


「バッテン君、無愛想だけど悪い子じゃないんス」


振り向くと、コルミィがそっと囁いている。


「その宝石も、誰かから奪ったりしたヤツじゃなくて、魔物の討伐報酬として買ったんスよ。そもそも親分以外は、奪い取るようなことはしない方針だったんス。オレっち達のこと、誤解しないでほしいッス……」


メルリアが再び前を向くと、バッテンは変わらぬ無表情でこちらをジーッと見つめていた。メルリアが口を開こうとするよりも早く、バッテンは無言で近くの大岩に歩み寄り、それを片手で持ち上げた。


メルリアは思わず、ニコリと笑いながら手を差し出す。


「わかった、わかったよ。ありがとう、コルミィ、バッテン……そして、女体化団のみんな」


宝石はメルリアの手の中で、あたたかく、そして誇らしげに光を放っていた。


メルリアとラビは、賑やかだった「女体化団」と別れ、再び二人きりで森の小道を歩いていた。昼下がりの柔らかな陽射しが、木々の間から差し込んでいる。


「ねぇラビ!」


メルリアが元気に声を上げた。


「僕、二回も戦ったからお腹空いちゃったよ!」


「メルリア様は好きな食べ物とかありますか?」と、ラビが首をかしげながら尋ねる。


「うーん、この世界にあるか分かんないけど……ラーメンと牛丼が好きだよ!」


「いや、女体化に憧れてる人のラインナップじゃないでしょそれ」

ラビがあきれたようにツッコむと、メルリアは笑いながら肩をすくめた。


しばらく歩くと、森の木々がまばらになり、視界が開けた。遠くに広がる石造りの建物群が、まるで地平線の上に浮かんでいるように見える。


「メルリア様、あれがこのツルギノ王国で一番大きな街――サージカハン街です」


「わぁ、ほんとだ!すごい……!」


ラビは少し寂しげな声で続けた。

「ボクみたいな弱い霊獣族は、基本的に神の加護があるこの森から出たりしないんですが……今はもう仲間も居ませんし、それにメルリア様が守ってくれるなら安心です。ですので、これからはメルリア様のペットとしてお供することにしますね」


「えへへ、ありがとう!」


メルリアは嬉しそうに飛び跳ねた。


「僕、この世界のことなんにも知らないから助かるよ!ラビのことは、僕が絶対に守るから安心してね!……でも」


「どうしました?」とラビが首を傾げる。


「ラビが僕のペットなんじゃなくて、僕がラビのペットの方が良いなぁ〜!」


「やれやれ、メルリア様のマゾにはついていけませんねぇ……」


そう言ってラビは耳をピコピコと揺らした。


やがて二人はサージカハン街の入り口にたどり着いた。西洋風の石造りの街並みが広がり、行き交う人々は洒落た服を着こなし、活気に満ちていた。


「ラビ!ご飯食べに行こう!ご飯!」


「そこの突き当たりを右です」


「え?森から出たことないのに、なんで知ってるの?」


「霊獣族は、一回聞いたことを絶対に忘れません。森にいる『渡り霊鴉』が色々教えてくれるので、大体のことは知ってますよ?」


「……あ、だからスキルのことも詳しかったんだ!」


ラビは自慢げに胸を張って、誇らしげに頷いた。


サージカハン街に足を踏み入れたメルリアとラビは、活気ある街並みに目を輝かせながら歩いていた。石畳の道には露店が並び、人々の笑い声がそこかしこに響いている。


ふと、少し先に人だかりができているのに気づいた。


「ねぇ、なんかあっち騒がしくない?」


メルリアがラビの耳をちょんちょんとつつく。


「ですね……なんでしょう?」


近づいてみると、そこには数十人の騎士たちが堂々と馬に乗り、街の中央通りを進んでいた。鎧に輝く紋章、統率の取れた動き、それだけで場の空気を支配している。


「フレイム騎士団が帰ってきたぞー!」

「フレイム様ーー!!」


観衆の歓声が一斉に上がる。子どもも大人も、老若男女が熱狂している。


メルリアは目を輝かせてラビの袖を引っ張った。


「あっ見て見て!騎士団だって!男かな?女かな?もしかしたら女体化に興味持ってたりするかな?」


「女体化の話しか出来ないんですか、あなたは」


ラビが呆れたように言うと、少し身を乗り出して説明を始めた。


「フレイム騎士団は全員男性です。団長のフレイム・フェザースさんはスキル使いで、この国でも最強クラスの実力者なんですよ」


「……待って、ラビってそんな事まで知ってるの!?」


「ふふーん!」


ラビは誇らしげに胸を張った。


「ボクはすごいのです!これからもメルリア様の役に立っちゃいますね!」


メルリアが笑おうとしたそのとき――


先頭にいた騎士団長の男と、メルリアの視線がふと重なった。

彼は赤金の髪を後ろに束ね、隻眼のように片方の目を細め、鋭いまなざしでメルリアをじっと見つめている。顔立ちは整っており、その佇まいには歴戦の強者としての威圧感があった。


「……っ!」


メルリアは息をのんだ。何かを言いたげな、その瞳に釘付けになる。


すぐ後ろに控えていた騎士が、馬上から大声で叫んだ。


「皆の者!フレイム騎士団長の活躍により!あのブラック・ドラグーンが、遂に、東の山から去っていったぞーーーっ!!」


歓声が爆発した。街全体が揺れるようなどよめきの中、メルリアは肩をすくめて縮こまった。


「ね、ねぇラビ?ドラグーンって……何?」


しかし隣のラビは、まるでメルリアの声など耳に入っていないようだった。口をぱくぱくさせながら、やがて小さく叫ぶ。


「嘘でしょ!?あのドラグーンが!?メルリア様!フレイムさんは凄すぎます!!あのドラグーンですよ!?」


ラビは興奮のあまり、メルリアの膝をバシバシと叩いた。


「ちょっ、痛っ……ありがとう!っていうか、そのドラグーンってそんなにすごいの?」


「はぁ!?メルリア様、ドラグーン知らないんですか!?そんな事あります!?ドラグーンって――あのドラグーンですよ!?史上最強のドラゴンです!」


ラビは目を潤ませながら震えていた。

一方メルリアは、「そんなにすごいならちょっと見てみたかったな……」と、どこか物足りなさそうに呟いた。


 メルリアが口を開こうとした瞬間、フレイムが馬から静かに降りた。


 騎士たちの馬も一斉に止まり、その場で待機する。そしてフレイムは、真っ直ぐに、メルリアの方へと歩き出した。


「ええっ!?えっ!なに?」


 フレイムは静かに口を開く。


「聞き違いでなければ申し訳ない。『メルリア』と言ったのか?」


 民衆の視線が一気に集まる。


「えっ、そうですけど……?」


 フレイムの表情が険しくなった。


「知っているのか?『メルリア』とは、この土地の神『メルザルト・セシリア』の事を言うんだ。人間が神と同じ名を騙るのは、神に対する侮辱。即刻、処刑をしなければならない」


 その言葉に、メルリアの顔から血の気が引いていった。


「そうなの!?嘘でしょ!?ねぇラビ!なんでそんな大事な事教えてくれないのさ!」


「え?それって大事ですか?」


「大事だよ!!飯屋の場所よりも真っ先に僕に教えてくんなきゃ駄目な奴じゃん!僕、処刑されちゃうんだよ!」


「だったら、何も問題ないですね。フレイムさん、この人はその『メルリア様』です。ボクにとっての神様です」


 その言葉に、フレイムの瞳が鋭く光る。


「ラビ、そんな事言っちゃっていいの……?」


「いいのです。ボクにとってのメルリア様っていうのは、ボクを助けてくれた方なのです」


 二人は小声で囁き合う。


 フレイムは静かに、しかし確かな感情を込めて口を開いた。


「君が、あのメルリア様……?」


「はい、え、そうです!えーっと、僕はメルリアです!」


 民衆がどよめく。


「スゲー!ここ100年、ずっと姿を見せなかったあのメルリア様だ!」 「メルリア様って女なんだっけ?アホ毛生えてるんだ!」 「本物の神様だ!アホ毛の神様だ!」


 騒がしい熱狂の中で、フレイムはひざまずき、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません!メルリア様!無礼をお許し下さい!」


「あ、いや……。なんというか、謝んなくていいよ本当に」


 メルリアは気まずそうに微笑んだ。


「この方はメルリア様だ!」


フレイムの静かでありながら凛とした声が、騎士たちの列に響き渡った。


「サージカハンの地へ、わざわざご足労いただいたのだ!」


その言葉に、周囲の騎士たちはざわついた。一人の騎士が訝しげに口を開く。


「しっかし、本物ですかい?嘘ついてる可能性もありますぜ?」


即座にフレイムが応じた。


「その可能性はない。このウサギ、よく見ろ。地獣族ではなく、希少種の霊獣族だ」


声に揺るぎはない。


「あの博識な霊獣族を騙して神の名を呼ばせるなど、不可能。そして、メルリア様の加護を受けてきた霊獣族が、ただの人間を神と呼ぶ道理もない」


「当たり前です!メルリア様は嘘なんかつきません!ねぇ!?」


ラビが自信満々に言い放つ。


「はい、え、うん。そうだね……」


メルリアは視線を彷徨わせながら、弱々しく答えた。


フレイムはしばらくメルリアを見つめ、ふと真剣な表情で尋ねた。

「しかし、メルリア様ほどの御方が、何故この地に?国王に会いに?それとも……ドラグーンの件か?」


「え?えーっと……ご飯を食べに……」


「それはいけない!!」


突然、フレイムが動いた。迷いもなくメルリアとラビの手を取り、自身の馬の元へ引っ張る。その力と威圧感に、メルリアは抗うこともできなかった。


「お前たちは先に行っていろ!」


フレイムは部下たちに叫んだ。


「俺は、メルリア様にご馳走を用意する!どんな料理でも用意してみせましょう!」


号令と共に、三人を乗せた馬が荒野を駆け抜けていく。民衆と騎士たちの視線を背に、ひときわ大きな砂煙を巻き上げながら――。



◇◇◇



数十分前――

馬の背に揺られながら荒野を駆け抜けた三人は、今、静かな一室にいた。


「うまい!すごいね、フレイムさん!こっちの世界の牛丼の方が美味い!」


メルリアは満面の笑みを浮かべ、丼を抱え込むようにして夢中で頬張っていた。


「『薄切りの肉に甘塩っぱいタレをかけてコメと一緒に深めの器に盛る料理』……とか言われた時は正直戸惑いましたが、お口に合って良かったです」


フレイムは胸を張りながら一礼し、どこか誇らしげだった。


この世界に「牛丼」などという料理は存在しない。

メルリアが何気なく馬上で口にした言葉に、フレイムは「何でも食べさせる」と断言してしまった手前、引くに引けず、自らの家へと招き入れ、未知の料理を即席で作り上げたのだった。


「料理が趣味なもので。ベイル牛の肉を薄切りにして、ドザン稲を俺のスキルで加工し、それから……」


得意満面で語るフレイムの横では、ラビが床に置かれた丼に顔を突っ込み、無遠慮に食事を貪っていた。


メルリアはふと、部屋の中を見渡す。


「フレイムさんって、ひとり暮らしなんですね」


彼が騎士団長という地位にあることを思えば、もっと豪奢な邸宅を想像していた。しかしそこは、こぢんまりとした部屋だった。綺麗に整ってはいるが、どこか殺風景で、物寂しい。


「……ええ」


短く答えたフレイムは、やがて思い詰めたような顔になり、深く息を吐く。そして、意を決して口を開いた。


「メルリア様は――『なりたいものになれる』という神様だと聞いています。その噂は……本当ですか?」


「え?どういうこと?こんなに立派なフレイムさんにも、夢があるの?」


「夢、というか……なんというか。叶わないような、絵空事というか。……たとえば、ですけど……姿を変えるとか、そういうことって……」


「え?別の姿になりたいの?フレイムさん、今でも相当にイケメンだと思うけど」


「いえ!そういう訳ではなく!……そういう訳ではない事もないのですが……ええーっと、あくまで、たとえ話であってですね……」


フレイムは言い淀み、目を伏せる。

そんな彼の手を、メルリアがそっと取った。


「大丈夫」


真剣な眼差しで、メルリアは言った。


「どんなことでも、僕は人の夢を笑ったりしない」


その言葉に、フレイムははっと目を見開く――が、すぐに首を横に振り、声を荒げた。


「違うのです!そんな、夢などという大層な想いではないのです……!」


こみ上げるものを抑えるように、震える声で続ける。


「メルリア様という神は、とても厳格な神であると聞いています。そんな御方からすれば、きっと……低俗で、くだらないと思われてしまうような――」


「駄目だよ」


メルリアは立ち上がり、テーブル越しにフレイムを見下ろした。


「自分の夢を、そんな風に言ったら。……それとも、その想いって、誰かを傷つけるようなものなの?」


「……違います」


「違うなら、自分を傷つけちゃいけないよ」


その一言に、フレイムは肩を震わせた。長い沈黙の末、彼は小さく頷いた。


「……わかりました。メルリア様を、信じます。……誰にも言わないで下さいね?」


小さく息を呑み、フレイムは告げた。


「俺は……自分の性別に、ずっと違和感を持って生きてきたのです」


「え……?」


「だから、その……女の子になりたいんです。俺は」


 フレイムの衝撃的な告白に、ラビが顔を丼から引き抜いた。


「ウソォーーーッ!!こんなピンポイントなことあります!?メルリア様!聞きました!?今の!!」


 大声で叫びながら、ラビが指さす先を見ると、メルリアはその場に立ち尽くしたまま、両目から涙を流していた。


「うん……良かったね、フレイムさん……本当に、良かったね……」


 うわ言のように、震える声でそう呟く。


「いや!まだ女体化させてないですよ!なんでもう叶えた感じ出してるんですか!!」


 ラビがメルリアの肩をつかみ、激しく揺さぶる。


 フレイムが困惑した様子で尋ねる。


「な、なんですか?メルリア様は……どうしちゃったんですか?」


 ラビは胸を張って、威厳たっぷりに答えた。


「お答えします!なんと、ここにいるメルリア様のスキルは『女体化』なのです!メルリア様自身もそのスキルで女の子の姿になったし、フレイムさんのことも、一瞬で女体化させられるのです!」


「えっ!?本当ですか!?」


 驚愕するフレイムに、メルリアがぐいっと両手を取って前のめりに迫る。


「わかる!わかるよ、その気持ち!今まで、辛かったね……!でも大丈夫!すぐに女体化するよ!どんな姿がいいの?女の子の姿だったら、どんな姿でも、なりたい姿に……」


「お、落ち着いてくださいメルリア様!確かに今すぐにでも女体化したいですけど、そんな単純な話ではないのです!」


「えっ、どういうこと?早く女体化して、女体化の良さを語り合おうよ!やっぱり、女体化する時って、こだわりの“女体化ポイント”があると思うんだよね!僕の女体化ポイントは、なんと言ってもこのアホ毛!“僕といえばコレ”っていう大事なポイントなんだけど、実際さっきもアホ毛に注目してた人いたし……」


 興奮が頂点に達したのか、メルリアは早口で一気にまくし立てる。

 目が本気すぎて、ちょっと怖い。


「メルリア様!目が怖いです!止まってください!」


 フレイムが必死にメルリアの肩を揺さぶると、ようやく我に返ったように、メルリアは頭をかいた。


「……ああ、ごめんごめん!まさか異世界で女体化したがってる人に会えると思ってなくって!で、いつ女体化するの?」


「だから、それが単純な話じゃないんですってば」


 フレイムは静かに言った。


「姿がいきなり変わったら、周りが簡単に受け入れてくれるとは限らないでしょう?メルリア様は理解のある御方だったから、こうして話せましたけど……他の人は、どう思うか……」


 その言葉に、メルリアの表情が陰る。

 転生前の記憶がよみがえる。

 あのとき、トガシ君が言った言葉。

 あれが、世間の“普通”なのかもしれない。

 メルリアは、唇をぐっと噛みしめた。


「……あのー」


 ラビが手を挙げる。


「確かに受け入れがたいことかもしれないですけど、でも、あのドラグーンを倒したフレイムさんなら、それくらいの趣味があっても、そんなに失望されないんじゃないですかね?」


 フレイムはふと視線を落とし、暗い表情で呟いた。


「……いや、ドラグーンを倒したわけではありません。あれは、ただ『ここにはもう来ない』と言って、東の山から去っていっただけです」


「えっ……」


 ラビが目を見開いた。


「俺はこの国で誰よりも強いスキルを持っている自信があります。でも、ドラグーンだけは、本当にどうしようもなかった」


 メルリアが息をのむ。


「ドラグーンってドラゴン、そんなに強いの……?」


 フレイムは頷き、重い口を開く。


「この世界の理、常識を完全に逸脱しています。神の設計ミスのような存在。環境や食物連鎖そのものが崩壊しかねない……あの時の戦慄は、今でも忘れられません」


 彼は、東の山での出来事を語り始めた。


 フレイムの騎士団がたどり着いた時、ドラグーンは山頂に堂々と居座っていた。黒く、鋼鉄のような光沢を持つ鱗に覆われ、体長はおよそ百メートル。刺すような赤い双眸と、その口から漏れる黒炎。その威圧感だけで、空気が凍りついた。


 騎士団が近づくと、ドラグーンの前脚がわずかに動いた。すると、宙に十枚のスキルカードが現れ、それらが同時に破れた。


 直後、無差別な爆発が十発。対象など存在しないかのように、大地が揺れた。


 フレイム以外の騎士たちは、馬から振り落とされ、その場に蹲った。


 そんな中、ドラグーンは、まるで感情のない声で口を開いた。


「大丈夫、殺してないよ。物凄く手加減しておいたからね」


 あまりにも落ち着いていた。その不気味さが、逆に恐怖を煽る。


「君はスキルが使えるんだろう?少しは楽しめるかな?」


 フレイムの手足が震える。だが、気合でそれを抑え込み、手を伸ばした。


「スキル《摩鐘楼フレイムシュート》!!」


 スキルカードを破ると、右手に炎が集まり、噴き上がる。その勢いで馬を蹴り飛び、宙に舞い上がった。


 空中で六つの巨大な火球を出現させ、ドラグーンへと投げ放つ。


 ――命中。


 だが。


 ドラグーンの鱗は、一片も崩れなかった。ただ、無言のまま冷たい瞳を向けるだけ。


「……まだだ!」


 フレイムは叫ぶ。


「スキル《摩鐘楼フレイムシュート》!!」


 今度は両手で計六枚のスキルカードを出現させる。フレイムの魔力量は他のスキル使いとは桁違いだ。カードの複数展開も容易だった。


 六枚――それぞれ六発の火球を放てば、合計三十六発。全てを一つに束ね、山ごと焼き尽くすほどの火力で撃ち込む。


 その時だった。


「スキル《不条理シン・キリム》」


 ドラグーンの冷たい声が、山全体に響いた。

 その言葉と同時に、フレイムが手にしていたスキルカードが突如、爆発を起こした。眩い閃光。轟音。そして──


「う、あああああっ!!」


 爆発は彼の両腕にも及んだ。赤黒い煙と血が宙に舞う。


「な……何が起きている……!?どこから攻撃を受けている……!?」


 混乱する頭の中で、必死に思考を巡らせる。間違いない。ドラグーンのスキルは「爆発」だ。


 だが、問題はそこではない。


(これは……圧倒的すぎる……)


 最大の問題。それは魔力量と魔力操作の精度、すべてにおいてフレイムの想像を遥かに超えていた事。


 一度に十枚のスキルカードを生成できる時点で、常軌を逸している。いや、あれでも本気ではなかった。倍の数すら可能なのではないか──そんな予感すらする。


 そして、最も恐ろしいのは「読み」であった。フレイムがスキルを発動しようとしたその瞬間に、彼の両腕を爆発させたのだ。スキル発動そのものを封じるように。


(もし……奴が、俺の魔力の動きすらも感知し、対処できるのだとしたら……)


 他者の魔力の動きすらも視えているのだとしたら、それはもう、人間には不可能な芸当。勝てるはずもない。


 ドラグーンは、まるでつまらなそうにため息を吐いた。


「スキル使いなら勝負になるかなって思ったんだけど、どの人間も弱くて駄目だね。ここから去ることにするよ。もう、ここには来ないから安心してね」


 そして、山の麓が爆発した。地表が砕け、水脈が剥き出しになり、溜まっていた水が一気に雪崩れ込む。轟音とともに、大地が揺れた。


 フレイムは爆発で爛れた両腕を押さえる。皮膚は焼けていたが、骨は無事だった。しかし、今見せつけられた破壊を見る限り──


「手加減……しやがったな……!!」


 怒りがこみ上げる。


 だがその怒りすら、あまりの力の差の前には、ただ冷たく沈んでいく。嵐や雷、荒れ狂う海に誰も戦意を抱かぬように。フレイムの心からも、戦おうという意志が消えかけていた。


 体が空中から落下する。激流の中へと着水し、そのまま流されていく──



***



 フレイムは、そこまでを静かに語り終えた。


「まぁ、そんな訳で、この世界には常識を超えた化物がいる訳です。他者の魔力の動きすらも分かるなんて、それはもう神の領域ですから」


 ふぅ、と深く息を吐く。目を伏せるその表情には、ほんの僅かに悔しさが滲んでいた。


 メルリアは言葉を失っていた。そんな存在が、本当にこの世界にいるのか。神すら設計を誤ったような存在……それが、ドラグーン。


「それに、スキルは精神力で操作しています。俺の精神を支えているのは、『仲間達の信頼』です。もし俺が……女体化して、仲間達が俺を信頼しなくなったら、俺はスキルすらも使えなくなってしまう。これからもこの国を守る強い騎士団長でいなければ、国民は不安を感じてしまいます!」


 フレイムの目には、苦悩と責任の色があった。


 メルリアは少し考え込んでいたが、ふと、ぱちんと指を鳴らし、彼をビシッと指差した。


「……別にさ、全員に認められなくてもいいんじゃないかな?」


「ど、どういう事ですか?」


 フレイムが驚いたように聞き返す。


「国民全員に自分の性癖を認めろってのは無理かもしれないけど、他の騎士団員になら、認めて貰えるんじゃない? フレイムさんの精神、心の中で大事なのは、『仲間に信頼してもらう事』なんでしょ?」


 その言葉に、フレイムは目を見開いた。まるで、霧の中にひと筋の光を見たような──そんな表情で、じっとメルリアを見つめた。



◇◇◇



フレイムの家の前。

朝焼けに染まる空の下、メルリアは一人、凛とした面持ちで騎士団員たちの前に立っていた。

その場に、肝心のフレイムの姿はない。


「騎士団員の皆さん、改めてご挨拶します。僕はメルリアっていいます」

澄んだ声が、静まり返った空気に響く。


「メルリア様だ!」

「本物だ!」

「すげー!神様だ!」


騎士たちは口々に歓声をあげた。


だが、メルリアは微笑みながらも、手を前に出して制した。


「みんなは『神様だ!すごい!』とか思ってるかもしれませんが、僕は全然すごくありません。『本当にすごい人』っていうのは、たくさんのものを背負っていて、人には言えない悩みも山ほどあるんです。……僕も、昔はすごく悩んでました」


メルリアは視線を下げ、少し照れたように笑う。


「今はこうして、可愛い女の子の姿だけど……これ、僕のスキルで女体化したんです。元々は男で、ずっと女の子になりたいって願ってました。……気持ち悪いって思いますか?」


その静かな問いに、一人の団員が大きな声で答えた。


「あー、そういうのいいっすよ、メルリア様。多分あれでしょ?『フレイム団長は女体化したがってる』って話に持っていきたいんでしょ?」


「え……?」


拍子抜けしたメルリアが、ぽかんと口を開ける。


「俺たち、ずっと団長に助けられてきました。励まされて、守られて、鍛えられて。だから、団長が男でも女でも、そんなのどうでもいいんすよ」


「っていうか、前に野宿した時さ、団長が『ああああ!女になりたいぃぃぃ!!』って寝言で叫んでたし。集中してる時も『性別が変われば……』とかブツブツ言ってたし、みんな気づいてましたよ?」


「メルリア様、女体化スキル持ってんなら、早く団長を女にしてやってください!女になったって、団長は変わらず最高っすよ!!」


メルリアは思わず笑って、頷いた。そして、指先を空へ向けて伸ばす。


――ゴォオオオッ!!


紅蓮の炎を纏った男が空から降りてくる。

その姿は、フレイム団長――。


地面に着地する衝撃で土煙が舞い上がる中、彼は堂々と腕を組んで言い放った。


「みんな!俺はお前たちが仲間で、本当に良かった!俺はこれから女体化する!だが、女体化しても、これまでと変わらず……いや、これまで以上に、逞しくなることを誓う!!」


その瞬間、騎士団全体が歓喜の雄叫びを上げた。


その様子を少し離れた場所から見ていたラビは、やれやれと肩をすくめ、冗談ぽくつぶやく。


「騎士団長が女体化しちゃって……こりゃもう、バッドエンドですね」


そんな笑い声だけが、騎士団の笑いに紛れて、空に響いた。



――第3話、完。







女体化ガチ勢!

その後のバッテン君の日記1


コルミィ女体化団の結成パーティーをしようと、酒場で仲間達と飲み明かしていると、酔ってフラついたコルミィが私の服に酒をブッかけてしまった。

私は「大丈夫?」と心配したのだが、コルミィは「バッテン君!ご、ごめんなさい……殺さないで……!命だけは助けてほしいッス……」と泣きながら土下座してきた。女体化に関することじゃないから全然気にしてないのに、コルミィはそれからずっと青ざめて震えていたので、風邪かな?と心配になった。

あと、必死で土下座しているコルミィを、隣の席のチンピラが笑って馬鹿にしていたので、そいつらの両腕をへし折ってナイフで顔面を切り裂いて背中の皮膚を素手で毟り取って剥き出しになった背中の筋繊維にライムをブッかけてやった。それでも怒りがおさまらなかったので、外から大きい岩を持ってきて顔面にぶつけてやろうとしたが、500キロ近くある岩をそれぞれ片手で持ち上げて店に入ったもんだから床が抜けてしまい、店主に「もうやめてあげてください……お願いします……」と懇願され、まぁ仕方ないから許してあげる事にした。

それにしても、なんでコルミィはいつまでも震えてたんだろう?

これからはコルミィが親分なんだから、体調には気をつけて貰わないと。なるべく側を離れないようにしてあげよう。

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