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第2話「ブライガル盗賊団、女になる」



「神は最初の人類として、アダムとイブを創った。それを見ていたメルリア様は、そのアダムをイブにした」


───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)





 深い森の中、小さな足音が二つ、しっとりとした土の上に並んでいた。木漏れ日の差す道を、ツインテールの少女と、ウサギの半獣人が肩を並べて歩いている。


「メルリア様のスキルで、分かんない所があるんですけど」


 前を歩いていたウサギの半獣人──ラビが、首をかしげて問いかける。長い耳がぴょこりと揺れた。


「え?なになに?」


 振り向いた少女──メルリアは、水色のツインテールをふわりと揺らしながら、興味深げに答えた。その顔には、どこか楽しげな表情が浮かんでいる。


「メルリア様のスキルって『女体化』ですよね?なんで、傷が治ってるんですか?」


「ああ、それね」


 メルリアは頷き、胸の前で両手を組んだ。


「僕のスキルは『綺麗でかわいい女の子になること』だからね。傷痕なんて可愛くないでしょ?だから、いつまでも若くて綺麗なままになるんだ。老いることもないし、傷は時間が経てば勝手に治っちゃう。でも、不死ではないみたい。だから、脳みそを斬られたら、流石にそのまま死んじゃうっぽいけど」


 軽い調子で語られるその力は、あまりに常識外れで、ラビは思わず寒気を覚えた。

(死んでさえいなければ、どんな傷でも治る……って、ちょっと怖いかも)

 けれど、メルリアが目を輝かせながら語っていたので、心の中に留めるだけにしておいた。


「なるほどなるほど、自分のスキルの事は、自分で感覚的に分かっちゃいますもんね。しかしまさか、相手を女体化させることも出来るなんて」


 ラビが納得したように頷くと、メルリアはふっと笑った。


「うーん、でもこのスキル、相手の肉体そのものを変えちゃうから、男の姿には戻せないっぽいんだよね。それに、『僕が思うかわいい女の子』にしかできないみたい」


 それから、少し真面目な声で続ける。


「あと、傷の再生は僕自身の魔力でやってるから、女体化した相手──さっきのウィドウとかには、再生能力はないよ」


 そこでふいに、メルリアの目がぱっと輝いた。


「あ!でもでも、容姿を変える能力だから、服装だって変え放題じゃん!だったら、自分に対してスキルを使えば……!」


 メルリアは自分の胸にそっと手を当て、声を張る。


「スキル《女体化エクスチェンジ》!」


 次の瞬間──

 ふわりと魔法の光が舞い、彼女の服装が一変した。黒を基調とした、ふんわりしたローブの魔法使い衣装へと変わっていた。


「さっきの服、ウィドウに切り刻まれてボロボロだったからね。これでいつでも新品の服でいられるよ!ほら、この服、異世界っぽくない?やっぱり、せっかく女の子になったなら、いろんな服着たいじゃん?」


 胸を張るメルリアに、ラビはまたもや首をかしげて尋ねた。


「じゃあ髪の色とか顔も、いつでも変えられるって事ですか?」


 すると、メルリアは急に顔を引き締め、ぴしっと指を立てる。


「いい?ラビ。絶対にそこは変えないからね。僕の姿はこれで完成してるんだよ。水色髪のツインテールが僕の姿なの。分かる?これが僕にとっての理想で最高の姿なんだよ。そもそも女体化っていうのは本来、一度女体化したら戻れないのが良いのであって」


 熱弁するメルリアに、ラビは焦って手を振る。


「わっ!わかりました!わかりましたから!」


 二人が森の中を歩いていたその時だった。ふと、前方の茂みの間に、何かがうずくまっているのが目に入った。近づいて見ると、それは人だった。


 黒と濃灰を基調とした軽装、闇に溶け込むようなデザインのケープが肩を覆い、革製の上着には小さなポケットがいくつも縫い込まれており、肘までの袖の下には黒い布が手首を隠していた。ズボンは厚手でぴったりとした作り。腰と膝にはナイフや鍵を収めるホルダーがついている。足元は柔らかな革のブーツ。その全身は土と傷にまみれていた。


 顔立ちは整っていて、ぱっと見では少女のようにも思える。だが、そのうめき声には、確かに少年の声があった。


「うぅ……オレっち、死んじゃうかもしれないッス……」


 メルリアが慌てて駆け寄り、声をかける。


「大丈夫?どこか怪我してるの?」


「猛毒ヘビが……飛びかかってきて……オレっちの頭を噛んだッス……身体が痺れて……動かないッス……意識が……」


「ラビ!毒って、なんとかならないの!?」


 メルリアが振り返って言うと、ラビは耳を伏せて困った顔をした。


「ええと……解毒薬がもしあっても、今からだと間に合わないかもしれません」


 少年は、それを聞いても諦めたように目を閉じ、弱々しく呟いた。


「オレっち……コルミィって名前ッス。仲間に……ゴメンって……伝えてほしいッス……」


 命の灯火が、今にも消えかけている。だが、その時——


「あっ、そうだ!」


 メルリアがぽんっと手を打った。


「ねぇラビ!相手を女体化させても、僕みたいに自動回復能力は得られないけどさ!でも、女体化した直後って、たぶん元の傷とか無くなってると思うんだ!」


「それ……助かるかもしれませんが……元に戻れなくなるんじゃ……?」


 ラビが慎重に言葉を選ぶ中、コルミィの唇がわずかに動いた。


「……なにも……聞こえなくなってきたッス……命が……助かるなら……どんなことでも……いいから……神様……お願い……」


 その願いの声に、メルリアの目が真っ直ぐに光を宿す。


「……分かった!コルミィ、君の願い……叶えるよ!」


 メルリアは手を掲げ、真剣な顔でスキルを宣言した。


「スキル《女体化エクスチェンジ》!」


 淡い光がコルミィを包み、その身体が少しずつ変化していく。黒髪はオレンジ色のツインテールに、汚れた装備はセーラー服へと変わり、たしかにそこには、かわいらしい少女の姿があった。


 やがて、地面に倒れていた人物――いや、少女が、ゆっくりと身を起こした。


「……あれ?なんともないみたいッス!もしかして……オレっちのこと、助けてくれたッスか?ありがとうッス!」


 元気そうな声に、メルリアは胸を撫で下ろす。すると横にいたラビが、胸を張ってふんぞり返った。


「ふふーん!この御方は、メルリア様なのですよ!」


「ええっ!メルリアって、神様ッスよね!?オレっち、神様に会ったの初めてッス!」


 純粋な驚きに満ちた声に、メルリアは少し照れたように頬を掻いた。


「いやぁ……神様ってわけじゃないけど。でも、コルミィの命を助けられてよかったよ」


 コルミィは無邪気に飛び跳ね、助かった喜びを体いっぱいに表現していた――が、ふと足を止める。


「……あれ?なんなんスか、この服。すっげーヒラヒラしてるッス……っていうか、この身体……」


 言いながら、コルミィは自分の身体に手を当てた。胸元、腰回り、そして頬に触れるたび、表情がどんどん引きつっていく。


「あちゃー……」


 ラビが苦笑しながら顔を背ける。


 一方のメルリアは、満面の笑みでその様子を見つめていた。


「ええええ〜〜〜っ!?オレっち、女の子になっちゃってるッス〜〜〜!!」


「ほら!自分の姿、確認して!」


 メルリアが近くにあった池の方を指差すと、コルミィは勢いよく走り出した。そして水面を覗き込むと、驚きと困惑の混じった声が漏れた。


「か、かわいい……!これが……オレっちなんスか……!?」


 オレンジ色のツインテールが揺れ、セーラー服のスカートが風にひらめく。そこには、どう見ても見目麗しい少女の姿があった。


「すごい……!女体化漫画で見たことある展開が、てんこ盛りだ……!」


 メルリアはその光景を見て感動し、目を潤ませながら小さく呟いた。


 その隣でラビは、やれやれという表情でメルリアを見守っていた。


 コルミィは池から戻ると、地面に座り込んで顔を覆い、ワンワンと泣き出した。


「うわーん!ひどいッスー!!こんな姿じゃ、もう盗賊やれないッスよー!!」


 その声に、メルリアはバツの悪そうな顔で眉を下げた。


「いや、でもね?君、死にかけてたし……それに、どんなことでもいいって言ってたから……」


「それにしたって!性別まで変わるなんて、立ち直れないッスよ!」


「……っていうか君、盗賊なの?」


 思わず返すと、コルミィは涙を拭きながら、誇らしげに胸を張った。


「オレっちは、泣く子も黙るブライガル盗賊団の一員なんス!だからオレっちは、親分のように、男らしく!たくましくならなきゃいけないッス!」


 しかし、その声は徐々に震え、また顔を伏せる。


「……でも、こんな姿じゃ、もう男らしくなれないッス……。ただでさえ、元々オレっちは女みたいな顔だったし、背も低くて……それがコンプレックスだったんス!でも、まさか男らしくなるどころか、本当に女になっちまうなんて……」


 メルリアはそっと尋ねた。


「コルミィは、自分に自信が持てるようになりたかったの?」


「そうッス……。命を助けてくれたのは有り難いッスけど、これじゃもう……」


 その言葉に、メルリアはニコッと微笑んだ。


「でもさ、今のコルミィ、すっごく可愛いよ?」


「か、可愛いって……!オレっちは男なんス!そんな事言われても……!」


 コルミィは顔を真っ赤にして、涙目で俯き、ちらりと上目遣いでメルリアを見る。その表情のあまりの愛らしさに、メルリアはたまらず言った。


「いや!コルミィは可愛い!僕が本気で可愛いと思ってる姿にしたんだもん!自信持っていいよ!」


「……ん、今まで容姿を褒められたこと無かったから、照れるッスよぉ〜……」


 耳まで真っ赤になり、再び両手で顔を覆ってしまう。


「それとも、もっと他になりたい姿があった?“僕が可愛いと思ってる女の子の姿”にしか出来ないけど、今からでも好きな見た目に変えることは出来るよ?」


 少しの間、考え込むように目を伏せたコルミィだったが、やがて小さく首を横に振った。


「う〜ん……いや、この姿のままでいいッス。そ、そんなに可愛いって言うんなら……」


「気に入ってもらえて良かったよ!」


 メルリアはぱぁっと笑顔を輝かせる。


「確かに、池に映った自分の姿を見た時……思わず可愛いって思っちゃったッス……。自分を肯定できるようになったのは初めてというか……」


「やった〜〜〜!!女体化の良さを分かってくれる友達に会えたよ!コルミィ!君は女体化友達だ!」


 メルリアは目をキラキラと輝かせ、手を握りしめて喜んでいた。


 その横で、ラビは呆れ顔でふぅと息を吐く。


「……まったく、メルリア様は変わりませんねぇ……」


 メルリアは目を輝かせながら、身を乗り出して語り始めた。


「それでね、それでね!僕もこの姿になるまでは、全然男らしい見た目じゃなかったし、ずっと女の子になりたいなぁ〜って思ってたんだけど……。でも今は、自分の見た目にすっごく自信あるんだ!コルミィもさ、もう『男らしくならなきゃ』なんて気負わなくていいんだよ。見た目や性別に縛られずに、新しい自分を見つけていけると思うんだ!だってコルミィは、自他共に認める可愛さなんだから!」


 ハイテンションな声に押されるように、コルミィは頬を真っ赤に染めながらも、まんざらでもなさそうに小さく笑った。


「へ、へぇ〜。そ、そんな褒めても、何にも出ないッスよぉ……。それに、良いのは見た目だけで……」


「でもさ、見た目って大事だよ?見た目に自信がつくと、不思議といろんなことにチャレンジできるようになるし!それに、コルミィはちゃんと新しい自分を受け入れた。それって、すっごく立派なことなんだよ!」


 メルリアの言葉に、コルミィはほんのりと微笑みながら、ぽつりとつぶやいた。


「うーん……じゃあ、女体化って、良いことなのかもしれないッスね……」


「そうだね!コルミィと女体化の良さを分かち合えて、僕は本当に嬉しいよ!」


 二人は顔を見合わせ、思わず声を上げて笑った。そんな様子を眺めていたラビが、ふと口を開いた。


「でも、コルミィさんは盗賊団の一員だったんですよね?これから、どうするんです?」


「ああっ!そうだったッス!」


 思い出したように頭を抱えるコルミィ。その反応にメルリアは、首をかしげながら尋ねた。


「そんなに良いものなの?盗賊団って」


 コルミィは胸を張って言った。


「ただの盗賊団じゃないッスよ! ブライガル親分は、誰に対しても公平なんス!だから、戦う時もタイマンが信条なんス! 子分のオレっち達も、そんな男らしくて公平な親分に憧れてついていってるんス!」


 木々がざわめいた。風はない。だというのに、不自然な揺れだった。


「……な、なんか嫌な予感がします!」


 ラビが耳をぴくりと動かし、鋭い目で周囲を見渡した。すると、その気配に応えるように、木立の間から影が次々と現れる。


 あっという間だった。十人ほどの男たちが、円を描くように彼らを取り囲んでいた。全員がごつい体格に無骨な武具を備え、どこかで見覚えのあるような装い――女体化する前のコルミィに似た風体だった。


「……なに、これ……?」


 メルリアが困惑した声を漏らす。そのとき、取り囲んでいた中で最も大柄な男が、にやりと口元を歪めながらラビを指さした。


「こいつだ。高く売れる霊獣族のウサギ。ついに見つけたぞ?」


 その男は二メートルを超える巨体に、頬の大きな傷跡、ぼさぼさの髭面、そして吊り上がった目を持つ、明らかにただ者ではない風格の持ち主だった。


「ブ、ブライガル親分……!!」


 コルミィが息を飲み、思わずその名を呼ぶ。


 メルリアはすぐさまラビの前に立ちはだかるように出た。


「お前もラビを狙ってるのか!?」


 しかしブライガルはまるで無視するかのように、じっとコルミィの方を睨みつけた。


「なんだ、そこのオレンジ女。俺様のことを知ってやがるのか?」


「オレっちッスよ!コルミィなんス!このメルリアさんのスキルで命を助けてもらって……そしたら女になっちゃったんスよ!」


 コルミィの叫びを聞くや否や、ブライガルは腹を抱えて大笑いした。


「ブワハハハハ!! 女になっただとぉ!?コルミィとはぐれちまってたが、まさかそんな姿になってるとはなぁ!」


 顔を真っ赤にしてコルミィが身を縮める。


「確かにコルミィは女みてぇな顔をしてて、ナヨナヨしてたがよぉ。ほんとに女になっちまうとは、こりゃ笑えるぜ!」


 さらに笑いながら、ブライガルはコルミィの服装を値踏みするように見て鼻を鳴らす。


「それにしても、盗賊のくせに水兵みたいな格好しやがって。男らしく生きるのが辛くて逃げたんじゃねぇのか?ん?」


「そ、そんなことないッスよ〜っ! 毒蛇に噛まれたから、仕方なかったんス!」


 その場にいた部下の男たちが、ざわつきながら口々に言い出した。


「この喋り方、マジでコルミィじゃん」


「すっげー可愛くなってるな。まさか女になるとは」


「いちいち可愛いな、コイツ」


 その言葉に、ブライガルの顔が一瞬で険しくなった。


「テメェらっ!!男らしくねぇ奴を褒めてんじゃねぇ!!男に生まれたなら、ナヨナヨと生きることは許されねぇんだ!!」


 怒声が森の中に響き渡る。


「堂々と、負い目を作らず、逃げずに男の道を征く!それが盗賊団の流儀だ!……おい、そこのアホ毛!」


 ブライガルは怒りの矛先をメルリアに向けた。


「よくも俺様の子分をこんな情けねぇ姿にしやがったな? おまけに、俺様達が狙っていた霊獣族のウサギを横取りしやがって!!」


 メルリアは一歩も引かず、真っ直ぐにブライガルを見据える。


「……コルミィは、逃げてなんかいないよ」


 メルリアの前に、巨漢の影が立ちはだかった。

 ブライガル親分――その威圧感たるや、木々すら黙りこむほど。


 メルリアとの身長差は優に四十センチ以上。

 華奢な少女と、岩のような大男。その体格差は誰の目にも明らかだった。


「ほぉ〜〜う……俺様に口答えか? 女のくせに、生意気だなぁ?」


 ブライガルはニヤつきながら、メルリアを真上から見下ろした。


「まさか……テメェも元は男だったんじゃねぇだろうなァ? だったら尚更だ、情けねぇなァ?」


 メルリアは臆することなく、きっぱりと言い返した。


「僕も、元々は男だったよ。でもね、男に生まれたからって、生き方まで決まるわけじゃない」


「ブワハハハハハ!!」


 ブライガルは腹を抱えて大笑いした。


「男として生まれたのは、神の定めた運命だろぉ!? 言い訳ばっかしやがってよォ! テメェは負け犬だ!」


 その声は一帯に響き渡った。

 だがメルリアは、一歩も引かない。


「ラビはね……僕を否定しなかった。僕が“僕”として生きることを、否定しなかった。そんな大事な友達、絶対に渡したりしない」


 空気が一変した。

 ピリッとした緊張が、森の中に走る。二人の間に、まるで火花でも散ったような、そんな気配が漂っていた。


 そのとき――


「確かになぁ……」


 囲んでいた子分たちの一人が、ぼそっと呟いた。


「アホ毛の子と仲良しなのに、ウサギ殺しちゃうのは……ちょっと可哀想っていうか……うん……」


「オレも思ってた!正直、横取りってのはなんか気が進まなかったんだよなぁ〜」


「そうそう!割って入るの、野暮ってモンだろ〜」


 ガヤガヤと口々に漏れる不満の声。

 それを聞いたブライガルの表情が、ぴたりと止まった。


 ――ギィン!


 鋭い音がして、親分が腰から抜いたナイフを、地面にズブリと突き立てた。


 一瞬で、全員が沈黙する。


「……ほぉ〜〜う。なるほどな。テメェら、俺様が『公平じゃねぇ』って言いてぇんだな?」


 ブライガルはニヤリと笑った。その目は、獣のように鋭い。


「確かにな。一理ある。囲んで『寄越せ』っつーのは、全然“フェア”じゃねぇなァ。俺様はな、“公平”が大好きなんだよ」


 ナイフは、地面に深々と刺さったまま、なおも存在感を放つ。


「ウサギを得る権利は、俺様にもアホ毛にもある。だからよォ、こうすんだ」


 ブライガルは指を伸ばし、コルミィを指差した。


「おいコルミィ! ウサギが逃げねぇように、しっかり掴まえとけ! そんで、アホ毛が逃げらんねぇように囲め!ただし――」


 彼はふっと笑い、己のナイフを見下ろした。


「タイマンだ。そいつだけは譲らねぇ。俺様とアホ毛、正々堂々、一対一の勝負だ!」


 コルミィは戸惑いながらも、ラビを大事そうにそっと抱える。


「タイマンって……戦うってこと…?」


メルリアは思わず声を漏らす。

それに、ブライガルは胸を叩いて答えた。


「当然だ!俺様はこの盗賊団で唯一の“スキル持ち”だぜ? 武器ナシ、スキルアリ、ルールはそれだけ!……さぁ、男らしく、勝負しようじゃねぇか――!」


「うおおおお!!」


子分たちの歓声が森に響き渡った。


「流石、親分だ!」 「どこまでも公平で、男らしいぜ!」 「タイマンの時はナイフを使わねぇ!腕一本で戦う!それが親分の流儀よ!」


興奮した様子で口々に叫ぶ子分たちを前に、ブライガル親分は腕を組み、胸を張って得意満面に笑っていた。


メルリアは、その様子を見て思わず隣のコルミィに小声で尋ねた。


「ね、ねぇ、コルミィ?この人、本当にタイマンやるの?」


「もちろんッスよ!」


コルミィはラビを大事そうに抱きかかえながら、にっこりと答えた。


「ブライガル親分はいつだって、男らしく筋を通すッス!嘘はつかないッスよ!」


「……そ、そう……」


不安混じりに答えたメルリアだったが、その視線の先で、ブライガル親分はふいに右手を真っ直ぐ前に突き出した。


「おい、アホ毛。テメェもスキルを使うんだろう?だったら俺様だって使わせてもらう。でもよぉ、それだけじゃまだ公平じゃねぇよな?体格差がありすぎんだ。……だからよ、特別に教えてやんぜ、俺様のスキルってやつを!」


その手のひらから、トランプほどの大きさのカードが現れた。淡く光るその紙には、複雑な紋様が浮かび上がっていく。


ブライガル親分はそれを両手で掴み、大袈裟な仕草で一気に破り捨てた。


ビリィッ!


音と同時に、彼の口から咆哮のような叫びが響く。


「スキル《惹開戦グラットン・ホッツ・イアー》!!」


メルリアは身構える。まるでウィドウと対峙した時のような緊張が走る。だが──何も起こらない。


「……?」


戸惑うメルリアに、ブライガル親分は自慢げに言い放った。


「ククッ!俺様のスキルはなぁ、今から10分間──俺様自身の身体能力を大幅に強化するって代物だ!この体格差、どう考えてもフェアじゃねぇ。だから、タイマンの前にちゃんと教えといてやんのよ!」


「スキルを……わざわざ教えるなんて……ほんとに、いいの?」


メルリアはきょとんとした顔で尋ねた。


それに対し、ブライガル親分は満面の笑みを浮かべたまま応える。


「構わねぇさ!それにな、これは俺様にとっちゃメリットでもあんのよ!」


彼は拳を胸に打ちつけながら語った。


「スキルってのは、心で操作するんだぜ。スキル使い達は、大地から湧く魔力を感じ取り、それを体内で練ってスキルに変える。だがな、その変換には精神力が必要なんだよ!心が乱れりゃ、スキルの精度も落ちるし、持続時間だって短くなる!」


「……だから公平を貫く?」


「ああそうさ!」


 ブライガル親分は高らかに笑う。


「公平を貫くことで、俺様の心は常に安定する!その分だけ、身体能力もより強化されるって寸法よ!さあ──行くぜ、アホ毛ッ!」


風が唸る。空気が緊迫感を帯びて震える。

メルリアとブライガル親分の一騎打ちが、今、始まろうとしていた──。


 ブライガル親分が吠えるように笑いながら、メルリアへ真っ直ぐ突進してきた。武器は持たず、構えも荒々しい。ただ拳一つに全てを込めた、正真正銘の肉弾戦だ。

 メルリアは警戒の色を深め、両手を構える。


(……女体化のスキルで決められる)


 彼女の秘めたるスキルは、対象を「女」に変えてしまう能力。手をかざすだけで発動でき、距離もごく近くで構わない。ブライガル親分を「か弱い女の子」に変えれば、それだけで無力化できる。


 肉弾戦にこだわるブライガル親分のスタイルは、まさに好都合だった。スキルの相性でいえば、完全にメルリアが優位だ。


 ――勝てる。


 そう確信した瞬間、メルリアは手をかざし、スキルの発動に入ろうとする。


 だが。


「っ……出来ないっ……!」


 思わず足を止め、指先がわずかに震えた。


 観客席で見ていたラビが、狼狽した様子で身を乗り出す。


「なんでっ!?メルリア様!どうしてスキルを使わないんですかっ!?」


 その言葉を聞いたブライガル親分が、口角を吊り上げてニヤリと笑った。


「ほう……危ねぇな。スキルカードを出さねぇから、カードを破った直後に発動するタイプじゃねぇとは思ってたが……」


 ブライガルは低く唸るように続ける。


「俺様みたいに、事前にカードを破いておく必要があるってタイプとも違う。……だがよぉ、今のウサギの反応とテメェの手の動き、バッチリ見させてもらったぜ。『手をかざすだけ』で女に変えられるってとこか?」


 スキルの性質を、メルリアの動きとラビの反応から看破していた。戦い慣れた者の勘と観察力が光る。


 次の瞬間、ブライガルは拳を高く振り上げる。


「くっ……!」


 メルリアはそれを避けようとした。


 ――が、身体が、動かない。


「はっ……!?なんで……!!」


 声は出せる。意識もある。だが、足が、手が、指先が――まるで凍りついたかのように、微動だにしない。


 瞬間、ブライガルの姿が目の前から掻き消える。


 ――背後だ。


「っ……!」


 反応する前に、メルリアの後頭部にブライガルの拳が叩き込まれた。


 ズドン!という鈍い音と共に、メルリアの細い体が地面へと叩きつけられる。


「どうだぁ!俺様の、このパワー!!後頭部に思いっきり一発食らったら、脳震盪で動けねぇだろ!俺様の勝ちだぁぁぁ!!」


 子分たちが一斉に歓声を上げる。


 「出た!親分の必殺パンチ!」


 「いっつもこの一撃で倒してるんだ!やっぱ親分はすげぇぜ!」


 両手を高く掲げ、ブライガル親分は勝利の雄叫びを上げている。


 その様子を、コルミィは黙って見つめていた。


 ――正々堂々と戦う、という言葉の意味が、今は少しだけ分かる気がした。


「やっぱり……男に生まれたら、正々堂々と男らしく……なんスよね。女になった方が良いだなんて、さっきは思っちまったけど、そんなの……『逃げ』だったんスよね……」


 小さな声で、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。


 コルミィは、考えていた。


 ――あのときの自分。女体化して、自分が自分を受け入れられたような、憧れていた容姿を手に入れた時に感じた、あの高揚感。あの肯定感。

 あれは本当に、紛い物だったのか?

 男としての戦いから、ただ逃げていただけだったのか?

 立ち向かう事から逃げる為の、言い訳に過ぎなかったのか?


 胸の内にそんな問いを抱えたまま、視線を戦場に戻す。


 倒れていたメルリアが、小さく呻いた。

 うつ伏せの体が、モゾモゾと動き出す。


「……嘘だろ」


 ブライガル親分が目を見開く。信じられないという顔だった。

 彼の拳は確かにメルリアの後頭部を捉えた。屈強な大男でさえ、一撃で沈むのが常だったのだ。

 だが、こんな、細く小さな身体にも関わらず、メルリアが……立ち上がろうとしている。


「……違う」


 メルリアが、震える声で呟く。


「女体化したからって、戦えなくなる訳じゃない。逃げずに立ち向かう事だって出来る。むしろ、自信を持って、より前進できる。それが女体化なんだ」


 ゆっくりと、メルリアは身体を起こした。


 彼女の中に眠る記憶。

 転生する前の、自分自身――。

 「痛み」という感覚に、奇妙な関心を持っていた。

 重い物を持てば、自分の頭を試しに叩いてみた。興味半分、本気半分。今までに、何度も何度も。

 だから、わかっていた。後頭部の打撃が、どれほどの衝撃であるか。

 後頭部への打撃。

 それによる脳の揺れは避けられないとしても、生じた痛覚には「慣れ」があった。


 メルリアは、女体化というスキルによって得た感覚の高ぶりを、興奮へと昇華させていた。

 精神力は枯れることなく、逆に研ぎ澄まされていく。

 ウィドウやブライガルと違い、メルリアには「制限時間」がない。

 女体化し続けることで、限界を超えた精神力が湧き続けるのだ。


 だから立ち上がった。

 身体がボロボロでも、精神が折れていなければ、何度だって立てる。


「……さっき、身体が急に動かなくなった」


 立ち上がりながら、メルリアはつぶやく。


 あの時の異常。筋肉が石のように硬直し、指一本すら動かせなかった。

 考えられるのはただひとつ――ブライガルのスキルだ。


「スキルの……応用か」


 メルリア自身の女体化スキルも、怪我の回復や、服を変えたり、様々な使い方が出来る。

 相手もまた、様々な応用する術を持っているのだろう。

 ならば、自分も――正面からの戦いに、スキルを活かしてみせる。


「ブワハハハハ! だから、どうしたってんだ!」


 ブライガルが、虚勢を張るように笑った。


「テメェの脳は、もうまともに働いてねぇはずだ!後頭部へのダメージってのは、そう簡単に――」


「……そっか。脳か」


 メルリアが静かに口を開いた。


「そいつが邪魔だったんだな、きっと」


 そう言いながら、自分の指で自分の頭を、トントンと軽く叩いた。まるで、思考の中心を再起動するかのように。

 メルリアの足が、地を滑るように走り出した。

 一気に詰める。まるで、重力を無視したかのような加速だった。


 そして放たれる、左足による大振りの蹴り。女の身体とは思えない鋭さと重さ。


 ブライガルは口の端を吊り上げ、笑んだ。


「なんだぁ? 所詮、女の蹴りなんぞ……」


 右腕を突き出してガード。彼にとって、警戒すべきは「手をかざす」行為――スキルの発動だ。

 ただの蹴りならば、いくらでも受け止められる。そう、思っていた。


 だが。


 違和感。


 腕に伝わる感触は、単なる打撃ではなかった。

 次の瞬間、ブライガルの右腕が、不自然な方向へとへし折られた。


「がッ……!」


 そのまま蹴りは勢いを失わず、彼の顔面を直撃。

 鈍い音と共に、視界が揺れる。


(――なんだ、この破壊力は。俺の一撃にも匹敵……いや、それ以上!?)


 フラついた身体に、次の一撃が突き刺さる。

 メルリアの右ストレート。

 真っ直ぐなその拳が、ブライガルの腹に深く沈んだ。


「ぐはァッ!!」


 巨体が宙に浮き、地面へと叩きつけられる。


 メルリアは、倒れ伏すブライガルを見下ろしていた。

 その瞳に、怯えも迷いも無い。


「――応用技能。スキルツール1st。《被虐組手マゾ・コマンド》」


 静かに、そう告げた。


 人間の身体は、脳によって本来の力の発揮を制限されている。

 筋肉や骨への破壊を防ぐために、限界の力は常に封じられているのだ。


 しかし、メルリアは違った。

 女体化によって生まれた興奮、その精神の高揚。

 そして、度重なる激痛の快楽が作用し、脳のリミッターは既に破壊されていた。


 限界を超えた蹴り。限界を超えた拳。

 その代償として、左足と右腕の骨は完全に砕けていた。


 だが、それすらも問題ではない。


 興奮によって溢れ続ける魔力が、内部から再生を始めていた。

 破壊されるたび、より強く、より速く、回復していく。

 痛みさえ、精神力の糧に変えて。


「ぐ、あ……っ、あが……っ!」


 ブライガルは腹部を押さえ、のたうち回っていた。

 地面に這いつくばるその姿に、メルリアは冷ややかな声で吐き捨てた。


「……僕なら、お腹を殴られたって、笑っていられるけどな。痛いからってだけで立とうとしないのは、男らしさからの『逃げ』じゃないのか?」


 地面に転がったまま、ブライガルは呻き声を漏らしながら、必死に身を起こそうとしていた。荒い呼吸、腹部の痛みに歪む顔。それでも、その目は、まだ負けを認めていなかった。


 メルリアはそれを黙って見下ろしていた。まるで、試されているのは自分の方だとでも言わんばかりに。


 そのとき、ラビが叫んだ。


「メルリア様!今です!ここで女体化させたら、メルリア様の勝ちです!」


 けれど、メルリアは首を横に振った。静かに、しかしはっきりと。


「それは出来ない。……僕は友達の大切なものを壊すことは出来ない。女体化の良さを語り合えたのは、初めてだったから」


 その言葉を聞いた瞬間、コルミィの目に閃きが走った。自分が、ブライガルの「男らしさ」や「公平さ」を、どれほど誇らしげに語っていたか。目を輝かせながら、それがどれだけ素晴らしいものかを伝えていたことを思い出す。


 メルリアはそれを、ちゃんと聞いていた。だからこそ、「女体化しても戦う事が出来る」と証明しながら、「ブライガルから男らしさを奪ってはいけない」とも思っていたのだ。


 しかし、そんな優しさを守れるほど、戦場は甘くなかった。


 突然、メルリアの身体が硬直した。腕が、足が、再び動かなくなる。


「くっ……! また……!!」


 動かない身体に抗おうとするが、力は入らない。ブライガルがゆっくりと立ち上がり、無防備な背中へと迫る。


 そして、左腕を大きく振りかぶり、渾身の力でメルリアの後頭部を殴りつけた。


「回復するってんならよぉ!意識を奪えばいいんだよなぁ!!2度目の頭部への打撃!どんだけ治ろうが、死んじまったら終わりだろぉ!?」


 凄まじい音と共に、メルリアの身体が地面に倒れ込む。だが、それでも彼女の目の光は消えなかった。意識を繋ぎ止め、再び身体を起こそうとする。


 苛立ったように、ブライガルは地面に突き刺していたナイフを引き抜いた。


 そのまま、コルミィの方へと投げつける。


「えっ!? な、なんスか!?」


 コルミィはとっさに飛来したナイフを掴む。困惑の色を隠せない。


「おいコルミィ!!見てたかよぉ!このアホ毛が、とんでもない威力の蹴りを放ってきやがった!俺様は、体格差があるからと思って、だからスキルを開示してやったんだぜ!?それなのに、パワーもスピードも差が無いってのはフェアじゃねぇんだよ!だから、ここで公平にするには、そこのウサギを人質に取るしかねぇ!」


 ブライガルは、狂気を孕んだ目でコルミィを睨みつける。


「コルミィ! そのウサギにナイフを突き立てろ! このアホ毛に言ってやれ! “このウサギが死んでもいいのか”ってよぉ!」


 メルリアは既に立ち上がっていた。崩れそうな体を、魔力の再生で無理やり保ちながら。


 ただ、ブライガルを見据えている。


 ブライガルはその視線に気付き、唇の端を歪めて笑った。


「残念だなぁアホ毛野郎!!テメェがいけねぇんだぜ!!コルミィはテメェのせいで二度と男らしくなれねぇんだ!女体化なんて、一生恨まれて当然だろうからなぁ!!」


 コルミィの瞳に、大粒の涙が溢れた。

 震える肩を押さえつけるようにして、ナイフを地面に叩きつける。その手は、ラビをしっかりと抱きかかえていた。


「……親分は、公平なんかじゃないッス!親分は男らしくなんかない!!オレっちの夢は、自信を持って前に進むことッス!!敗北に怯えて人質を取るようなヤツと一緒に居たら、その夢は叶えられない!!」


 その言葉には、痛みも、怒りも、そして決意も滲んでいた。

 ブライガルが眉をひそめ、目を剥く。


「なんだとぉ!?じゃあテメェは、今の、そのふざけた姿で自信が持てるってのかぁ!?」


「オレっちは女体化しても!いや、女体化したからこそ!自信を持って前に進むッス!メルリアさん!ブライガル親分を倒して!もうオレっちは目が覚めたッス!!」


 その叫びに、メルリアはそっと目を伏せる。

 そして、静かに、だが確かな意志を込めて、ブライガルを見つめた。


「……コルミィは、お前に憧れてたんだ。よくも、コルミィの夢を踏み躙ったな」


 子分たちは、主であるブライガルのあまりの醜態に、言葉を失っていた。

「な、なんだよ親分……」

「ガッカリだぜ……」

「今まで言ってた公平とか、全部ウソだったのかよ……」

 静かに、しかし確かに、不満と失望の声が広がっていく。空気が変わった。

 もはや、ブライガルを尊敬する者はそこにはいない。

 ブライガルは何かが振り切れたように、飄々と話し出す。


「……じゃあ、どうする?もう俺様はコルミィの憧れでもなんでもねぇな。だったら、俺様を女体化させる気か?無理だぜ。もう俺様に『手をかざす』なんて事、出来やしないんだからな」


 そう、ブライガルは知っていた。

 この勝負、まだ終わってなどいない。むしろ、ここからが本番だ。


 メルリアにとっては致命的な事実——彼女はまだ気づいていない。

 ブライガルの能力は、「身体能力の向上」などではなかった。あれは嘘。最初から、周囲を騙すための虚構だった。


 当然、「公平」についても、ブライガルからしたらどうでも良いこと。

 ブライガルの精神を活性化させるのは「公平」ではない。騙された奴を見ている時が、一番精神力が活性化するのだ。


 ブライガルは、自分の本当の力を子分達にさえ明かしたことはない。

 信頼を集め、尊敬を勝ち取るための演技。公平な親分という仮面の下に、本性を隠して生きてきた。


 彼の真のスキルは——

《スキルカードを破った瞬間から10分間で、3回まで、2メートル以内の相手を1秒間、完全に硬直させる》というもの。


 1秒。

 だが、格闘戦においてはそれがすべてを分ける。

 実際、ブライガルは嘘によって相手を油断させ、この1秒の無防備に拳を叩き込むことで、過去のタイマンは全勝してきた。


 既にメルリアには2度使った。まさか2度も起き上がるとは予想外だが、残り1回——その1回を、『手をかざす』動作の直前に叩き込み、即死の一撃を与えれば、それだけで勝てる。

 そう、即死の一撃。子分からの信用を失った今なら、もう、何でも使っていい。


「……お前が『正々堂々と』って言葉に縛られてる間に、俺様は一足先に勝ち筋を引いてんだよ、アホ毛が……!」


 ブライガルは心の中でほくそ笑んだ。

 最後の1秒が、勝利を呼び込む——そう信じて疑っていなかった。


 メルリアは一歩、また一歩とブライガルへ歩み寄った。

 その水色の髪が揺れるたび、魔力が周囲を震わせる。

 そして彼女は、静かに右手をブライガルへとかざそうとした。


 その瞬間——。


「スキル《惹開戦グラットン・ホッツ・イアー》」


 ブライガルの呟きとともに、再びメルリアの時間が止まった。

 メルリアの動きがピタリと硬直する。だが口だけは自由だ。

 ブライガルは薄く笑いながら呟いた。


「……口だけは動くからよ、念仏でも唱えやがれ!!」


 もうメルリアの目の前に彼の姿はなかった。

 背後。メルリアの真後ろ。

 そこに、既にブライガルは回り込んでいた。


 彼の手には、隠し持っていたもう一本のナイフ。

 それを振りかざし、叫ぶ。


「どんだけ回復するって言ってもよぉ!頭にこれ刺したら、即死だよなぁ!!オラァ!!」


 ナイフが、メルリアの後頭部めがけて振り下ろされる。


 そのとき——。


「お前、そのスキル使ったあと、後ろに回り込むの好きだよな」


 メルリアの声が、静かにブライガルの耳に届いた。

 見れば、彼女の左手が真っすぐ背後へと伸びている。

 そう、メルリアは——硬直する直前に、右手を前へ、そして左手を背後へと構えていたのだ。


 過去二度の戦いで、ブライガルは必ず背後を取ってきた。

 ならば、三度目もきっとそうする——その確信があった。

 ブライガルの敗因は、すべてを一撃で終わらせてきたが故の、戦法の乏しさ。

 そして、嘘に頼らなければ自分を支えられない“自分への自信の無さ”だ。

 対するメルリアは、女体化して以来、絶対的な自信を持って戦えている。

 だからこそ、この読みが当たると確信を持って、ブライガルとの近接戦闘を選んだのだ。


「なっ……!やめろ、アホ毛野郎!!」


「アホ毛野郎じゃない。僕の名前はメルリアだ」


 その声は冷たい。だが、確かな怒りが込められていた。


「『男として生まれたのは、神の定めた運命だ』って言ってたな?じゃあ、神の名を持つ僕がその性別を女に変えたら、それも『神が定めた運命』だよな?逃げずに、受け入れてもらうぞ?」


 その瞬間、魔力が爆ぜる。


「スキル《女体化エクスチェンジ》!!」


 眩い光が、ブライガルの身体を包み込む。

 その身体が、みるみるうちに縮んでいく。筋肉は消え、骨格が細くなり、顔立ちは幼く、愛らしく変わっていく。


「う、うわぁああああああッッ!!」


 絶叫とともに、変身は完了した。


 そこにいたのは、か弱く、頼りなげな幼い少女。——ブライガルの成れの果てだった。


「親分が……女に……」

「っていうか、ちっちゃ……」

「でも、ちょっとかわいい……」


 子分たちの間に、笑いと歓声が巻き起こる。

子分たちは、メルリアのもとへと駆け寄っていた。その目は驚きと興奮、そして敬意で輝いていた。


「すげぇよアンタ!親分倒しちまうなんてよ!」

「女体化してもカッコイイんだな!」

「コルミィがさっきからいちいち可愛くて仕方ねぇよ!俺も女になりてえ!」

「コルミィのこと見てたらよ、俺たちも女体化したくなっちまったよ!」

「俺も俺も!」


メルリアは瞳をきらきらさせながら、子分たちに向き合った。


「えっ、本当に?女体化の良さを分かってくれたの!?うれしい!みんな、どんな姿になりたいとかある?一列に並んで!好きな姿に女体化させてあげるよ!」


列を作った子分たちが、次々と可愛らしい少女の姿へと変わっていく。

髪型も、服装も、それぞれ個性に溢れていたが、どの顔にも笑顔が浮かんでいた。


その時、ブライガル……いや、幼い女の子の姿に変えられた元・親分が、怒りに満ちた声で叫んだ。


「テメェら何してんだ!そんな馬鹿みてぇな姿になりやがっ――」


だが、その言葉は最後まで続かなかった。

女体化を終えた子分の一人が、大岩を片手で持ち上げながら、静かに言った。


「メルリアさんの女体化によって、身体能力を元の男だった時よりも強くする事は出来ないらしいですけど、今の親分みたいに弱くする事は出来るみたいですよ?俺みたいに、身体能力は据え置きで女体化する事も可能みたいです。親分がこんな状態なら、今一番、力持ちなのは俺なんだけど……そんな俺の姿を『馬鹿みたい』って言いましたか?」


冷たい視線が、次々とブライガルに突き刺さる。

かつて従えていた子分たちは、もはやその目に一片の敬意も持っていなかった。


「うぅ……うわぁぁあああああん!!」


ブライガルは、顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしながらその場を駆け出していった。


すると、コルミィがメルリアに駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。


「ありがとうッス!メルリアさん……本当にありがとう!」


メルリアは優しい笑顔を浮かべながら、そっとコルミィの背中を撫でた。


「これからは、ブライガル盗賊団じゃなくて、コルミィ女体化団だね!」


「「それだ!!」」


子分たちが一斉に歓声を上げた。


「確かに!俺たちみんな可愛いけど、やっぱコルミィが一番可愛いもんな!」

「コルミィがリーダーだ!」

「これからは盗賊やめて、女体化の良さを広める活動をしていこう!」


笑い声が絶えず響く中、少し離れた場所でその様子を見守っていたラビが、やれやれと肩をすくめた。


「あーあ、もう……盗賊団が壊滅しちゃいましたよ。こりゃバッドエンドですね」


そう呟いたラビの声だけが、少しだけ現実に引き戻されるような響きを持っていた。


――第2話、完。




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