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第10話「女体化を夢見る君のための物語」



「『なりたいものになれる』とは、幻想メルヘン本物リアルにするという事。女体化という幻想を果たした時、メルリア様は本物のメルリア神となる」


───ロベルト・バッテン(メルリア神の側近)







 他の次元とは異なり、この世界だけは格別だった。


 大地に満ち溢れている魔力。その地に生きる者たちの精神力は、それに干渉し、自在に操ることができた。

 やがて精神そのものが魔力を生み出すようにすらなった。

 命ある限り、大地からの魔力は尽きることなく湧き続ける。


 精神という火種に従って、魔力は様々にその力を顕現していく。

 ある者は風を操り、ある者は炎を従えて、自身の内なる願望を具現化していった。

 人はそれを『スキル』と呼ぶようになる。


 かつて、メルザルト・セシリアという神がこの大陸に君臨していた。

 あらゆる厄災から人間も魔物も救い続けた英雄にして守護神。

 人類は彼を『メルリア様』と尊崇し、魔物達は『なりたいものになれる神様』と敬愛した。


 人を救い、人を導き、人間の可能性を信じ続けた神、メルザルト。

 そんな彼に宿ったスキルは《地上神グランドマスター》だった。

 地にあるものすべて、岩も土も植物も自在に操るその力こそ、メルザルトという神の精神そのものだった。


 最強の龍『ブラック・ドラグーン』ですら、メルザルトの思いやりに触れて信仰したという。


 しかし……。


 そんな万能に近い力を持ってしても、胸に抱く渇望だけは満たすことが叶わなかった。

 メルザルトはひとり、悩みを抱えていた。

 誰にも言えない悩み。全知の彼にも叶えられない幻のような想い。


 メルザルトは、自室に籠り、ぼんやりと鏡に映った自分の姿を眺め続けた。

 つるりとした白い肌に、漆黒の髪。華奢に整理された容貌は、少し見る者に中性的という印象を与えてきた。


 しかし、自分は紛れもなく男だった。

 誰からも理解されない想いを、吐露する。


「……女に……女になりたいっ!!何故、俺は女じゃないんだ!!」


 鏡の中の自分へと問い掛ける想い。

 自らの性別への違和感。

 その容姿と向き合う度に、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 静かに、右手を自身の左胸に当てた。

 まるでその奥にある心臓を握りしめるかのように、服を強く掴む。


 誰にも言える訳がない。

 万能で全能。あらゆる種族から称えられる神が、女体化を夢見ているなどと。

 格好を真似ても、化粧をしてみても、それは「本物の女」とは程遠い。

 元々男らしい姿なら、諦めもついたかもしれない。歪に中性的な容姿が、本当に憎らしかった。


 メルザルトは、自身の持つ「蒼玉」と対峙した。

 蒼玉とは、魔力の込められたアイテムの一つ。

 自分の中の煩悩を一時的に体外へと放出する。

 だが、その想いは光の塊となって宙を舞い、いずれは宿主の元へと回帰する。


 魔力に満ちたその宝珠に念を込め、自分の中にある『女体化願望』という煩悩を一時的に放出した。


「俺の中の女体化願望よ、消え失せろ……!」


 蒼玉から溢れ出た光の粒子は空に舞い上がった。メルザルトは大地に渾身の爆発を放って、次元そのものに断絶を生み出す。粒子はその狭間に吸い込まれていく。


 メルザルトの女体化願望は、この世界から完全に消え去った。


……消え去ったかと思えた。


 女体化願望は、根本から消し去っても、また湯水のように湧いてくる。

 数分後にはもう、メルザルトから女体化の想いが溢れてくる。


 一人、自室に座ったメルザルトはその胸の苦しみをおさえるように、何度も右手を自身の左胸に当て、服を鷲掴む。


「誰か……助けてくれ……!!俺を……女にしてくれ……!!」


 彼は、“なりたいものになれる神様”と呼ばれていた。


 皮肉にも、彼が抱えていた悩みは、「なりたいものになれない事」だった。


 叶わぬ願いに苦しみ続ける神。

 完全無欠に思えても、胸に宿った悩みだけは消すことも満たすことも叶わない。


「俺は、永遠に満たされないまま、生き続けるのか」


 1000年間、あらゆる可能性を求め、世にあるあらゆる種族に会い、数多のスキルに触れてきた。その果てにたどり着く答は、「満たされた」と言えるものではなく、「虚無」でしかなかった。


 メルザルトは失望した。

 世間との繋がりを断って世に隠れ、100年もの間、心が空洞に帰した日々を送っていった。


 そんなある日。

 運命神『セテク』から天界に召された。


 神の領域に足を運ぶと、白銀の髭に神聖なるローブを纏った老人…セテクが待っていた。その身は大きく、瞳は深く澄みきっており、一目にして只者ではないと分かる。


「久しぶりじゃのぅメルザルト」


「なんだ?セテクのジジィか。また、何かやらかしたのか?」

 メルザルトは少し挑発的に言い放った。その声に宿った虚無は、神にしか分からない深い苦悶だった。


 セテクは深く息を吐き、話し始めた。


「おぬしの言うとおりじゃメルザルト。またやらかしてしまった」


「またか」


 メルザルトは溜息をつく。

 運命神という大層な肩書きに似つかわしくなく、セテクの失態は少なくない。


「本来、死ぬ運命ではなかった者を、手違いでまた死に追いやってしもうた」


「くだらんことで俺を呼ぶな。運命の歪みは、お得意の『転生』で直せるだろう?魂が消滅する前に、異世界の魔力を吸い出して、肉体を与えて転生させてきたじゃないか」


「……そのとおりじゃ。だから、さっきもとある男を転生させたんじゃが……そいつの姿が、おぬしとあまりにそっくりだったのじゃ」


「なんだと?」


 メルザルトは驚きに言葉を詰まらせた。


「なんかそいつ……女体化したいとか言っとった。生前も女体化の事しか考えておらんようじゃったから、そのスキルを与えて転生させたが、あんな人間おるんじゃな」


 セテクは持ってきた一枚の紙に視覚を映した。

 ぼんやりと浮かぶその姿は、メルザルトに瓜二つだった。


「……なんだと?」


 次の瞬間、メルザルトは鬼気迫った表情でセテクに詰め寄った。

 その胸元を掴み上げ、揺さぶった。


「おいセテク!!今、なんと言った!!女体化だと!?女体化って言ったのかそいつは!!」


「く……苦しい……!!怖い!!」


 セテクは足をばたつかせながら必死に訴える。


 メルザルトは慌てて胸元から手を離した。


「……なんなんじゃメルザルト!……まぁ、気持ちは分かるがな。自分と同じ姿の奴が、女体化とか言ってくるわけじゃから。まぁ、転生者は星の環境が合わないから、すぐ死んじまうじゃろうし、運命の綻びを直すための、ちょっとした人生のロスタイムみたいなもんじゃから、そんな気にせんでも……」


「……いや、死なんぞコイツは」


 メルザルトは口元に手を当て、考え込む。


 ……間違いない。あれだった。


 蒼玉によって、自身から切り離した『女体化願望』だ。

 それが異次元を彷徨い、別の世界で魂が宿った。


 魂だけが神の一部。精神は『女体化願望』そのもの。


 それが人間として顕現したというなら……間違いなく、どんな星にも適応する。


「帰ってきた……あの時に切り離した渇望が、願いを叶える欲望として……」


 メルザルトは胸のざわつきを覚えて…喜悦に表情を歪ませた。


 この転生者を、切り離してしまった自分自身を、今すぐ抱き締め、賞賛したかった。神の力も、財産も、何もかも明け渡してでも、女体化を懇願したかった。


「俺はこいつに会いに行く。今すぐに」


「……え?何故じゃ?見た目が似てて気に食わんからか?スキルって神でも普通に効くから、近付くなら気をつけた方が良いぞ?女体化なんてされたら、たまったもんじゃないからのぅ」


 セテクは心配げに声をかけた。


 メルザルトはそれを鼻で笑う。


 しかし、セテクは続く言葉に真摯さを宿した。


「『現祖』のシステムにもあるが……人間とは神の似姿じゃ。神が、その肉体の形を変えるなんて許された事じゃない。そんな事をすれば、世界のシステムが崩壊してしまう。女体化しようとした神は、その時点で死んじまうって事じゃな。まぁ、メルザルトはワシよりも何千倍も強いから、そんなスキルに当たる訳もないから、平気か」


 その言葉に、メルザルトから笑みが消えていった。


 そう、神々はいかに万能と言えど、遵守せねばならない『理』がある。それが、『現祖』と呼ばれるシステム。それに反すれば、神といえども命は無い。


 メルザルトは身震いした。


 1000年を越え、待ち望み、育てた神の一部。


 それが……ようやく帰ってきたという時に。女体化という望みに到達する直前に。『理』という障壁に阻まれてしまうというのか。


 メルザルトは必死に考えて、考えて……ようやく答に辿り着く。


「おいセテク……お前が今説明した『現祖のシステム』は、説明が正確じゃないだろう。正確には『神が故意に肉体の形を変えてはならない』というルールだ」


 そう、『故意』でなければ良い。


 メルザルトが、本気で対峙しても、本気でそのスキルから身を守っても、抗えない程に相手が強ければ良いだけの事。


 ならば、やる事は決まっている。


「本気で殺しに行く。本気で抗う。やる事は決まった」


 相手に本気で恨まれよう。そのスキルを躊躇なく使ってもらえるように。


 一度、完全に心を折ってやろう。そこから立ち直った精神は、より強固になる。更に強くなって、神とも戦えるくらいに強くなってくれるように。


メルザルトは、その場を後にした。




**




 メルザルトは、そんな過去に思いを巡らせていた。


 後戻りはもう、出来ない。


 視線の先に対峙しているのはメルリア。

 自分が成りたかった女体化を果たし、その夢を叶えた者。


 メルザルトは座ったまま身動き一つしない。


「……どうしたメルリア、攻撃してこないのか?諦めてしまったのか?」


 メルリアは胸元から口紅を取り出し、そっとメルザルトに差し出した。


「これ……さっき僕が洞窟に閉じ込められてた時に、近くに落ちてたものなんだけど。……誰かが落としたんだと思う。土に汚れてなくて、最近落とされたんだ。あの戦いの中、君が落としたんじゃないのかな」


 メルザルトは真っ直ぐに視線を向け続けるメルリアに対し、小さい溜息を漏らした。


「そんな、くだらん事を言いに来たのか?」


「僕のスキルは、女体化こそするけど、どんな怪我でも元通りに回復出来る。だけど、失われた命だけはどうにもならない!そして、コルミィは君との戦いで、ギリギリ生きてた!そして、僕が洞窟に閉じ込められていた間、君はただ待っていた。もしかして君は、本当は……何か、別の目的があるんじゃ……」


 メルザルトは興味の無いような表情でそれを聞き続け、冷たく答えてきた。


「話を逸らして、なんとか命乞いをしようとか考えてるのか?教えておくが、コルミィが生きていたのは『偶然』にすぎない。俺は本気で殺す気だったし、生きてても死んでてもどうでもよかった。だから、わざわざ生死を確認しなかっただけにすぎん」


「嘘だよ」


「その真偽を証明して、何か意味はあるのか?お前の目の前でコルミィを殺してやったら満足するのか?やってやろうか?」


 メルザルトは緩慢に立ち上がった。


 メルリアはそっと口紅のキャップを開く。


「ムキちゃんが言ってたんだ。小さい頃から、女になることを夢見て、でも、どんなに口紅を塗っても、ドレスを着ても、『本物の女』にはなれないって分かったって。ねぇ、君が、女体化したいって、もし……思ってるんだったら……」


 メルザルトは、自分の右手をそっと胸元に当てた。その奥にある心臓を掴むように…服を強く握りしめる。


 冷たく鋭い視線がメルリアに突き刺さった。


「その口紅が俺のだったら、『女体化したい』って事になるのか?お粗末な思考回路だな。そんなもの、誰かへのプレゼントかもしれないし、例えば『母の形見』だったという可能性もある。女体化に結び付けたがるのは、お前の単なる願望だろう?」


 キャップの開いた口紅の先端を、メルリアは澄んだ眼差しで指差した。


「紅の部分がね、1回だけ使われていた。プレゼントな訳がない。形見ならもっと減ってる。……ねぇ、君にも夢があるのなら、僕はそれを笑ったりなんか……」


 言い終わろうとしたその時だった。


 メルザルトは薄笑いを浮かべ、言葉を遮った。


「じゃあ、俺が笑ってやるよ。お前の『夢』だと思っているものは、薄汚いだけの迷惑な欲望だ。人は産まれたままの姿で生きるしかない。それを受け入れられずに今の性別から逃げるのは、負け犬のやることだ。気持ち悪いから、俺をそれに巻き込まないでくれ」


 メルザルトの言葉に、メルリアの表情は曇った。


 メルザルトは、自分の胸元……心臓を握り潰すかのように、服の左胸辺りを強く掴んだ。


 メルリアは、深く息を吸い込み、そっと吐き出した後に言った。


「……僕はね、幼い頃、トガシ君って友達が居たんだ」


「それがどうした」


「トガシ君に、女体化願望があることを思い切って打ち明けたんだ。そしたら、今みたいに、良い反応はされなかった。……そりゃ当たり前かなって思ってたんだけどさ」


 メルリアはそっと回想に身を委ねた。


 あれは、自分が女体化願望を打ち明ける数日前。

 トガシ君の家に遊びに行った時だった。

 トガシ君がトイレに立って、部屋に1人にされた時、ベッドの下に1冊の本を見つけた。


 見るつもりは無かった。ただ、視界に入ってしまった。その表紙を見て、驚いた。


 人間が小さな犬を掴まえて、獣姦している表紙だったのだ。


 ――どんな人間にだって、後ろめたい想いがある。隠しておきたい事もある。


 トガシ君が女体化願望に対してああ言ったのは、自分自身の内にある「後ろめたさ」に対して嫌悪していたからなのかもしれない。


 だから、他者の異常に映った願望も、認めるわけにはいかなかった。


「君の心の中にも、何かがあるんだろう?」


「御託はもう十分だ。それ以上続けるなら、こちらから行くぞメルリア。お前はもう、実力で俺を超えるしかない。……出来ないなら、俺はお前を殺す!!」


 メルザルトは杖を振り上げた。杖の先端にある車輪がキリキリと回転し、その力が起動する。


「爆ぜろ!!《嘲弄朽パライゾ》!!前みたいに、両足を奪ってやろう!!」


 メルザルトの声に従うように、メルリアの足元に爆発が生まれた。

 その衝撃に、普通なら足は粉砕されたはずだった。


 しかし。


「――応用技能。スキルツール1st。《被虐組手マゾ・コマンド》」


 メルリアは静かに告げた。

 女体化によって生まれた興奮、精神の高揚。その状態にあって、メルリアは脳のリミッターを打ち砕き、限界を超えて地面を強く蹴った。


 その代償として、踏み込んだ左足の骨は完全に砕けた。


 しかし、それすらも問題ではなかった。興奮に伴って溢れ続ける魔力が内部から再生を始め、足は元に戻っていく。

 破壊されたそばから再生していくその足に、苦痛という概念は無く、むしろそれは精神力の糧にすらなっていった。


「感覚の全てが人間と食い違っている。苦痛というものの捉え方が違う。メルリア、お前の魂は、やはり人の領域ではない……!!」


 メルザルトは、その呟きに驚きをにじませた。


 メルリアの踏み込みは以前よりも格段に速い。

 まるで爆発が起きる直前に予知して回避しているかのようだった。


 以前、ジャラスとの戦闘時に気が付いた感覚。「人がスキルを使う時、精神を介して魔力が変質する。その『魔力の流れ』が見える」という、あの感覚。


 あれは気のせいなどではなかった。


 メルリアは知覚している。

 ドラグーンやメルザルトと同じように、この世に広がっている魔力の動きを。


 ……それは神にしか到達し得ない領域。


 しかし、メルリアは『魂』それ自体が、メルザルトの願望から生まれている。神の一部。メルリアも神そのものだ。はじめから素質はあった。出会った仲間達の声援。その想いで、メルリアの精神は到達した。



 遂に、神の領域へと。



 メルザルトは、ほくそ笑む。

 メルリアの精神が神域に達したことを、すでに理解しているからだった。


 メルザルトの《嘲弄朽パライゾ》は、ドラグーンの《不条理シン・キリム》を複製したもの。魔力を使ったスキルの使用である事に変わりはない。


 魔力という共通の力に依って発動しているという点において、読まれてしまうのも必然だった。


 メルザルトと同様に、メルリアもまた魔力の流れを視覚に近いレベルにまで把握している。


 《被虐組手マゾ・コマンド》に後押しされたメルリアは、一直線にメルザルトに向かって突き進んだ。爆風を背にして、ますますその速度に拍車がかかっていく。


「素晴らしいぞメルリア!!だが、その程度ではまだ俺を倒せんぞ!」


 メルザルトが叫ぶ。


 メルリアは胸にそっと手を当て、自身に宿った力に従って《女体化エクスチェンジ》を発動した。

 もう一枚の黒いローブが、湧き出るように身に纏う。上に着た一枚を素早く脱ぎ取ると、メルザルトとの間にカーテンのように広げた。


「――応用技能。スキルツール2nd。《性転回避(TSバニッシュメント)》!!」


「その技は知っている!!ローブで前方の視界を覆い、背後に回ろうという算段なんだろう!?」


 メルザルトは叫び、自分の背後に爆発を起こした。

 しかし……後ろに魔力の気配はなく、振り向く必要すらなかった。


「……君は、僕の今までの戦いを知っている!!だから、後ろに回り込むのすら、読んでくると思ってたよ!」


 ローブの向こうからメルリアが姿を現した。


「回り込んでいない…!?正面にずっと居たというのか…!?下手をすれば死んでいたんだぞ!?」


 メルリアは左腕をかざした。


「スキル《女体…」


「スキル《地上神グランドマスター》!!」


 メルリアの詠唱に被せるかのように、メルザルトもスキル名を叫ぶ。

 地面から鋭く尖った岩が突き出した。

 メルリアの左腕は肩から先を切断された。その腕は空中に舞う。


「他者の魔力の“発動の兆し”を捉えて、その瞬間に爆発を起こせば、相手はスキルを発動できなくなる。今まで散々、《不条理シン・キリム》を使って見せてきた手だ。……だが、このスキルは《嘲弄朽パライゾ》で複製しただけのもの。俺は本来の使い手ではないから、2ヶ所以上を同時に爆破したりは出来ん。そしてその破壊の規模も、ドラグーンのものと比べたら格段に劣る。お前は俺のスキル発動を何度も何度も見てきた。だから、2ヶ所以上を破壊出来ないと思って、今の策を実行した。俺が《性転回避(TSバニッシュメント)》を読んで背後を爆発させたのを見てから、正面からの《女体化エクスチェンジ》を当てる!!……素晴らしい手だった。……だがな?」


 メルリアが、失った左腕からの出血を右手でおさえる。

 地面から拳大の岩が5つ舞い上がった。その全てが高速にメルリアに向かって突き進み、次々にその体にめり込み、吹き飛ばされた。


「他者の魔力の“発動の兆し”を捉えられる俺なら、そこを《嘲弄朽パライゾ》ではなく、《地上神グランドマスター》で妨害するという手もある。手数の面でも、お前は劣っている!!」


 メルザルトは地に片手をつき、詠唱した。


「《地上神グランドマスター》」


 地面から数多くの岩が突き出し、互いに組み合わっていく。

 白銀に輝く岩は、馬の形に成ろうとしている。

 メルザルトの魔力に操られて生まれた、岩の馬だった。


「さぁ! 岩石の馬だ!踏みつぶしてやろう!!」


 その声に対してメルリアは、自身に向かって再び《女体化エクスチェンジ》を発動した。


 重ねて湧き出た黒いローブを脱ぎ、残った右腕と口で、力強く引き裂く。

 紐状にしたそのローブを、突進してくる馬の首に、そして顔に巻き付けた。

 メルリアはそれに跨り、手綱にするようにしっかりと握った。


「――応用技能。スキルツール3rd。《秋名最速インプレッサ》!!」


「他人の馬でさえも奪い、操るというわけか!!だが、《嘲弄朽パライゾ》!!」


 メルザルトは、爆発によって馬そのものを吹き飛ばした。

 馬は元の岩に帰った。


 しかしメルリアは難なく地上に着地する。


 間髪入れずに、地面から拳大の岩が5つ舞い上がった。その全てが高速にメルリアに向かって突き進んでくる。


「――応用技能。スキルツール4th。《被虐防壁マゾ・バリア》!!」


 空中に舞っていた切断された左腕が、帰還するように降ってくる。

 メルリアはそれを右手にキャッチし、まるでヌンチャクのように振り回した。

 岩は次々に弾き返された。


 メルザルトはその動きを、魔力の流れも含め冷徹に視認している。


「切断された左腕に残っていた魔力を強化して、その腕に宿った魔力で岩を弾き、左腕に残った魔力を更に操作して、岩に当たっていた時の激痛のみを、左腕を通じて身体に流し込んでいる……!?」


「選ばれし者のみ使える魔力操作を!!くだらない技に使ってるんじゃあない!!」


 メルザルトは激昂した。


 メルリアは左腕をそっと地に放った。

 次の瞬間、自身の肩からまた新しい腕が生えてくる。


「いつだって真剣だよ。君に勝たなきゃいけないんだから。君はきっと、女体化を求めてる。違うかな?」


 その言葉に、メルザルトは胸元にそっと右手を当て、自分の服を強く握った。


「女体化スキルか。出来ることなんて限られていた筈だった。それでも、お前は戦いの中で新たなスキルの応用を次々と生み出してきた。賞賛に値するよ。何度破壊されても、強くなって、また立ち上がる。……俺という白衣の神に対峙する、恐るべき黒衣の怪物だ。……だがな?それもここまでだ」


 メルザルトの雰囲気が変わる。杖の先端がキリキリと回り出した。


 メルリアの勘が、今までとは異質の危険を伝える。

 その発動を感知し、身をよじった。


 しかし、それに何の意味もなかった。


 以前とは規模も、範囲も桁違いだった。

 周辺30メートルに大爆発が広がった。


 メルザルトは大岩を前方に展開し、爆風から身を守った。


 爆風が晴れて視界が開くと、中心にメルリアが立っている。


 服は焼き尽くされ、全身は火傷に覆われ、両腕は吹き飛ばされた。

 それでもメルリアは足元に根を張ったように、辛うじて立っている。


「ドラグーン程の規模ではないが、俺でも半径500メートルくらいなら、完全に吹き飛ばす爆発を起こせる。その発動の起点をお前が感知したとしても、一瞬で移動できる距離には限界があるから、お前はそれを避けられない。そもそも、相手のスキルを感知したところで、お前は『避ける』くらいしか出来ない。俺は違うぞ?どんなに離れていようとも、そもそも『発動そのものを妨害する』という方法を取れるからな。持って生まれたスキルの差だ」


 メルザルトの声。冷徹に響く真実。


「《女体化エクスチェンジ》は発動条件がある。『自分の手をかざす』という条件。これは、精神が成長しても変わることはない。お前が使えるスキルのリーチは『手の届く範囲』にしかないというわけだ」


 近くに寄ろうとしても、その瞬間に爆破に晒され、近寄る頃には身も心もぼろぼろにされてしまう。


 メルザルトは冷たく続けた。


「近寄ったとしても、その《女体化エクスチェンジ》を使おうと『手をかざした瞬間に爆破してしまえばよい』だけの話。これは何度も言っている。何度もやっている。はじめから、お前に勝ち目はない」


 メルリアは足元に力を込め、よろよろと立ち上がった。


「僕はまだ、この女体化のスキルで……やれる事がある…!!きっと……!!」


「無駄だ。やれることはない。あったとしても俺には通じない。お前のスキルは底が知れている」


 メルザルトは冷酷に言い放つと、再び爆発を放った。


 再生しきっていないメルリアの体に爆発が直撃する。


 何度も、何度も、爆発は繰り返された。


 メルリアはそのたびに再生してきたが、ついに再生速度も追いつかなくなる。


「メルリア、お前を殺す機会なんて幾らでもあった。これ以上殺さないのは『故意』になってしまう」


 現祖のルールを逸脱する事は、メルザルトの命にも危険が及ぶ。


「ここで潮時だ。終わらせてやろう」


 メルザルトの声に従うように、メルリアはぼろぼろに膝をつき、地に伏した。


 両腕は失ったまま。

 体の再生も驚くほど遅くなっていく。

 メルリアの視界もぼんやりとぼやけ、足元の地面に溶け込みながら、意識が薄れていく。

 防御も攻撃も通じず、スキルすらも封じられた。

 まさに「完全無敵の神」メルザルトを相手に、どうすることもできない。


「少し本気になっただけで、この有様だ。……どうした?再生しないのか!?諦めたのか!?そうだろうなぁ!?……俺にとっては強さなんて、なんの意味もないんだよ!!……殺してやる。これでトドメだ」


 地面から、杭のように鋭く研ぎ澄まされた、硝子のような表面の岩が突き出してきた。

 空中に浮かび上がり、メルリアの方を向く。


 メルリアは朦朧とする意識の中で、メルザルトを見つめ続けていた。


 その視線の先にあるメルザルトの表情は、怒りに歪み、悲しみに揺れている。


 メルリアはその光景に、そっと手を伸ばしたかった。

 しかし、両腕は失っており、再生も間に合わない。次の攻撃に対して無力に近かった。


「……女の子に、なりたいなぁ……」


 メルリアの口から溢れた言葉。

 朦朧とした意識の中、メルリアから出てきたのは、かつて抱いていた女体化願望。


 メルリアの口から漏れ出た言葉を聞いて、メルザルトは服の胸元を、自分の心臓を握りつぶすかのように、左手に力を込めて掴んでいる。その胸に宿った苦悶は、言葉にするまでもなく、視覚に、空気ににじみ出ていた。

 本心では、自分も女体化を望んでいるというのに。

 それを口に出して認めるわけにはいかないという苦悶に、胸が締め付けられていく。


 メルリアは死に直面して、自分の記憶に沈み込んでいった。

 この世に降り立ってから出会った人たちとの記憶。その足跡。その言葉。


“区別するためだよ。例えば、ウサギを2匹飼ってたとする。どっちか片方だけを呼びたい時、どうする?ウサギって呼んだって、ウサギからすりゃ、どっちがどっちなんだか、分かんねぇだろ?同じ呼び方はしちゃならねぇ”


 最初に対峙した敵、ウィドウの言葉だった。ぼんやりと思い出して、自分の胸に響くものがあった。

 今、ここにはメルリアが居て、メルザルトが居る。

 メルザルトは「メルリア神」と呼ばれている。

 どちらも、「メルリア」という名前を名乗っている。


“そっか、脳か。そいつが邪魔だったんだな、きっと”


 次に対峙した、ブライガル。

 彼と戦った時に、自分で言った言葉が脳を巡る。

 メルリアは何度も、脳のリミッターを外してきた。

 今も、脳の状態……意識は不安定なまま。

 ここに居るのは、二人のメルリア。

 意識が不安定なまま「メルリア」という名を呼んだとする。

 その時、振り返るのはどちらなのだろう?


 メルリアの走馬灯は続く。

 ぼんやりと揺らぐ視界に、数々の言葉が、記憶という火花に宿ってよみがえていく。


“他者の魔力の動きすらも分かるなんて、それはもう神の領域ですから”


 フレイム騎士団長の言葉が頭を巡る。

 メルリアは魔力の流れが感覚で掴めるようになった。

 だが、他者の魔力は、他者のものであり、その流れが読めても、操れる訳ではない。

 ……メルリアが操れる魔力は、「メルリア」の魔力のみ。


“なりたいものを妥協しない、我儘な王様ですね”


 マーティンの言葉が、頭を巡る。

 ……そうだ。メルリアは、「なりたいものになれる神様」だ。

 目の前にいる男。

 それは、かつての自分自身と同じ姿をしていた。

 女体化を望み、なれないと知って諦めていた、かつての自分。

 女の子になりたい。

 目の前の自分を、女の子にしてあげたい。


“『自分自身だけ』っていう発動条件は、スキルを授かった時に、感覚として心に刻まれる。じゃが、それすらも心で思った『自分自身』でしかない”


 ジャラスの言葉が、頭を巡る。

 メルリアのスキルの発動条件は、「自分の手をかざす」というもの。

 自分とは?……今、心の中で思った自分の姿とは?

 目の前に映るその男の姿は、かつての自分。

 名はメルリア。

 想いは女体化。

 そんな彼の手は、自分の心臓を握りしめるかのように、自分自身へと「手をかざしている」状態。


“ダガネットさんが、自分の手で、自分の場に出したカード。つまり、自分の怪物。……自分の怪物の効果からは、逃れられないよ”


 ダガネットとのカードゲームの時に、メルリア自身が言った言葉が頭を巡る。

 メルザルトが、いかに完全無敵の神であっても、どんなスキルの発動を感知できても、自分自身の魔力の動きは、警戒しない。その必要すらもないからだ。

 メルリアのスキルは、「自分の手をかざした相手を女にする」という発動条件。

 その発動条件の「自分」とは、ジャラスの言った通り、「心の中で思った自分自身」だ。

 そのメルリアにとっての「自分」の認識が、薄れた意識の中で、勘違いを起こす。

 メルザルトとメルリアは、名も、かつての姿も、抱いている夢も同じ。

 薄れた意識の中で見れば、それを自分だと思いこんでも仕方がない。そう、メルザルトという「自分の手」をかざしている。

 メルリア自身の両腕は無い。だからこそ、視界にぼんやり映っているその手も、自分のものなのか他者のものなのか判然としなくなってきている。


 メルリアは呟く。


「スキル《女体化エクスチェンジ》」


 メルザルトの左手に、まばゆい光が宿った。

 その光に、自分自身の運命を委ねたメルリアは、優しく微笑んだ。

 その言葉とともに、神にすら予測出来なかった奇跡が、静かに広がっていった。


 メルザルトの姿が、眩い光に包まれて変わっていく。


 自分自身という器を根底から書き換えていく。その瞬間、メルザルトは空中に浮かべた硝子のような岩に、自分の姿を映した。


 映ったその顔に、胸がざわつく。


 水色のツインテール。鮮やかな青い瞳。

 アホ毛がぴょこっと頭から生えていて、小柄な体つきに控えめな胸。


 ――見た目は完璧に、どこからどう見ても“女の子”。


「…やった」


 まるで喉から滑り落ちたように、心から湧き上がった言葉。メルザルトの口元に喜びが広がっていく。その笑みは次第に狂気に満ちたものに変わっていった。


「……やったぁあああああああああっっ!!」


 森に響き渡る喜びの叫び。その声に揺れてざわつく葉。

 視界に映っているのは、自分と同じ姿の“少女”が二人。


 メルザルトは一心不乱にメルリアに向かって駆け寄った。その足元にある障害も気にせず、一直線に。

 メルリアの前に立つと、涙に濡れた頬に、満開の笑みを宿して言い放った。


「ありがとう……!!ありがとうメルリア……!!俺は、女の子になれた……女体化が出来た……!!」


 その言葉に応えて、メルリアの胸に安堵に近い喜びが広がっていく。

 ぼろぼろだったメルリアの体は、自分自身の力に従うように再生していった。火傷も、失った両腕も元に戻っていく。


 メルザルトは少し声を落として続けた。


「……俺の事は、許さなくていい。すまなかった」


 メルリアは、胸に宿った記憶……あの時、トガシ君に言われた言葉を思い出して、必死に言葉を紡いでいく。


「……君のやった事が正しいかなんて、僕には分からない。辛い事も沢山経験した。間違っているのかもしれない……」


 少し間を置き、真っ直ぐにメルザルトを見つめ直した。


「でも、それでも……!君の『夢』は、絶対に間違ってなんかない!!僕はきっと、君を『なりたいもの』にする為、異世界転生したんだ」


 メルザルトの手をそっと握ったメルリアは、そのまま強く抱きしめた。


「僕は、君に出会う為に生まれてきたんだ」


 その言葉に、メルザルトの涙はますます溢れていく。

 抱きしめた腕の中、メルザルトは感謝を伝える。


「ありがとうメルリア。俺はようやく、なりたいものになれた。夢を叶えることが出来た」


 メルリアもまた、そっと囁く。


「君は、世界で一番かわいいよ。……だって、僕と同じ姿。僕自身なんだから」


 抱き合った二人の少女。その胸に宿った絆は、運命という縛りすら解き放っていった。


 緑に広がる草原に、二人はしゃがみ込み、向かい合った。

 同じ顔に、同じ髪に、同じ体つき。ただ、身に纏うローブの色だけが異なる。


 メルザルトが口を開く。


「しかし、よくあんな方法を思い付いたものだ」


「いやぁ、僕はただ必死に……やってみたら出来たってだけで」


「お前が『メルリア』を名乗り続けてくれてたお陰というのもあるが。まぁ、元々、魂の形が同じだったという理由も大きい。そのせいで精神の紐付けが魂を誤認した。お前は俺の女体化願望から生まれた、神の一部なんだからな」


「えっ!? 僕って神様なの!?」


「肉体は人間だが、魂は神そのものだ。スキルカードの色も、きっと黄金の色だろう。まぁ、お前のスキルの特性上、スキルカードを出すことがなく、世間に気付かれてこなかったというわけなんだが」


「そっか。でも、僕は神でも人間でも、どっちでもいいよ。女体化さえ出来れば」


「その件に関しては俺も同意見だ。女体化さえ出来れば、自分が何者かなんてどうでもよくなるよな」


 二人は顔を見つめ、声に出して笑い合った。


 メルザルトは少し真顔に戻って言う。


「しかし、マゾと女体化だけで神を倒すとは。人類史上、お前だけなんじゃないか?」


「その神様が女体化したがってたから、それを叶えてあげただけなんだけどね。ようやく、はじめて誰かを救えた気がするよ」


「あー、それなんだがな?コルミィに噛み付いたのは『シュラアヘビ』なんだ。神の言う事だから、信じてもらって構わない。お前の精神を成長させる為に、わざとああ言ったんだ」


 その言葉の直後、メルザルトの体が少しずつ透き通っていく。


「メルザルト!!君の姿が……!!」


「思ったよりも保った方だ。お前を殺すチャンスがあれだけあったのに、殺さなかったからな。やはり、俺の女体化も現祖からすれば『故意』という判定なのだろう。しかし、お前があの方法で女体化させたのは、本当に防ぎようがない。俺のスキル封じを完璧に上回った。だから、この数分間だけは消えずに済んだ。という所だな」


「そんな……!!せっかく女体化出来たばかりなのに…!!」


 メルリアは涙を流した。その涙にそっと触れ、メルザルトは優しく頭を撫でた。


「数分間でも、女体化出来たならそれでいい。この最高の時間を過ごせたのは、お前のお陰だ。1000年間生きてきて、俺はようやく救われた。感謝している」


 メルザルトは続けて、こう提案した。


「……どうだ? 俺の代わりに神をやってみる気はないか?」


 メルリアは驚きに満ちた声で答える。


「えっ!?無理だよ!僕なんかが神なんて!」


 メルザルトは、そっと持っていた杖『嘲弄朽パライゾ』を差し出した。


「この《嘲弄朽パライゾ》は、俺にしか使えない武器だ。だが、所有権を他の神に変える事は可能。お前の魂は神そのものだからな。使える筈だ」


「でも!神様って、みんなから慕われる存在なんでしょ!?僕は王様としても慕われてないのに!」


「問題ないだろ。慕われなくても、理解して貰える」


 メルザルトは少し苦笑して続けた。


「お前の事を理解してくれる奴なんて、この世界には沢山いるじゃないか」


 ……ずっと、自分は誰からも理解してもらえないと思っていた。そんな胸の苦しみを抱えて、この異世界に転生した。

 しかし、気付けば、ラビに助けられ、他の人たちに励まされ、支えられてきた。


 メルリアはそっと《嘲弄朽パライゾ》を受け取った。

 その冷たい杖に触れた瞬間、自分の胸に火が灯ったようだった。


「神の中には、お前みたいなのを快く思わない奴もいる。でも、お前ならきっとやっていける。胸を張って『メルリア神』を名乗れ」


 言い終わった頃には、メルザルトの体はぼんやりと粒子のようになり、そよ風に溶けていった。


 緑の大地に座ったメルリアは、胸に湧き上がった気持ちに従うように、そっと空に向かって呟く。


「ありがとう、メルザルト」


 その声は、遥かな空に広がっていった。




◇◇




 数日後。


 メルリアは城の庭に足を運んだ。そばに付き従うのはラビ。


「ラビ!見て見て!ジャーン!魔神機《嘲弄朽パライゾ》だよ!これを持っていて使えるって事は!僕は正真正銘の神様だ!」


 胸元に抱えて誇示された杖に、ラビは小気味よく拍手を送った。


「すごいですね。これで他のスキルも使えるんですか?」


「もちろん!今、僕を信仰してくれているスキル使いは、フレイムさんとジャラスさんとモニターバード!!」


「ほうほう。ダガネットさんは単なるカード友達ですもんね。だから、メルリア様を信仰していると言えるような相手は3人。今のメルリア様は『女体化』に加えて、更に3つのスキルが使えると?」


「そう!早速使ってみるね!まずはフレイムさんのスキル《摩鐘楼フレイムシュート》!!」


 詠唱とともに、メルリアの右手に火柱が湧き上がった。その勢いに押し上げられて、メルリアの体は地上からふわりと舞い上がった。


「うわっ!うわわぁっ!!」


 しかし空中で身動きが取れなくなったメルリアは、制御を失ったまま地面に激突した。


「なーにやってんですかメルリア様!」


「……ねぇ、まさか、このスキルって……絶対に飛ばないといけないの?」


「そうですよ?フレイムさんが言ってました。着地すると火が消えるから、飛びっぱなしで使うんですって」


 メルリアは青ざめ、ガタガタと震えて言った。


「……無理かも。僕、高所恐怖症だから。空飛ぶとか絶対に無理。これ二度と使わないから」


「えー?じゃあ、ジャラスさんのスキルは?」


「よし、気を取り直して……《転移送ジャンプ》!!」


 メルリアは2メートル先に瞬間移動した。

 しかし、移動先に足をつく頃には重心を失い、盛大にすっ転んでしまった。


「……なんか……ワープ先が……空中に浮いてて……」


 それに対して、ラビは冷静に答える。


「前にも言ったじゃないですか。他の物体と重ならないようにするために、必ず少し浮いた状態でワープするんですよ」


「怖い怖い怖い怖い!!絶対に着地失敗するじゃんか!これも無し!」


「あ、モニターバードのスキルは発動条件があって、空を飛びながらじゃないと使えないんですよ。これ、ツルギノ王との戦いの時にモニターバードがちゃんと言ってましたよね?覚えてます?」


「……って事は……!!もしかして僕、この杖持ってても結局《女体化エクスチェンジ》しか使えないって事!?そりゃ無いよ!!あんなに頑張ったのにぃ~~!!」


 メルリアが肩を落として座り込んでいると、城の庭に赤い甲冑に身を包んだ門番が足音を響かせながら入ってきた。


「メルリア様!数日前にメルザルトにやられた傷、治してくれたのは嬉しいんですけど……女体化しちまってるじゃないですか!?これ、性別戻らないんですか!?どーしてくれるんですか!?」


 詰め寄ってくる門番に対して、メルリアは言い返せなくてもごもごと視線を逸らすばかりだった。


 その時だった。


 虚空から漆黒の影……バッテンが滑り出てきた。


「メルリア様に何か文句があるんですか?どうなんですか門番さん?」


 冷たい声と共に、ナイフの切っ先が門番の首元に当てられていく。


 門番は言葉に詰まり、「……ッ」と唾を飲み込んだ。


 緊張に満ちた空気を振り払うように、元気いっぱいにコルミィが走ってくる。怪我はすっかり元通り治っている。


「バッテン君!!門番さん殺しちゃ駄目ッスよ!!やめてぇ~~!!」


 その様子を少し離れて眺めているラビは、小さい溜息をつき、肩をすくめた。


「全く……メルリア様の周りは……本当に面白いですね。毎日毎日、騒がしいったら。これって、とっても……」


 ラビはそこまで言って、虚空を見上げて黙り込む。だが、いてもたってもいられず、やれやれって顔をして、肩をすくめ、つぶやく。


「うん、やっぱり、今日もバッドエンドですね」


 賑やかな声に満たされた城の庭に、そよ風が吹き抜けていく。



BAD END


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