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08.少女L (2) 小学校

※魔術師紅による語りです。

 だが、彼らは、こともあろうに少女Lを小学校に通わせる、という無謀な計画を立てた。


 衣食住の保証と養育、魔術の英才教育、その対価として、魔法実験に協力させ魔法研究の発展に貢献させる。本来ならそれで充分だったはずなのに。


 それは八歳になった少女Lが、近隣の小学校の教室にその分身を顕現させてしまったことから始まった。なぜか少女Lは、学校に強い憧れを抱き、たびたび蝙蝠(こうもり)の視覚を飛ばして学校を覗いたりもしていたらしい。関係者たちは議論を重ねたが、少女の社会性を育むためにも、子どものうちに同年代の「普通」の集団で過ごす経験をさせた方がよい、ということになり、計画は実行されることになった。


 彼らは少女Lに「きまり」を課して、それを徹底させた。


 家の外では常に「普通の人間」として振る舞うこと。


 魔物の力――――催眠魔法の発動も、分身を作ることも、視覚を飛ばして遠く離れた場所を覗くことも厳禁。もちろん、他者を傷つける行為は決してしてはならず、どれほどの不測の事態でも、たとえ自身の身に危険が迫ろうとも、攻撃は一切してはいけない。


 数年をかけて訓練を重ねたうえで、十歳になった少女Lは、初めて小学校という場所に足を踏み入れることを許される。


 しかし計画は失敗に終わった。少女Lが小学校に通ったのは、わずか三日間。


 万が一にもまわりの子どもを傷つけることがないようにと、登校する少女Lには凶暴な魔獣や凶悪な犯罪者などに用いられる強力な縛めの魔術が施され、攻撃系の魔法が発動することは完璧に封じられていた。その他、魔力の制限や魔法発動時の警報など、いくつもの封印・拘束・監視の術がかけられてはいた。


 だが、催眠系・操作系の魔法については、最低限の抑制の術はかけられていたものの、少女L自身の「決して使わない」という約束を信じるしかなかった。


 というのは、これらの精神系の魔法は、相手のみならず発動者本人の精神とも密接に関係しているからだ。これらを一切使わせないように他者が制御・抑制することは、すなわちその本人に「精神操作」の術をかけることに近いわけで、その状態で小学校に行かせては、「少女Lの人間としての心の成長」という目的は果たせないと、彼らは考えた。今は別の方法で催眠系・操作系魔法を封じる手段がないわけではないが、当時はそういう手法はまったく知られていなかったからね。


 けどまあ、考えてもみたまえ。異様な魔精を持つ少女が、同い年の「普通の」子どもたちの中に突然放り込まれたんだ。もちろん幼少期とは違って、もうその頃には、どれだけ魔精感度の高い人間にも耳やしっぽや翼といった異形の魔精体が見えることはないよう、そこは抜かりなく隠し方を習得していた。だが、魔精感度がそれほど高くない人間でも、そこまで異様な魔精には、何となく「何か」を感じたりするものだ。ましてその少女は、それまで一度も同世代の子ども集団に加わったことなどなかったのだから、当然「普通のふるまい」などできるはずがない。子どもはそういうことに敏感だ。「転入生」として新学期の教室に加わった異質な子ども。・・・・・・何が起こると思う?通常ならば、まあ間違いなくいじめ、仲間はずれが発生するだろう。そこまでいかなくても、遠巻きにされるのが関の山だ。そんな子どもが教室に「即座に」「普通に」溶け込むなどということは、まあありえないと言っていい。


 それなのに、初日から、少女はクラスメイトたちに囲まれて楽しそうに会話をし、休み時間には外で一緒に遊んでいた。担任教師も、急遽配置された魔術の心得のある副担任の教師も、その様子を温かく見守った。報告を受けた赤月や同居の魔術師たちも、どうやらうまく行きそうだと胸を撫で下ろした。そう、あまりにもうまくいっていた。魔法が発動されれば管理者に警報が届くはずの術は、一切鳴ることはなかったから、少女Lが魔法を使っているはずはない、と彼らは信じた。


 だが、三日後。それは偶然発覚した。


 放課後になっても少女Lが帰ってこないので、魔術師A、同居していた催眠魔術のエキスパートの女だ、彼女が少女を迎えに行った。諸々の甘い対応はどうかと思うが、彼女はまあ、有能な魔術師であったことは間違いない。副担任も、他の学校関係者も感知できていなかったが、長年「それ」と向き合って熱心に研究をしていた彼女は、その場に行ったことですぐに気づいた。薄暗くなった校庭で、日が暮れたことにまるで気づいてもいない様子で遊び続けていた子どもたち。職員室にいながらも、誰も「そろそろ帰りなさい」と注意に行かなかった大人たち。


 魔物由来の催眠魔法が、ひそかに発動されていたのだ。


 子どもは全員男児だったという。

 どうも少女Lの催眠魔法は、父親の例からもわかるとおり、どちらかというと男性にかかりやすい傾向があったようだね。少女Lは、生来の男好きなのかもしれないな。ともかく女魔術師Aは即座に少女Lの催眠魔法を解除して男児たちを帰らせて、少女Lを拘束し、先生たちに事情を話すと、赤月と、もう一人の同居魔術師Hを呼んだ。


 少女Lは、魔法なんて使っていない、と言い張った。

 翌日、ケアの意味もあって彼らはその場にいた男児たちに話を聞いたが、誰も操られていた感覚はなく、皆自分の意思で、楽しく遊んでいたつもりだったという。まったく、なんと姑息な魔物のやり口だろう。人間がなす「催眠魔術」であれば、術の精度や被術者によって差はあれど、術にかけられた自覚というのは解除後などには大抵多かれ少なかれあるものだ。しかしある種の魔物の操作魔法は、かけられた生き物に、解除後ですらそうと悟られることがないとされる。長年少女の身近にいた魔術師Aが発動中の場にいなければ感知できないほど巧妙に、少女Lは、まわりの人間たちをほんの少しだけ、自分にとって都合よく動くように仕向けていた。魔獣のおそるべき悪知恵だ。魔法の痕跡、魔精力の流れを示して、魔術師Aは確かに催眠魔法が発動していたことを証明した。だが、結局少女Lは「自分の意思」で魔法を使ったことだけは最後まで認めなかった。使ったつもりはない、と訴え続けた。


 とにかく、小学校に通うことはすぐさま中止となった。


 強大な力を持った少女が「決まりごと」を自らの意思で破ったのだとすれば大問題だし、本人の意思ではないのに魔法が勝手に発動したのであれば、それはそれで大問題だ。まわりの人間を自分に都合よく操っておきながら、何が社会性を育むだ。そうは思わないかい?


 人は人間関係の中で、他者の言動について四六時中「期待」をしている。期待がはずれた場合にしか意識されないことが多いが、願望は多かれ少なかれ常にある。「こう言って欲しい」「こうしてくれたらいいな」――――筆者である魔術師Hの記述によれば、少女Lは「多くの普通の人間のように他者に期待する」ことと「催眠魔法によって相手がそう動くよう仕向ける」ことを、うまく切り分けられなかったのだ、という。本人は催眠魔法を使うべきではないと分かっているから、「魔法の発動」を意図的にはしていないし、相手に対して強く何かを望むような意思を持つことさえ、自分に禁じている。だが、無意識に近い淡い期待が魔法となって漏れ出すことを止められなかったのだ、と。・・・・・・魔女がよく使う理屈だ。願望と魔法行使の区別がつかないなど、魔術に携わる人間には到底納得しがたい話だ。しかし当時の彼らは、その理屈を信じた。彼ら自身が、魔物に等しいこの魔女の催眠魔法にかかっていたのではないかとすら、私は思う。

 

 彼らは、あくまでも少女Lを「自律した一人の人間」に育てようとした。


 できないことを無理にやらせようとするような行き過ぎた抑圧は少女の心によくない影響を及ぼす、などと考えて、彼らは彼女への接し方、教育と訓練に関して改めて議論を重ねた。当たり前にできること、容易にできること、意識すればできること、努力すればできること、無理をすればできること、頑張ってもできないことを本人とも話し合い、訓練や教育によってそれらはどう変えられるのか、あるいは変えられないのか検討した。絶対にしてはいけないこと、するべきではないこと、条件付きであれば許されること、気にしなくていいこと。それらのルールを作り、改定を繰り返した。


 少女Lが十歳から十五歳までの五年間、邸宅内でそれらの試行錯誤が続けられた。

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