07.少女L (1) 発見された少女
※魔術師紅による語りです。
その少女をまず「発見」したのは、魔物討伐を生業としている男だった。
たまたま立ち寄った山奥の集落で、その男はとてつもない魔精力を感知した。明らかに、人ならざるものの魔力だった。魔術使いの男は、魔物退治のプロとしての責任感で、感知した魔精力の元を確かめに行った。
もう日も暮れかけていたが、男はその場所を突き止めた。集落のはずれではあったものの、予想に反して、それは人家だった。粗末な、小屋と呼んでいいような小さな家で、夕飯の準備なのか煮物のにおいがしていた。魔術使いの男が戸を叩くと、その家の主人らしき中年の男が戸を開けた。
「夜分遅くにすみません」
家の主人に当たり障りのない挨拶をしながら、男は中の様子をうかがった。
室内はひどく薄暗かったが、奥の台所に立つ女が心配そうにこちらの様子をうかがっているのが見えた。手前の板間では小さな女の子がうずくまって、積み木を並べて遊んでいる。父、母、幼い娘、三人家族のありふれた夕方といった平和な雰囲気に、魔術使いは面食らった。魔物が住人を食い散らかしているような惨劇さえ覚悟していたが、見当違いだったか。
しかし次の瞬間、魔術使いは気づいた。
その女の子は「普通」ではなかった。
三、四歳ほどの幼女である。
が、通常であれば物理的な肉体とぴったり重なるはずの、半実体である「魔精体」が、肉体をはみだして異様な姿をさらしていた。普通の人間の耳とは別に、ぴんと尖った透けた魔精の獣の耳が生えていた。背中のあたりから、蝙蝠を思わせる、けれど白い半透明の翼が突き出ていた。痩せた腕や脚の皮膚のところどころが白っぽい魔精の鱗でおおわれて、妙な光沢を帯びていた。銀色のふっさりとした魔精のしっぽが、床板を掃くようにしゃらりしゃらりと揺れていた。
この子は魔物に取り憑かれている、と男は判断した。
魔物を被害者の人間から引き剥がせるかどうかは、術者の力量による。今から三十年以上前、ということで、今よりもずっと未熟でずさんな対応が多かった時代だということは考慮すべきかもしれない。男は事情を聞くことも事態を解明しようとすることもせず、その強力な魔精力を帯びた異様な存在を一刻も早く排除しなければならないと考えた。
「失礼」
戸口に立つ父親を押しのけると、男は問答無用で攻撃魔術を発動した。
魔物を退治するための、魔精に直接干渉する黒魔術。魔物の種類も弱点もわからないので、闇雲に何種類もの術を立て続けにお見舞いした。炎の刃。大地の槍。かまいたち。氷矢。使える術の中でも特に殺傷能力の高いものを、しかも至近距離で幼女に放った。
魔精体が負った傷は肉体が負ったそれよりもはるかにグロテスクに見えるものなので、何も知らない両親が娘の傷ましい姿に半狂乱になるさまを予想し、魔術使いはうっすら憂鬱にさえなっていた。
が、実際には、魔術使いは自身の放った術がすべて無力化され霧散するさまと、表情ひとつ変えぬままの女の子の姿を目の当たりにした。少女はゆっくりと手を持ち上げ、男に向けた。その手のひらから大量の水が放出され、男はびしょ濡れになった。男がただ口を開けて茫然としていると、次の瞬間その水は発火して、魔術使いの男の身体は炎に包まれた。途方もない熱量の魔精の炎により、男は黒焦げになってその場に倒れ伏した。
その後、どうにか回復した魔術使いの男の通報を受けて魔術協会が派遣したのが、赤月という名前の婆さんだった。今でも女性の魔術従事者の割合は男性より少ないが、当時は特にそうだった。かつての「魔女狩り」の余波がまだ残っていた頃だからな。その中で魔術師として第一線でやっていたわけだから、まあ相当タフな人だっただろう。だが、その婆さんは武闘派ではなかった。どちらかというと研究者タイプだった。また、三人の子どもを育て上げた母親でもあった。これは「少女L」にとってかなり幸運なことだったと言える。赤月婆さんは、この異様な魔精を持つ「少女L」を、「退治すべき魔物」としてではなく、あくまでも「調査対象」と捉えてやって来た。
少女を「発見」した魔術使いの男は気づいていなかったが、少女Lの父親は魔物による催眠魔法で長期的に操作されていたことで、ほぼ自我のない廃人に近い状態になっていた。母親の方は、あまり操作された形跡はなかったものの、やや心を病んでおり、時折叫んだり暴れたり、放心したりするというありさまだった。少女Lはその両親たちの元で、淡々と過ごしていた。やけに落ち着き払っているように見えるのは、魔物由来のものなのか、少女の生来の性格だったのか。そもそもこの少女は「人間」なのか「魔物」なのか。その判断は、かなり難しいと言わざるをえない。
だが赤月は、しばらく観察を続けたのち、その少女を「人間」として扱うと決めた。
赤月は、なぜ少女Lのような存在が生まれたのかもできる限り調べた。
少女の父親は、魔術学校を卒業して免許を取得した正規の魔物操作師だった。だが、自分の子どもを「特別な魔精を持つ存在」にする野望を抱いて、独自に研究をし、妊娠中の母親に対して魔物を呼び込む邪法を繰り返したらしかった。協会の人間であったことは遺憾だが、この手の下衆は昔から存在する。だが、ほとんどの場合はそんな都合良く胎児に魔物が宿ることはない。万が一宿った場合も、大半は死産、または出産後まもなく赤子は死ぬ。
しかし幸か不幸かその少女は生きて生まれ育ち、しかも通常は一体でさえも取り憑くのが希有だというのに、その身にはなんと三体もの魔物が入りこんでいた。どのような方法を行なったのか、どこまでが意図的でどこまでが偶然だったのか、それは現時点でも不明のままだ。
一体の魔物を宿して生まれ成長した例は、魔道士雷夜やそれ以外にも、近年でも何件かあった。が、複数の魔物が宿っているというのは、大昔の、真偽が定かではないような文献でしか残っていない。
少女に宿った魔物はどれも、一定以上の知能が確認されている種だった。
まずは「真珠蝙蝠」。
透き通るような白い姿の、蝙蝠に似た魔精生物だ。これは別名「千里眼蝙蝠」とも呼ばれており、特殊な術を使わなければ認識できない不可視の魔精体である「視覚」を飛ばして遠隔地を探索して獲物を探す。何を獲物とするのか、その基準は不明だが、これと定めた相手が見つかるとその場所へ飛んでいき魔精を喰らう。「魔精力が突如失われる奇妙な事件」として推理仕立ての記録が残っていたりするが、一体が吸収できる魔精はごく少量であり、人間にとってはさほど害は大きくない。ただし、群れに襲われて死亡した例はいくつかある。この蝙蝠を使役する一族や集団がかつていくつかあったようだが、魔女狩りによって継承は途絶えたとされ、魔術協会ではその方法を把握できていない。
次に「白にじ蛇」。
これは攻撃性が高い魔獣で、人間含め他の生物を肉体ごと喰らった例が多数残っている。口から魔精の特殊な水を吐き、その水を発火させることもできるようで、魔術師の男がやられたのはおそらくこの魔物の力だ。白銀色の輝くような鱗を持つ神々しい見た目の巨大な蛇のような見た目で、正しい心の人間には福を、そうでない人間には罰を与える、という伝承や、祠のようなところにいながら同時に別の場所に分身が顕現したという話も残っている。信仰されていた記録も多いが、それと同じくらい退治された記録も多い。
最後が「夢幻狼」。
幼体の時はかなり愛らしい、銀色の子犬のような姿で、人間や他の魔精生物を操る力を持っている。これも魔精だけでなく物理的にものを食うことが可能な魔物で、人間から食べ物を与えられることを妙に好むとされる。催眠魔法を使っても、一時的に食べ物を持ってこさせたり寝床を用意させたり、といった程度ならそれほどの害はないが、十数年にわたり村一つ操って村民の大半を廃人にしていたような例もある。成体については確認例があまりなく、よくわかっていない部分が多い。成長に伴い高度な変化の能力を持つようになるという説もある。
複数の魔物が一人の胎児に宿ることとなったのは、この夢幻狼が他の二体を操っていた為ではないか、とこの本には記されている。あくまで仮説としてだが。
赤月は集落に数年間滞在し、その家族の世話をした。
本の中ではぼかされているが、おそらく少女が「退治されるべき魔物」とされてしまうことを赤月は怖れていたのだろう。この期間、赤月は協会への詳細報告を控え、その一方でさまざまな根回しをしていたに違いない。報告やこの本での記述――――タイトルにも含まれているが、敢えて「聖獣」などということばを多用していること等からもうかがえるように、赤月もこの著者も、異常なほどこの「少女L」に肩入れし、少女に善良なるイメージをまとわせようとしている。「聖獣」なんて表現、魔術学校で聞いたことがあるかい?こんなことば、魔術従事者は普通は使わない。獣を思わせる魔精動物を指して「魔獣」という。このことばは普通に使われるが、「聖獣」なんて、魔物を信仰している地域や組織の信者たち、あるいは観光利用などでキャッチーな善良イメージをつけたい一般人など、協会外の人間が雑に用いる非客観的なことばだ。この本は、なぜここまで、この魔物娘を擁護するような姿勢で書かれているのか。それはまあ、後で話すとして。
五歳になった「少女L」は、辺境の集落の家から、町なかの、魔術協会が管理する邸宅に移された。このタイミングで、父親は魔法疾患療養施設に入った。母親も、精神状態の悪化もあって結局は離れて暮らすこととなった。そのかわりというのもおかしな話だが、赤月にプラスで、少女の父母と同年代・・・・・・よりはやや若年ではあったが、男女二人の魔術師が、少女の世話役として「用意」された。二人とも、結界や拘束・封印の術を得意とし、魔物の知識も豊富で、かつ催眠魔術のエキスパートだった。男性の名前はH、女性はA、と匿名となっている。ちなみにこのHが、この本の著者でもある。彼ら以外に家事や身の回りの世話をする人間もいたというから、まったくもってとんだ大盤振る舞いだ。どれだけの金が、この少女につぎ込まれたのだろうね。
さておき、その邸宅で、少女Lは魔術教育を受けた。君も知ってのとおり魔術教育は通常は早くとも中学卒業後に開始されるものだから、常識から考えればずいぶんな早期教育と言える。が、まあ、とはいえこれは巨大な魔力や異常な魔精的特性を持つ子どもに対しては珍しいことではない。魔術教育が中学卒業後を基本としているのは、まず、「魔法」と違い「魔術」は何より理論を重視するべきものだという建前上、「理論の理解」には最低でも中学卒業程度の学力は必要だということがあるが、まあこれは教え方の問題でどうにでもなる。魔術訓練の早期開始の弊害として一般に言われる「感覚異常」――――十五より前に魔法に触れすぎると、精神肉体魔精の感覚が「普通の人間」と乖離して生活に支障を来たしうる、というものも、そもそも持って生まれたものがあまりにも「普通の人間」と異なるなら、そこを問題視することはナンセンスだからね。むしろその「異常性」を飼い慣らす訓練を早期に開始する方がメリットが大きいわけで。
だがこの少女Lに関しては、それでも遅すぎた、というべきか。長年自己流で「魔法」を使いすぎた魔女などは、魔術協会が定めた方法での「魔力制御」――――いわゆる「しるし付魔力制御」の習得が困難な場合がある。魔女を狩る人間としては、見分けが容易になるからむしろありがたいわけだが。
本に書かれていることを信じるなら、この少女Lは、結局「魔術」を使うことは一切できず、「しるし付魔力制御」もできるようにはならなかった。同じ手順さえ踏めば精度や威力効力の差はあれど理論上同じものが再現できるのが「魔法技術」すなわち「魔術」だが、少女Lは、巨大な魔力を持っていながらも、魔術協会の集めた叡智に則った「魔術」は一切使えるようにならなかった。先程言ったような「自己流で魔法を使いすぎたために『しるし付魔力制御』ができない魔女」ですら、大半は簡単な『魔術』を使えるようにはなるというのに。彼女は少なくともこの本に書かれている限りでは、魔物由来の、「彼女にしか使えない魔法」しか使えなかった。
これはどう考えたらいいんだろうね。
生まれた時から魔精面が開いており、魔物由来の魔法を使う、魔物同様の巨大な魔力を持った存在。魔力を持つ「人間」であれば使えるはずの「魔術」は、なぜか一切使えない。「生まれた時から魔精面が開いている」のはまさに魔精生物の定義とも言える特徴なわけで―――― そんな魔物娘を、不用意に「人間」扱いして、本当に大丈夫なものだろうか?
★気になる方は下記参照ください。
とばしてもらっても、本文を読むのにさほど影響はありません。
■用語メモ■
※魔物=魔精生物とほぼ同義。「魔精生物」という語に比べて、忌むべきもの、のニュアンスを含む場合も。
※魔獣=魔物の中で、攻撃性が高いものや獣を思わせるものを主に指す。
※魔術=魔法技術。理論上、習得すれば誰でも再現可能なもの。(ただし、巧くできるかどうかは術者の力量による。)魔術協会が管理しており、有資格者が使用を許可されているもの。
※魔法=広義では、魔精に関わる現象すべてを指す(魔術を含む)。狭義では、魔術と対になるもので、機序が解明されていなかったり、特定の者しか発動できなかったりするもの。魔術協会の管轄外で使われる=違法なもの、を指すことが多い。




