67.砂映と涼雨
砂映と涼雨が直接顔を合わせるのは、竜菜の「深呼吸」後に涼雨が丸一日以上眠って目覚めた、その時以来だった。空は晴れて澄んでいた。日曜日の公園は、親子連れで賑わっていた。隅のベンチが空いていたので、砂映と涼雨はそこに腰を下ろした。
「いい天気ですね――――気持いい」
砂映が言った。
「・・・・・・うん」
涼雨は答えた。
砂映がどことなくぎこちなく、よそよそしいことに、涼雨は気づいていた。
何かを切り出そうとしているけれどもうまく切り出せない、そんな空気を感じていた。
「あ、あのね砂映くん」
「はいっ」
「・・・・・・『三聖獣の魔女』、読んだの?」
「読みました」
「・・・・・・どう・・・・・・思った?」
「あ・・・・・・感想、を言うのは、ちょっと難しいというか。・・・・・・あの本は、書いた人から見えたものに過ぎないし、もしかしたら涼雨さんとしては、自分の人生のこと、勝手に書かれて嫌だったのかもしれないけど。違う、って部分もあるのかもしれないけど。だけど俺は、単純に、涼雨さんのことを前より知れた気がしてすごく嬉しかった。・・・・・・大変だったんだな、って・・・・・・」
「大変、かあ。そんな感じの感想なんだ」
「あ、なんか、そんな風に言われるの嫌?」
「え?ううん、そういうことじゃないんだけど」
相手が別れを切り出すタイミングをはかっているなら、切り出しやすくしてあげるのが親切というものだ、と涼雨は思う。
「・・・・・・ごめんなさい」
涼雨は言った。
「へっ」
砂映はベンチから飛び上がらんばかりに声を上げた。
「な、え?どう・・・・・・どう、しました突然」
「砂映くんには、本当に、どれだけ謝ってもたりないなあって」
「えええ?」
「その、砂映くんは優しいから、なかなか・・・・・・難しいのかなって」
「なにが?」
「厄介者を、切り捨てるのが」
「厄介者?」
「うん」
涼雨は膝の上のスカートを握りしめた。
意を決して言う。
「・・・・・・私は、覚悟できてる。大丈夫、だから」
万が一暴走してもよいように、魔道士雷夜の家の傍の公園にしたのだ。
今日は魔道士は家にいると言っていた。
砂映に会うと言ったら、魔道士は「そうか」とだけ返したけれど、何となく、何かを知っているような、そんな感じがした。
砂映の決断を、聞いているのかもしれない。
「覚悟、できてるの?」
砂映が言った。
いつになく、シリアスな声で。
「・・・・・・できてる。女に二言はない」
涼雨は宙をにらみながら、気合いを込めてそう返した。
泣いてはいけない。我慢する。そうしなければ、きっと砂映は躊躇する。
「よしっ」
砂映は言った。
――――私たちは、大人なのだ。
ひとときの、夢を見た。高校生の時のちょっとした心残りを、清算したのだ。束の間二人で楽しく時を過ごした。よかったよかった。それでいいんだ。
後腐れなく、笑顔でお別れすればいい。
「では言います。聞いてください涼雨さん」
「はい」
「ええと、その」
「・・・・・・」
辛いので、涼雨は隣の砂映の方を見なかった。
目の前の、公園の景色をにらみ続けていた。
涙がにじんできそうなのを、ぐっとこらえていた。
「・・・・・・涼雨さん」
「はい」
「結婚、してください」
「は・・・・・・は?」
来ると思った別れの言葉が来ず、あまりにも予想外の言葉が聞こえてきたので、涼雨は思わず砂映に目をやった。
ベンチに腰かけた涼雨の隣、そこに砂映はいなかった。
かわりに、いつのまにか地面に片膝をついて、涼雨に向かってぱかりと蓋を開けた小箱を差し出している。
「・・・・・・え?」
「結婚してください」
砂映はもう一度言った。
「な・・・・・・?」
そう言われてもやはり反応できないでいる涼雨に、
「か、覚悟はあると仰ったな。二言はない、とも仰った」
砂映は言った。
「・・・・・・な、何その口調」
思わず涼雨は言う。
「そっちこそ。二言て」
砂映は言い返す。
「っていうか、何」
うろたえて思わず険のある声を出す涼雨に、
「結婚してください」
さらにもう一度、砂映は言った。
三回言われて、指輪の箱を差し出されているこの状況の意味が、涼雨の中にようやく浸透する。
「・・・・・・何それ・・・・・・」
「何それて。人の決死のプロポーズですよ」
「だって、私・・・・・・」
「ん?」
「今日、私、砂映くんに別れ話されるのかなって、そう思ってて」
「なんして・・・・・・?別れ話するのに、なんでわざわざ展望台とか誘います?」
「だって、砂映くん優しいから」
「あれですね。涼雨さんは、俺を変に過大評価してますよね」
「・・・・・・だって」
「俺は、優しいのではなくて、単に、単に、涼雨さんがめっちゃ好きなのですが、なんで信じてもらえないのでしょうか」
「・・・・・・だって・・・・・・」
駄目だった。
先程までは、絶対に泣かないと決めていたのに、予想外の不意打ちで、涼雨の目からはぼろぼろ涙がこぼれて止まらなくなっていた。ぐしゃぐしゃだ。たぶんではなく確実に、ひどい顔になっている。
「だって、こんな。おかしいよ。こんな時に。思わない?大好きな人にプロポーズされたのに、にっこり笑って嬉しいって言えないなんて。こんな面倒な女、どこがいいのって、そう思わない?」
涼雨は言った。
「そういう涼雨さんが好きですよ。そうでない涼雨さんでも好きですよ」
生真面目に砂映は言う。
「なに、それ」
泣き顔のまま、思わず涼雨は笑う。
「それでですね、涼雨さん。俺と結婚していただきたい。この指輪を受け取っていただきたいのですが。迷惑でしょうか」
高校生の時と同じように。再会して、つきあうことになった時と同じように。
涼雨を見上げて、砂映は訊いた。
「答え、わかってるよね」
「いいえ。大変緊張してお返事をお待ちしてますよわたくしは。毎度のことですが、それはもう」
「嘘ばっかり」
笑いながら、涼雨は指輪の箱を受け取った。
青空を背に立ち上がった砂映を見上げて、言う。
「迷惑じゃ、ないです」
砂映は涼雨の手を取った。
指輪を箱から取り出して、その左手の薬指に、はめた。
(了)
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