62.ばばーん
積多には、桃花は一昨日店に来た記憶を消されているのだということを伝えた。
もちろん砂映がやったのではなく、魔道士雷夜が合法の魔術を使ったことにした。
魔術師紅は魔道士雷夜を敵視していて、実は昨日、ちょっとした揉めごとがあった。それを収めるために、雷夜は紅と桃花の記憶を消したのだ、と説明すると、積多は納得したようだった。
「でも、残念だなあ。もちろん私は、お世話になったし魔道士雷夜派ですよ。だけど、魔術師紅も今はかなり応援したい気持なのに」
お弁当の卵焼きをぱくりと口に入れながら、積多は言った。
桃花の後、客はぱったりと途絶えている。
「あ、いえ、別にどっちかの味方にならないといけないってことはないかと・・・・・・紅さんは雷夜のことを敵視してますけど、雷夜の方は別になんとも思ってなさそうだったし」
「へえ!つまり格が違うからって感じですか?まあ確かに、そもそも種類が違いますよね。魔術師紅はどちらかというと芸能人枠っていうか。魔道士雷夜は本物の魔法使い・・・・・・あ、魔法じゃなくて魔術でしたっけ」
もぐもぐと口を動かしつつ、積多は呑気に言った。
『三聖獣の魔女』については積多はまったく知らない。
もちろん涼雨に関することは、砂映は一切言わなかった。
(涼雨さん、どうしてるだろう。目は覚ましたんだろうか・・・・・・)
昨日、店を閉めてすぐに砂映は雷夜の家に戻った。涼雨のことが心配でたまらなかった。目を覚ました涼雨の顔を、少しでいいから見たかった。けれども結局涼雨は目覚めず、夜中の十二時を回ったのでさすがに砂映も自分の家に帰ったのだった。
「それにしても先生、ほんとお疲れみたいですね」
「あ・・・・・・すみません」
お昼の十二時を回ったので、砂映もカウンターの内側で昼食を広げていた。
今日はコンビニのおにぎりである。
「先生、さっきの女の話ですけど」
砂映が淹れたお茶をすすりながら、積多が口を開いた。
「ハイ」
「あの女の店に行ってたって話」
「あ、それは・・・・・・記憶を消したことをごまかしただけで」
「先生は、結婚はしてましたっけ」
「いえ」
「別に、同僚でもそういう店に行ってる奴はいますし、私は気にしませんよ」
「あ・・・・・・ありがとうございます。でも、本当にそれは」
「ま、先生、もてそうですもんね。そうですよね。わざわざお金払わんでも」
積多の言葉に、砂映は複雑な思いにかられる。
涼雨があんなにも不安がっていたのは、やはり自分に問題があるのだろうか。
「その・・・・・・そんなに、遊んでそうに見えるものですか俺、私は・・・・・・」
砂映は思わず言った。あくまでも、魔法薬師と客の関係である。不本意ながら「先生」などと呼ばれている立場である。
けれども、年上の既婚者男性である積多に、つい何か助言をもらいたい気持になっていた。
「あっ失礼なこと言いましたかね、すみません先生、そんなつもりじゃ」
「いえ、そういうわけではないんです。そういうわけではなくて。その、つきあっている彼女を・・・・・・なんかすごく・・・・・・不安にさせていたらしくて・・・・・・その」
砂映はしどろもどろ言った。
すると、積多はぱあっと顔を輝かせた。
「先生!先生彼女がいるんですね!しかも一途に愛してるって感じですね!」
不安と弱気でついお客様にプライベートを語ってしまったことを、砂映は途端に恥ずかしく思った。
積多は勢い込んで砂映に訊ねる。
「いつからつきあってるんですか!」
「あ、一年くらい前・・・・・・けど、元々高校生の時に・・・・・・」
「えええっ高校生の時の彼女と再会して!?先生、やりますね、純愛ですね!」
「・・・・・・すみませんなんか私的なことを」
「いや嬉しいですよ。先生のそういう話を聞けて!けど、彼女が不安だって言うなら、さっさと結婚したらいいんでは?」
「え」
「それが一番安心しますよ。まあ結婚したって浮気の心配がないわけじゃないですけど」
積多は言った。
これまで話を聞いている限り、積多はかなりの愛妻家である。そのわりに、つい先日、事件があるまでは妻が魔女の一族であったことも妹がいたこともまるで知らなかった・・・・・・そんなところも、砂映に似ているかもしれない。
「そっか・・・・・・」
「そうですよ。指輪用意して、ばばーんとプロポーズしたらどうですか。高校生の時からって言うなら、お相手さんも先生と同年代でしょ?つきあい出して一年くらい経つなら頃合いでは?」
「・・・・・・ばばーん・・・・・・」
その時店に客が入って来たので、接客のために砂映は立ち上がった。
(ばばーん・・・・・・)
あらゆる不安。涼雨の不安。砂映自身のいろんな不安。
それらをすべて、打ち消せたらどんなにかいいだろう。
(ばばーん・・・・・・)




