60.ベニー&リッキー
「聞いてください先生!」
翌日のお昼前。砂映が一人で店番をしていると、紅潮した顔の積多が途季魔法薬店に姿を現した。まだ十二時は回っていないが、営業職で自由が効くのか、フライングで昼休憩に出てきたらしい。
「明輝良がね。明輝良がね。昨日うちに帰って来たんですけどね!」
芋虫事件の犯人の一人として、未成年なので魔術協会で保護観察として収監されていた積多の息子明輝良。一昨日やって来た時に、明日明輝良が仮出所だ、と積多が話していたのを砂映は思い出す。
「どんな様子ですか?」
「いや、それがね。はじめはふてくされててて。どうしようかと思ったんですが。本人もどうしたらいいのかわからなかっただけみたいで」
「まあ・・・・・・いろいろと思うところはあるかもしれないですしね・・・・・・」
自分の親たちは自分のことをちゃんと見てくれない、と明輝良は訴えていた。
自分の妻が魔女であることすら知らなかった積多にとって、明輝良との親子関係を含めて見直すべきことは多々あり、たくさん思い悩んでいるだろうから、親身になって話を聞くべきだ、と砂映は思う。
思うのだが。
砂映は砂映で、昨日からの自分の出来事で頭がいっぱいだった。自分の彼女が「少女L」という名で語られる「三聖獣の魔女」であり、長年魔道士雷夜の施術を受けていたという衝撃の事実を知ったことや、彼女を退治しようとする魔術師紅とその部下の桃花と対峙したこと、彼らの記憶を「魔躁師」の術で消したこと。向かいのパン屋の竜菜ちゃんが雷夜の妹、ということにも驚いたが、その彼女の「深呼吸」によって気を失った涼雨は、結局昨日は目覚めなかった。元々涼雨は弱っていたのでむしろゆっくり眠らせた方がいい、と途季老人は言っていたけれど、砂映は心配でたまらない。その途季老人は、「深呼吸」後の竜菜の処置などもあって、今日も雷夜のところへ行っている。魔道士雷夜は昨日ほどなく目を覚まして、夜には魔力も戻ったと言っていたし、かつて名を馳せた名医である途季老人と凄腕魔道士の雷夜がいるのだから、不安になる必要などない、とは思いつつも。
「・・・・・・先生?どうしました?」
積多は明輝良とのことについてあれこれ話し続けていたが、心ここにあらずの砂映の様子に気づいたらしく、言った。
「あ、いえ」
「なんかすみません。お疲れみたいですね?」
「ちょっと・・・・・・いろいろあって。申し訳ないです」
「とんでもない!こちらこそ、一方的に話しちゃってすみません」
「いえいえ。でも・・・・・・明輝良くんが元気ならよかったです。これからいい方向に行きそうですね」
「ありがとうございます。そうだ、一昨日ここに来てた『魔術師紅』なんですけどね!私、すっかりファンになってしまって!」
「・・・・・・え?」
積多の話に対して若干上の空だった砂映の意識が、その名前を聞いて一気にぎゅん、とクリアになる。
魔術師紅。
美貌の魔術師で、自己陶酔型の変人・・・・・・というだけなら別によいのだが、「人型の魔物」に異常な憎悪を抱いていて、涼雨を「魔物女」と呼び、命を狙ってきた。
涼雨が「少女L」であるということは、記憶から消去したつもり、ではある。
けれども実際にそれが成功しているかどうか、確認はできていない。
「え?積多さん、ファンになった・・・・・・んですか?魔術師紅・・・・・・さんの」
砂映は人を嫌うのが得意ではない人間だが、はっきり言って魔術師紅のことは、現在のところ人生で一、二を争うレベルで「大嫌い」である。
けれども積多は砂映の凍りついた表情には気づかなかったらしく、嬉々と続けた。
「そうなんですよ!いやあ、あの自信たっぷりの自惚れた態度、実際に見た目がいいからってなんだあれ、って一昨日は思いましたけどね。昨日、明輝良と一緒に動画を見てたんです。そしたら、これ」
積多は自分の石板電話を砂映にも見えるようにかざして見せた。
それは古い動画だった。
今より少し若い魔術師紅が、もう一人、別の、同年代の男と並んで映っている。
「これは・・・・・・」
「なんかね。『魔術師紅』って、今は単独で活動してますけど、元々はコンビだったみたいで。しかも、お笑いの」
「・・・・・・お笑い?」
「コンビ名は『ベニー&リッキー』。魔術師紅が、自分の美貌とか才能について自惚れたことを言うのに対して、この相方の緑久が冷ややかにつっこむのが面白くて!」
積多が再生した動画を、砂映もしばらく一緒に観た。
自分はあまりにも美しい、誰もが自分を愛して当然、とねっとりと語る紅。それに対して、本気で呆れて容赦なくつっこむ相方の男。
「実際美しいし歌だってめちゃくちゃ巧いし魔術のレベルも高いっぽいのに、ここまでぼろくそに言わなくてもって言う。こんなに言われたら逆に紅さんかわいそうでは、ってレベルなのに、紅さん、なんかつっこまれてちょっと嬉しそうなのがほっこりするんですよ!」
桃花にも自分にも興味を示さない人間は異常だ、と言い切っていた昨日の紅を砂映は思い出す。
そこに「もし否定されたら受け容れる」という空気は微塵も感じられなかったのだが。
「けど、この相方の緑久さん、七年前に死んじゃったらしいんです。情報空間にまとめがあって、まあ詳細についてはどこまで本当かわからないんですけどね。この人も魔術師だったらしいんですけど、なんか、魔物に殺されたらしくて」
「魔物に」
「人の姿をして、言葉を話せる魔物だったらしいですよ。かなり強い人だったのに、卑怯な不意打ちをされて殺されてしまった・・・・・・って」
「人の姿をした魔物」
「正直なところ、緑久さんが亡くなった後のはあんまり面白くないんですけどね。でもなんかそういう背景を知ってしまうとつい応援したくなるっていうか。最近は魔法に関する豆知識、とか、癒やしの歌、とかでまた人気出てきてるみたいで。魔物に対しての過激な発言で炎上したりもしてたみたいですけど」
砂映はまじまじと、石板電話に映し出された紅の姿を見る。
(そんなことを言われても)
そんな背景を知ってしまっても、涼雨を魔物女と呼ぶ紅のことは許せないし、涼雨を殺されるわけにはいかない。
「とにかく、紅に会ったって言ったら明輝良も食いついてきて!私もサインもらっておくべきだったなって後悔したんですよ。またここに来ないですかね紅さん」
「ど、どうでしょう」
何とか砂映は言った。
来れば、砂映の施した記憶消去がきちんと効いているか確認ができるかもしれない。
けれど・・・・・・
「ちょっと!私を無視して話し続けるなんてどういう了見なの?このお店はどうなっているの!?」
その時、いつのまにか店内に入って来ていたらしい客が切るような大声を上げた。
隅で知り合いとお喋りをして動画を観ていたのはたしかに店員として褒められた態度ではない・・・・・・のだが。
砂映の肩は過剰にびくりと跳ね上がった。
(え、なぜ、今、ここに)




