06.おそるべき魔女の痕跡
魔女という言葉の意味にはいろいろある。一般では、魔法や魔術を使う女性、を単純に指して使われることもある。
けれど魔術に関わる者が使う場合は、魔女とはほぼ「魔術協会に所属せずに魔法を使う者」のことを言う。魔術協会が認める「魔法技術」を「魔術」と呼び、それ以外は「魔法」と呼んで区別されることが多い。「魔女」が使うのは「魔法」、逆に言うと「魔法を使う者」がすなわち魔女で、これには男性も含まれる。魔術協会に所属せずに魔法を使うことは違法であるから、魔女はほぼ犯罪者である。そして魔術師や魔道士の仕事の一つに、「魔女の捕縛」がある。
「ふふ。この桃花はね、『魔女』の痕跡を、『魔女』と接触した人間から察知できるという希有な能力を持っているんだよ」
紅は優雅に微笑みながら言った。
てっきり紅は桃花を止めてくれると思っていたので砂映は驚いた。
「ちょ、待ってください。魔女といっても」
「安心したまえ。この桃花も、元は私が捕縛した魔女だ。悪いようにはしない」
「いえ、その・・・・・・確かに彼のまわりには、魔女、と言える人たちがいますが、今はすでにもう、協会に登録済なので!」
砂映は必死に言った。
「ん?そうなのかい」
「はい」
「・・・・・・桃花、『出力』はできるかい?」
「もちろんです」
桃花が祈るように手を胸の前に組み合わせ、その両手を開くと、そこには淡い色の炎のようなものが生まれていた。桃花が手を開いていくと、それだけ炎も大きくなる。一抱えほどの大きさになった炎を、紅は首を傾けて覗きこむと、その中にすっと手を差し入れた。
「ふうむ。女が三人。男が一人」
しばらくして炎から手を抜くと、紅は今度は空中を切り抜くような仕草をした。やっているのは石電での情報空間閲覧と同じこと――――というか、この魔術を一般人でも誰でも使えるようにしたものが、石電等の情報端末である。
紅が確認しているのは、魔術協会の情報倉庫のようだった。術者による情報空間での検索は言葉や画像だけではなく、ある種の「感覚」や「魔力特性」などでもできるのだという。協会の情報倉庫の中でも、魔道士や一部の魔術師など、協会内で上位の職種の一握りの者しか閲覧できない部分には、協会に所属しているすべての術者と、過去の在籍者を含むすべての魔術学校生、そして協会が把握しているすべての「魔女」の情報も保存されているらしい。もちろん砂映のような末端の術者には、閲覧権限はないが。
「男は魔術学校の学生か。学生は制御が未熟ゆえに『魔女』と誤認されることはよくあるが。名前は明輝良・T。いや待て・・・・・・。事件を起こして捕縛されている?『魔女』の共犯・・・・・・罪状は変身の術の使用。事件を起こした魔女はその叔母か。母親も、魔女の一族」
紅は空中にできた水面のような透明な渦をじっと眺め、時々小さく手を動かしながら呟いた。
「息子と妻、その妹というわけか」
「彼の義理の妹さんと息子さんは、魔術協会で保護観察中です。奥さんは魔女の一族とは言ってもむしろ事件の被害者で、どちらにせよ今回のことを機に『登録』しているので!」
砂映は必死で言った。
基本的には魔術学校を卒業した人間=魔術協会の認定資格を持った人間以外が魔法を使うことは違法であり、協会とかかわらずに魔法を使う存在は「魔女」とされ捕縛の対象である。だが、この「魔女捕縛」に際しての特権――――抵抗された場合は致傷致死もやむなし――――を悪用し、その大義名分の元で理不尽な暴力を振りかざしたりする魔術師や魔道士もいる。さまざまな事情により魔術学校での教育を受けずに魔法を使っている個人も一定数いることから、グレーな対策として「魔女」の協会登録の制度ができた。登録をすると、捕縛された魔女同様にその魔力状態が常にモニタリングされる術をその身に受けることになるが、「魔女」として協会の人間から追跡や攻撃を受けることは避けられる。
「・・・・・・失礼した。積多・T殿。そのような事情なら」
情報倉庫には、関係者として積多の個人情報も登録されているらしい。
紅の美しすぎる容姿とたたずまいに気圧されつつ、いきなり名前を呼ばれた積多は顔をしかめる。
「私は早く仕事に戻りたいんですがね。出してもらえますか?」
「・・・・・・桃花」
紅に促され、桃花が小さく呪文を唱える。
「じゃ。先生。また来ますね」
積多は砂映に向かって頭を下げると店を出て行った。からんころん、と扉の鐘の音が鳴った。
けれども扉があるはずの場所は、砂映の目からは相変わらず空白のままだった。積多の動きや鐘の音の感じから、おそらく積多は普通に店の扉を開けて出ていったのだろう。けれど砂映に見えたのは、空白の中にすうっと溶けるように消えていく積多の姿だった。
「あの、空間をもとに戻してもらえるとありがたいんですけど・・・・・・」
おずおずと砂映は言った。今この空間に残されているのは、術を行使している桃花と桃花に指示を出している紅を除くと自分だけである。
「お客さんが来るかもしれないし・・・・・・あ、一時過ぎてる。昼休憩中の札を外してこないと」
お昼のうどんも食べ損ねていた。
カウンターの隅に置いたどんぶりの中で、冷えた麺が汁を吸ってふやけきっている。
しかし桃花は冷ややかな目で砂映を見ると言った。
「そうはいかない」
「なぜ」
「言ったはずよ。おまえたちからは何人もの『魔女』のにおいがする、と」
「いえ、だから積多さんの・・・・・・」
「あの男の親族のことはもういい。問題はおまえだ」
「へ?」
険のある表情のまま、桃花は再び呪文を唱えた。
砂映にはよくわからなかったが、どうやら結界がさらに強化されたようだった。さっきまでは扉だけが空白だったのに、今は店の中全体が白く霞んで別の空間のようになっている。薬の棚も、カウンターも、うどんのどんぶりも、白い靄の向こうにかすかにそれとわかる程度だ。
救いを求めるように、砂映は紅の方を見た。
紅は、優雅に手を動かしながらじっと空中の渦に目を向け、情報の探索を続けていた。砂映と桃花の会話は聞いていたらしく、視線はそのまま唇だけを微笑みの形にすると、言った。
「桃花が感知した魔女は、女が三人、男が一人」
「え、でも」
戸惑う砂映に、紅はようやく顔を向ける。そのまま言葉を続けた。
「そう。人数が合わないだろう?積多氏に接触痕跡が残っていた魔女は三人。そしてもう一人は、君だけに接触痕跡がある」
「でも、私は魔女の知り合いなんて」
「ふふ。登録済・・・・・・いわゆる『首輪付き』ではない正真正銘の『魔女』が、自分は魔女です、などと触れ回るわけがないだろう。しかも」
「しかも?」
「そうか君にはわからないか。砂映・K。魔術学校の卒業生で、君ほど魔精感知能力が低い者がいるとは本当に驚きだ。その『魔女』の魔力の強さと言ったら・・・・・・一般人でも『何か』感じる者が大半ではないかと思われるのに」
「俺の魔精感度が低いのは、ええとそれはすみませんとしか言えないですが・・・・・・」」
「まさかたまたま訪れた店で、こんなことがあるとはね。深澄水なんてなくても構わないと思っていたけれど。これは村江に感謝だな」
「あっ深澄水がご入り用だったの・・・・・・紅さんだったんですか」
「マネージャーがわりの村江が、こだわる方でね。それで桃花に頼んだんだが。しかしもう不要だ。今日のイベントはキャンセルする」
「えっ。重要なお仕事だって言ってたのに」
「吟遊詩人の活動も、私は大切に思ってはいるけどね。それどころではない」
「それどころではない」
「おそろしく強大な力を持つ魔女。今からさかのぼること二十四時間以内に、砂映・K、君はこの百年で存在したあらゆる魔法使いの中でも一、二を争う魔精力を持った『特別な魔女』と接触している」
「へ」
「昨日の午後から今日のこの時間までに接触した人間。対面した人間だけでなく、空間接続で接触した人間も含めてだ。強大な魔力を持った人間が、その中にいる。一人残らず思い出せ」
「強大な魔力・・・・・・あ、魔道士雷夜と今朝通話しましたけど・・・・・・」
「桃花を見くびらないでくれないか。魔術協会管轄で正規の訓練を受けた者は、必ず『しるし付きの魔精力制御』をしている。先程の積多の息子のように、特異な魔精力を持ち、かつ未熟な制御しかできない学生だと稀に判断が難しいこともあるが、『しるし付き制御』のきいた『術者』の魔精力とそれ以外は区別して感知することが可能だ。プロのそれについて間違えることはありえない。桃花の術は明確に、『しるしなし』でありながら魔法を発動したことのある魔精力の痕跡をあぶりだす」
「あ、そうなんですか・・・・・・」
協会管轄の訓練機関、すなわち魔術学校で訓練は受けたものの、「そのやり方」しか知らない砂映には、「しるし付き」だのと言われてもまったくピンとこない。感覚が乏しい分、砂映は人よりも教師の説明はよく聞いていたはずだが、そんな話をされた覚えはまるでない。
「その『魔女』の魔精力は、協会の情報倉庫の検索で一切該当がない。どういうことかわかるかい?」
「すみません、さっぱり」
「たとえば魔道士雷夜、この店の店主の魔術医師途季、君や私のような、協会所属の術者。先程の積多の息子のような魔術学校の生徒。積多の妻や義妹、この桃花のような登録済魔女。こういった者については、協会の情報倉庫で魔精力を検索すれば個人情報がすぐさま出てくる。さらに、未登録の『魔女』についても、何万件もの情報が蓄積されている。捕獲に失敗して逃げられたような、いわゆる『指名手配状態』の魔女についてはもちろんのこと、街ですれ違った名前も知らない『魔女』・・・・・・協会が喧伝しているよりも実ははるかに多いんだが、大抵術者はそれほど暇ではないからね・・・・・・あまりおおっぴらに言えることではないが、『魔女』の存在に気づいても、何かおかしなことをしている気配があるとか、余程力が強かったり特殊性があるという以外は、感知した魔精情報の登録だけして放っておくこともめずらしくはない。しかしこの『魔女』については、一切情報がない。もしも街を歩いていてこの魔精力の持ち主に出会ったとしたら、すべての用事を投げ打ってでも追跡するレベルだというのに」
「ええと・・・・・・つまり、すごい力を持った『魔女』さんがいて、その『魔女』さんと私がこの二十四時間内に接触している痕跡があって・・・・・・でも、その『魔女』さんは、今までは一切、その存在の痕跡を残していなかった」
「あるいはその痕跡は、すべて消されている」
「消されている?」
「その『魔女』についての情報倉庫における情報はすべて抹消済ということだ」
「あ、そんなことができるんですか」
「本来ならできない。あってはならない。が、協会には派閥もあれば闇もあるからね」
「はあ」
「凶悪な力を持った『魔女』を、隠匿している術者がいる。その術者が、その『魔女』を自らの術で厳重な制御下に置き、二十四時間三百六十五日、他の術者には感知されないようにしている。だが、これほどの魔精力だ、制御を超える事態も当然起こりえる。その事態によって、君にその魔女の魔力痕跡が残った。接触した人間から魔女の痕跡を察知する魔法は、桃花のように精度の高いものはめったにないものの、できる人間は他にもいないわけではない。だが、情報倉庫に一切それらしいものがないところを見ると、その術者は常にそういった痕跡すら念入りに消去していたのだろう。今回はたまたま、消すのが間に合わなかった」
「『魔女』を隠匿・・・・・・って」
いまいち理解が追いつかず、砂映は考え込んだ。
傍らで結界を維持している桃花は、毛を逆立てた猫のように張り詰めて、ずっと険しい目で砂映のことをにらんでいる。視線が痛い。なんでこんなに敵視されているのだろう、と砂映が思っていると、
「桃花。この砂映くんは、たぶん何も知らないよ」
深い響きのある声に苦笑をにじませて、紅が言った。
「紅様。・・・・・・ですが」
「彼が、私の術をはねのける程の術者に見えるかい?・・・・・・あ、本人の前で失礼なことを言ってすまないね」
不意に紅に謝られ、「へ?いえ」と砂映は間抜けな声を出す。
「確かにこいつ自身は、術者であることが信じられないレベルですが・・・・・・魔道士雷夜であれば、操作や洗脳もできるでしょう」
「『魔術』であれば私にはわかるさ」
「ですが」
「私が魔道士雷夜の術を見抜けないと、そんなにも桃花は思いたいのか?」
「いえ」
砂映はしばらく二人の会話を聞いていた。
そういえば、桃花がはじめに激昂した時、「おまえたちは雷夜の配下か」とか言っていたような。
「あのう。あんまりよくわかってなくて申し訳ないんですが。もしかして紅さんたちって、魔道士雷夜のことを敵視してますか?」
砂映は訊ねた。
「ふふ。自白系の術はもう解除したんだよ砂映くん。随分ストレートに訊くんだね」
紅が言った。どうやらさっきまでの会話中は術をかけられていた、らしい。砂映にはまったくその自覚はなかったし、解除された今も自分がいつもと違う感じになっていた感覚はまるでない。これまでの経験上、それは砂映がその手の術にかけられたことに気づきにくいのではなく、ほとんど術が効いていないということのようだ。実際、砂映は洗脳や催眠等の精神操作系の術にかかりにくい魔精体質だと何度か指摘されたことがある。けれどこのような時、効いていなかったことがわかると術者本人は大抵驚くので、術をかけた本人には、術が効いていないということはわかりにくいものらしい。
「さっき紅さんが仰った、『魔女』を隠匿している術者というのは・・・・・・つまり、魔道士雷夜がその『魔女』を隠匿しているんじゃないかって、お二人はそう思っているということでしょうか」
砂映が訊ねると、紅はその問いには答えずに、質問に質問を返した。
「君は『三聖獣の魔女』というのを知っているかい?」
「いえまったく・・・・・・」
「『三聖獣の魔女』はその生死すら不明だが、私は以前から、魔道士雷夜が『三聖獣の魔女』を隠匿している可能性を疑っていた。魔道士雷夜が住むこの町で、一切情報が残っていない強大な魔精力を持つ魔女の痕跡――――私は、君に接触した魔女は『三聖獣の魔女』ではないかと思う」
「はあ」
「この『三聖獣の魔女』については、本にまとめられて出版までされたからかなり有名なんだがね。プライバシー保護のため、執筆者を含めほぼ匿名となっているが、生い立ちから何から、物語めいた書き方をされていたので魔術専門書でありながら一般でも結構売れたんだ。タイトルもそのものずばり、『三聖獣の魔女』。副題に『ある少女の物語』とあったかな。たしか六年か七年程前だったと思うが・・・・・・」
六年か七年程前といえば、砂映は三十歳か三十一歳。魔術学校中退後に入った一般企業でがむしゃらに仕事に打ち込み、魔術や魔法というものからは最も距離を取っていた時期である。たとえ本屋でそのような本が平積みにされていたとしても、興味を向けたりはしなかった可能性が高い。
「その本は、平たく言うと『三体の魔精生物と融合して生まれた女』の話だ」
「魔精生物と融合・・・・・・」
「胎児の段階で魔精生物に取り憑かれた場合、大半は死産、または誕生後まもなく死に至るが、奇跡的に生き延びた場合は強大な魔精力を持つとされる。人為的にこれを行なうのは邪法も邪法、魔術協会として絶対に許すわけにはいかないが、反面、一部の魔法研究者にとってはこの領域の情報は喉から手が出るほど欲しいものでもある。その娘は、協会の管理の下で育てられた。この本は、その記録だ。その女は本の中では、『少女L』と呼ばれている。おそらく君と同世代」
魔精生物と融合して生まれた人間が存在するということ自体、砂映が知ったのはつい最近のことだ。雷夜がそれだと聞かされた。魔術学校でも、そういった存在がいるということすら、教えられることはなかった。
(少女L)
昨日から今日にかけて、関わった女性。石電で通話をした、または会った、近い世代の女性。
(竜菜ちゃんと、今朝話をした・・・・・・)
同世代というには竜菜は少し若いように思うけれど――――彼女は特殊な護符宝石を身につけていた。砂映の石電の誤作動については、砂映の家で起こったことだから関係ないだろうけど、店の鍵の誤作動の方に影響した可能性はないだろうか。普段はなされている制御が何らかの理由で一時的に破れたために、漏れ出した強力な魔精力によって、魔法製品の不具合が引き起こされた、というようなことは。
「・・・・・・その、少女Lさんについて・・・・・・本の内容について、もう少し詳しく教えていただいてもいいいですか?」
慎重に、砂映は訊ねた。
「いいだろう」
美しい吟遊詩人は微笑んで、語り始めた。




