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56.竜菜

 破れ目のところに、人影が現れた。

 ――――おかっぱ頭の、小柄な人間のシルエット。


「よいしょ、っと」

 若い女性らしき、やけに呑気な声が響いた。


竜菜りゅうなちゃん・・・・・・?」

 砂映さえいは思わず驚きの声を上げた。


 結界の中に入ってきたのは、砂映の働く途季とき魔法薬店のお向かいのパン屋さんSAKIの、竜菜だった。


 いつもどおりの飾り気のないトレーナーとズボンの上下という格好をしている。こちらに人がいることに気づいていないのか、どういうつもりで入って来たのか、博物館や美術館で物珍しげに展示を眺めている人のように、どこか楽しげな顔をして白い空間を見上げている。その様子は、なんだかあまりにも場違いだった。


 砂映があっけにとられていると、雷夜らいやが口を開いた。

「詳しい説明をしている時間はないんだが、砂映、これから俺たちは、おまえを除いて全員意識を失うことになる。おそらくおまえにはほぼ影響がない。活動における魔精への依存度が低いからな。だが、俺と涼雨りょううとそこの二人、魔術や魔法を使えるレベルに魔精力がある人間は、意識を保っていられなくなるし、数日魔精力が使えなくなる」


「へ?」

 突然の説明に砂映は混乱したが、


「それと先日の明輝良あきらについてだが。砂映。明輝良の予後は問題ない」

 時間がないと言いつつ、魔道士雷夜は唐突なことを付け加えた。


「すみません、どういうことか」

「『串虞草くしぐそう』はまだあるのだろう?おまえの腕は問題ない、と言っている」


 そこまで言われて、事態はよくわからないものの、砂映も今雷夜の言わんとすることを察することはできた。


 魔術師(くれない)桃花ももかの記憶を、串虞草くしぐそうを使って消せ、と言っているのだ。


 先日の芋虫事件での、犯人の一人だった明輝良あきら

 明輝良を止めるために、砂映は術を伝授されて以来初めて、「魔躁師まそうし」としての術を使った。魔草まそうを使って明輝良を攻撃した。そうしてその後、「魔躁師」の秘密を守るべく、彼の記憶を消した。魔道士雷夜にはそのすべてを知られてしまったが、魔道士を倒してその記憶を消すなどということはできるはずもなく、魔道士雷夜はその秘密を共有する人間となったわけだが。


 記憶操作、すなわち精神干渉に分類される術は――――厳しい検証を経たいくつかの術を除くと、ほとんど「禁術」とされている。脳への影響は、未知数だからだ。下手をすると廃人にしてしまうかもしれないし、そこまで行かなくても、人格や精神に、洒落にならない傷や歪みを与えてしまう可能性は充分にある。


 だから砂映は明輝良あきらの状態を、ひそかにずっと気にしていた。


 ――――魔躁師まそうしとして記憶を消すために必要な条件。それは、相手が人事不省に陥っていることだ。魔草で攻撃をして、気を失っている相手に術をかける。 


 魔躁師のことだけではない。涼雨に関する記憶も、魔術師紅と桃花から消すことができたなら。


「そ・・・・・・それ、は、わかりました。けど、意識を失うって・・・・・・雷夜も? 竜菜りゅうなちゃんは、一体」


「これから竜菜に魔精の『深呼吸しんこきゅう』をさせる。本来なら俺の家でやりたかったんだが、タイミングが来てしまった。この状況だから、今ここでやるしかない。途季ときも察知しているだろうから、おそらく十分ぐらいしたらここに来るだろう。手間をかけて申し訳ないが、俺と涼雨りょううは途季と竜菜と協力してうちに運んでくれ。この魔精空間は俺が気を失っても維持されるように設定しているが、かなり脆弱にしてあるから簡単に壊せる。紅はそれなりに魔精力があるし、さっき入れた攻撃には時限で治癒も仕込んであるから大丈夫だとは思うが、まあ、できれば去る時に黒魔術救急でも呼んでやってくれ」


「『深呼吸』?ちょ・・・・・・ちょっとどういうことか頭が追いつかないというか、その」


「『魔精過剰循環症候群ませいかじょうじゅんかんしょうこうぐん』。生き物は、呼吸のように魔精を吸ったり吐いたりしているが、個人差はあるものの通常はあまりにも微量なので影響がないし意識もされない。だが、稀にこの『呼吸』が過剰で、その過剰さによって自身がダメージを負い不調を起こす者がいる。難治性の魔法疾患の一つだ。通常は『呼吸』を抑制する術をかける等で治療するんだが、竜菜の場合は事情があってちょっと特殊な対応をしている。定期的に『深呼吸』――――規模の大きい魔精交換をさせてやる必要がある」


「りゅ、竜菜ちゃん、って・・・・・・つまり雷夜の患者さん・・・・・・」


「竜菜は俺の患者で、妹だ」


「妹!?」

 砂映は思わずすっとんきょうな声を上げる。


 雷夜はそれにはかまわず、砂映の傍らで、再び座りこんでいた涼雨に今度は呼びかける。


「本当は、『これ』の前におまえに竜菜を紹介するつもりだったんだが、涼雨。・・・・・・今回の件は、言い訳をさせてもらうなら、竜菜とおまえの魔精体が最悪なタイミングで接触したことに原因がある。五日ほど、竜菜と俺は完全に『遮断』をする必要があった。俺に関わるものは竜菜に接近するとすべて無化や回避が生じる術を仕掛けてあったんだ。それによって、俺の術で存在許可をかけていたおまえの『蝙蝠こうもり』は消されたし、術に不具合が生じておまえの状態も俺に届きにくくなった。多少の異変の警報はあったから、早めに対応しないといけないとは思っていたんだが、ここまでの状態になっていることは今朝も気づいていなかった」


「それはいいけど・・・・・・つまりこれから何が起こるの?」


「この場の人間は、強制的に竜菜と多量の魔精を交換することになる。通常、活動において魔精力に頼っている割合が高い俺たちは、これによって意識を保っていることもできなくなる。・・・・・・元々、今回の『深呼吸』にはおまえにも協力してもらおうと思っていた。強い魔精力のある人間が俺以外にもいた方が、反応が分散して予後がいいという想定だ」


「あんたの説明って、ほんと不親切よね。すごくわかりにくい」

 涼雨は言った。魔道士雷夜に向かって、随分と容赦がない物言いをするんだな、と砂映は少しびっくりする。


「すまないな。とにかく今から俺たちは意識を消失する、という話だ。今度もう少しましな説明をする。とりあえずは俺の妹の『治療』の協力を頼みたい」


「このマントは?返さなくていい?」


「おまえへの術はまだ中途半端な状態だ。それがある方がましだろう。そのまま持っていてくれ」


「そう?」


 座った涼雨が膝に抱えるように持っている、雷夜の黒いマント。

 その肩にはおっている、砂映の白いマント。


(何の魔術的効力もない俺のマントより、雷夜のマントの方が涼雨さんを守ってくれるのかも)

 ふと、砂映は思う。

 それは、そのまま、マントだけの話ではなくて・・・・・・


(いや、今はそのことはとりあえず考えない!それどころではない!)


「なんかでも、昨日竜菜ちゃん、雷夜のことは知らないって言ってたけど・・・・・・それに今も様子が」

 気持を切り替えて、砂映は疑問を口にする。


「完全な『遮断』のために、いくつかの意識操作もかけてある。今は俺のことを『忘れている』状態だ。とはいえ、意識操作をかけていても何かのきっかけで思い出すことはあるし、あいつは耳がいいから・・・・・・言霊ことだまが届いて無意識に影響を及ぼすこともあるし・・・・・・昨日のおまえとの電話のニアミスは危険だった。『遮断』が中途半端だと、『リセット』が充分なされずに厄介な状態になる。が、どうにかうまくいったようだ」


「ええと、つまり竜菜ちゃんは雷夜のことを元々は知っているけど、意識操作で今は一時的に『知らない』状態になってる、と・・・・・・?」


「ああ。そして『リセット』が完了したから、もうすぐ『遮断』が切れる。『遮断』が切れる時には俺の目の前にいるように術が『設定』されているから、竜菜は今ここに来た。いわゆる催眠魔術だ。本人はなぜ今ここにいるのかわかっていないし、『その時』が来るまでは俺を認識しない」


「催眠魔術」


 散々話題になっていたけれど、実際に目の当たりにするのは、砂映は初めてだ。

 おそらくは協会認可の合法な催眠魔術なのだろうけど。

 それでもこんな風に、自分でもよくわからないままに他者に操られて行動させられる、というのは、たしかに怖ろしいことなのかもしれない。


 日常的に何となくいつも感じのよい笑みを浮かべている、その表情のまま、竜菜はふいに砂映たちのいる方へ――――厳密には魔道士雷夜に向かって、歩き始めた。この場所、この状況をどう認識しているのかわからないが、その途中で倒れている魔術師(くれない)を目にすると、「大丈夫ですか?」と心配そうにしゃがみこんで傍らの桃花ももかに訊ねた。紅の傍に座りこみ、「これから全員意識を失う」という魔道士の説明を砂映以上に理解できずに聞いていた桃花は、この空間ではあまりにも場違いなその「普通っぽさ」と善意に圧倒されて、何も返すことができなかった。気遣う様子を見せながらも案外さらりとその場を後にすると、竜菜は機嫌よく首を揺らすように再び歩いて行き、雷夜の正面に立った。


 雷夜は静かに呪文を唱えた。

 雷夜と竜菜は、雷夜の方がほんのわずか背があるものの・・・・・・ほとんど同じくらいの目の高さである。


「・・・・・・」

 竜菜は軽い笑みを浮かべたまま、この空間を物珍しげに眺めていた時と同じ表情で、魔道士雷夜をじっと見つめていた。


 魔道士雷夜は呪文の詠唱を終えると、目の前の竜菜に向かって手をかざした。


 竜菜のトレーナーの襟ぐりから、昨日砂映が見た、大ぶりの宝石の護符のペンダントがふわりと浮き上がり、強い光を発したかと思うと、急激に輝きを失って服の上に落ちた。


「・・・・・・」

 竜菜はしばらく自分の胸元の石を見ていた。

 それからふいに顔を上げて、再びまじまじと雷夜を見た。


 やがて、その表情に変化が訪れた。まるで花がほころぶように、竜菜の顔は満面の笑顔に変わった。

 嬉しくてたまらない。幸せでたまらない。

 そんな顔をして、竜菜は呟いた。


「おにいちゃん」

※明輝良との戦い、記憶消去のエピソード:

「きらへっぽ~嫌われ魔道士へっぽこ魔草師~芋虫事件」

チャプター14.本性

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