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52.最悪な女

 (くれない)は、美しく微笑んだ。


 砂映(さえい)のマントを羽織ってただ座ったままどうすればいいのかずっとわからずにいた涼雨(りょうう)に向かって、(くれない)は視線だけを向けた。「あ・・・・・・あ?あ、あっ」突如襲った混乱と悲痛に、涼雨は悲鳴を上げた。魔道士雷夜(らいや)が組み上げた、幾分修復され始めていた術式が、魔術師(くれない)の見えざる魔術によって、容赦なく引き剥がされ、破壊されていった。


 すべての封印と拘束の術が取り払われ、それでも涼雨は、今の涼雨はまだ心も肉体も魔精も涼雨のままだった。


 けれども今、魔道士の庇護もすべて奪われた、ありのままの無防備の身で何かを食らって、理性を保った人間のままでい続けられる自信は、涼雨にはなかった。


(・・・・・・当然の、罰かもしれない)

 自分が助かるかもしれないなんて、そんなことははなから思っていなかった。


 けれども、何としてでも涼雨を殺されまいとがんばる砂映を、他の誰かを傷つけてでも、たとえ誰かを殺してでも、涼雨を守ろうとする砂映を、涼雨はずっと、止めもせずに眺めていた。


 自分のために罪を犯そうとしている好きな人の姿を、死んでしまう自分へのせめてものご褒美のように、こっそりと、内心ひそかに歓びさえ感じながら見ていたのだ。


(私は、最悪な女だ)

 最悪な女なのだから、好きな人に凶悪な姿を晒して、その目の前で討たれるのが、やはりふさわしいのかもしれない。魔物と化した涼雨がどれほど暴れても、この魔精空間の中でなら、砂映を傷つけるおそれはない。


 醜い姿で退治されるさまを見せることで、きっと、大好きな人を自分から解放してやれるだろう。

 すべて、魔術師紅の言うとおり。 


(最悪な女すぎて・・・・・・涙出る)


 自分は何て、利己的な生き物なのだろう。

 本当は、死にたくない。

 本当は、砂映に永遠に愛されていたい。


 哀しみと恐怖と未練と・・・・・・いろいろな思いが次第に膨れ上がってくる。この、一切の術から解放された丸裸の状態でこんな風に感情が高まって、そこに攻撃なんて受けたりしたら、自我など一瞬で吹き飛ぶにちがいない。すぐさま涼雨の身体も涼雨の意識も失われ、感情だけの、一匹の魔物になりはてる。


(さようなら、砂映くん)

 涙で見えづらくなった目を向けて、涼雨は心の中だけで呟いた。


「涼雨、さん?」

 突然悲鳴を上げた涼雨に驚いてはいたものの、砂映には、今、涼雨がどのような状態になっているかは把握できていなかった。涼雨は涼雨の姿のままで、今は魔精体がはみ出すことさえしていない。桃花という人質を抱えて紅に要求を突きつけている砂映が、砂映だけが、事態が動いたことを知らずにいた。


「楽に死なせるわけにはいかないからね。まずは存分に暴れてもらおう」

 言いながら、魔術師紅は美しい彫像のようにすらりと腕を伸ばし、涼雨に手のひらを向けた。


 呪文の詠唱えいしょうが始まる。

 その手に光が宿る。


 黒魔術による攻撃に対して、魔精面を開いていない砂映は完全に無力である。跳ね返すことはもちろん、その身を盾にすることさえできない。術は砂映をすり抜ける。


 それでも咄嗟に砂映は走った。人質として抱えていた桃花を思わず放り出し、涼雨のその身を紅の攻撃からかばうために、無駄なことだと思い至る余裕すらなく、走った。


 砂映に放り出された血まみれの桃花は、そのまま床に転がるはずだった。


 けれどもその身体を、その時支えた手があった。

 厳密には、支えたのは手ではなく、魔術の作用であったけれど。

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