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49.桃花の苛立ち 砂映の反論

 結界にもさまざまな種類があるが、戦闘向けの隔離結界の一種、「魔精空間」内というのは、大抵どこまでも空白で、結界を作った術者――――すなわち結界主、によって「入れられた」者たちのみが存在している。


 白い床に、砂映さえいのマントを肩にかけて座りこんだ涼雨りょうう

 涼雨りょううを背にして立っている、砂映さえい

 真っ赤なマントを身に纏った、美貌の魔術師(くれない)

 結界を生成し維持をしている「主」は、レオタードに似た露出の多い衣服に安っぽいマントでコスプレめいた雰囲気を出している、魔女の桃花ももかである。


 桃花に向かって「魔物女」涼雨は頭を下げた。命乞いではなかった。自分は退治されるから。その前に、砂映は結界の外に出してほしい。そういうお願いだった。


「・・・・・・気に入らない」

 付け睫毛(まつげ)の重みを煩わしく感じながらまばたきを繰り返していた桃花は、ついに我慢の限界が来て吐き捨てた。もちろん紅に命じられたからやったのではあるが、「やめて」と懇願する女を男もろとも結界に放りこみ、好きな男に異形の姿をさらけ出させるのはこの上なくいい気分だった。自分以外の女が男に責められたり罵られたり嫌悪を向けられたりするのを見るのが、桃花は大好きだ。ところが実際に見せられたのは、女が男に受け容れられ、愛を告げられるさまだった。紅が女を何度も魔物呼ばわりしているが、はっきり言って逆効果だと桃花は思った。紅が女を貶めれば貶めるだけ、男の愛は燃え上がっている。調子に乗った女の方は、まるで悲劇のヒロインみたいに自分に酔った台詞を吐き、再びこちらに「お願い」と来た。


 桃花はかつかつと歩き出すと、砂映に向かって「どいてくださる?」とささやいた。身長差があるので相手の顔に自分の顔を近づけることには限界があったが、谷間の覗くぴったりとした衣装の胸を思い切り突き出して上目遣いで迫ったので、相手は思わずうろたえたように一歩引いた。ふふ、と微笑み、ほんのりと流し目を残しながら進むと、座りこんだ涼雨の前に立つ。とまどう表情をしている涼雨を桃花は見下ろし――――ヒールの高いロングブーツの足を振り上げると、その顔面を蹴りつけた。


 がつん、と音がした。


「あれ?」

 透明な板のようなものに阻まれた――――ような感じで、桃花の足は涼雨の顔に到達する前に何かにぶつかった。


「また忘れてしまったのかい桃花。『魔精空間』は、物理的な攻撃は無効になるんだよ」

 後ろから、魔術師紅が言った。


「魔精空間」を生成するこの結界術は、桃花が紅の元で働くことになってから習得した「魔術」のひとつである。呪文と手順を覚え、発動できるようにはなったものの、その理論や詳細な法則などについて桃花はいまいち飲み込みきれていない。


「魔精空間」とは「魔精次元のみが有効な空間」だ。

 魔物の討伐、あるいは魔術者同士の決闘などで用いられるポピュラーな結界術の一つである。

 と、講師が説明したのは桃花も覚えている。が、その後の詳細な説明は、桃花には難しすぎた。


「魔精空間」では、魔精次元における干渉、すなわち黒魔術と黒魔法のみが攻撃手段として有効である。

「魔精面を開いている」生き物でないと魔精次元での干渉は有効ではない。生来「魔精面を開いている」のはすなわち魔精生物(魔物)だが、人間も訓練等で人為的に「開く」ことができる。「魔精面を開く」と黒魔術や黒魔法を使うことができるようになる、つまり「魔精次元での干渉」が可能となる。魔物は魔精次元の存在比重が高い生き物であるから、これを討伐するためには黒魔術または黒魔法を使うことが必須である。けれども魔精面を開くというのは、魔精次元に干渉できるとともに、魔精次元に干渉されるようになる、ということでもある。「魔精空間」において、「魔精面を開いていない」人間は、攻撃することができないかわりに攻撃を受けることもない。一方「魔精面を開いている」人間は黒魔術または黒魔法で攻撃をすることができる一方、攻撃も食らうことになる。


 ・・・・・・ややこしい。講習後の試験で桃花も一応丸暗記はしたものの、身についているとは言いがたい。

 が、紅にがっかりされるのは不本意だ。


「そうでしたね紅様。うっかりしていました」

 優しく教えてくれた紅に肩越しに感謝の笑みを向けると、桃花は小さく呪文を唱える。


 黒魔術も習いはしたが、やはり桃花は元々自分が使っていた「魔法」の方が使い勝手がいい。


 かつて紅に捕縛される前、夜の街を渡り歩いていた時によく使っていたオリジナルの魔法「りんの花」。鮮やかなピンク色の、本物のような花がぽこんぽこんといくつか空間に浮かぶ。愛らしい自分が使う魔法は、愛らしいものであるべきだ。男の前で、生意気な女たちにこれで制裁を加えるのが、桃花は何より好きだった。可愛い桃花が生んだこの可愛い魔法の花が顔に貼り付くと、そこから皮膚は焼け爛れ、食らった女たちは痛み苦しみ醜い顔に変わり果てる。その場の女で桃花だけが燦然と、ただ一人可愛く美しくあり続ける。魔精面への加害であるので適切な黒魔術治療さえ施されれば跡形もなく治されてしまうのが難点ではあったが、魔法を見るのさえはじめての人間も多く、そんな知識などない女たちが絶望している姿を見るのはこのうえなく愉しかったものだ。この魔法は黒魔術よりも「魔物の攻撃」に近いものに分類され、通常空間であれば魔精面を開いていない相手にも有効ないわゆる「反則技の黒魔法」に該当する、といったことを協会で拘束されている時に告げられたが、いわゆる「首輪付き魔女」になり桃花の魔精的活動はすべて協会監視下となった現在も、特に使用禁止は言われていない。魔精面を開いていない一般人を傷つけることはないはずの「黒魔法(黒魔術)」、それにあてはまらない「反則技」は厳しく取り締まられるはずだが、まあそれは、魔術師紅が桃花の魔女後見人――――桃花の行為一切の責任を負う立場になっているからなのかもしれない。


 目の前に突如浮かんだ花を見て、涼雨・Eは怪訝な顔をしている。綺麗な花を目にしてなごむ気持と、この状況下で出現したこれらが一体を何をもたらすものか、不安に思う気持。かつての女たちと同じようなその表情に、桃花は早くもぞくぞくする。


 が。

 涼雨・Eの肌に触れるか触れないか、という瞬間、ジュッと音を立てて花は消滅した。


「!?」

 何が起こったのか、桃花にはわからない。

 涼雨の肌には火傷ひとつできていなかった。

 この空間では物理攻撃は無効になるが、黒魔法は有効のはずなのに。


「ふ。攻撃に対する『守りの魔術』が随分と入念にかけてあるようだよ桃花。おかげで少し、この魔物女にかけられた魔道士雷夜(らいや)の術の構造が見えてきた。封印と拘束と抑制と制御。計測と検知と監視と警報。緩和と調整と沈静と鈍化。庇護と防御と反転と排除。現状は八割壊れているけれど、こんなややこしく絡み合った複雑な術式は見たことがない。しかもさっきからいくつか自動修復が働いているね」


 腕組みをして眺めていた魔術師紅が言った。


「今のは、魔道士雷夜の庇護、ということですか?」桃花の問いに、

「ああ。これを突破するのは、桃花にはちょっと荷が重いかもしれないね」

 紅は答えた。


 ――桃花は、魔道士雷夜が大嫌いである。

 が、それ以上に嫌いなのは、男が桃花以外の女を守る、とりわけ、桃花の攻撃から女をかばう、というシチュエーションである。魔道士雷夜の庇護を受けている、という事実に、桃花の涼雨への嫌悪はさらに燃え上がる。


「あの、桃花さん、ちょっとその」

 今の状況をどこまで理解しているか不明であるものの、その時砂映・Kが涼雨と桃花の間に割り込むように入りこんで来た。桃花はあえて無防備を装うように小さく口を開き、あどけなさを意識した表情で砂映を見上げた。涼雨・Eもまあまあ美人の部類ではあるが、年齢的にも容姿的にもふるまい的にも、女として何もかもにおいて桃花の敵ではないはずだ。


「砂映さん」

 これまでは呼び捨てにしていたが、あえてしおらしく「さん」づけて桃花は呼んだ。思ったとおり、相手は少し面食らったようである。


「あなたは騙されているのよ。この女に騙されているの。砂映さん」


「いや、騙されてないです。聞いてください桃花さん。紅さんも。お二人とも、たぶん誤解されてると思うんです。涼雨さんはまっとうに真面目に生きている人だし、何も悪いことなんてしてないです。涼雨さん、小学校の先生なんですよ。二人でご飯食べてる時に一度ばったり児童と親御さんに会っちゃったことがあるんですけど、なんというか、慕われてるいい先生なんだろうな、って。自分の彼女だから贔屓目に見てるわけじゃなくて。本当に」


「だからそれが騙されているということなの。あなたも、まわりも」


「そんな・・・・・・そんなこと言ったら、世の中の大半の人、まわりを騙してまっとうなふりをしているだけかもしれませんよ。俺だって」


「うふふ。面白いことを言うのね砂映さん」


「その、とにかく、涼雨さんを退治なんて、そんなの冗談・・・・・・勘違いですよね」

 必死に言い募る砂映に対して、


「君は結構物わかりが悪いんだね砂映くん。魔物退治も魔術師の仕事。そこにいる魔物女は、ここで退治しなければならない」

 紅は優雅に諭す。


「だから彼女は魔物じゃなくて・・・・・・っ」

 かっとしたように声を荒らげかけ、自分を落ち着かせるように息をつくと、砂映は口を開き直す。


「・・・・・・涼雨さんがあの本の・・・・・・『三聖獣の魔女』の『少女L』だとして。・・・・・・俺はあの本をまだ読んでいないので、紅さんが話してくれた内容しか知らないですけど。三体の魔精生物の魔精体が中にいて、今みたいにたまにはみ出ることがあるとして。あと、ちょっと視界を飛ばしたり、別の場所に現れたりができたりもして。それは魔法で、違法なのかもしれないけど。そりゃ、気づいた人はびっくりするかもしれないけど。けどそんな、そこまで害のあることじゃないし、それに、それは術で抑えられるんですよね。なのに退治って。何で退治なんですか。涼雨さんは人間です。雷夜だって人間で、魔道士やってますよね。他にも、数は多くないかもしれないけど、魔物と融合して生まれてきた人はいるんですよね。みんな人間ですよね」


「それが疑わしい、という話だよ砂映くん。人間社会に魔物が紛れ込んでいるというのは、おそろしいことだ。君が考える以上に、それは社会にとって脅威なんだよ。人間に擬態した魔物は、見つけ次第退治しなければいけない」


「それ、は、紅さんの考えで・・・・・・」


「そうだ私の考えだ。しがない魔法薬師(やくし)の君ではなく、一流の魔術師である私の」


「だって、・・・・・・おかしいです。こんなこと言いたくないですけど、『魔女捕縛の特権』を悪用する魔術師や魔道士が大勢いて問題になったから、最近になって『魔女登録』制度ができたんですよね。『魔女』に対してあまりにも悪質な仕打ちをしていたケースは、過去のことでも糾弾されて、少し前に三人くらい免許剥奪されたって。・・・・・・俺もつい最近まで全然そういうこと知らなかったけど・・・・・・。とにかく、誰だって間違えるんですから。ここで、紅さん一人の判断で、涼雨さんをどうこうするなんて、絶対、どう考えても、おかしいです。どうしてもって言うなら、魔術協会に涼雨さんを連れて行きましょう。そうだ。ねえ、それなら紅さんも納得できますよね?」


「ふふ。砂映くん。君はきっと、これまでずっと『普通』の枠内で、当たり前に社会に守られて生きてきたんだろうねえ。公の組織。公のルール。そういったものを無条件に信じている。だがね。昨日も言ったと思うが、魔術協会には派閥もあれば闇もある。そして今の魔術協会は、危険な方向に傾いている」


「それは、どういう」


「魔物に甘い方向だ。意思の疎通ができる魔物や人語を解する魔物に対して、退治するのではなく活用すべし、などと言い出し始めた。最近の協会幹部はやけに魔物に寛容な者が多い。魔道士雷夜が裏で手を引いているにちがいない」


「で、でも、紅さんも協会所属なら、協会の方針には従った方が」


「義を見てせざるは勇なきなり。組織が間違った方向へ向かっているなら、それに逆らってでも正しい方向を目指すべきだ」


「いやだから、待ってください。どうして涼雨さんを退治することが『義』なんですか」


「それはこの女が危険な魔物だからだよ」


「だから、ちが・・・・・・」


 議論が堂々巡りになっている。


※ややこしい説明が多くてすみません。

■通常空間

魔物の攻撃や一部の黒魔法は、魔精面を開いていない人間にも有効。(黒魔術=合法な黒魔法技術 は魔精面を開いていない人間には無効)

■魔精空間(黒魔法、黒魔術、魔物の攻撃しか作用しない空間)

魔精面を開いていない人間は、攻撃ができない。

魔精面を開いていない人間には、あらゆる攻撃が無効。


※今この空間にいる人間で、砂映だけが魔精面が開いていない。

 涼雨は生まれつき魔精面が開いていた。(魔物は生まれつき魔精面が開いている)

 紅と桃花は魔精面を開いている。(黒魔法/黒魔術を使うために後天的に開いた)



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