48.涼雨(26)「愛していますよ」
(やっぱりこれは、夢かな?)
どこからが夢なのか。もう涼雨にはわからない。
「やめて」と叫んだ。けれども懇願むなしく砂映もろとも魔精空間に放りこまれてしまった。普通の人間――――「魔物ではない生き物」であれば、肉体と魔精体はまったく同じ見た目を持ち、特殊な術などで分離をしない限りは、ぴったりと重なりあっている。けれども今、涼雨の肉体からは魔物の姿の魔精体がはみ出している。どんなに魔精感覚の鈍い人間でも、魔精空間であればはっきりと視認できるだろう。明らかに、普通の人間ではない姿。それを砂映に見られてしまった。
もうとっくに捨てられていたはずで、だから今さら何を知られようとどんな姿を晒そうとも関係ないはずなのに、自分でも驚くほど、涼雨の気持は引き裂かれた。
(思ったよりも私は本気で、まだ捨てられてない可能性を信じていたのかな)
その場をしのぐためだけに利用しようと思った「小さな希望」。
魔物の姿を晒されて、砂映に見下ろされた時に、その小さな希望も砕け散ったと思った。
砂映のこぶしは震えていた。
(こんな魔物とつきあっていたなんて。こんな魔物を抱いていたなんて。ショックだよね)
座りこんだまま、その顔を、見上げる勇気は涼雨にはなかった。
「ごめんなさい」うわごとのように、ただ謝り続けていた。
相手が動く気配がした。
反射的に、涼雨は身体をこわばらせた。
(・・・・・・?)
あたたかな大きな手は、涼雨の頭を優しく撫でた。
思わず顔を上げると、大好きなその顔が・・・・・・砂映が間近で微笑んでいて、涼雨をまっすぐ見つめて言った。
「涼雨さん、愛していますよ」
(嘘だこんなの。そんなわけない。夢だ。これは)
涼雨には、信じられなかった。優しく背中をさすられて、抱きしめられて、気がつくと砂映がさっきまで身につけていた白いマントに包まれていた。
まるですべてを受け容れてもらえたみたいに。
(あるわけない、こんなこと)
信じることがあまりに怖くて、涼雨の意識は必死にそれを否定する。けれどももう、否応なしに気分は安らいでいて、心がほっと温かくなっている。もちろん封印と拘束による痛みと不快感は続いていたし、めまいや気持悪さが完全に消えることはなかったものの、驚くほどにしんどさが楽になっていた。
(こんなことあるわけ・・・・・・)
先程までとは違う涙が、涼雨の目にじわじわと湧いてくる。
(もしも夢なら、醒めないでほしいな)
砂映の背中を眺めながら、涼雨は思った。
(このまま、幸せな夢を見たまま、死にたいな)
「その魔物女は、存在自体が間違いだ。人として幸福に生きる権利なんて、その魔物女にはないんだよ」
魔術師が言う。
正論だ、と涼雨は思う。昔から、何度も言われた馴染んだ言葉。
今さら傷ついたりなんてしない。
「・・・・・・砂映くん」
涼雨は呼びかけた。魔術師に必死で反論している、砂映の背中に。
「はいっ」
あまり余裕がない時の、焦ったような顔のまま、それでも砂映は涼雨の方に振り向いた。
「ありがとう」微笑んで、涼雨は言った。
「えっ」
「ありがとう。・・・・・・あのね。お願いがあるんだけど」
「へ。何でしょう?」
「この結界を、今すぐ出て行ってほしい」
「え?」
「紅さんと桃花さん・・・・・・ですよね。今度こそ、お願いします。砂映くんをここから出してもらえないでしょうか。もちろん私は・・・・・・動きませんから」
「何言ってるんですか涼雨さん?」
「お願いだから。お願いだから。・・・・・・お願いします」
「そんなことしたら」
「お願い。これ以上は、本当に」
いくら涼雨の意識が死を受け容れていても、実際生き物として死が差し迫った時に、自分がどうなってしまうかはわからない。
凶悪な、蛇や狼の魔物そのものになって暴走する姿なんて、砂映には見られたくない。
「お願いします」
座りこんだままだったけれど、涼雨は頭を下げた。
「ここで私を、退治してもらってかまいませんから」
※砂映視点の同シーンは「24.涼雨(2)「愛していますよ」」にあります。




