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43.涼雨(21) 回想⑲ あの子は誰

 けれども夜、眠ろうとしてベッドに入った時に、ふと「蝙蝠こうもりが消された瞬間」の感覚が甦ってきた。魔精体の分身に過ぎないとはいえ、感覚が繋がっている、言ってみれば「自分の身体の一部」のようなものである。意に反して消されるのは、決して気持のいいものではない。


(何だったんだろう、あれは)

 分身の魔精体を自分で消したことは何度もあるが、他人に強制的に消される経験は数えるほどしかない。


(施設で暴れた時に雷夜らいやに消された。あの感じに似てた)

(あの女の子から、強い魔精力は感じなかった。魔術や魔法を使ったという感じもなかった。でもあの場にいたのは他は砂映さえいくんだけだし、砂映くんにはできるはずがない。だからあの子がやったとしか考えられない)

(つまり、あの子に退治されたってこと?)


 考え始めてしまうと、もう駄目だった。


(どこまでわかってたんだろう、あの子)

(何も知らないような顔をして。何も気づいていないような顔をしていたのに)

蝙蝠こうもりだけじゃなくて、私の存在にも、もしかして気づいて)

(未練がましく覗いていた私のことを、もしかしてわかっていて)

(もしかして、砂映くんから私のこと聞かされてて)

(砂映くんに浅ましく執着してるやばい女だと思って)


(違うのに。違う、単に、単に私は知りたかっただけ。邪魔する気はないし。危害を加える気ももちろんなかったし)


(でも、危害を加える気がないのなら、なんで「目」だけでなくて蝙蝠こうもり自体があそこに行ったの)


(本当に?本当に祝福できるの?受け容れられるの?)

(受け容れなきゃ。砂映くんには幸せになってほしいし)

(でも、あの子とはいつから?)


(砂映くん、まだ私とちゃんと別れてないのに。ついこないだまで私のこと好きだって言ってたのに)

(酷くない?砂映くん)

(違う違う。元々砂映くん、きっと無理してたんだ。悪いのは私)

(何てことない。再会する前に戻るだけ。仕事して、自分で生活できてる。それで私は充分幸せ)

(大丈夫、大丈夫)


 そう頭では思うのに、涙があふれて止まらない。

 ベッドの上で横たわり、暗がりの中でぼんやりと天井を眺めながら、その身につけられた封印や拘束が次々に壊れていくのを涼雨は感じた。術の破壊に伴って、奥に仕込まれた別の封印や拘束が力を強め、バランスも崩れ、苦痛が増す。喉が締めつけられる。頭や胸、皮膚のあちこちに痛みが走る。ふいに耳鳴りがしたり、耳がくぐもったりする。術はどんどん壊れていく。喉を握りつぶされるような感覚。内臓をこね回されるような不快感。手のひら、腕、腿、身体のいろんな場所に、金属で貫かれるような痛みが走る。


 それらのすべての苦痛を、涼雨はなぜか、他人事のように感じた。

 痛み苦しみで否応なく身体は緊張してこわばっているのに、おかしな具合に感覚は弛緩していた。


(もう、砂映くんは、私のこと、いらないんだ・・・・・・)

 そのことだけが、涼雨を埋め尽くしていた。

 考えるだけで、涙は後から後から湧き出してくる。


 認めざるをえなかった。

 砂映に捨てられることが、自分はあまりにも悲しくて耐えがたいのだと、認めざるをえない。

(無理なのかもしれない。私、耐えられないのかもしれない)


 ほぼ一睡もできないまま、朝が来た。

 術が通常状態を保てなくなったことにより発生している苦痛や不快感と、睡眠不足による体調不良と、精神的なダメージと、何がどれなのかわからないまま、とにかくいろんな意味で、今日は仕事に行くことはできないことだけははっきりしていた。魔精体が身体から出るレベルにはまだなっていないとはいえ、自動修復ができない段階まで術は壊れている。異常事態を知らせる警報はおそらく魔道士に届いているはずだが、やって来る気配はない。


 ベッドの傍らに置いていた涼雨の石電(せきでん)は、明らかに不具合を起こしている。真っ黒のまま、何をどう触っても反応しない。


 ――――ともかく駅まで行って、公衆電話から職場に電話して休みを伝えよう。

 ――――そのまま「通路」で魔道士のところに行くことにしよう。


 魔道士は石電を持っていないので、石電からなら術で受信はできるが、公衆電話からは連絡がとれない。だから直接行くしかない。

 何とかお湯だけ飲んで、どうにか着替えて最低限の身支度を調えて、涼雨は家を出た。

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