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30.涼雨(8) 回想⑥ 山小屋にて

砂映(さえい)、くん」

 自分自身の呟きの声で、涼雨(りょうう)は目覚めた。


 見たことのない天井だった。板切れを並べたような、粗い造りの小屋。隙間風が吹いていて、小屋全体が小さく揺れているようだった。

(ここは・・・・・・どこ?何がどうなって・・・・・・?)


「目が覚めたか」

 少し離れた場所から、少年めいた声が聞こえた。パチパチと、暖炉で火がはぜる音がしていた。


 訳が分からないまま、涼雨は上半身を起こした。硬い木の床に敷かれたマットの上だった。

 頭がひどくぼんやりとしていた。ゆらめく暖炉の火で室内は照らし出されていたが、目の焦点が定まりにくく、視界もぼんやりとしていた。

「ここは・・・・・・私は・・・・・・あの・・・・・・あなたは・・・・・・」


「おまえの肉体は、いい肉体だな」

「え、それはどういう・・・・・・っていうか・・・・・・え、えっ?」


 涼雨はぎょっとした。黒い大きめの衣類らしき布が胸元から腿のあたりまで巻き付けられてはいたものの、涼雨は下着すらつけていない素っ裸の状態だった。横になっていた時にその上から身体にかけられていた薄い毛布を、思わず首元まで引っ張り上げる。


「痛いところはないか?」

「な、なな・・・・・・」


 一体何をされたのか。気が動転し、口をがくがく震わせながら、うまく言葉を出せずにいると、

「あの状態から、まさかその姿に戻せるとは思わなかった。すごい肉体だ」

 淡々と、相手は言った。


 目の焦点が、合い始めた。小柄な男が、暖炉の前に座っている。

 少年のようなその顔には、血が乾いたばかりらしい生傷がいくつもあった。上は黒いタートルネック、下は黒のズボンを身につけているが、あちこち派手に破けており、赤黒くただれたような痛々しい皮膚が覗いている。


「あなた、怪我・・・・・・」

「ああ、大半は魔精の傷だ。問題ない」

「でも、痛いでしょう」

「大したことはない」


 暖炉の揺れる火に照らされながら、やけに落ち着き払った様子で答える。ひどく幼い顔の造形と、その態度や口調は妙に不釣り合いだと涼雨は思った。


「・・・・・・俺の魔精力もさすがに限界でな。半日ほどすれば回復するから、それまでは我慢してくれ」

 言うと男は立ち上がった。部屋の端にある棚の上に銀色のポットが載っている。棚の中からガラスのコップを取り出すと、いったん注いだ水を軽くゆすいで捨て、再び注いだ。そのグラスを持って涼雨の傍までやって来る。


「湧き水だ」

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 差し出されたグラスを受け取り、涼雨は口をつけた。

 喉を潤す水の心地よさに、涼雨は自分は喉が渇いていたということに気づかされた。


「外、暗いけど・・・・・・今は夜?」

「いや、昼前だが、天気が悪い」

「そっか・・・・・・」


 ぼんやりとした涼雨の脳内に、断片がひらめく。夜。水。魔精体。傷。イメージのかけらが記憶を呼び起こす。記憶が記憶と繋がって、拡がって、頭の中を埋めていく。徐々に意識が戻るように、暴れたことや、実体そのものが蛇化したこと、施設での日々などを思い出す。けれどもどれも、まるで夢のように遠い。夢のように実感がない。ひどいことをした。ひどいことをされた。けれどもとろんとまどろむような気分が続いていて、悲嘆も苦しみも湧いてこない。


「私の心は、今、術をかけられている状態なのね」

「また暴れられると困るからな」

 暖炉の前に再び座り直した魔術使いは、あっさりと認めた。


 毛布の内側を、涼雨は自分でちらりと覗く。魔精感度も鈍らされているようだが、意識をしてみると、涼雨の魔精体にはいくつもの拘束具が取り付けられ、封印も何重にもかけられているのがわかった。涼雨の身体を包んでいる黒い布は、どうやら魔術使いが身につけていた黒マントのようで、これ自体もある種の魔術的効力を発揮していそうだった。


(戦闘中にあれだけ痛めつけて、このマントもボロボロになっていたはず)

 けれどもマントは、涼雨が見る限り、破れもないしまるで洗いたてのように綺麗だった。


 拘束や封印といった縛めの魔術も――――施設に入ってからは、人間扱いされている期間でさえ、うまく調整してもらえずにいつもどこかが痛かったり苦しかったりしたものだが――――今の今まで気づかなかったほど巧くかけられている。決して緩くはないということは感覚でわかったが、少なくとも今は、痛いところも苦しいところもない。


(たしか、蛇の時に一度この人の結界を破って・・・・・・その時に、鱗にかなり傷を負って・・・・・・)

 けれど今、自分の腕をあちこち見ても、すり傷一つ見当たらない。


「ねえ、あなたのその傷は、私がつけたものよね?」

「そうだな」

「どうして治さないの?」

「さっき言ったと思うが。魔精力が尽きた」


「魔精力を消費したのは、私が痛めつけたからよね?」

「そうだな」

「私の傷を治さずに、自分の方を治したらよかったんじゃないの?拘束や封印の術だって、もっと荒っぽくかければこんなに複雑なやり方をしなくていいから魔力を節約できたんじゃないの?このマントも、かなりいろんな加護のかかった特別なものみたいだし、自分が身につければ少し楽になるんじゃないの?」

 言っているうちに、感情が昂ぶるのを涼雨は感じた。

 心に作用する術をかけているのではなかったのか。それとも、沈静化とは異なる術なのか。


「・・・・・・言っただろう。また魔物化されたら困る」

「そんなの。あなたあれだけ強くて。なんでさっさと退治しなかったの」


「・・・・・・人の姿に戻せるものなら戻したいと思った。正直なところ駄目元だったが、戻せた。うまくいったからつい嬉しくてな。使える魔力の計算をミスしたのはこちらだから気にしなくていい。なかなか興味深いものが見れた」


「どうしてそんな、勝手に・・・・・・勝手に、こんなことしてくれても。無駄なことなのに。なんで」

「無駄だとは思わないが」

「無駄よ。私は・・・・・・存在しない方がいいんだから」

「そうか?」


「そうかじゃないでしょう。私が散々暴れていたの、あなた見たでしょう。っていうか、あなただってそれでそんなに傷を負ったんじゃない」

「気に病んでいるなら言っておくが、あの施設は誰も死んでいない」

「な、そっ・・・・・・それは・・・・・・本当に?」

「嘘を言ってどうする」


「それは・・・・・・それは、よかった、けど。けど」

「それなりに気を遣って暴れてたんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃない。私、ひどいことたくさんした。あなたも、あの施設の人たちも、人間みんな、殺してやりたいと思った」

「別にいいんじゃないか」

「は?」


「俺も手荒なことをして悪かったが。おまえの精神を覗かせてもらった時に、いろいろ見た。まあ、ずいぶんとひどい目にあわされていたな」

「ひどい、目・・・・・・」


 ひどい目にあった。ひどい目にあった。

 でも、誰もそれをひどいとは言ってくれなかった。ひどいのだと、誰も認めてくれなかった。私がつらいのだということを、誰も認めてくれなかった。だから誰もが憎かった。


「・・・・・・自分がひどい目にあったからって、他人をひどい目に遭わせていいわけじゃない」

 涼雨は言った。


「真面目なんだな」

 ぱちぱちと爆ぜる暖炉の火に枝を放りこみながら、魔術使いは言った。


「とにかく・・・・・・私がまた誰かを傷つけないように・・・・・・私を殺してくれないかな。あなたなら、うまくやれると思うし」


「おまえの精神の一部は確かに死にたがっているのかもしれないが、おまえの大部分は違うだろう。生き物は、みな死を嫌がる。殺しというのは気分のいいものじゃない」


「それでもやってほしい。あなた、魔術師か魔道士でしょう?魔女を殺しても罪には問われないはず。やりにくいならまた魔物の姿になってもいいわ」


「せっかく戻したのだから、それは勘弁してくれ」


「だから・・・・・・。暴れまわる、凶悪な蛇の魔物を退治してくれたら、それで一件落着だったのに。どうしてそうしてくれなかったの?」


「まあ、俺も珍しい事象に浮かれていたのは否めないが。人間でも魔物でも、それぞれがいろいろ考えて動いているのは、面白いと思わないか?」


「ええと、何の話?」


「生きている方が面白いだろう。死体より」


「面白いって。そういう問題じゃ」


「人間に化けた魔物と魔物に憑依された人間の区別は、俺は大概つくつもりだ。だがおまえは・・・・・・初見では、俺の魔精感覚的にはおまえはどう見ても夢幻狼だった。ところがいつの間にか変質して、人間としか思えないものに変わっていた。おまえはかなり珍しい。死体にするのは惜しい」


「そんなことを言って、そのせいで、また・・・・・・」


 いつまで繰り返すつもりなのだろう、と涼雨は思う。

 涼雨の存在が珍しいからと言って、生かして、そのせいでだくさんの人が負担を強いられ、無駄な労力を割き、挙げ句の果てに命を失ったり、それに近い目に遭ったりする。今回は運良く誰も死ななかったのかもしれない。けれども大勢の人間に向けて確かに殺意を抱いたということも、涼雨ははっきりと覚えている。


「まあ、そもそもおまえに選択権はない」

 魔術使いは静かに言った。

 そう言われれば、そのとおりだった。


「・・・・・・あなたが回復したら、魔術協会に連絡をとって、私の処遇について指示を仰ぐ。またあの施設に戻るか、あるいは別の」

 涼雨は当然の予測を口にした。

 けれども魔術使いは、おかしなことを聞いたような顔をした。 


「・・・・・・いや。そんなことはしないが」

「しない?じゃあどうするの」

「そうだな。この山小屋・・・・・・とりあえずおまえはここにもう少しいてもらうことになるが。俺が回復したら魔術で『通路』を作って、衣類と食料くらいは持ってこれる。こちらの準備ができたら、そこに移動してもらう」


「準備?移動って、どこに」

「おまえはうちに『入院』してもらう」

「入院?」

「俺は魔道士として開業している。狭いが一応患者用の部屋もある。魔術病院に連れて行くわけには行かないからな」

「待って。それは、私のことを魔術協会に報告せずに・・・・・・連れて行くということ?」

「まあ、そうなる」

「問題になるわよ」

「そうか?」

「そうかって・・・・・・なるわよ」


「おまえが眠っている間に、施設側と『通話』をした。施設長が言うには、おまえがあの施設に収容されていた事実は、記録上ないらしい」

「え?」


「だから管理責任を問われることはないのだ、と主張していた。自分は何も知らない、とも。おまえの処遇がやけに恣意的に二転三転していたのは、おまえがあの施設に入った当初の取り決めが文書として残されておらず、まともな引き継ぎもなされないまま現場判断にまかされていたからだろう。こういっては悪いが、持て余されていたんだ。施設関係者はむしろ全力でおまえのことを隠すはずだから、そこに乗っからせてもらう。俺から明言はしていないが、状況的におまえは俺が退治したと思われているし、おまえの存在はおそらく協会の記録から抹消される」


「つまり私は・・・・・・」

 魔術的に価値のある研究対象として。

(今後私は、この魔道士の個人的な実験動物になるということか)


「不安か?」

「それは・・・・・・」

「おまえは、涼雨りょうう・Eだろう?」

「そう、だけど。・・・・・・訊かなくたって、私の心を覗いたんだから何もかもわかってるんじゃないの?」

「あれはそんな万能な術じゃない。そもそもあの短時間で何もかもわかるわけがないだろう」

「そうなの?」


「見ることができるのは、ランダムな映像記憶と、感情と思考、イメージの断片程度だ。だが・・・・・・施設長との通話でお前が『三体の魔物と融合して生まれた存在』だと聞いて、いろいろと繋がった。お前の話は以前から何度か聞いたことがある」

「・・・・・・待って」


 魔精感度が戻ってきているのを涼雨は感じていた。

 魔道士の魔精力が、通常よりは弱っているらしいとはいえ、それでもこちらを圧するような禍々しさを放っていて、肌がぴりぴりする。

 涼雨は改めて、少し離れた場所に座っている魔道士を見た。

 ぱちぱちと燃えている暖炉の火に照らし出されている、少年のような顔。逆立つような、真っ黒い髪。

 そこからひゅん、と生えている、魔精体の・・・・・・

「それは、触覚?」

 涼雨は訊ねた。


「ああ。魔精へのダメージが一定量を超えるとどうしても、な」

「魔精体の、触覚」

 触覚がある、少年。


「あなたは・・・・・・もしかして、らいや・・・・・・?」

「ああ。雷夜らいや・Fだ」


 どくん、と、涼雨は自分の鼓動が強く鳴るのを感じた。

(雷夜)

 子どもの頃、何度も耳にした名前だった。

 涼雨とは、四歳違い。三学年下。

 涼雨と同じように、胎児の頃に魔物と融合させられて生まれた存在。

 けれども涼雨とは違って、その子は早くから魔物の力を制御し、その豊富な魔精力を活用しているという話だった。


 ――――十歳にもなっていないのに、あらゆる魔術を使いこなす天才少年らしい。  

 ――――特異な魔精力を持っている。疲れると魔物の触覚が出ると言っていたな。 

 ――――あの才能が、人間としての彼本来のものなのか、魔物由来のものかはわからないが。もしも魔物由来だとするなら、古来より邪法を試す者が後を絶たないのも頷けてしまう。

 ――――特例ですぐに魔道士にできないかという話だ。実質的にはすでに同等かそれ以上の仕事をしているようだし。

 ――――涼雨・Eはどうなっている?まだ使い物にならないのか?

 ――――単純に考えれば、三体の魔物を持つ涼雨・Eの方が、より強大な力を持っているはずだ。雷夜以上の術者になってもらわなければ・・・・・


「雷夜。魔道士、雷夜・・・・・・」


 涼雨は魔術をまったく使えなかった。いわゆる「しるし付」と呼ばれる、魔術協会公認の正規の魔力コントロール術も、どうしてもマスターできなかった。毎日特訓した。魔術教育のエキスパートや制御魔術の専門家、さまざまなプロフェッショナルが入れ替わり立ち替わり登場して、涼雨のための特別カリキュラムを実施した時期もあった。けれどもどうしても、できなかった。


 ――――どうしてできない?

 ――――やる気がないのでは?

 ――――君は大人たちの労力について考えたことがあるかい?

 ――――どれだけの金が君に費やされたと思う?

 ――――せっかくの才能を無駄にするのか?

 ――――雷夜という、君より年下の子がいて、君と同じように魔物を内に抱えている。けれども彼は、まったく問題なく魔精力をコントロールしているよ。

 ――――雷夜は魔術医の手伝いをしている。すでに役に立っている。君とは違って。 

 ――――なぜ、できない?

 ――――どうしたら、できるようになるんだ?

 ――――人間なら、訓練すれば誰でもできるようになることだよ。

 ――――魔力を制御できないなんて、魔物と同じだよ。

 ――――できないということは、つまり人間ではない、ということだよ。

 ――――雷夜はすぐにできたと言うよ。なぜ君はできない?

 ――――つまり君は・・・・・・


「俺の名前は、よほど嫌な記憶と結びついているらしいな」

 間近で声がして、涼雨は我に返った。

 雷夜がすぐ傍に立っていた。こちらに手をかざし、何か術を発動している。暴走を防ぐ、封印か制御の類いを追加したのかもしれない。


「魔精力、尽きたんじゃなかったの?」

「優先順位の問題だ。丸腰でいるわけにはいかない」

 涼しい顔で雷夜は言う。

「そっか。さすがは魔道士様、なのかな」

 涼雨は言った。なぜだかわからないが、ふつふつと怒りのようなものが、心の底から湧き上がりはじめていた。


「でも、私への術、もっと強化した方がいいと思う。遠慮せずに、最大限の拘束を入れた方がいい。余力は残しているのかも知れないけど、あなたが弱っているのは事実でしょう。白にじ蛇がまた暴走したら、今度は・・・・・・」

「心配せずとも、万が一の場合におまえを殺す程度のことはできる」

 淡々と雷夜は言った。かざした手が、淡い光を放っている。


「・・・・・・子どもの頃、あなたとよく比べられた」

 涼雨は言った。

「そうか」

 雷夜は短く答える。


「どれだけ頑張っても、私はできなかった。あなたはそれを簡単にできた」

「そうか」

「同じように魔物を宿して生まれて。なんで違うのって」

「ずいぶんと雑な括りだな。『同じ』とは」

「できない私が悪い」

「そうか?」

「頑張りが足りなかったのかもしれない」

「そうか?」


「もっともっと、頑張らないといけなかったのかもしれない。もっと早く、魔術学校に入ってたら、違っていたのかもしれない」

「そうか?」

「普通科の高校になんて、行くべきじゃなかった」

「そうか?」

「初日の出を・・・・・・見に行くべきじゃなかった」

「・・・・・・そうか?」

「ばあちゃんが生きていたら。私が暴走なんてしなければ。もっともっと、私がちゃんとしていたら。そしたら。そしたら」

「そしたら?」


「私はこんな、鎖につながれるような生き物じゃなくて。私はちゃんと、一人の人間として。あなたみたいに、ちゃんと人間として。魔道士として。人として役に立って。こんな・・・・・・」


 気がつくと、涙があふれていた。

 悔しかった。

 同じように魔物と融合して生まれたというのに。

 片や立派な魔道士で。

 こちらは何の権利もない、人間としてすら扱われない、研究対象の生物で。


「あなたは関係ない。悪いのは私。わかってる。でも、あなたが憎い。憎い。憎い・・・・・・」

 ぼろぼろと泣きながら、涼雨は自分がそう口にするのを止められなかった。

 しゃくりあげ、息が苦しくなりながら、子どものように泣いた。


「・・・・・・すまないな」

 しばらくその様子を見ていた雷夜が言った。


「え?」

「仕向けたのはこちらだから、気にしないでくれ」

「どう、いう」

 まだしゃくりあげながら涼雨が問うと、

「今おまえにかけている封印や拘束の術は、目視での調整を前提にしている。しばらく俺が離れることになる前に、おまえが感情的になった状態のデータをとる必要があった。理性や冷静さのようなものを抑える術をこちらがかけたんだ」

 淡々と雷夜は説明した。


「な・・・・・・」


 このタイミングで、雷夜はその「理性や冷静さを抑える術」を緩めたのかもしれなかった。涼雨の中に、急激に恥ずかしさと罪悪感、そしてそれらの裏返しの、先程までとは違う種類の雷夜への怒りが立ち上った。涼雨は真っ赤になった。精神を覗かれて、魔物のあらゆる姿を見られて、たぶん人間の裸も見られて、自分の心の根っこをさらけだして、馬鹿みたいに泣いて八つ当たりをして、もうどうしようもなく、こちらは何も取り繕うことができない状態にされている。一方、魔道士雷夜は涼しい顔で静かに呪文を呟いて、涼雨にかけた封印の術を調整している。なんだかそれが、悔しくてたまらない。


「私、あなたのことが大嫌い」

 涼雨は思わず言った。

 すると魔道士は、少し笑ったようだった。


「正直に言ってもらってありがたい」

 呪文を中断し、気を悪くする様子もなく答える。


「その――――や、悪いとは思ってますけど」

「いや、そんなことを思う必要はない。正直な反応がないとこちらも術の調整がしづらいし、いちいち抑制心を弱める術をかけるのは面倒だ。俺に対しては、今後もその態度でいてくれ。おまえは運がいい」


「は?何言って」

「昔、赤月が俺に会いに来たことがある。魔物の制御について助言をもらえないかと。歯に衣着せぬ婆さんだったな。役立たずと最後に言われた。確かに当時の俺は役立たずだった。魔物の種類、数、形態、どの発達段階の胎児にどのような方法で魔物が入りこむかによって、状態も必要な策もまるで違う。俺の例はおまえの参考にはならない。だが、俺もその後個人的にかなり研究をした。今は、俺の知見も力量も上がっている。だからおまえは運がいい」


「ちょっと待って。あなたは私を使って研究を・・・・・・実験とかを・・・・・・するのよね?」

「ああ、もちろんそのつもりだ。協力はしてもらう。そのかわり、入院通院の費用は無料にしてやる。さっき、魔術協会の記録抹消の話をしたから不安に思ったかもしれないが、協会幹部や役所関係も何人か伝手があるから、登録や身分証の関係もうまくやれるだろう。心配しなくていい」


「え、協力・・・・・・って。通院って。それって、それで・・・・・・いいの?」

「問題があるか?」

 きょとんとした顔で魔道士は返すと、再び呪文を再開した。


 マットの上で毛布を身体に巻きつけたまま膝を抱えている涼雨は、その顔を見上げて困惑する。

(それはつまり。私は人間として暮らせるという、そういうこと?)


「でも、そんな、私・・・・・・」

「だから、そうだな。今後どう生きたいのか考えておいてくれ。魔道士になりたいというならそれもいい。・・・・・・まあ、俺が精神を覗いた範囲では、おまえの望みは魔術の道とは別のところにあるとは思ったが」


「どう、生きたいか・・・・・・私の、望み・・・・・・?」

「すぐに答えを出す必要はない。俺のいない間、暇だろうからな。自分が何を好きだったかでも、思い出していればいい」


「何を、好きだったか・・・・・・」

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