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29.涼雨(7) 回想⑤ 夢

 涼雨りょううは、幸せな夢を見ていた。


 空気はとても冷たかったけれど、厚手のコートとふかふかのマフラーと肌触りのいい手袋を身につけて、暖かかった。高校の、まだ一年生の頃。予備校を終えた砂映さえいとの帰り道だった。「肉まん食べよう」。コンビニを見つけた砂映がそう言い出して買いに走って行ったので、涼雨はベンチのある広場で待っていた。街灯が明るく辺りを照らしていて、砂映と同じ予備校に通っている同年代たちの姿が、駅への通りにちらほら見えた。空には白い小さな月が浮かんでいた。


「お待たせ!肉まんとピザまんどっちがいい?」

 白い息を吐きながら、戻ってきた砂映が笑顔で訊ねた。


「えっ。ピザ、まん?」

「あ。もしかしてピザまん許せない派?」

「許せないとかじゃないけど。・・・・・・食べたことない」

「あ、そうなの?じゃあ食べてみる?」


「その、肉まん食べると思ってて、そういう口になってたから・・・・・・」

「じゃあ肉まんにする?」

「でも、ピザまん、食べてみたい気もするけど・・・・・・」

「ゆっくりお考えください」


「や、ごめん。何わがまま言ってんだろ私。というか砂映くんはどっちがいいの?」

「俺はどちらでもいいんで」

「そんなこと言わないで」

「どちらでもいいから両方買ってきたんで。涼雨さんが選んでください」

「ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 あまりにも真剣に悩む涼雨を見て、砂映は笑った。

 憮然とする涼雨にごめんごめんと言いながら、

「じゃあ両方半分こにしましょう。そうだ、そうしましょう」


 袋をベンチに置くと、一つを取り出し、包み紙をうまく使って半分にして渡してくれる。

「まずはピザまん」

「え、待って。こっちずいぶん大きい」

「失敗しました」

「砂映くんがこっち食べて」

「いやいや涼雨さんが」


「か、身体の大きい人がたくさん食べた方がいいよ。ほら、予備校でたくさん勉強して疲れてるだろうし、お腹すいたでしょう」

「いやいやこれは待っててくれた涼雨さんへのお礼なんで。あ!」

「な、なに」


「お口に合わなかったら残してください。そしたら俺が食べるんで」

「ええ?それならやっぱり、はじめから私が小さい方でいいよ」

「あーっと、えーっと、うん、残してください。それがいいです。むしろそれがいいです」

「それがいいです?どういうこと?」

「えーっと、その、なんですか、涼雨さんが囓ったの、食べたいなあ、とか」

「・・・・・・は?」

 途端に涼雨は、自分の頬が、耳が、火照ったように熱くなったのを感じた。


「な、な、な、何言って、何言って・・・・・・そんな、こと言うなら、全部食べる!絶対残さない!」

 涼雨はそのままピザまんに食らいついた。動揺していてはじめは味がわからなかったけれど、少しすると落ち着いてきた。もぐもぐと噛んで、呑み込む。美味しかった。


「・・・・・・美味しい」

「よかったよかった」

「美味しかったから全部食べた」

「それはそれで何よりです。ほい肉まんもどうぞ」

「って、砂映くんは?もう食べたの?」

「あ、お腹すいてたんで」

「だったら・・・・・・肉まんは全部食べて」

「いえいえもうお腹いっぱい」

「絶対嘘」


「涼雨さんの食べ残しなら食べます」

「それはあげない」

「じゃあ残さずに食べていただければ」

「ほんとにいいの?」

「いいのいいの」

「・・・・・・いや、やっぱり」

「いやいやいや。食べてください」

「だって・・・・・・」


「いやねえ、ほんとねえ、俺の隣で美味しそうにピザまん食べてる涼雨さん、見てると本当に幸せでねえ。今すぐもっかい見たい。いや本気で」

「・・・・・・そ、そんなこと言われたら・・・・・・」

「ん?」

「そんなこと、言われたら、食べにくい。・・・・・・恥ずかしい・・・・・・」


「クッ」

「『く?』」

「・・・・・・いやもう、涼雨さん。もうそんなね。不意打ちでね。そんな可愛い表情されたらね。ふう」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


「あ!」

「どうしました涼雨さん」

「こういう時は、ねえ、じゃんけんしよう!」

「へ?じゃんけん?」

「こう、何か決まらない時はじゃんけんするのよね。そうよね」

「ん・・・?」


「え、ちがう?こういう時はじゃんけんするんじゃないの?」

「いや、別にちがうってこともないと思うけど」

「給食の残りをかけて熱いじゃんけん・・・・・・って、砂映くんはしたことある?」

「ああ、まあ」

「あるんだ!凄い!」

「そんな、目をキラキラさせるような体験でもないですが」


「じゃんけんで、勝った方がこの肉まんを食べるの。そうしよう!」

「涼雨さんの分なのに」

「駄目。あと、真剣勝負でお願いします」

「承知いたした。あ最初はグー!」

「え、なにそれ」

「あ、そこから?」

「かけ声って、じゃんけんぽん、じゃないの?」


 ――――結局、あのじゃんけんはどちらが勝ったのだっけ。

 もう冷めていただろう肉まんを、どちらが食べたのだっけ。

 どうして思い出せないのだろう。


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