25.涼雨(3) 回想①「私なんてどうでもいいのに」
――――私に、幸福に生きる権利などない。
涼雨自身は、幼い頃からよくそう思っていた。大人たちが自分についてそう言っているのを何度も耳にしたから、そう思わないといけないような気がしていた。そうは言っても実際には、嫌いな野菜は食べたくなかったし、頭を撫でられるのが好きだったし、ふかふかの布団で眠る時には幸せを感じた。赤月ばあちゃんは、厳しいところもあったけれど優しかった。日雁さんはどんな時でも一生懸命、いつも親身になって、涼雨の問題を一緒に考えたり、悩んだりしてくれた。綾巳さんは、自分自身のことでは大抵さばさばしているのに、涼雨のこととなると怒ったり泣いたりが凄かった。怒っていいんだよ。泣いていいんだよ。もっと笑おう。もっと楽しもう。とまどう涼雨に感情表現を促して、太陽みたいに涼雨の世界を照らしてくれた。
涼雨が高校三年生になった頃から、涼雨の扱いを今後どのようにするかで、魔術協会の幹部たちの意見は割れていた。協会幹部の中には新参も多く、そもそも涼雨が現在普通高校に通っていること自体がありえない、と言う者たちも少なくなかった。入学が許された時の報告書を再提示しても、彼らは納得しなかった。魔物――――魔精生物についてはわかっていないことの方が多く、分類が進められてはいるものの個体差も大きいので限られた把握しかなされていないのが現状である。だが少なくともその大半は「他の生物からエネルギー等を奪う」ことを生きる糧としており、自らの意思で動く魔精動物は、攻撃的な性質を有しているものが多い。
涼雨・Eは未だ自我のない胎児の段階で魔物が入りこみ同化した状態で誕生し成長したとのことだが、それは魔物が人間の肉体を乗っ取ったということ、つまり『それ』は魔物ではないのか?
なぜ涼雨・Eを人間と見なすのか?そこから説明してもらえないか?
術者たちの厳重な監視下で生かすならまだしも、自由に外を出歩き、普通科の高校に通っているなんて、正気の沙汰じゃないと思うが?
OK、百歩譲って涼雨・Eが「人間」だとしよう。彼女の内部には三体の魔物がいる。種類は特定できている。どれも、そこらによくいる虫に近いような微力な魔物ではない。一定の知能を有し、人間の生活や生存を脅かした事例が過去にあるものたちばかりだ。一体でも人の近くに現れれば魔道士や魔術師が派遣されるレベルの厄介な魔物が、三体だ。涼雨・Eはその魔物たちの能力をどの程度使えるのか?コントロールできるのか?暴走する可能性は?彼女が悪意を持って能力を行使しないと言えるのか?君たちは彼女の持つ能力をどこまで把握できているのか?彼女がまわりに被害を与えないための対策はどのようなものか?どこまでリスクを想定し、どこまで対応策を練ってあるのか?
赤月と日雁と綾巳は連日のように会議に出席していた。
幹部達の疑念に答えるために膨大な資料作成に追われ、睡眠と休養を奪われていた。視察のために魔術協会幹部が訪れることも多く、その対応で家政婦もてんてこまいだった。涼雨も従来日課の訓練と種々の測定に加えてさまざまな検査や実験を実施されることとなったが、それでも「三年間通う許可はあるのだから!」と学校には毎日送り出されていた。涼雨が普通高校に通うことに当初反対していた綾巳が、入学後には涼雨を学校に行かせることに一番熱心だった。
「涼雨には、自分の特別さを『枷』じゃなくて『ギフト』って思えるようになってほしい。自分の力を生かせるようになってほしい。だから少しでも早く魔術学校に行ってほしかった。でも、よく考えたら『普通の女子高生』って今を逃したら二度と経験できないもんね。私は中学校卒業後すぐ魔術学校行ったけど、たしかにそこからはもう、ちょっと特殊な世界というか、閉じたところに入っちゃった感じというか」
綾巳はそう言って、「青春を謳歌すべし!」と涼雨を外に送り出した。まっすぐ帰ってこなくていいから。たまには街でもぶらついてきなさい。遊んできなさい。流行りのスイーツ食べてきなさい。彼氏や友達と夕飯済ませてきなさい。彼氏が予備校行ってる?なら先に帰るのは禁止、一緒に帰ってきなさい。二年生までは、涼雨もそういったことを楽しんだりもした。けれども三年生になってからは、赤月たちが大変そうなのに自分が遊んでいるのは気がひけた。けれど、そんな涼雨に日雁は言った。
「僕たちの仕事はね、涼雨、『魔術の発展』に貢献することだ。そのために君のことを研究している。そういうチームだ。涼雨がその特別な能力をうまく制御して使えるようになれば、魔術協会としてはありがたいどころの話じゃない。今、一部の幹部連中は、リスクをおそれて涼雨のその可能性をつぶそうとしてる。それがどれだけもったいない話かわかってないんだ。つまり何が言いたいかって、これは涼雨のためにやってるんじゃなくて、僕たちの『仕事』なんだよ。涼雨が気にする必要はない。涼雨が魔術学校に入って魔道士にでもなれば、僕たちチームのプロジェクトは大成功ってことになるんだから」
でも、それなら私はなるべく家にいて、訓練や実験を増やした方がいいのでは、と涼雨が言うと、横から赤月が言った。
「いつも言っているだろう。おまえの魔精能力はおまえの気持に直結している。おまえが幸せで気持が安定していることが、一番大事なんだ。要は、長い目で見ておまえが幸福に生きていくにはどうすればいいか、ということだ。いろんな経験をしろ。友達や恋人との関係を大切にしろ。おまえが幸福なら、おまえはおまえの能力をうまく制御してやっていけるだろうし、人の役に立てることもできるだろう。私らの仕事を、無駄にするんじゃないよ」
けれども・・・・・・それは、年が明けた日だった。綾巳に促されて涼雨は砂映と初日の出を見に行った。じゃあ、と砂映と別れて家に帰って来て、みんなで新年の朝ご飯を食べよう、となった。年末年始も関係なく、綾巳たち三人は忙しく仕事をしていた。部屋にこもって資料をまとめている赤月を呼んでくるように家政婦さんに言われて、涼雨は赤月の部屋の扉をノックした。返事がなかった。扉を開けて中に入ると、書類の散乱する部屋で、赤月は倒れていた。もう、息がなかった。
たしかに過労はあったかもしれないけどね。老衰で亡くなってもおかしくない年齢だからね。むしろ年の割に元気すぎたよ。実は不老不死の魔法を知ってたんじゃないかと疑ってたんだ。葬儀に来た人たちはそんな風に話していた。けれども涼雨には、自分が砂映と日の出を見に行っていなければ、それでもっと早い時間に朝ご飯を食べることになって部屋に行っていれば、まだ赤月は生きていて、助けられたのでは、と思えてならなかった。
「もうそろそろ、復活してもらわないと困るんだわ」
ある日綾巳が言った。
赤月が亡くなってひと月近く経っても、涼雨は塞ぎこんだままだった。ほとんどご飯を食べず、学校にもどこにも行かずにずっと部屋に引きこもっていた。魔精の制御は不安定となり、力なく垂れた狼の耳や尻尾が綾巳や日雁に見える状態になっていた。涼雨が何も見たくなかったしどこにも行きたくなかったせいか、千里眼や分身が発動されることはなかった。けれども部屋の片隅で、鼠に似た魔獣や昆虫のような魔精生物がカラカラになって死んでいた。涼雨は記憶がなかったが、無意識のうちに魔精を奪い取って殺してしまったらしかった。
「今、大事な時期なんだよ。涼雨がこれからどう生きて行くのかが決まる。自由を勝ち取る瀬戸際で」
「・・・・・・どうでもいい」
涼雨は言った。それがその時の本心だった。何も考えたくなかった。
「どうでもよくない。気持はわかるよ?でもね。赤月ばあちゃんの願い、叶えるためにちょっと踏ん張ってくれないかな。とりあえず耳と尻尾はひっこめて・・・・・・」
「私は、なんにも、望まない」
「何言ってるの」
「浮かれて、砂映と出かけたりして。そのせいで」
「それは違うよ」
「どうでもいいのに。私なんてどうでもいいのに」
「それは違う。いい?涼雨。涼雨は、幸福にならないといけない」
「なんで?」
「なんでって・・・・・・」
「私は、なんにも、頼んでない」
「ああ、そう。うん、確かにこっちの都合だけどね。こっちもこれまでの苦労を全部水の泡にはしたくないんだ。赤月さんが無駄死にだとも思いたくない」
「むだじに」
「そうでしょう?涼雨が幸せになれるように赤月さんは頑張ってたのに。それを無碍にするって言うなら・・・・・・」
「そう。そうか。やっぱり、私のせいでばあちゃんは死んだんだ」
「誰もそんなこと言ってない」
「言ったよ」
「違う」
「私は、いない方がいいと思う。生まれなかった方がよかったと思う。消えた方がいいと思う」
「・・・・・・落ち着きなさい涼雨。だいぶ魔物が優勢になってる」
そう言うと、綾巳は呪文を唱えた。日常を過ごすにあたり涼雨には幾重にも監視や拘束・封印の魔術が施されていたが、不安定になるとそれだけでは足りないことがあるので、状況に応じて赤月や綾巳や日雁が術を追加したり強化したりしていた。
「私が死んだら何が起こるかわからないから、死ねないようになってる」
「うん。涼雨に死なれたら困るもの」
「他害禁止と同じくらい、強い術で縛められてる」
「・・・・・・うん」
その時すでに、綾巳は危険を感じ始めていた。
パシン。パシン。魔精感度の高い者にははっきりと音として聴こえる破壊音。涼雨に取り付けられた拘束や封印の魔術のいくつかが弾け飛んでいた。監視や警報の魔術によって、すぐに日雁が駆けつけてくれるだろう。こんな時に頼りになる赤月は、もういないけれど。
(二人で何とかするしかない)
綾巳は臨戦態勢に入っていた。他者に危害を加える能力については、特に強力な縛めがかけられている。それらはまだ効力を保っている。こういうことはこれまでにもあった。拘束し、気を鎮めさせ、術をかけ直せば問題ない。
「!」
半透明の、白い大きな魔精の蛇が、膝を抱えて座ったままの涼雨の胴体からぬるりと上へ伸びるように現れたかと思うと、大口を開け綾巳めがけて直下した。綾巳の上半身が、白蛇のぱっかり開いた口に覆われる。けれども蛇は、口を閉じることができない。間違っても人間を喰らうことがないよう、その牙と顎には強力な魔術の拘束がかかっている。自分の額の数センチ先に蛇の牙の先端を感じながら、綾巳は頭上に手をかざし、呪文を唱える。魔物の内部で術を発動すれば、それはより強い効果を発揮する。かけられている拘束魔術により、棒きれをつっかえにされているごとく、どうあがいても蛇は口を閉じられない、はずだった。
(え?)
ばくん、と音を立てて蛇の口が閉じられた。
綾巳はとっさの判断で一瞬前に転がり出るように逃れていて、どうにか喰われずにすんだ。
(なんで)
白い蛇は半透明ではなくなっていた。虹色にきらめく白い鱗は、まさにそこに物質として「ある」。魔精生物というのは「存在として(人間や一般の生き物に比べると)魔精の割合が高い」ものだが、物質としての存在も持っているものが多い。涼雨に宿る「真珠蝙蝠」「白にじ蛇」「夢幻狼」も、本来の種としては物質としても存在しており、見る者の魔精感度に関わらずそこにいるのが「わかる」生き物だ。けれども涼雨に宿る三体は、本来「魔精体」として涼雨の身体と融合している、つまり物質的な魔物の身体は捨てて涼雨の身体に入りこんでいる形である。半透明の魔精体として魔物の姿はたびたび涼雨から覗くことがあったが、魔物の姿が物質として出現したことはこれまでなかった。物質として存在しているのはあくまでも涼雨という人間の少女の姿だけ、のはずだった。
(涼雨はそこにいる)
さほど広くない室内で器用に身をくねらせ食いつこうとする白蛇から逃げ回りながら、綾巳は思考をめぐらせる。部屋の隅、はじめの場所から動くこともなく膝を抱えたまま、涼雨は無表情で虚空に目を向けている。
(ということは、白にじ蛇の分身の能力で?)
人間、そして魔精生物を含むあらゆる生き物は、その割合に差はあれど、「肉体(物質)」「魔精」「精神」の三つの要素で構成されている。涼雨の内部がどうなっているのかは推測の域を出ないが、おそらく今、涼雨の「精神」は本人の意識がほぼ失われていることで著しく「減って」いる。涼雨の精神が不安定となり理性や意識のレベルが落ちると、その分魔精が「増える」――――内部の魔物たちが力を増す――――らしいのは、これまでの観察上明らかであった。
(夢幻狼は変化の能力を持っているという説がある。白にじ蛇の分身能力に夢幻狼の変化能力が合わさって、分身が白にじ蛇の肉体を得た・・・・・・?)
魔精体は実体がない分存在が希薄であり、言ってみれば比較的「弱い」存在である。例外はあるが、「物質として存在する」というのは「存在感が増す」、つまりより強いエネルギー、力を得た状態であると言える。
涼雨にかけられている封印・拘束の術は、魔物が魔精体でしか存在しないことを前提として調整されている。
つまり物質としての存在を持つほど強力な状態になられているとなると・・・・・・今かけてある封印や拘束は、おそらく充分に機能しない。
(肉体がある・・・・・・つまり、ここにいるのはほぼ『本物』の魔獣ということになる)
綾巳は本来、催眠魔術が専門の魔術師である。魔獣退治の経験もないわけではないが、そこまで得意ではない。ましてや白にじ蛇というのはかなり攻撃性の高い危険な魔獣である。退治となれば、体術にも長けた武闘派の術者が数人駆り出されることになるはずだ。
(私一人では手に負えない。日雁が来たとしても・・・・・・)
「涼雨!目を覚まして、涼雨!」
部屋の中を跳び回って白蛇から逃れながら、綾巳は必死で呼びかけた。
けれどもその声は、涼雨に届いている気配がない。
駄目元でも、やるしかなかった。
(ごめん涼雨)
黒魔術――――魔精面への攻撃は、物理的な攻撃に比べると見た目は凄惨になりがちだが、すぐに適切な治療を施せば治りはいいし、エネルギー切れ以外で死ぬようなことは少なく、後遺症等も比較的残りにくい。
綾巳は黒魔術の呪文を唱えた。とりあえずは魔物の動きを止めることが先決だ。炎の刃を立て続けに白にじ蛇に叩き込む。
(あ)
血を流し、どうっと床の上にひっくり返ってのたくる白蛇の向こうで、膝を抱えた涼雨の目が怒りを宿して金色に光るのを、綾巳は視界の端で捉えた。涼雨の手がすっと持ち上がり、その手のひらが綾巳に向けられた。手のひらから、痛いほどの勢いで大量の水が放たれた。
なすすべもなく水を浴びせられた綾巳は、次の瞬間炎に包まれた。
涼雨に起こった状態異常の警報により駆けつけた日雁は、その部屋に足を踏み入れて目を疑った。
大きな白にじ蛇が、あちこちから煙を上げ血を流し、だらりと床に伸びている。
奥の壁際には、膝を抱えてぼんやりしている涼雨の姿もある。
(涼雨以外の姿で「分身」している・・・・・・?)
焦げ臭いにおいがしていた。黒魔術の炎は物理的に物を燃やすことはない。壁についた焦げ跡は、魔物によるものに違いない。壁の手前に何かある。おびただしい数の真珠蝙蝠が、それに群がっている。
(真珠蝙蝠まで実体化している)
室内は、明らかに戦闘の後といった様相である。
(綾巳はどこに行った?)
真珠蝙蝠は何に群がっているのか。
「涼雨、涼雨!」
呼びかけても返事はない。日雁は呪文を唱えながら、涼雨の額に指を当てた。その後で再び呼びかけながら涼雨の両肩を軽く揺さぶると、ようやく涼雨の目に意識が宿る。白にじ蛇と真珠蝙蝠は消え失せた。それと同時に蛇の受けた傷が涼雨の身体に浮かび上がる。人の身で改めて感じる痛みに、涼雨はぐっと顔をしかめた。
(ここは・・・・・・私は・・・・・・)
直前まで何か夢を見ていたような、濃密な感情の残滓があった。
けれどもふいに目覚めた瞬間のように、涼雨の意識はまっさらだった。
高校生になって以降の大抵の朝、ベッドの中で目が覚めてまず涼雨が心に浮かべるのは、砂映の姿だった。砂映の姿が浮かぶと、感情がじわじわと胸の中に広がって、自分が「人間」になる感じがした。「人間」として今日一日を始められる、そんな風に思えた。感情は幸せなものとは限らない。悲しかったり不安だったりすることも多い。罪悪感を伴っていたりもする。けれどもそれでも、「感情」のある自分、「人間」である自分を感じることが、涼雨には大事だった。
赤月が亡くなった後は、そんな風に感じることすら苦しくて、眠ることも目覚めることも苦痛になったので、いつからベッドで眠っていないのか、わからないぐらいになっていたけれど。
(一体どういう状況だろう?)
カーテンが閉まっているけれど、夜であることはまちがいない。
日雁が立っている。涼雨に背を向けて、その場に立ち尽くしている。
「日雁さん?」
まだ頭がはっきりとはしないまま、涼雨は訊ねた。ずっと床に座っていて、綾巳さんがやって来て、話をしたことを思い出した。
「えと、綾巳さんは・・・・・・」
涼雨が呟くと、日雁は振り向いた。
その目には、怒りと憎しみが宿っていた。いつも優しかった日雁さんに自分がそんな目を向けられるとは思いもよらず、涼雨はとまどった。
(私は、何をした?)
日雁さんは再び涼雨に背を向けると、壁の前あたりに屈みこんで呪文を唱え始めた。涼雨は魔物由来の魔法以外の、いわゆる「魔術」は一切使えないが、知識はある。魔精面の治癒に用いる黒魔術医療の、回復系の呪文のひとつだった。
「涼雨」
呪文をいったん中断して、そのままの姿勢で背を向けたまま日雁さんは言った。感情を排した声だった。
「は、はい」
「黒魔術救急医療の特別回線に、電話してきてくれないか。今すぐ来てくれ、と」
「はい」
「・・・・・・立てるか?歩けるか?」
「あ、はい」
長らく座っていたせいだろう、立ち上がるとクラクラとめまいがした。口の中や首、肩、胸元、腰などに灼けるように痛む箇所がいくつもあり、服のあちこちが血に染まっている。けれどもなぜか、変に身体にエネルギーがみなぎっていて、美味しいご飯を充分に食べた後のような妙な多幸感がある。身体の傷も、あと数分もすれば自力で完治できそうだ。
「私・・・・・・」
「こちらは見るな。自分のやったことにショックを受けてまた暴走されては困る」
「え」
言われるままに、涼雨は日雁の方を見ないようにして部屋を出た。
廊下を歩きながら記憶を辿る。部屋に綾巳が来たこと。会話をしたこと。それから・・・・・・
じわじわと、夢の中身を思い出すように曖昧な映像とその時の感情がよみがえってくる。
消えたい、と思った。死にたい、と思った。そのためには綾巳さんを排除しなければ、と思った。綾巳さんがいなければ、自分の願いは叶うのだ。その思いに自分のすべてが塗りつぶされ、夢中で綾巳さんを追いまわして喰らおうとしていた。反撃されて、痛みにかっとなった。傷を癒やすためにエネルギーを欲した。そうでなくてもここのところ、ずっとエネルギー不足だった。否応なく飢えていた。潤沢な魔精力を持った存在が、そこに倒れていた。最も効率よく魔精力を奪うために、ありったけの蝙蝠を出した。魔精面を負傷して倒れている人間から、魔精力を吸い尽くした・・・・・・
(つまり、私は綾巳さんを)
涼雨は立ち止まった。恐ろしさに、足がすくんだ。綾巳さんの元に今すぐ戻ろうとしかけて、いや違う、と思い直す。もつれる足で走って電話のところまで行き、日雁に指示された番号にかけた。




