16.砂映の彼女(5) 高校時代⑤ 厄介な彼女
はっきり言って涼雨は、面倒な彼女だった。
つきあい始めてからも、しばらくの間砂映はまわりにそのことを隠していた。「元彼女」もいる教室で、何となく砂映は、涼雨とつきあうことになったということをまわりに言いづらかった。その「元彼女」は砂映とつきあう前から別の男子にアプローチを受けていたらしく、砂映と別れた後はそれを受けいれて、いい感じに納まったようだった。けれどもその友達の女子はやはり砂映をよく思ってはいなくて、そのとばっちりが涼雨に行ったらいやだな、と砂映は思っていた。砂映の同性の友人たちも、悪気はなくても何となく、涼雨が彼女になったと言ったら興味本位で根掘り葉掘り彼女にいろいろ質問したがるに違いなかった。涼雨はそういう質問を、無難に流せるタイプとは思われなかった。
まわりに隠すことについては、涼雨も同意していた。恥ずかしいし、学校では今までどおり女友達といたいし、と彼女も言っていた。しかしたとえば砂映が集団の中で特に意識もせずに女子と会話をしていた日など、放課後に待ち合わせて会った時、涼雨の態度はおかしくなっていた。涼雨は感情がかなり表に出やすく、しかし厄介なことにそれをストレートには表現できず必死で隠そうとするので、誤解を生みやすいタイプだった。とはいえ当時の砂映には、その難解な感情表現から彼女の気持を読み解いて行くことがむしろ楽しみだった。涼雨は面倒な彼女だったが、砂映は彼女にベタ惚れだった。
二年生になり、二人は別のクラスになった。ある日砂映は同じクラスの女子とちょっとした話題で盛り上がり、話しこんだ。涼雨のことがちらりと頭をよぎったけれど、今は違うクラスだから見られることもないし、と思ったりしていた。しかしその時、何となく誰かの視線を感じた気がした。そしてその日の放課後、涼雨の態度はおかしくなっていた。
「別れたいなら早めに言ってね。一人で勘違いしているの、嫌だから」
「なぜにそんなこと仰るのでしょう」
「別に」
「別に、て」
「・・・・・・駄目だってわかってるのに、抑えられない。頭に勝手に映像が流れてくる。その映像が、実際のことなのか、幻覚とか妄想なのかもわからない。今日、教室で砂映くん、他の女の子とすごく楽しそうに話してた」
「え!その場にいなくても、見えた、と、そういうこと」
「そんな子は気持ち悪いって言っていいよ」
「なぜにそんなこと仰る・・・・・・」
言いながら、砂映は去年の公園で、元彼女との別れ話の時に感じた視線を思い出した。
もしかして、あれも涼雨だったのだろうか。見られていたのだろうか。聞かれていたのだろうか。
「ええと、今日、俺が女子と何の話をしてたのか聞いてたってこと?」
「音は聞こえない。耳が目になる感じで・・・・・・。だから話の内容まではわからない」
「音なしの映像?」
「うん」
砂映はひそかに胸を撫で下ろす。それならセーフだ。去年、元彼女に砂映が責められていた会話の内容をもし涼雨に聞かれていたとしたら、ちょっと死にたくなるところだった。とりあえず、今日クラスの女子と話していた内容はかなりたわいないことだし、その子に特別な好意があるわけでもない、ということを説明して納得してもらった後、砂映は訊ねた。
「離れた場所の映像が、勝手に見えるん?」
「うん」
「別に見ようとしてないのに?でも、遠くの関係ない風景とかじゃなくて、俺のいる映像?」
「・・・・・・見たら駄目ってわかってる。でも、砂映くん今どうしてるのかなあってつい考えてたら、勝手に・・・・・・」
「勝手に、見えてしまう」
「・・・・・・気分悪いよね、覗きなんてされて。こんな気持悪い女とは別れて、楽しく話せるような子とつきあった方がいいよ」
沈みこむ表情の涼雨に対して、
「涼雨さん、俺のいないところでも、そんなに俺のこと考えてくれてるんだ・・・・・・」
思わずじいんとして、しみじみと砂映は言う。
「・・・・・・え?や、違う、そういう話じゃなくて」
「え、違うの?今どうしてるのかなって、考えてくれてるって、さっき」
「ちが、違わないけど。違わないけど、そういう話じゃない」
「あ、そうでした。俺が他の女子と話をしてたという話でした。クラスメイトと会話して盛り上がることはあります。ええと、涼雨さんのジェラシー、正直ちょっと嬉しかったり・・・・・・って、いえ冗談です。涼雨さんに嫌な思いさせて申し訳ないです。俺が好きなのは涼雨さんだけなんで、お願いだから別れとかちらつかせないでください。すみません。本当に、俺は、どうしようもなく涼雨さんが好きなんで」
砂映に言われて、涼雨は真っ赤になる。真っ赤になりながら、言った。
「そ、そういう話でもなかったんだけど・・・・・・」
「へっ。じゃあどういう話?」
「嫌じゃないの?知らないうちに覗き見されるなんて」
「ええと・・・・・・あ、いや・・・・・・逆の意味で心配ですけど。その、涼雨さんが見たくもないような俺の姿・・・・・・例えばえっと・・・・・・俺が便所にいるところが突如見えてしまったりとかそういう」
「!それはないから!」
「あ、それは大丈夫なんですか?」
「その、たぶん私のは、なんて言ったらいいのかな、目が、こ・・・・・・鳥みたいに飛んでいく感じというか・・・・・・。外とか、窓から見えるようなもの以外は、何でも見えたりはしない。カーテン閉まってたら見えないぐらいの。建物には普通結界とかもあるし、トイレなんかは特に。だから、今のところは」
「はあ。それならよかった。男子というのはまあいろいろ・・・・・・あ、いや。知らないうちに涼雨さんに嫌われたらどうしようかと」
「砂映君は・・・・・・気味悪いとか怖いとか、ないの?」
「何が?」
「私みたいな、その、変な・・・・・・」
「魔力が強くて魔精感度?が高い、んだよね涼雨さんは。俺、よくわかってなくて申し訳ないんだけど。しんどいとかあったら我慢せずにすぐ言ってください」
「そういうことじゃなくて・・・・・・」
「この前歴史の授業で魔女狩りの話が出てきてやっと、差別があったとかってこれのことか、ってのはわかった。でも昔の話だし、全然ぴんとこないというか。俺からしたら、魔力が強いって、かっこいい、うらやましい、としか。涼雨さんも、高校卒業後は魔術学校行くんだよね?」
「・・・・・・たぶん」
「いいなあ。将来は魔道士とか?」
「わからないけど・・・・・・」
「実は俺も行きたいと思ってて。魔術学校」
「えっ。そうなの?」
「うん。本当は昔から結構憧れてたけど、特別な魔力とかないし、無理なんだろうなってはなから思ってて。けど、ほら去年の進路イベントで魔術師の人が、そこまで魔力なくても大丈夫って言ってたから」
「足切りはあるよ?」
「まあ、大学は普通に受けるし。どうしても適性ないなら諦めるけど」
でも、できれば一緒に魔術学校に通えたらいいな、と砂映は思っていた。
たとえ魔術学校に落ちたとしても、少なくとも涼雨とはずっとつきあっていくつもりでいた。
けれど、もうすぐ高校を卒業という頃に、二人は別れた。




