13.砂映の彼女(2) 高校時代② 告白
(あ、涼雨さんが笑ってる)
なので休み時間にふいにそう気づいたのは、その「失恋」事件から半年ほど経った秋頃だった。何気なく目を向けることができるようになるまで、そんなにも時間がかかったのだった。その頃には、涼雨が挙動不審で目立つようなことはほぼなくなっていた。いつのまにか仲のよい同性の友人もできたようで、休み時間に三人ほどでかたまって、談笑していた。
(よかったねえ)
頬杖をつきながら砂映はその光景を眺め、しかしほんのりと胸が痛むのを感じた。そのことに砂映は自分で驚いた。いまだに傷が癒えてないなんて、そんな馬鹿な。そんなに?そんなに好きなのか?
(いやいやそれはない・・・・・・それはイカン・・・・・・)
砂映は視線を移した。砂映がいつもつるんでいる友人たちの輪。その中に、女子が二人混ざっている。砂映の中学からの友人の男子にできた彼女と、彼女の友達の女子。砂映を含めて四人で遊ぶことが何となく増えたと思っていたら、先日その子に告白された。可愛いし、一緒にいて楽しいし、断る理由は何もなかった。なので砂映には今「彼女」がいる。
(他の女子のことを好きかもしれない、なんて考えてはイカン)
けれども正直、砂映にはよくわからなかった。中学生の時に何となくつきあった時もそうだった。たわいない会話をしてそれなりに楽しく過ごして、相手のことは嫌いではないけれど、それ以上感情が動かない。
(でも、もしも・・・・・・)
イカン、と思いながらも、つい、考えることをやめられなかった。
もしも涼雨さんが「彼女」だったら、もっと違う感じなのでは?
そんなことを考えている自分は、もしかすると「ひどい男」という奴なのだろうか。うすうすそう感じつつ、表面的には当たり障りなく「彼氏」をしているつもりだった。
が、相手の女の子にはばれていた。
「砂映くんって、優しいようでひどいよね」
日が落ちるのが早くなり、話しているうちに街灯がついた。薄暗い夕方の公園で並んでベンチに座り、砂映は「彼女」に責められた。つきあい始めてひと月も経っていなかった。砂映はずっと謝っていた。なぜか誰かに見られているような感じがして落ち着かず、それで余計に相手を怒らせてしまった。暗くなったし送る、ということばを強い言葉でさえぎって、「彼女」は去って行った。自分が振ったのか相手が振ったのかよくわからない感じだったけれど、とにかく別れた、ことにまちがいはなかった。
砂映は長いこと、そのまま一人うなだれてベンチに座りつづけていた。
砂映を責めた「彼女」の言い分はどれももっともだった。思っていた以上に相手を傷つけていたことに今さら気づかされて、自己嫌悪がどろどろと砂映の心を苛んでいた。
楽な方に流されててきとうにやり過ごしていたのが、よくなかったのだ。
正直な気持を示さず、ごまかしていれば何とかなると思っていた自分が悪い。
(帰ろ・・・・・・)
もはや日は完全に暮れて夜になっていた。立ち上がろう、と顔を上げ、砂映はその人影に気づいた。
(幻?願望?それともなんか、魔法とか?)
その頃砂映の身近に魔法や魔術を使う人間はいなかったから、それがそうなのか違うのかさえもわからなかった。
「涼雨さん?」
ぼんやりとした公園の灯りに照らし出されて、遊具の脇に立っている涼雨の姿がそこにあった。
「なんでここに・・・・・・涼雨さんが」
「えっあ?」
ふいにそこに立っていた涼雨さんは、自分がそこにいること、砂映に視線を向けられていることにはじめて気がついたかのように慌てていた。幻にしては、やけに挙動不審である。けれども、入学直後の頃の彼女の言動が再現されているのかもしれなかった。
学校にいる時とは違う、ややラフな部屋着のようなものを着ていた。けれどそれも、そんな姿も見てみたいという砂映の願望によるものなのかもしれなかった。
ともかくその涼雨は異様にうろたえていた。
「ちがっちがうの。ごめんなさい。違いますから!ストーカーとかじゃないですから!覗くつもり、なかったのに、そのつい・・・・・・。分身するつもりは本当になくて、ただ、なぜか、なんか勝手に、無意識に、その・・・・・・ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
長い髪を振り乱して何度も頭を下げているその様子を眺めながら、
(ああ・・・・・・どうしよう。本当に、俺はひどいのかもしれない)
砂映は思った。
(なんでこんな時なのに。こんなに心が跳ね上がる・・・・・・)
さっき別れた「彼女」に対して、そんな気持が湧いたことは一度もなかった。
「俺は・・・・・・」
砂映は憔悴しきっていた。疲れすぎて、何が何だかよくわからなくなっていた。
ほの暗い公園の中、突然都合よく想い人の姿が現れたのは、あまりにも現実感がなかった。 それで砂映は、ベンチに腰かけたまま、数メートル先に立っている涼雨に向かってほとんど独り言のようについ口走った。
「俺は・・・・・・なんか、涼雨さんがどうしようもなく好きみたいで・・・・・・」
ごめんなさい、ごめんなさい、と言い続けていた涼雨は、そこで「ごっ」と言葉を止めて、「は?」と顔をしかめた。
「は?なにそれ。え、や、えええ!」
彼女は目をぐるぐるとさせながら、何やら否定的な言葉を繰り返した。
と思ったら、その姿はそのまま砂映の前からかき消えた。
なんだったのだろう。
(やっぱり幻覚・・・・・・?)
幻覚なら、せめてこちらの告白に対して、微笑んでくれたらいいのに。
砂映はその場ではぼんやりとそんな風に思った。
どこまでが夢で、どこまでが現実かわからないような状態で家に帰り、ご飯を食べ、寝た。
次の日、砂映は気まずい思いを抱えて登校した。
前の日に別れた「元彼女」がいる教室。
さらに涼雨も同じ教室にいるのだ。昨日思わず告白してしまったのは、果たして本物の涼雨だったのか。それとも幻覚か妄想だったのか。
(俺はどんな顔をしたら・・・・・・)
怖れる砂映にたいして、「元彼女」はとてつもなく優しい対応をしてくれた。自分から、笑顔で砂映に声をかけてくれた。「昨日いろいろ言ってすっきりしたから。これからは、普通にしよう」と言ってくれた。
涼雨の方は・・・・・・とりあえずへらへらと笑いながら「おはようゴザイマス」と様子を窺うように声をかけたところ、「おはよう」と小さく返してはくれたが、顔をしかめ目をそらしながらだった。
(どうしよう、わからん・・・・・・)
春の「失恋」事件以来、こんな風に声をかけたことはなかった。だからそれが涼雨の通常運転なのか、昨日のことがあるせいなのか、わからない。
(まあどちらにしても、好かれてはいないことは間違いない・・・・・・)
どうして自分のことを嫌っているだろう相手に対して、こんな感情を抱いてしまうのだろう。
自分のことを好きだと言ってくれた元彼女に対してこの感情を抱けたら、すべてがうまくいっただろうのに。
砂映はへこんだ。へこんで、「恋愛」とは距離を置こうと決めた。




