10.少女L (4) 魔道士雷夜の疑惑
「えっと・・・・・・その本は、そこで終わっているんですか?」
さすが芸能人、と思える語りっぷりに引き込まれつつ聞いていた砂映は、区切るように口を閉ざした紅に訊ねた。
「ふふ。この後は、あとがきがあるだけだ。女魔術師Aは事故から半年後に意識を回復し、リハビリを経て、魔術が再び使えるまでになったこと」
「あ、それはよかった・・・・・・」
「そして、行方不明となった少女Lの身を、著者たちが案じていること。どんな事実でも受け止める覚悟がある。何か知っている人は知らせてほしい、と結びには書かれている」
「行方不明?」
「この本には『ある事件により』としか書かれていない。だからここからは、私があれこれ調べて事実をつなぎ合わせることでわかったことだ。君も知っているだろう。今から、そう、十三、四年くらい前になるか。とある魔女組織による、大規模なテロ事件。複数の魔術協会関連施設が、同時期に襲撃された。少女Lが送られた施設は、おそらくその標的の一つとなった場所だ。時期は彼女が送られて、四年か五年経った頃と思われる」
砂映もその事件を覚えては、いる。かなり世間を騒がせて、新聞などでも連日大きな記事になっていた。砂映が就職した次の年。砂映が勤めていた会社は魔術とは無縁だったが、魔法に感心の高い先輩がいたこともあり、よく話題になっていた。
「えっと・・・・・・たしか、実行犯も組織の首謀者も全員捕まったし、襲撃された施設に収監されていた魔女や魔獣も、一時的に放り出されたり逃げ出したりはあったものの全て見つかって再収監されたはず・・・・・・では」
「ふふ。魔術協会の杜撰さは当時から酷かったけれど、逆にもみ消しには好都合だったのかもしれないな。おそらくだが、少女Lは『囚人』でもなければ『捕獲した魔獣』でもなく、施設の管理リスト等には一切記載がされていなかった。少女Lは襲撃を機に『行方不明』となったが、そもそも正式には『収監対象』ではなかったわけだから、なかったことにされたにちがいない。・・・・・・本に記載された『事件』とはあのテロ事件のことだろう、と目星をつけて調べていく中で、私はある事態に注目した。襲撃された施設のうちの一つだけ、他よりも妙に多数の負傷者が発生していたんだ。職員や囚人、犯人たちの全員が、魔精に火傷を負ってもいた。施設が派手に炎に包まれているのを見たという証言があるが、建物は焼け落ちてはいないし、『見た目ほどは』損傷していなかった。砂映くん、君は白魔術が専門だけれど、これがどういうことかぐらいはわかるよね?この炎がどういうものか」
「・・・・・・魔精に火傷・・・・・・黒魔術の炎ってことですか?」
「ハハハ残念、不正解だ。黒魔術の炎は、魔精の比重が高い生物、いわゆる魔物と、魔精面を開いた人間にのみ有効で、無機物には『一切』干渉しない。けれど建物は燃えていて、わずかだが損傷していた。正解は、魔物による炎。これは魔精面を開いていない人間の魔精にも被害をもたらすし、実際の炎ほどではないにせよ、物質的な影響も与えうる。魔物由来の炎が、この施設では発生したということになる。
ところがだ。この施設に収容されていた魔獣に、炎を出す種類のものはいなかった。野生の魔物が偶然襲来したのか?魔女が襲撃をしたそのタイミングで?その可能性はゼロではないが著しく低い。では、襲撃した魔女が、魔物を使役していたのか?あるいは、一部の魔女の魔法は魔物のそれに近い特性を持つから、魔女による炎か?いやいや、実行犯たちもひどい火傷を負っている。犯人達がそこまで間抜けだったということもないだろう。ではどういうことだ?
思い出してほしいのは、少女Lの宿す魔物の性質だ。三匹のうちの一匹は、白にじ蛇。かなり攻撃性の高い魔獣で、口から吐く水は発火させることができる。幼女の頃の少女Lは、この炎で魔術使いの男を黒焦げにした」
「でも・・・・・・そういった施設では、攻撃魔法は発現できないようにされているのでは・・・・・・」
「ああ、もちろん。だが、混乱の中で施設外に放り出された後、だったのかもしれない。そうでなかったとしても、あのテロ事件を起こした魔女たちは、あらゆる魔女の解放をかかげて、ご丁寧に、襲撃した施設全体を特殊結界で包んであらゆる縛めの術を無効にしていた。まったく、愚かにも程がある狂信者たちだったわけだ。幸いどの施設にも、すぐさま魔道士や魔術師が駆けつけて、事態を収拾したのだが。・・・・・・この、『派手に燃えたという目撃証言があった』施設に派遣されていたのが、魔道士雷夜だ。魔術学校を卒業して一年と経っていなかったはずだが、まあ、あれは卒業前からすでにあちこちで働かされていたようだがね」
「雷夜」
「当初の私の出した結論はこうだ。おそらく少女Lはこの施設で縛めを解かれた時に『魔物』として暴走し、水を吐き炎をまき散らした挙げ句、魔道士雷夜によって退治されたのだろう。魔術使いが魔女を死に至らしめることは業務上いくらでもあるし、ほとんどの場合罪に問われることはない。理性を失った魔女なんてものは殺害されてもやむなしだし、魔物化していたとしたら、その駆除なんてそれこそ我々には日常茶飯事だ。とはいえ、ヒトゴロシは胸を張れる話でもない。ましてや少女Lは、長年に渡って多額の予算と人員を割いて育てられた貴重な研究対象でもあった。魔術協会内部にはかなり複雑な派閥があるが、この件は、取り上げ方次第では立派な不祥事だ。この件で非難されうる協会関係者は魔道士雷夜以外にも何人もいるだろう。非難をおそれた一派が情報倉庫から少女Lに関わる情報そのものを消し去った、というのはありえる話だ。本の出版はおそらく、少女Lの研究に携わった者たちの苦肉の策だろう。赤月以外はほぼ匿名にし、協会の不祥事を掘り起こしかねない部分は慎重に伏せられている。彼らは一派に対立する意思はなかったが、少女Lによってもたらされた、魔法や魔獣についてのせっかくの知見をすべて闇に葬り去るのはあまりに惜しいと考えた。と同時に、少女Lの消息を何としても知りたかった。少なくとも魔術師H自身は、少女Lは魔道士雷夜にテロの晩に殺害された、と思ってあの本を執筆したはずだ。あのあとがきは、おそらく魔道士雷夜に向けられている。やけに善良な、美化とさえ受け取れるような少女Lの描写。一冊を通して自分たちの、少女Lへの愛情と罪悪感をすべてさらけ出したうえで、覚悟はしているから、どんな顛末でも受け止めるから彼女の最期を教えてほしい、とね。
だが、私自身が魔道士雷夜と関わる機会がちょうど今から一年ほど前にあった。データで写真を見たことはあったが、本当に、驚くべき童顔だなあれは。三十歳を過ぎているとは思えない――――まあそれはともかく」
「はい」
「魔道士雷夜に実際に会ったことで、『少女Lの顛末』に対して小さな疑惑が生まれた。『待てよ』と思ったんだ」
「はあ」
「あの男は――――人としておかしい」
「へ」
「ねえ、桃花」
ふいに紅は、傍らで結界を維持しつつ、うっとりと目を潤ませて紅を注視していた桃花に話を振った。
「教えてやってくれないか、桃花。桃花が雷夜について感じた違和感を」
「紅様・・・・・・」とろけるような声で、身に余る光栄とばかりに身体を震わせたかと思うと、次の瞬間には切るような声音になって、桃花は雷夜の名を口にした。
「魔道士雷夜。あの男は――――」
何か余程嫌なことでもあったのだろうか。砂映自身は雷夜を好ましく思っているが、雷夜が人に嫌われがちであることも承知している。思わず身構えて言葉を待つ。
「あの男、この私を見ても、一切何の反応も示さなかった」桃花は言った。
「・・・・・・え?」
「この私の女としての魅力に、何の反応もしない男なんてありえない。少年みたいな見た目のくせに」
「い、いやそれは人によると言うか・・・・・・」予想外のコメントに、思わず砂映は言ったが、
「砂映、おまえだって、私を初めて間近で見た時には、小鼻がヒクヒク動いた」
「えっ」
「あの失礼な男、積多と言ったか、あれも、私を見た時にはぴくりと眉毛が動いた。あらゆる男は私に反応をする。露骨に胸元を見ていなくても、必ず何らかの反応をする」
雷夜の話の飛び火で、まさか自分と積多についてそんなことを言われるとは思いも寄らず、砂映はうろたえる。いや確かに、かっちり三つ編みにスーツという一見堅苦しい装いに対し、はちきれそうな身体つき、やけに扇情的な香りの香水、濃い化粧、に後から気づいて少しびっくりして、そのギャップに自分の何かがまったく反応しなかったとは言いきれないが・・・・・・。
「ふふふ。あらゆる男を虜にする桃花に、何の反応も示さない男なんてほぼいないからね」
「紅様。もったいないお言葉です」
「とはいえ、とんでもない嗜好の男というのもいるからね。念のため、桃花とはタイプの違う女を数人、何度か雷夜に接触させてみたりもした。けれどやはり反応なし。もしや男が好きなのかとも思ったが、この私にも、一切の反応がなかった。同性を対象としない男でも、私の魅力には反応する者が多いというのに。ねえ砂映くん」
「はあ・・・・・・」
確かに、発光しているかのような美しさの紅に対して、砂映も、おそらく積多も、圧倒されるような感情を抱かされはした。
しかし、自分たちの魅力に何の反応も示さないから人としておかしい、と言い切るというのは。
(やっぱり、積多さんの言うとおり変な人・・・・・・桃花さんだけでなく、紅さんも、相当変な人だ・・・・・・)
今さら砂映は思う。
「それでいよいよ魔道士雷夜という男はおかしいな、と思っていたら、あの男も魔物と融合して生まれてきたということを後で知った。それで賦に落ちたんだ」
「というと」
「あの男はつまり、人間ではなく魔物が好きなんだよ。性愛の対象が、人間ではなく魔物なんだろう」
「え・・・・・・ええと」
「引いているね砂映くん」
「あ、いやその。ええと、そういうことを勝手に決めつけるのはどうかと・・・・・・。単にそういうことに興味がない人もいますし・・・・・・そもそもそんな、人のプライベートな・・・・・・」
「ふふ。まあね。他人に迷惑をかけない限りは性的嗜好は個人の自由だし、こういった話題が上品ではないことはもちろん承知しているよ。とはいえ、この世は綺麗事だけでは済まないからね。下世話なことへの嗅覚は、時にこの仕事をしていると重要だ。もちろんはじめは、単なる思いつき程度の想像だったがね。若き魔道士が、燃えさかるテロ襲撃現場で遭遇した美しき魔女!その魔女は、孤独な魔道士にとっては唯一無二、自分と同じ呪われた運命を背負って生まれた存在だった!だが、運命の魔女は理性を失い、魔物と化して暴走している!魔道士の任務は、その魔女を退治することだ!さあ、果たしてその魔道士の男は、その運命の女を殺したのか?殺すことができたのか?答えはもちろん否だろう!」
「はあ」
「想像の裏付けを得るべく、その後ちょっと調べたんだがね。魔物退治は、魔道士として重要な仕事の一つだ。あの男も、これまでそれなりの数の魔物を屠っている。だが、気づいたんだよ。あの男、ある種の魔物については、やけに殺すのを避けている。憑依・操作・変化など、人間の姿形を利用するタイプの魔物というのは、魔物のままで人間を襲うタイプよりもはるかに危険度が高い。知能が高く狡猾なふるまいをする魔物が多いから難易度が高い案件も多く、協会は優秀な魔術師や魔道士に依頼を振りがちなのだが――――それらの報告書を見ると、なんとね。ほとんどの案件で・・・・・・退治して当然な案件でさえ、あの男は拘束後に監視で経過観察という判断を下していた。『変化熊』なんていう凶悪極まりない魔物を生かしているというのを読んだ時は、正直我が目を疑ったよ」
「それは――――」
見かけの態度や物言いのわりに、魔道士雷夜はかなり優しい人間だ、と砂映は理解している。細かい事情はわからないが、できれば殺さずに、という姿勢は、むしろ賞賛されるべきことではないのか。
「殺さないのは魔道士雷夜が優しい人間だから?ふふふ、そう解釈してあげたいのはやまやまだけれどね。魔物絡み以外の案件では、まあまあ非情な対応も多いよあの男は。つまり何が言いたいかというと、あの男は一般の人間を危険に晒してでも、人間形態の魔物を生かす傾向がある、ということだ。自身が魔物だから、魔物贔屓なのだろう。・・・・・・さて。魔道士雷夜と運命の伴侶少女L。魔道士雷夜が『経過観察』の名の下に従えている人間形態の魔物たち。この構図から何が見える?」
「あ、ええと・・・・・・伴侶?」
紅の決めつけがどんどんエスカレートしている気がしたが、砂映にはどうすることもできない。
「最悪のシナリオはこうだ。魔物人間の王国」
「魔物人間の王国?」
「怖ろしい力を持った魔物人間の王と妃――――魔道士雷夜と少女L。配下にいるのは、魔道士雷夜が退治せずにおいた危険な魔物たちだ。今はまだ、表には出ていない。しかしこの組織は、この人間社会そのものに脅威をもたらす勢力になりえるだろう。彼らは自分たちを迫害した人間たちへの復讐心を抱え、社会転覆を企図しているにちがいない」
「いや、ええと」
「荒唐無稽だと思うかい?私もね、これが的外れな想像であればよいと思ってはいる。しかしそれならばなぜ、少女Lの痕跡は、あそこまできれいに消し去られているのだろう?少女Lがすでに死亡しているなら、おそらく私の当初の推測どおり、不祥事隠しが理由にちがいない。だが砂映くん、君に残った魔女の痕跡。これがもしも少女Lのものだとするなら、少女Lがこの町で生きているとするならば、私の想像はもはや想像ではなくなる。魔道士雷夜が少女Lを隠匿し、おそるべき陰謀を抱えていることはもはや確実ということになる」
「いえ、その・・・・・・そんなことは、ないと思うのですが」
砂映は何とか言った。
「そうだね。私も、先程も言ったとおり違うことを願っているがね」
美しい顔で微笑むと、紅は桃花に合図をし、結界を解いてくれた。
すうっと靄が晴れるように、空間が正常に還る。見慣れた店内の景色が戻ってくる。
「今日のところはいったん帰ることにするよ。行こう桃花」
結界が張られている間、外の人たちにお店がどう見えていたのか、砂映にはよくわからない。だが、結界が解けた途端、二人ほどのお客さんが店内に入ってきた。
彼らはぽおっと顔を赤らめて、紅を見た。そちらには目もくれず、口元に薄く笑みを浮かべながら深紅のマントをばさりと翻すと、紅は桃花を引き連れて、優雅に店を出て行った。
※変化熊:「悪徳魔道士雷夜 04 熊男とその妻と悪徳魔道士」参照




