惨めな私 幸せそうな元カレ
一瞬、自分の願望が幻となって現れたのかと思ったけれど…。
「えっと。白鳥さん…。あの、大丈夫…?」
「りょっ…。い、石藤くん…。急に目眩がして…。ごめんなさい…!」
元彼=良二くんがこれ以上ないぐらいに気まずそうな顔をしながら、ぶつかって来た相手である私を丁寧に気遣って来た時、これが現実で、私は目の前にいる彼に昨年の同窓会でどんなひどい言葉をかけたのか、そして高校時代にどんな仕打ちをしたのかを思い出し、すぐに離れた。
「あっ…。」
「白鳥さんっ…。」
しかし、精神的ショックを受けていた私は足にうまく力が入らず、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「具合悪いなら病院へ行くか?タクシーか、あまりひどいなら、救急車呼ぶけど…。」
心配そうに屈んで話しかけてくる彼に、私は慌てて手を振った。
「い、いえ。病気とかケガとかじゃないので、そんな大袈裟な事はいいわ。
ちょっと休めばよくなると思うのでお構いなく…。」
「でも…。」
彼は途方にくれたような顔をした。
ここは狭い歩道の真ん中で、例えひどい元カノでも、具合が悪い人をそんなところに放置するのが、彼には躊躇われるようだった。
「じゃあ、すぐそこのカフェで休むのは、どうだ?そこまで支えて行くが…。」
「あ、ありがとう…。ごめんなさい…。」
目の前の青い窓のあるカフェを指差す彼に、私は頷き、まだふらつく体を彼に支えてもらいながら、店内に入って行ったのだ。
「こちらのお席へどうぞ?」
ご飯時を過ぎた時間で店内は空いていて、店員さんに勧められるまま、窓際の席に座り、私はほうっと息をついた。
「回復しないようなら、ご家族かタクシーを呼んで病院行った方がいいぞ?
じゃあ、俺はこれで。ゆっくり休んで。」
「…!」
そう言って、背を向きかける彼に、私は思わず声をかけていた。
「ま、待って、石藤くん。お礼にせめて、コーヒー奢らせて!お願い!」
「えっ。」
彼は困ったような顔になっていたが、引けなかった。
自分のいる一夫多妻制家庭の闇を知ってしまった。これからどうしていけばいいのか分からない。
そんな時に現れた元カレに縋るような気持ちになってしまっていたのかもしれない。
「お願い…。少しだけでいいから…。」
彼はそんな必死な様子の私に良二くんは
苦笑いをした。
「じゃあ、コーヒー一杯だけ…。」
✽
「あの、この前の同窓会の時は、あなたに恥をかかせるようなひどい事を言ってしまって、その…、ごめんなさい…。」
私が頭を下げると、向かいの席でコーヒーを飲んでいた良二くんは静かに首を振った。
「いや…。俺も、知らなかったとはいえ、無神経な事を言ってすまなかった。その…。また、無神経な事を言ってたらすまないが、今の体調の悪さがそういうのだったら、本当に無理をしないで家族に連絡入れた方がいいぞ…?」
「…!」
良二くんは、私の体調の悪さが暗に妊娠によるものかと心配してくれているようだった。
慶一。綺羅莉。舞香。そしてその子供達。
今いる家庭に、私を心から心配してくれる人がいるだろうか。
実家には一夫多妻制家庭になる事を反対されて、父と大喧嘩して以来一度も帰っていない。
頼れる人が誰もいない状況を改めて認識して私は力なく笑った。
「違う。妊娠とかじゃなくて、ただ、ちょっと疲れているだけだから。」
「そ、そうか…。」
彼は、私をチラッと心配そうに見ると、またコーヒーカップに視線を落とした。
「あの…。最近、俺に手紙って送ってない…よな?」
「え?手紙??」
何のことか分からず、聞き返すと、彼はブンブンと首を振った。
「いや、知らないならいいんだ。悪い。変な事言って…。」
「え、ええ…。」
そして、彼は咳払いをすると今度は店内の装飾に視線を向けた。
良二くん、居心地悪そうだな…。
そりゃ、そうだよね。
ひどい仕打ちをした元カノとなんて一緒にいたくないよね。
ふと窓ガラスを見ると、ひどくやつれて、年よりも老けて見える私の顔が映っていた。
ああ、惨めな女の顔だ…。
それに対して、元カレは、以前より少し肉がついただろうか。
体にフィットしたスーツを着こなして、快活で優しげな人に好かれそうなオーラに満ちていた。
「良二くん、何だか立派になったわね…。スーツもピシッとしてるの着てるし…。」
「え。そうか?ああ、スーツはさくら…、妻が毎週アイロンプレスしてくれるから、馬子にも衣装って奴だ。」
私が指摘すると、ぎこちない表情だった良二くんは、そこで初めて笑顔を見せた。
ああ、幸せなんだな…。
何故だか、胸が締め付けられような痛みを覚えた。
「あ、あなたの奥さん、テレビで見たわ。RJ㈱の社長令嬢で、人気の料理研究家。」
そして、あの時、私達が助けたあの銀髪の子…。
私達が幸せだったあの頃の事を言うと、泣いてしまいそうで、密かに心の内で呟いた。
「忙しいのに家事もこなすなんて、すごいわね…。」
「ああ。俺には勿体ないぐらいの妻なんだ。」
良二くんは張り裂けそうな胸の内を知らず、しみじみと頷いた。
「その…、あの子は、実は…。」
そして、良二くんは真剣な顔で私に何かを言おうとしたので、ドキッとしたが…。
「いや、何でもない…。」
「……。」
彼が言いかけた事が何か分かっていた私は、鼻の奥がツンとなり、目を瞬かせた。
「石藤くん、高校時代の事は本当に…。」
「ああ。何も言わなくていい。君は、僕でなく、白鳥を選んだ。それだけの事だ。」
私が言いかけた言葉を良二くんは眉間に少し皺を寄せて、少し強めに遮った。
謝らせてももらえない。
彼にとって、高校時代の事は謝ったからといって許せるような事ではないのだろう。
私は言いかけた言葉を出せなかった涙と共に飲み込んだ。
「だから、本来ならこんな事は言いたくないんだが、最近、仕事で旦那の白鳥に関わる機会があってね。」
「えっ。」
「君が俺にまだ未練があるって詰め寄って来てな。いくらそんな事はないと言っても聞いてくれない。」
「慶一くんが…?」
「白鳥は、ああいう奴だ。今君がつらい状況に置かれている事は何となく推察される。
これからどんな事になろうとも白鳥と添い遂げたいというなら、俺は止めない。けどな。奴と離れる決意が出来たのなら、ここに連絡をしてくれ。」
「えっ。それってどういうっ…。…!!」
良二くんに連絡先の紙を手渡され、私は目を見開いたのだった。
*あとがき*
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