ファッションモデル SAKURAの誕生?!《中編》
《石藤桜視点❀》
『さくらちゃんの最近の創作料理、面白いのよねぇ…。レシピを纏めて、本を出してみたらどうかしら?今の若い人にウケるんじゃない?』
「そうは言われてもなぁ…。」
キッチンで今日の夕飯は何にしようかと考えながら料理ノートをパラパラとめくっていると、私は今、お手伝いさせてもりってる料理研究家の今田素子先生に言われた言葉を思い出し、ホウッとため息をついた。
小学生の頃からお祖母様、メイドさん達、料理教室の先生、専門学校の先生から教えてもらったお料理に自分のアイディアを足してコツコツレシピをまとめてきた。
小学生の頃書いたノートの端っこには、良二さんと香織さんを王子様、お姫様に見立てた落書きが描かれている。
あの時は、まさか私が良二さんのお嫁さんになれるなんて思っていなかったな。
想いが叶って、毎日良二さんと一緒にいられて、頑張って作ったお料理も美味しいと言ってもらえて夢でも見ているように幸せだけど…。
私がレシピを紹介する事で、周りの人にもそんな幸せを味わってもらえたら…とまで思ってしまうのは、ワガママなんじゃないだろうか…?
今田素子先生には、「料理本を出すなら、北欧の血が入っているあなたならではのレシピというところを強調して、写真は公開した方がいいわよ?」と言われてしまっていた。
まぁ、出すにしても、お父様の会社の系列の印刷会社で個人出版みたいな形になると思うけど、それでも私の情報を公開する事で、白鳥慶一にまた付け狙われたら…。
香織さんとは、彼女が文化祭の劇のヒロインになってから、すれ違い始めてしまったと聞いていた。
仕事が忙しくなり過ぎるせいで、せっかくラブラブになれた良二さんとの間に行き違いが生じて、また彼につらい思いをさせるような事になったらと心配でもあった。
そんな私の葛藤を見透かすように、隣人の亜梨香さん達と夕食をご一緒した時に彼女に言われてしまった。
「さくらちゃん、今、やりたい事があるんでしょう?モデルをやる事で、自分のやりたい事へ進む事へのきっかけになるかもよ?」
って…。一瞬動揺してしまった私に、亜梨香さんは、私をイメージしたという春服の画像を見せてくれたのだ。
それは、濃紺のワンピースで、濃いピンクの胸のリボンや袖がポイントになって、可愛らしさと凛とした美しさを両立するような服だった。
「わぁ、素敵…!✧✧」
思わず呟いてしまった言葉に、亜梨香さんは明るく笑った。
「女の子をそんな表情にさせるのが、私の生きがいなんだよねっ?」
「…!//」
隣人としては、明るく騒いでいるイメージしかなかった亜梨香さんの事を仕事人としてカッコイイと思ってしまった。
もちろん、モデルの件はお断りした。
けれど、その後、他ならぬ良二さんに言われてしまったのだ。
やりたい事があるんじゃないかって…。
「別に俺は反対しないよ。モデルもそのやりたい事も。やってみてもいいんじゃないかな?さくらに興味があるなら…。」
「え…。で、でも、今は白鳥の件もありますし…。」
動揺する私の手を良二さんはギュッと握ってくれた。
「西城さんの言うように、いくら狙われているからっていつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
もう結婚もしているわけだし、白鳥が仕掛けて来るなら、積極的に迎え撃つ方法を考えていこう。
さくらをちゃんと守ると誓うよ。
俺の事も白鳥の事も気にせず、さくらには、我慢せずにやりたい事を目一杯やって行って欲しいんだ。」
「良二さん…!」
真摯な瞳で私にも自分にも言い聞かせるような彼の言葉に、私も嘘をついたり誤魔化したりしてはいけないと思った。
「良二さん、分かりました。一回だけ、亜梨香さんのモデルの件引き受けてみたいです。いいです…か…?」
「ああ…。分かった。俺も全力でサポートするよ。」
不安でいっぱいの中、恐る恐る自分の気持ちを伝えると、良二さんは笑顔で頷いてくれたのだった。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
亜梨香さんに、男性モデルさんとの共演はなし、撮影は権田さん同伴で、一回だけでよいのであれば、モデルを引き受けてみたいと伝えると、彼女は、狂喜乱舞した。
撮影の日取りが差し迫っている中で、亜梨香さんのイメージ通りのモデルが見つからず、困っていたらしい。
撮影はまだ桜が開花中の東北地方のA県で、数日後に行われる事になった。
良二さんは、その日は出張で大事な仕事がある為、休みをとって付き添ってあげらる事は出来ないけど、応援していると言ってくれた。
まだ迷いはあったけれど、頑張るしかないと思った。
そして、撮影当日ー。
「は〜い!それでは、財前寺さん、スタンバイして下さい!!」
「は、はいっ!」
亜梨香さんが見せてくれたあのお洋服に身を包んだ私は、スタッフさんの掛け声で、桜の木の下へ移動した。
「さくらお嬢様、頑張って下さいね?応援しております!」
「がが、頑張ります!」
近くに付き添ってくれている権田さんの声援に、ガチガチに震えながら答えると、立ち会ってくれている亜梨香さんも笑顔で声をかけてくれた。
「さくらちゃ〜ん!リラックスリラックス!いつもの感じでいいからね?」
い、いつもの感じってどんな感じだっけ?
私は自分でも引き攣っていると分かるぎこちない笑みを浮かべた。
「は〜い。じゃあ財前寺さん、桜の木の下を、ゆっくりと歩いて〜…ハイ。ストップ。」
カシャッ!
「こっちに目線向けてね〜?」
カシャカシャッ!
「口を開けすぎないように微笑んで〜?親しい人に向ける自然な笑顔ね。」
良二さん…。
私、本当にモデルの仕事を引き受けてよかったんだろうか…?
カシャカシャッ!
シャッター音が鳴り響く度に私の胸はズキズキと痛んだ。
カメラマンさんは、困ったような顔で首を傾げた。
「う〜ん。表情も動きも硬いな〜。ちょっと休憩して、10分後にもう一回撮ろうか?」
「は、はい!すみません…!」
私は身の縮む思いで、カメラマンさんや周りのスタッフさんに謝り、しょんぼりと休憩用スペースのイスに戻った。
素人の上に、心に迷いがあり、注意散漫になっているなんて最低だ!
こんなんじゃ、せっかく背中を押してくれた良二さんにも申し訳が立たない。
「さくらお嬢様、どうぞ、お飲み下さい。」
「ありがとう。権田さん…。」
権田さんがペットボトルのお茶を渡してくれる中、亜梨香さんが近付いて来た。
「さくらちゃん。大丈夫?」
「亜梨香さん…。ご迷惑おかけしてすみません!」
慌てて私が謝ると亜梨香さんはいやいやと手を振った。
「最初は誰でも緊張するもんだよ。気にしないで?
さくらちゃんの緊張を解すために、新人の男性カメラマンさん連れて来たんだけど、よかったら、気分転換に撮ってもらったら?」
「え…。でも、男性スタッフさんと絡むのはちょっと…」
と躊躇っていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえて来た。
「まぁ、そう言わず、少しだけでいいですから、撮らせてもらっていいですか?僕の奥さん?」
「へっ?!」
目を丸くして振り向くと、そこには、今日、朝自宅を出る時見送ってくれた良二さんが、首からカメラを下げてにっこりと微笑んでいたのだった。




