おまけ話 娘見送りし夜
桜専属の運転手兼ボディーガード、権田は桜の父、財前寺龍人に呼ばれ、部屋に入ると、彼はソファに座り、アルバムを捲っていた。
「旦那様…。さくらお嬢様の昔の写真を見ていらしたのですか…?」
「うん…。娘の育つのはあっという間だと思ってね…。まぁ、権田もそこにかけなよ。」
「はい。失礼致します。」
財前寺は、権田に笑いかけると向かいのソファを手で指し示し、権田は勧められるままそこへ腰掛けた。
「見てごらん。このアルバムはさくらの7才頃のものなんだが、石藤くんに出会う前と後では、全然表情が違うんだ。」
「これは大事なものを…。拝見致させて頂きます。おおっ…。本当ですね!」
財前寺に渡されたアルバムの中身を見て、権田は感心したように頷いた。
アルバムの最初の方のページは、無表情なさくらの写真が多かったが、途中から表情豊かになり、笑顔の写真が多くなって来た。
「石藤様に出会われた後のさくらお嬢様は、キラキラした表情をされていらっしゃいますね。」
「ああ…。あの子はこんなに小さな頃からもう、自分の伴侶を決めていたんだね。」
権田の言葉に、財前寺は感慨深そうに頷いた。
「石藤くんとの事では、年の差もあって、色々と気を揉んだし、あれだけさくらの結婚がうまくいくよう願っていたけれど…。
ハハッ。あの子がいざいなくなってしまったら何とも言えない気分だね…。」
財前寺が、困ったように笑うと、権田はそっと目を伏せた。
「旦那様…。心中お察し致します。」
「まぁ、だからと言って出戻られても困るんだけどね?
さくら、石藤くんにBL趣向の変態プレイを要求して、振られてなきゃいいんだが。」
腕を組んで、割と本気で悩んでいる様子の財前寺を、権田は笑い飛ばした。
「ハハハッ。旦那様。そんな事心配したらキリがありませんよ。
お二人はもう充分に強い絆で結ばれているように感じました。
石藤様なら、もうさくらお嬢様の全てを受け入れていらっしゃいますし、なんなら、先回りして変態プレイをサービスなさっていらっしゃるかもしれませんよ?」
「いや、それもどうかと思うけど、確かに心配のし過ぎはよくないな。
二人を信じる事にするよ。
権田も、今までご苦労だったね。」
財前寺は、権田に真剣な顔で向き直った。
「君は、休日を返上してまで、毎日財前寺家に尽くしてくれているが、そろそろ自分の幸せを考えてもいいんじゃないかい?
まだ40代だし、君も一人になって長いだろう。なんなら僕からいい方を紹介しようか?」
「旦那様…。」
財前寺の申し出に権田は、少し驚いて…、そして笑顔で首を振った。
「有り難いお話ですが、それには及びません。私の伴侶は亡き妻ただ一人でございますので…。」
「そうか…。奥さんを忘れられない気持ちは僕も分かるよ…。
昔は優秀な探偵だった君が、運転手になった理由だものね…。」
「ええ…。交通事故で、身重の妻が亡くなった時は、人生が終わったような気が致しました。
執念でひき逃げ犯を探し当て、捕まえた後、抜け殻のようになっていた私を拾って下さった旦那様にはとても感謝しております。」
「いや、こちらこそ権田には感謝しているよ。
最初はボディーガードとして雇っていたのに、交通事故で辛い思いをした君に、運転手まで引き受けてもらってしまって…。」
眉根を寄せる財前寺に、権田は明るい笑顔を見せた。
「旦那様、権田自ら望んだ事であります。交通事故で妻を亡くして辛い思いをしたからこそ、さくらお嬢様を毎日無事に送り届けさせて頂く仕事が私の誇りであり、生きがいにもなっておりました…。
分不相応にも、さくらお嬢様は、半分私の娘の様にも思わせて頂いていました。
妻のお腹の中の子も、無事生まれていましたら、さくらお嬢様と同じ位の年になっていた筈でしたので…。」
「そうか…。そんな風に思ってもらっていたか…。
では、今日は権田も複雑だな…。」
「はい。今の旦那様のお気持ちと似た心境になっているかと…。」
財前寺と権田は顔を見合わせて苦笑いをした。
「しばらく禁酒していたんだが、今夜は飲む事にしようか。」
財前寺は立ち上がり、壁際の棚から、グラスとワインを取り出した。
「権田、君も少し付き合いなさい。」
「はい。ご相伴に預かります。
では、しんみりした雰囲気を明るくする為に、権田、渾身のギャグを…!アイムソーリーハゲソー…」
「ああ!それは本当にいらないから!!どこから取り出したんだ、そのカツラ!」
財前寺に全力で止められ、ハゲヅラを被ろうとしていた権田は不思議そうに首を傾げた。
「あれ?ご不評ですか?昔、妻にはウケたんですけどね…。」
*あとがき*
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