イベント会場での再会 → 因縁の相手《後編》
「T調理専門学校の学生さん…だよね?名前は確か…財前寺桜さん…だっけ?」
そう声をかけて来た男性が、白鳥慶一=良二さんにとっても私にとっても因縁の相手である事を悟ると、警戒しながら相手を睨みつけた。
「どなたでしたっけ…?あいにく、私、男性が苦手でして身内と親しい方以外とは関わらないようにしているんです。かなり、薄い関係の方とお見受けしましたが…。」
「あれ?僕の事知らない?いや、逆にその反応新鮮だなぁ!今、メディア関係でお茶の間をお騒がせしている㈱SWANの白鳥慶一です。
T調理専門学校にも、仕事で行った事があってね?その時に、君を見かけてね?可愛らしいお嬢さんだと思っていたんだよ。覚えていないかな?」
「全く覚えておりません。すみませんが、ここで人を待っておりますので…。」
そう言って、体の向きを変え、白鳥慶一に背を向けた。
あの時と同じように私の全身を舐めるように見る、彼の視線がとても気持ち悪くて、吐き気がしそうだった。
そう。白鳥慶一とは一度だけ、T調理専門学校で会った事がある。
あの時、お見合いを何回かして、男性が苦手になってしまっていた時期で、彼にギラギラした視線が生理的に受け付けなくて、話しかけられて具合が悪くなってしまった覚えがある。
あの時は、先生や、秋桜ちゃんが庇ってくれ、近付けないようにしてくれたっけ。
その人が、良二さんと香織さんの仲を引き裂いた張本人だという事は、お父様が、良二さんの事を調べてくれた時に初めて分かった。
理想のカップルだった良二さんと香織さんの仲を壊し、良二さんを深く傷付けた白鳥慶一を私は許せず、この時から私にとっても、彼は因縁の相手となったのだった。
それが、こんなところで会うなんて…!
鉢合わせになって、良二さんに嫌な思いをさせたくないな。
塩対応をしているのだから、早くどこかに行ってくれないかな?
しかし、白鳥慶一は私の願いも虚しく更にしつこく話しかけて来た。
「ああ。もしかして、僕の事ナンパかと警戒している?いや、違うよ。
僕はただ、こんなところに、素敵な女性が一人でいたら、変な輩に絡まれるんじゃないかと心配でね。」
「!?」
いや、あからさまにナンパじゃない…!
変な輩=あなたでしょ?
たちの悪いのナンパ氏は、ナンパしてるのに、ナンパって言わないんだなぁと私は不快感と共に学んだ。
「知り合いのよしみで、よかったら、連れの方が来るまで警護させてくれないかい?」
「いえ、結構です!!」
間髪入れずに断ったが、彼は全く堪えていないようで、
「いや、そう言うけど、気になっちゃうんだよな。
連れの方、もしかして男性?君みたいな女性を長く待たせるなんて、ちょっとひどくない?
僕だったら絶対しないけどな…。」
「はあ?連れの方を悪く言わないで下さい!!
あの人は、本当に優しい方で、私の飲み物を買いに行って下さってて…!…?!」
と言ったところで、良二さんが向かった自販機の方を見ると、そこにいる筈の彼がいなかった。
えっ!?良二さん、一体どこへ行ったの?
愕然としている私に、白鳥慶一は更に苛立たせるような事を言って来た。
「ハハッ。どうしたんだい?まさか、王子のような僕に声をかけられているのに、萎縮して、連れの方、逃げちゃったのかな?」
「そ、そんな方じゃありません!!」
自ら王子と言い出す白鳥慶一に、私は拳を握って叫んだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らないで。
お詫びに僕がこの近くのカフェで、飲み物を奢らせてくれよ。
自販機の飲み物なんかよりよっぽど美味しいと思うよ?」
「!!近寄らないで下さ…!」
白鳥がにじり寄って来るのを、私は立ち上がって避けようとした時…。
「あ、ああ…!き、君〜!!男子トイレはどこか知らないか〜?急に腹が痛くなっての〜! ||||||||」
ガシッ!
「うわっ!なんだ、この爺さん…!?」
?!
近くを通りがかった白い長袖Tシャツのお爺さんに、急に肩を掴まれ、白鳥慶一はバランスを崩しそうになって焦っていた。
「トイレなら、向こうの奥って書いてあるだろ!?離れろよっ…!!ぐっ。老人のくせになんて力だっ。」
白鳥慶一は、トイレの表示を指差し、お爺さんを引き剥がそうとしたが、かなりの力で掴まれているらしく、難しいようだった。
「すまんが、腹が痛くて動けんのじゃぁ…!連れて行ってくれるかのぅ…?」
「はあ?何で俺が…!」
「具合の悪い老人を見捨てるのかぁっ…!?最近の若者は、人情に薄いのぉーっ…!!
オーイオイオイ……」
「ちょっ!大声を出すなっ!!泣くなっ!!」
お爺さんは泣き出し、白鳥慶一は周りの人の目を気にしてか、焦った表情になっていた。
「わ、分かったよ!連れて行ってやるから、静かにしろっ!こっちに来い。」
「ううっ。すまんの…。」
白鳥慶一がお爺さんを抱えて男子トイレの方へ向かった時、呆気に取られていた私も心配になり、お爺さんに屈んで話しかけた。
「大丈夫ですか?私も途中までご一緒します。よかったら、お腹の薬を…。」
と、私がバックから常備薬を取り出そうとすると、お爺さんは私の方に向き、ひそっと囁いた。
「(それには、及びません。さくらお嬢様。)」
「えっ!」
老人の声とは違う、聞き慣れた男性の声がして目を見張る私に、そのお爺さんはニヤッと笑ってトイレの方向と反対側の通路を指差した。
「(良二様は、あちらの通路の自販機の近くにいらっしゃいます。
お腹立ちでしょうが、お逃げ下さい。奴との対決は…。)」
お爺さんは、自分のTシャツに書かれた文字を指差した。
『今じゃない…!』
「…!!」
その文字入りのTシャツは、確か、権田さんがオススメしていたサークルのものに、作風がよく似ていた。そして、お爺さんの目元もよく見たら、その人に似て…。
「権…!」
「シッ!」
思わず名前を呼びそうになる私に、権田さんは、口元に人差し指を当てた。
コクッ!
(権田さん、ありがとう…!)
「宇宙一カッコイイ王子様が待っていますので、失礼しますっっ!!」
私は大きく頷きそう叫ぶと、彼らにくるっと背を向けて反対側の通路に向かって走り出した。
「あっ!君…!!宇宙一カッコイイ王子様は、俺だというのにっ…!」
「ありゃ…。お礼に後で食事を奢ると言ったのじゃが、警戒されてしまったかの…。」
「はあっ?何考えているんだ、このエロ爺さん?!」
「あ、いててて…。もう、ここで出る〜!」
「よ、よせ!離せ〜!!……!…!」
背に受ける彼らの声がだんだん小さくなっていくのも構わず、全速力で走る内、反対側通路の奥の自動販売機近くにいる良二さんを見つけた時、私はパアッと顔を輝かせた。
ギュムッ!
「ハアッ!良二さぁんっ!!」
「あっ。さくら!わあっ!!//」
私に飛びつかれ、良二さんは買った飲み物を
取り落としそうになった。
「さ、さくら?どうした?遅くなってごめんな?近くの自販機、紅茶、全部売り切れちゃってて…。」
「ああ。それで、ここまで買いに来てくださったんですね。ありがとうございます!冷たくて気持ちいい〜✧✧」
良二さんが戸惑いながら、ペットボトルのミルクティーを渡してくれ、私はそれを受け取り、頬ずりした。
「それと、良二さん。すぐ近くに、白鳥がいます!」
「白鳥が!?さくら、大丈夫だったか?」
瞬間、顔色を変える良二さんに、私はにっこり頷いた。
「ええ。声をかけられましたが、お爺さんに扮した権田さんが間に入って逃がしてくれましたので、平気です。」
「そ、そうだったのか!さくら、一人にしてしまって悪かった。また絡まれる前にすぐにここを出よう!お兄さんと宝城さんにも知らせなきゃいけないな。」
「ハイッ!」
私は大きく頷き、まずお兄様と秋桜ちゃんに白鳥の事をメールで報告した。
権田さんの言うように、いつかまた白鳥慶一と対決する時がやってくるかもしれない。
その時は、良二さんを必ず守ってみせる!
そう胸に誓って、私は良二さんと手を取り合いその場を離れたのだった。
*おまけ話*
その後の白鳥慶ー。
「おい、着いたぞ!」
「お、おおっ。すまんの…。」
バタン!
「ふい〜っ。危うく漏れるところだったわい…。」
「ったく、とんだ手間をかけさせられたぜ。いいところで、財前寺桜さんには逃げられるし…。」
腹痛に苦しむ爺さん(さくら専属の運転手、権田)を連れて行き、トイレの個室に駆け込むのを見やって、顔を顰める慶一。
その場を去ろうと背を向けた時、個室から爺さんの声が漏れ聞こえて来た。
「う〜ん。おい〜、若いの。心細いから、終わるまでそこで待っててくれよ?」
「はあ?何で僕が…!」
「お前、最近テレビによく出てくる、スワンとかいう会社の白鳥社長じゃろ?具合の悪い老人を見捨てたひどい奴だと、この会場中にに言いふらしてやるぞ?」
「くっ…!(このクソジジイ…!)少しだけだぞ…。」
「ありがとうの…。」
爺さんに痛いところを突かれ、拳を震わせる慶一。
(くそ。仕方ない。5分だけ待って、出てこなければ、もうイベントのスタッフに連絡して任せよう。付き合ってられん。)
カタン…。
「(ふふっ、白鳥氏、大分苛々しておりますな…。さくらお嬢様に不快な思いをさせた罰でございますよ? )」
腕を組みながら、腕時計の時間を見て指をトントンしている白鳥の隙を付き、壁伝いに登り、上から、隣の個室へ移動する爺さん(権田)。
ババッ。ジャーッ! バタン。
そして、権田は速攻で老人の変装を解き、スーツに着替え、サングラスをかけ、用を足した振りをして、個室から出てくると…。
不思議そうな顔で隣の個室の前に立っている慶一に問いかけた。
「あれ?そちらの方、ドアの前でどうなさったんですか?」
「え?いや、中で腹が痛い爺さんが入ってて、待っててって言われて…。って、俺達の会話、聞こえませんでした?」
「いえ…。あなたが何かブツブツ言っているのは聞こえましたが、お爺さんの声は…。っていうか、そこ、誰も入っていないですよね?」
「え?そんなわけ…。?!」
ギィ…。
慶一は、トイレのドアノブに手をかけると、カギがかかっておらず簡単に扉が開き、個室の中には誰もいなかった。
「そ、そんなバカな!確かに爺さんがこの中に…!」
信じられないという顔をする慶一に権田は神妙な顔で声を潜めて告げた。
「そう言えば、この会場、お爺さんの霊が出るので、有名らしいですよ?気を付けて下さいね?」
「?!%$%※¥% ||||」
青褪めて立ち尽くしている慶一を残してその場を去ると、権田はサングラスを外してほくそ笑んだ。
「ふっ…。白鳥氏、案外騙され易いですね。」




