イベント会場での再会 →初恋の人《前編》
《佐倉(旧姓:須藤)穂乃香視点》
「紗英ちゃん。少し空いてきたみたいだから、今の内に好きなサークルさん、回って来たら?」
「あ、うん。ありがとう、ほのちゃん…。でも、体、大丈夫?」
私がそう持ちかけると、サークルの相方、小嶋紗英ちゃんは、少しつわりの症状が出て来た私を心配そうに気遣って来た。
私が余計な事をしたばかりに、最近、彼女に辛い思いをさせてしまったばかりだというのに、本当に優しい子だ。
胸が痛みながらも、彼女に笑顔を向け、軽くガッツポーズを取った。
「うん。今日は調子いいし、全然大丈夫だよ。だから、ねっ?」
「分かったよ。じゃ、ちょっとだけ行ってくるね?途中で辛くなったらすぐ連絡してね?」
「うん。分かった。行ってらっしゃい。」
小柄な彼女の背が遠ざかっていくのを見送りながら、このイベントが彼女にとって少しでも気晴らしになってくれたらと願わずにはいられなかった。
小さい頃からイラストを描いたり、アクセサリーを作ったりするのが好きだった私は、
大学で入ったイラスト研究会で、高校時代同学年だった小嶋紗英ちゃんに再会し、交流を深める事になった。
高校時代は大人しく真面目な女生徒というイメージしかなかった紗英ちゃんが、飼い猫の可愛いイラストや漫画を描くことを知り、更に話し込むと、なんと初恋の人が同じ人だった事が発覚した。
紗英ちゃんは、3年の時で石藤くんと同じクラスで、日直の時、重いものを持ってくれたり、大変な仕事を引き受けてくれたり、
自分の家で飼っている猫の話を茶化す事なく真面目に聞いてくれたりと、彼のさり気ない優しさに惚れてしまったらしい。
紗英ちゃんの話を効きながら、身長の高くて男子として扱われる事の多い私を、女の子として気遣ってくれた、石藤くんに密かに恋心を抱いていた高校時代の事を思い出していた。
文化祭で起こったひどい出来事の後、
親友だった香織が私と石藤くんとの仲を誤解して仲違いし、別れた直後に石藤くんが盲腸で倒れ、病院へ運ばれた事。
その後、白鳥くんに靡いた香織と絶縁した事。
傷付いた石藤くんの力になろうとしたけど、「噂になるから俺とあんまり仲良くしない方がいい。」と断られた事。
そのどれもが私の中では苦い経験で、石藤くんへの想いを自分の中で罪悪のように感じてしまい、心の奥にしまい込んでいたけれど、石藤くんの事にほのかな恋心を寄せる紗英ちゃんはとても可愛らしく思えた。
社会人になって、職場結婚をしてからも、紗英ちゃんと合同でオタクイベントに参加するなど、交流は続いていた。
そして、高校時代の友達から同窓会の幹事を任された時に、石藤くんと未だに彼を想い続けている紗英ちゃんを
会わせてあげられないものかと考えてしまったのが、間違いだった。
その少し前に、偶然街中で香織に再会し、白鳥くんと他の奥さんの間で悩んでいるという話を聞いて、今まで彼女を憎んでいた気持ちが少し和らぎ、自分の中に高校時代の辛い思い出に区切りをつけたいという気持ちがあったのかもしれない。
白鳥くんと香織は、欠席することが分かっていたので、石藤くんの友達の森崎くんに同窓会に二人で来れないか頼み、紗英ちゃんを同窓会に誘ってみた。
紗英ちゃんは、石藤くんが来るなら勇気を出してお話してみたい。出来るなら、長年の想いを打ち明けたいとまで言っていたのだが…。
当日、会場までの道を迷ってしまった紗英ちゃんを迎えに行っている間に、なんと連絡もなしに白鳥くんと香織が同窓会に参加していたらしい。
紗英ちゃんを連れて会場に戻った時、何故か酔っ払った様子の猿田くんを取り押さえている石藤くんを、香織が罵倒している場面を見てしまい、私達はショックを受けた。
石藤くんと森崎くんは、酔いつぶれている猿田くんを連れて同窓会の途中で帰る事になり、紗英ちゃんは、石藤くんはまだ香織さんの事が好きみたいだ。あんな美人なすごい人に比べたら、私なんてとても告白できないと泣き出してしまった。
同窓会が誰の為にもならないまま、やり切れない事になってしまったのは、きっと私のせいだ。
だけど、どうにも気持ちが収まらなくて、香織には残酷な言葉を投げつけてしまった。
「来年には私、お母さんになる予定だし、あまり道理に合わない事したくないんだ。
香織。もう、連絡してこないでね…?」
と…。
香織が子供ができない事に悩んでいるのを知った上で、最近気付いたばかりの新しい命まで引き合いに出して、あんな事を言うなんて私はひどい女だ。
帰り際、肩を落としている石藤くんに自信をなくして欲しくない思いで、高校時代の想いを告げてしまったけど、それもただの自己満足だと分かっていた。
紗英ちゃんは、あれから、私を責める事はなく、今日のイベントにも合同サークルとして参加してくれている。
深い反省と罪悪感と共に、紗英ちゃん、石藤くんそれぞれが幸せにになってくれたらと思索に耽っていたところ…。
「む、MOON…。歩くスピード速くないか?」
「はい。ちょうどいいです。ブラック大佐が私に合わせてゆっくり歩いて下さるので。
私の婚約者様、優しいです♡」
「い、いや、このぐらい、普通だよ…//」
ザワザワ…。
「(あれ…魔女っ子MOONのコス?メッチャ美少女やん…。)」
「(ブラック大佐もいる。しかもリアルにイチャイチャしてる…。)」
向こうから、最近流行りの女の子向けアニメ、「魔女っ子EARTH」のキャラ、「MOON」と「ブラック大佐」のコスプレをした男女が、周りを騒がせながらこちらに向かって歩いて来ていた。
確かに、後ろにいる女性が男性の服の裾を摘み、くっつきながら歩いている二人はどう見てもラブラブのオーラを発していて、
「MOON」のコスプレの子は、かつらとは思えない綺麗な銀髪に青い目のとびきりの美少女だった。
「ブラック大佐」の男性はどこかで見覚えがあるような気がするけど…??
誰だろう…??
「お目当てのスペースはこの辺ですかね?」
「ああ、そうだな…。」
「!」
「ブラック大佐」は、私達のサークル『肉球倶楽部』の前で紗英ちゃんの新刊「猫日和」(猫のイラスト、四コマ漫画)や、私の猫モチーフのグッズを置いてあるのを発見して、足を止めた。
…!!
「わぁ…!可愛い猫ちゃんグッズ…♡」
「MOON」も私達の作品を見て歓声を上げる中、私は見栄えのする二人に緊張気味に声をかけ…。
「いらっしゃい、よかったら、お手に取ってご覧下さ…、?!」
そこで、「ブラック大佐」の顔を間近に見て、かれが誰なのかやっと気付いた。
「い、石藤くん?」
「??!」
彼はいきなり名前を呼ばれて驚いたようだったが、私の顔を見て、大きく目を見開いた。
「さ、佐倉さん…?!」
数ヶ月前、同窓会で、再会したばかりの、初恋の人がそこに立っていたのだった…。
「え?え?どなたです?」
「MOON」の子は驚き、反射的に石藤くんの腕を取った。
「さくらっ!当たってるって//」
石藤くんが照れながら、さくらと呼ばれた子に文句を言っている。
それで、気付いた。
初恋の人がすぐに分からなかったのは、「ブラック大佐」のコスプレで少し髪型が違ったせいだけではないと。
いつも悲しげな表情だった彼から憂いの表情が消え、以前にない、幸せなオーラを発していたのだ。




