敏感な旦那《後編》
その後の事はもう思い出したくもない。
穏やかで優しかった良二くんが怒りに任せて白鳥くんの襟首を掴み、劇中で私にキスをした事を責め立てた。
穂乃香は、そんな良二くんに味方するように、白鳥くんを責めた。
そこで、初めて白鳥くんに反論され、二人は画像の存在を知ったようだった。
二人は画像の事を誤解だと言ったけれど、私は信じ切れず、泣き出した穂乃香を良二くんを宥め、画像をとった犯人を探そうと、クラスの人に詰め寄る良二くんを私は無理に教室の外へと引っ張って行った。
そして、屋上前の階段まで来てそこで足を止めた私は、良二くんに向き合うと、感情のま彼を非難した。
「良二くんはイケメンでなくても、運動部のエースとかでなくても、穏やかな優しい人だと思ってたのに、白鳥くんや、クラスの皆にあんな風に怒鳴るなんて最低だよっ!!
演技でキスしたぐらいで何っ?!自分は親友の穂乃花とあんな事してっ!!
楽しみにしていた文化祭の劇を台無しにしてっ!!
いいところ一つもないじゃんっ!!」
「!! か、香織…。」
良二くんは私の言葉にショックを受けながらも、反論した。
「あの画像は、ただ転倒しただけだって言ってるだろ?
須藤さんも、俺も少しでも香織が舞台で輝けるように裏方頑張ってた。
それなのに、浮気なんかする訳ないだろ?
香織は彼氏と親友がそんなに信じられないのか?」
「そ、それは……。信じたいとは思っているけど…。」
私は、信じたい気持ちと信じられない気持ちがないまぜになって、目を伏せた。
「それに、いくら普段穏やかだろうと、彼女が、他の男の子とキスして、冷静でいられる奴がいるのか?
香織は、白鳥からキスされて、拒否する様子も嫌がる様子もなかったよな。」
「そ、そんな事…!劇の最中だったから、仕方なく…。」
良二くんに責めるように言われ、私は怯みつつ、弁解した。
そうよ。あの時、白鳥くんに感じた感情は、劇の中の眠り姫としてのものだったんだもの。
浮気じゃないし、私は悪くない。
「その後もその事について白鳥に抗議しないし、庇うし。
一体香織は、誰との関係が大事なんだ?」
「それは、良二くんだって同じでしょ?
私より穂乃花を庇う。他の娘に優しくして私を大事にしてくれないなら、一緒にいる意味なんてないっ!!」
売り言葉に買い言葉で、私はついに、二人の間に決定的な事を言い放ってしまった。
痛みを感じるように、顔を歪めながら、良二くんは呆然と聞き返した。
「それは…別れるって事か…?」
「ええ。そうよ。良二くん、今までありがとう。そして、さよなら!」
胸がズキズキと刺すように痛みながらも、怒りの方が勝っていた私は、そう叫び、階段を駆け下りて行った。
教室へ戻った私を白鳥くんは「君は悪くない」と慰めてくれた。
そして、その後すぐに、良二くんが盲腸炎で倒れ、救急搬送される事になったと知り、私は蒼白になった。
頭が冷えて、良二くんとの今までの思い出が蘇り、このまま会えなくなるのは嫌だと、取るものもとりあえず病院へ向かった私を、おばさん(良二くんのお母さん)は、厳しい表情で迎えた。
「香織ちゃん。せっかく来てくれて申し訳ないけど、帰ってくれる?」
「!?」
いつも、遊びに行った時には、優しくて親切にしてくれるおばさんの豹変ぶりに、わたしが面食らっていると、おばさんは、良二くんのものらしき、スマホの画面を私に見せた。
『良二くんより先に、白鳥くんと出会っていればよかった。
もう、彼と体の関係もあるの。だから、みっともなく追いすがってこないで、私の事はすっぱり諦めてね。 香織』
!??
送った覚えのない私からのメールが表示され、その下には文化祭の劇の白鳥くんとのキスシーンの画像が添付されていた。
「わ、私、こんなメール、送ってません…。」
私は震え声でそう言うしかなかった。
私が良二くんと話している間、教室に戻って白鳥くんに慰めの言葉をかけられている間、控室に入っている荷物に注意を向ける余裕なんてなかった。
誰か知らない人が、勝手に私のスマホをいじって、メールを送ったって事なんだろうか?
私は見えない悪意に陥れられていくような恐ろしさに体を震わせた。
「そうなの?良二と別れるっていうのも嘘で、この画像も、でっち上げって事…?」
おばさんは真剣な顔で私に問い糾され、私は言葉に詰まった。
「そ、それは…。」
おばさんは、重いため息をついて、私に告げた。
「良二、本当は朝から腹痛があってご飯も食べられなかったんだけど、私が止めるのも聞かず、
「大した事ない。今日は香織の晴れ舞台を精一杯盛り上げてやるんだ。」
って言って、出かけて行ってね…。」
「…!!」
「こんな事になるなら無理にでも行かせるんじゃなかったと後悔している…。
今、受けている手術はそんなに難しいものじゃないらしいけど、あと少し遅かったら危険な状態だったって。
香織ちゃんの顔を見て、良二の体調が余計に悪くなるようなら、私は親として会わせる訳にはいかないわ。ごめんね…。
今まで良二と付き合ってありがとう。さようなら。」
「………。」
私は返す言葉もないまま、おばさんに一礼してその場を離れた。
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それから、良二くんの事で、穂乃香とは絶交状態になり、例のメールの件もあり、クラスの人に不信感が募る中、一人優しくしてくれた白鳥くんに私の心が動いていくのは必然だった。
三学期に入って、やっと学校に戻って来た良二くんは、私をいないものとするように、全く目を合わせなかった。
穂乃香の私を見る軽蔑の眼差しも、良二くんの無視も胸に堪えたけれど、その度に慰めてくれた白鳥くんと、私は付き合うようになった。
初めて白鳥くんを家に連れて来て、家族に紹介する時、母は、ハイスペックな娘の彼氏に大興奮だった。
弟は、たまたま予定がありその場にいなかったけど、父は社交的な彼にいつになく愛想よく接してくれていた。
良二くんには、来る度に何かと文句を言い、難題を押し付けてくる気難しい父だったのに、白鳥くんと付き合う事にして、家族にとってもよかったのかな〜と、自分の選択は正しかったと思えたのだけど…。
白鳥くんが帰った後、父は言った。
「今の男の子と付き合うなら、香織は幸せにはなれないだろう。」
と…。
「どうして?お父さん、白鳥くんににこやかに応対してくれていたじゃないの。」
驚いて、問い返す私に、父は苦い顔で告げた。
「ああ。彼が本心を見せない上辺だけの愛想の良さで、近付いて来たから、同じように対応したまでだよ。
以前の彼、石藤くんとは真逆のタイプだ。
香織は、石藤くんと別れた事を後悔する事になるかもしれないな…。」
「…!!お父さん、ひどいよっ!!どうしてそんな事言うのっ?」
私は涙を流してお父さんに抗議した。その場はお母さんが私達を宥めて収めてくれたものの、その時の言葉がしこりのように私の中に残って、お父さんとはあまり話をしなくなった。
周りの人からは、ハイスペックカップルとしてもてはやされ、慶一と共に、大学進学、就職、と進み、彼の会社が軌道に乗り、私も仕事にも慣れてきた頃、彼と華々しく結婚式を上げた。
やっと人も羨やむ幸せを手に入れたかに思った時…。
「香織、すまない。実は、仕事上で付き合いの合った女の子を妊娠させてしまってね。
今年の4月から施行される、一夫多妻制の制度を利用したいと思っているんだ。
同意してもらえないだろうか…?」
「はい?」
私は彼の言っている事が全く理解出来なかった。
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「ふうっ…。じゃあ、香織、俺自分の部屋に戻るよ。」
「……。」
事が済んだ後、義務は終わったとばかりに、爽やかな笑顔で慶一はこの部屋を出て行った。
自室に戻ると言ってはいるけど、この後、彼は綺羅莉か舞花の部屋へ行くのかもしれない。
この部屋までは聞こえて来ないけど、廊下に出れば、嬌声や、子供の泣き声が聞こえるかもしれない。
精神衛生上、朝まで部屋を出ない方が良さそうだ。
私は、ベッドに寝転がったまま、父の言葉を思い出していた。
『香織は幸せにはなれないだろう。』
『石藤くんと別れた事を後悔する事になるかもしれないな…。』
今日会った、猿田くん、石藤くん、穂乃香、の顔が次々に浮かんだ。
『お前、瀬川香織!!誠実な陰キャの石藤裏切って、リア充イケメンの白鳥の妻になって、いい気になってるかもしんねーけどな!
三股されて、他の二人の妻と一緒に住むって、実際のところどうなんだ?
暮らしぶりは豪華かもしれねーけど、他の女とイチャイチャする旦那を見せられるって虚しくねーのかよっ?
本当のところは、石藤と結婚してたら、一途に愛してもらえたんじゃないかって、後悔してんじゃねーのかぁっ?』
『彼女は、白鳥と一緒になって、子供も生まれて充分幸せそうじゃねーか。今更昔の事を持ち出すなよっ。』
『私はもう、ついていけない。来年には私、お母さんになる予定だし、あまり道理に合わない事したくないんだ。
香織。もう、連絡してこないでね…?』
今日、私と慶一が同窓会に参加しなかったら、良二くんと、穂乃香が連れていた大人しそうな女の子は結ばれていたんだろうか。
私は元カレの幸せをまた一つ踏み潰してしまったんだろうか。
「私が道を誤ったから…、母親にふさわしくない女だから、子供が出来ないのかな…。」
鼻の横を乾いた涙が、一つ、また一つと流れて行った。
*あとがき*
香織さんパート一旦終わりまして、次話から良二くん&さくらちゃんの話になります。
ドタバタはありますが、よりお互いを知り、幸せに向かっていく二人を見守って下さると嬉しいです。
よろしくお願いしますm(_ _)m




