鈍感な元カレ
12年経った今でも、その日の事はとても印象深くて、昨日の事のように思い出せる。
高校入ってから出来た初カレの石藤良二くんとは、付き合ってからちょうど一年経つ頃で、交際も順調だった。
熊さんのように大きくて、ポッチャリ体系の優しい彼にほんのりした恋心を抱いていると気付き、告白も、デートの約束も、行く場所も、私からリードするようにして始まった交際だった。
彼といるととても安心出来て、一緒に絆を育んで来た。
経験のない私は、深い仲になるのにまだ抵抗があり、良二くんに「関係をゆっくり進めたい」と伝えていて、まだキスまでしかいっていなかったけど、お互いの家を行き来し、家族公認の仲になっていて、彼とずっと一緒にいるものと信じて疑わなかった。
「良二くん、帰りどっか寄ろうよ?」
「おう。いいね。香織はどこ行きたい?」
その日も、学校からの帰り道、私が放課後デートに誘うと彼は二つ返事でOKしてくれた。
行き先の希望を聞いてきたので、私は、自分の顔を指差して、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふふ…。この顔を見て当ててみて?」
良二くん!今日は新しく出来たパンケーキのお店に行きたいんだよ。気付いて!!
私は顔にパンケーキの画像が浮かんでいるのではないかと思うくらい強く念じたけれど…。
「ええ〜?香織のそのクイズ、難しいんだよな?
うーん…。カラオケ…かな?」
良二くんは額に手を当てて考え答えてくれたが、かすりもしなかった。
「違いまーす!今日はカラオケの気分じゃありません!」
口を尖らせて私が即座に否定すると、彼は腕組みをしてまた考え始めた。
「うーん…。」
良二くん、こういうの、絶対当てられないんだよな。二択にしても正解率ほぼゼロ%。
女友達なら絶対当ててくれるのに、男の子って鈍いのかな?
ふふっ。まぁ、私の為に汗を掻いて一生懸命考えてくれる姿が可愛いから、何度もクイズを出しちゃうんだけどね?
「それじゃあ…。」
彼が2つ目の答えを出そうとした時、良二くんと向き合おうとして…。
「あっ…。」
住宅街の道沿いに、ランドセルを背負った小学生低学年くらいの女の子が視界に入った。
陽の光にキラキラ光る銀色の髪を靡かせて、強張った表情で、時折後ろを振り返りながら、こちらに向かって走って来るその女の子の姿を見て、私は目を丸くした。
「…?」
小さく声を上げた私に、良二くんも私が見ている方向へ目を向け、同じ光景を目にした。
「銀髪の子とは珍しいな…!」
「それも気になるけど、あの子、ちょっと様子が変じゃない?」
女の子の常ならない様子に、私は小さい頃の体験が頭をかすめ、嫌な予感がしたのだ。
私の指摘に、良二くんはその子をもう一度よく見て、様子がおかしい事に気付いてくれたのか、神妙な表情になった。
気付くのは遅かったけれど、それからの良二くんの行動は早かった。
「ちょっと、声をかけてみるか…。」
「え。あ、ちょっと、良二くん、待っ…!」
私が慌てて声を止めようとしているのも気付かず、良二くんはちょうど私達のところまで走って来た銀髪の女の子の前にずいっと進み出た。
「ねえ。君…!」
「きゃあああーーっ!!||||||||」
銀髪の女の子は、良二くんを見て飛び退り、大きな悲鳴を上げた。
「良二くんのバカッ!余計怖がらせてどうすんの!!」
「ご、ごめん。」
小さい頃の私と同じような事が彼女に起こっているなら、いきなり良二くんみたいな体格のいい男子に声をかけられたら、余計に怯えさせるだけだっていうのに…!
気が利かない良二くんにイラッとして、噛みつくと、良二くんは慌てて銀髪の女の子に謝った。
「ご、ごめんっ!怖がらせてしまって、ホントごめんっ!!」
「え、ええっ…!?あ、あ、あのっ?」
女の子は、いきなり大きな男子にペコペコと頭を下げて謝られ、混乱している。
そこへ、私は女の子の近くに寄り、出来るだけ優しい調子で話しかけに行った。
「ごめんね。私の彼氏が、驚かせてしまって。でも、悪気はないんだ。
あなたの様子がちょっとおかしかったから、気になって、声をかけただけなの。
何か困ってるなら、手伝える事あるかな?」
「…!!」
私の言葉に、銀髪の少女は、綺麗な青い目を大きく見開くと、どもりながらも、堰を切ったように話し出した。
「わ、わたし、へ、変な男の人にさっきから後を追いかけられて…。こ、怖くて逃げていたんです…。」
「「!!」」
私と良二くんは、驚いて顔を見合わせた。
やっぱり、その女の子は、危機的な状況に陥っていたらしい。
女の子の後方を確認したけど、今のところストーカーらしい人物は見当たらなかった。
「それは、怖い思いをしたね?」
私が共感を込めて女の子に声をかけると、その子は、涙目になり、私の腕に縋った。
「わ、私としばらく一緒にいてもらえませんか…?」
恐怖に震えている女の子の頼みをもちろん無下になどなど出来ず、私達は同時に頷いた。
「ああ。もちろんいいよ。」
「いいよ。お姉さん達と一緒に行こうか。」
そして、私とその銀髪の女の子が手を繋ぎ、良二くんがその少し後ろを歩き始めてしばらくしてからー。
「あ、あの…。さっき追いかけて来た人、後ろにいます…。||||」
「えっ。||||」
女の子が、震え声で伝えて来て、私もさっと青ざめた。
ぎこちなく、後ろの様子を窺うと、暗い色彩の服の痩せた男が、電信柱の陰に隠れて、こちらの様子を窺っていた。
後ろで、女の子の方をジトッとした目つきで見ているそいつがストーカーで間違いないらしい。
そいつが纏う異質な空気に、昔の事を思い出し、私が竦みそうになっていると…。
良二くんが、私と女の子に、小声で伝えて来た。
「(ちょっと俺行って来るよ。いざという時は、二人すぐに逃げて。)」
「え。りょ、良二くんっ…!」
「お、お兄…さ…!」
青褪める私達置いて良二くんはストーカーの近くまで行き、声をかけた。
「おい…。」
「…!!」
体格で勝る良二くんに、威圧的に声をかけられ、そいつは驚いたようにビクッと肩を揺らした。
「あんた、あの銀髪の女の子の知り合いか何かか?」
「あ、あ…う…。あ…。」
男は、目をキョドキョドさせて、碌に喋ることも出来ないようだった。
微妙に焦点の合わない男の目は、どこか異常で、もしかしたら、クスリとかやっている奴かもしれない。
武器とか持ってて、良二くんが傷付けられてしまったらどうしよう…!?
緊張で嫌な汗が浮かび、私がハラハラしながら見守る中、
良二くんは視線を避けようとするそいつに顔を近付け、無理矢理目を合わせ、そいつに凄んだ。
「違うんなら、怖がってるんで、あの子つけ回すのやめてくんねーか?
じゃねーと、俺もあんたを怖がらせる事になんぜ…?
言っとくけど、俺、空手やってるからな?」
!!!
りょ、良二くんってもしかして、強かったの?
「あひゃぁっ…!!|||||||| ぼく、悪くなっ…。あああぁっ…!だれか、助けれぇっ……!」
正拳突きの構えを見せる良二くんに、ビビったそいつは悲鳴を上げながらスタコラとどこかへ去って行った。
「い、行ったか…。」
ほうっと安堵の息をつき、その場に膝をついた良二くんの元へ私と銀髪の女の子は駆け寄って行った。
「りょ、良二くん大丈夫っ?」
「お、お兄さんっ。」
「ああ。ちょっと脱力しただけ。俺は無傷だから大丈夫だよ。」
そう言って笑顔を浮かべる良二くんは、まるで物語に出て来るヒーローのようで、私は興奮してしまった。
「良二くんすごいっ!空手やって実は強かったんだね?」
「す、すごい…ですっ…。」
私も助けてもらった銀髪の女の子も、良二くんを尊敬の目で見ていたけど、そんな私達に彼は苦笑いを浮かべた。
「い、いや…。ソレ、ハッタリで…。
空手やってたのは、小学生低学年の頃で、瓦一枚も割れないうちに辞めちゃったから、実はあんまり強くないんだ。」
「ええーっ。そうなの?全く無茶するんだから。」
彼の言葉に私は目を剥いた。よく見れば、恐怖の為か、彼の手足は震えていた。
良二くん体格はいい方だけど、そう言えば、スポーツとか、体を動かすのあんまり得意じゃないって言ってたもんな。
けど、強くないのに、怖いのも我慢して、私と銀髪の女の子を守ろうとしてくれた良二くんに、私は感動していた。
「でも、良二くん、守ってくれてありがとうね。」
「お兄さん…。無茶させてごめんなさい…。あり…がと…。」
銀髪の女の子も同じ思いなのか、青い瞳をうるうるさせて、彼にお礼を言っていた。
そんな私達を見て、良二くんは照れ臭そうな、ホッとしたような笑顔を浮かべていた。
それから、駅前までの道を、並んで色んな話をする私と女の子の少し後ろを良二くんが護衛するように歩き、和やかに過ごした。
その銀髪の女の子は、名門の桔梗小学校に通うさくらちゃんという子で、
いつもは、家の人に車で送り迎えしてもらっていたけど、
今日は、急な車の故障で、家の人が代わりのタクシーを呼んでくれている間に、好奇心から学校を飛び出し、徒歩で帰って来たのだという。
そしてその途中で、ストーカーに追いかけられ、怖い思いをしてしまったという事だった。
「運転手さんには心配かけて、悪い事しちゃった…。本当の事、言ったら、私も運転手さんも、お父さんに怒られちゃう…。」
駅前の交番に着いたとき、さくらちゃんは、俯いて被害を報告するのを躊躇っているようだった。
昔、同じ事を考えた事のある私はそんな彼女に首を振り、きっぱりと言ってあげた。
「悪いのは、ストーカーした人だよ。
お父さんも、運転手さんも、さくらちゃんが本当の事を言わない方が辛い思いをすると思うよ?
私達もちゃんと立ち会ってあげるから。ねっ?」
「は、はい…。お姉さん、分かりました。ありがとう…。」
というわけで、私達は、交番でストーカーの被害を報告し、お家の人がくるまで付き添う事になった。
お家の人を待っている間、不安そうにしているさくらちゃんを勇気づけてあげようとしたのか、良二くんが、誤って買った安産のお守りを渡していた。
それを渡されたさくらちゃんは、白い頬をピンク色に染めて喜んでいて、
大人げないと思いながらも、私はちょっと面白くなかった。
これ、この子の初恋とかになっちゃう奴じゃないの?
今日の良二くんは、カッコ良かったけど、無差別に女の子に優しくするのはダメなんだからね?
困っている様子の良二くんを私は睨み付けた。
その後、さくらちゃんのお家の人(運転手さん)が慌てて迎えに来て、何度も頭を下げられ、お礼をしたいからと、名前と連絡先を聞かれたけど、私達は固辞して、その場を去った。
「お兄さん、お姉さん。助けてくれてありがとう…!さようなら…。さようなら…。」
さくらちゃんは、私達が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けてくれていた。
*
*
「良二くん、今日は最高にカッコ良かったよ?」
「いやぁ、そんな…。すごいのは香織だよ。よく、あの子の様子がおかしいのに気付いてあげられたな。」
帰り道、私が称賛の言葉を口にすると、良二くんは首を振り、逆に私を褒めて来た。
「えっ。いや、その…。」
私は躊躇った末、良二くんに昔の事を話す事にした。
「実は、私も小さい頃、怖い思いをしたことがあったの。」
「えっ。香織も…?」
良二くんはショックを受けたような顔で私を見た。
「うん。遅くまで公園で遊んでいたら、帰り道、変な男の人に、車でどこか遊びに行かないかってしつこく誘われて…。
たまたま近所のおばさんが不審に思って声をかけてくれたから助かったけど、
あのまま、車に連れ込まれていたらと思うと、今でも震えちゃう。
だから、さくらちゃんの事は他人事と思えなかったんだ…。」
「香織…。そうだったのか…。それは、怖かったな…。」
「良二くん…。」
嫌な過去を語る私を良二くんは、沈痛な面持ちで見詰め、私の手を両手で握ってくれた。
「お、俺は…。香織に釣り合う程、イケメンでもないし、運動部エースでもない…。」
「?!」
ネガティブな話をしてしまったせいか、肩を落として、突然自虐的な事を言い始めた良二くんを、私は叱るように言った。
「突然何?もう、もっと胸はんなよ!私は特にイケメンでも運動部エースでもなくても、優しい石藤良二が、大好きなんだからね?」
「…! ///あ、ありがとう香織。でも、そんな俺でも、これからは、香織の事精一杯守るから…。」
「…!!う、うん…。///期待してる。今日みたいにずっと私の事、守ってね?」
夕焼け空の下、家まで二人、固く手を繋いで帰った。
この手が離れる事なんてあり得ないと思っていた。
✽あとがき✽
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今後ともどうかよろしくお願いしますm(_ _)m




