友人の背中
「私が猿田くんに絡まれているの、分かってたでしょ?どうしてもっと早く助けに来てくれなかったのよ!?」
私が夫の慶一に詰め寄ると…。
「ごめん、ごめん。あまりの事に呆然として固まってしまったんだ!
香織、申し訳なかった!大丈夫だったかい?
猿田、あんなひどい事を言うやつだったなんて!後でガツンと言ってやるよ!」
彼は大げさに私を抱き寄せ、周囲からは暴言の被害にあった私達夫婦を同情的な目で見られた。
そして、私だけに聞こえる声で、ひそっと囁いたのだった。
「(香織。文句があるなら後で言ってくれ。この場で騒いで、不仲な夫婦と思われるのは、君にとってもいいことじゃないだろ?)」
「…!!」
私は取り巻きの女の子を始め、多くの人が私達の様子を興味津々で窺っているのをチラッと横目で確認した。
「わ、私こそ、ごめんなさい!暴言を吐かれて、動転してしまって。
あなたと結婚して、毎日幸せなのに、猿田くんは何を言っていたのかしら?」
慶一に縋りつきながら、私は台本の台詞を読み上げるように、高らかに声を響かせた。
周りの目には仲の良い夫婦と映っていただろうけれど、心は虚しかった。
「香織!!ちょっとこっち来て!」
「穂乃香!」
そこへ、穂乃香が血相を変えて飛んで来て、会場の隅に呼ばれた。
「会場の場所が分からなくなってしまった子を迎えに行って少し出ていたんだけど、外で森崎くんからトラブルがあったって聞いてビックリしたよ。
香織…白鳥くんも来ていたの?予定があったんじゃなかったの?」
穂乃香に、私と慶一がいるのを信じられないというような顔をされ、私は戸惑いつつ頷いた。
「え、ええ…。急に慶一くんの仕事の予定がキャンセルになって…。」
「急にごめんな?幹事さん。会場費多めに払うから許してくれよ?」
そんな私達を見て、穂乃香はフーッとため息をつくと、まず、慶一を睨みつけ、低い声で言い渡した。
「じゃあ、今のトラブルで居辛くなって帰る人三人分の会場費、後で半額返すから、その分支払ってね?」
「…!!」
「えっ。なんで、暴言吐いた奴とその仲間の奴らの分を支払わなくちゃならないんだよ?」
「石藤くん、森崎くんは猿田くんを止めていただけでしょ。
猿田くんだって、あなた達が出席しなかったら、あそこまで暴走しなかった。
連絡もなしにいきなり参加するなんて、非常識よ。嫌なら、すぐに出て行って!」
「「!!」」
そう言って出口を指差した穂乃香に、私も慶一もショックを受けて、青褪めた。
「な、なんだよ。せっかく俺が会を盛り上げてやろうとしたのに…。」
「け、慶一くん。追い出されて、外聞が悪いと思うなら、払った方がいいと思うわ。」
動揺しながらも慶一にそう伝えると、彼は舌打ちをしながら財布を出した。
「チッ。分かったよ!これでいいだろ?とんでもないぼったくり幹事だな…!」
「どうも!」
慶一は、穂乃香にお金を渡すと気分を害した様子で、また会場へ戻って行ってしまい、私と穂乃香だけがそこに残された。
私は胸がドキドキしていた。
確かに急に参加するのはよくなかったかもしれないが、トラブルに関しては、被害に遭った私達にあまりにも理不尽な対応じゃないかと思いつつ、穂乃香の無表情な顔に、有無を言わせぬ圧を感じ、何も言えなかった。
しばらく無言の後、逆に私の方が穂乃香に謝ってしまっていた。
「ほ、穂乃香…。今日は連絡もなしに参加する事になってしまって、ごめんなさい…。」
「ふっ。香織は、やっぱり変わらないね?」
ふいに空気が和らぎ、穂乃香は困ったような笑顔を見せた。許してもらえるのかと思った時…。
「自分本位に相手を振り回して、踏みつけにして気にしないところ。」
!!
穂乃香は哀しそうな顔で、私に告げた。
「今日はね。本当は、石藤くんと彼にずっと片想いをしている女子を引き合わせてあげようと思って、森崎くんにお願いして、石藤くん連れて来てもらったんだ。
香織達は予定があって来れないって聞いてたから、ちょうどいいと思って。」
「…!!ほ、ほの…。」
「でも、さっきのトラブルでその子萎縮しちゃって告白する勇気なくしちゃったみたい。石藤くんにも嫌な思いさせるだけになっちゃった。」
「け、けど、石藤くんは、私にひどい事を…。」
「確かに失言だったかもしれないけど、石藤くんがそんな嫌味を言う訳ないじゃない。森崎くんに話を聞くに、本当に香織に自分の子がいると思っていたみたいよ?
ひどい振り方をした彼に、「あなたと添い遂げなくてよかった」なんてそこまでいう必要あったかな?」
「…!」
「最近の香織は、白鳥くんと他の奥さんの間で、辛い思いをして、少しは人の痛みが分かるようになったと思ってたけど、勘違いだったね?
香織は白鳥くんとお似合いの夫婦だよ。」
「ほ、穂乃香…!」
「私はもう、ついていけない。来年には私、お母さんになる予定だし、あまり道理に合わない事したくないんだ。
香織。もう、連絡してこないでね…?」
「穂乃香、待って…!」
鮮やかな緑のドレスを翻して、穂乃香は私に背を向けた。
私が追いかけようとすると、彼女は、少し離れたところにいた小柄な女性に優しく声をかけていた。
!!
悄然と肩を落としたその子は穂乃香の呼び掛けに頷き涙を浮かべていた。
もしかして、あの子が、石藤くんに片想いをしていたという女の子…?
二人が寄り添って歩いていくのを呆然と見送りながら、私はその場に立ち尽くしていた。
『香織は白鳥くんとお似合いの夫婦だよ。』
『来年には私、お母さんになる予定だし、あまり道理に合わない事したくないんだ。
香織。もう、連絡してこないでね…?』
穂乃香の発言が胸に鋭く突き刺さりながら、友人を二度も失ってしまったという事実を私は噛み締めていた。
*あとがき*
いつも読んで下さり、ブックマークやリアクション、ご評価頂きましてありがとうございます!
恋愛(現実世界・連載中)日間ランキング3位、恋愛(現実世界・すべて)日間ランキング7位(4/11 8 時時点)になれました!
応援下さった読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです✧(;_;)✧
次話から、2話分元カノ視点一夫多妻制家庭内情の話になります。
今後ともどうかよろしくお願いしますm(__)m
※ストーリー進行誤ってお知らせしてしまい修正しています。大変すみませんでした。
過去の話は3話先の話になります。




