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銀髪美少女父の後悔と許し


「旦那様、石藤様と、さくらお嬢様がいらっしゃいました。」

「分かった。通してくれ。」


 大きな部屋のドアの前で、メイドさんがドアをノックをすると、中から渋みのある男性の声が響き、扉が開かれた。


「どうぞ。石藤様、さくらお嬢様。」

「は、はい…。」


 そして、俺とさくらちゃんは、豪華な絨毯が敷かれ、ソファや、机、本棚など、品よく高級感のある家具や調度品が各所に配置された広い洋風の部屋に通された。


 部屋の奥に、初老のスーツ姿の男性が立っている。

 さくらちゃんと同じ銀髪に青い目、彫りの深い整った顔立ちのその人こそが、彼女の父であり、この邸宅の主である、財前寺ざいぜんじ龍人りゅうじんさんだろう。


「桜、帰ったか…。」

「は、はい…。き、昨日は家を飛び出してしまい、申し訳ありませんでした。お父様に大事なお話があります…。」


 さくらちゃんは、緊張気味に父である財前寺さんに話を持ちかけた。


「分かっている…。ほう…。君が石藤くんか。」


 続いて、俺に目を向けると、財前寺さんは、顎をさすりながら軽く目を見開いた。


「は…、はい。朝早くに押しかけて申し訳ありません!さくらさんの見合い相手だった石藤良二です。


 あのっ。昨日は見合いの場にお伺いすることができず、大変申し訳ありませんでしたぁっっ!!」


 手足が震えるのを感じながら、俺は財前寺さんの前に、膝をつき、その場で頭を下げた。


「良二さん…!」


 どんな罵倒が飛んで来ても受け止めようとギュッと目を瞑った俺だったが…。


「ああ、その事は、いいよ。こちらこそ、さくらが押しかけてすまなかった。権田から聞いたけど、猫を庇って事故に遭われたそうで大変だったね。」


 頭上に降ってきたのは、穏やかな労りの言葉だった。


「ざ、財前寺さん…。」

「お父様…。」


 顔を上げると、財前寺さんは表情を緩め、僅かに笑みを浮かべていた。


「私が君のご両親の取引先なので、本当は気が進まないのに断り辛くて、方便を使ったものかと思ってしまってね。

 謝罪すると言ってくれていたのも聞かずにすまなかった。」


「とんでもないです。大変無礼を働きまして、桜さんにも、辛い思いをさせてしまって…。」


「いやいや、体調のせいとはいえ、見合い相手に迷惑かけていたのは、今までの桜も同じだからね。これで、気持ちが分かったろう…。」


「も、もう、お父様ったら…。」


 からかうような声音でそんな事を言われ、さくらちゃんは、頬を赤らめて決まり悪そうにしている。


 青い目、銀髪の美形な父娘が向かい合っている様子はとても絵になる光景であり、立場も忘れて思わず見惚れていると、財前寺さんは真剣な顔で俺に向き直り、頭を下げて来た。


「長年、君にはお礼を言いたいと思っていたんだ。12年前にさくらを助けてくれてありがとうね…!」


「いや、そんな!たまたま、あの場に居合わせただけですし!大した事はしていないですよ!」


 慌てて否定する俺に、財前寺さんはふっと口元を緩め、笑顔を浮かべた。


「君は大した事をしてないように思ってるかもしれないが、この娘にとっては人生を変えるほどの大きな出来事だったんだよ。


 この娘は不器用な娘で。助けられてからずっと君に恋をしていた事に気付かず、見合いをしようと無理をして体を壊していたんだ。


 こんな娘だけど、君は結婚相手に欲しいと思ってくれるのかい?」


 そう言って、試すような視線を投げ掛けた財前寺さんに、俺は力を込めて頷いた。


「はい。財前寺さん。図々しいお願いですが、結婚を前提に桜さんとお付き合いする事を許して下さい。」


 財前寺さんは一瞬目を閉じ、長く息を吐いた後…。


「うん。結婚を前提にした付き合いを許そう。石藤良二くん。さくらの事、よろしく頼むよ。」


「は、はい!ありがとうございますっ!よろしくお願いします!!」

「お、お父様、ありがとうございますっ…!!」


 財前寺さんに、笑顔で交際を許された俺とさくらちゃんは、お礼を言うとホッとして明るい顔を見合わせたのだった。


          *


「さて、ここからは少し男同士の話をしたいので、さくらは席を外してくれるかい?」

「…!」

「は、はい…。」


 財前寺さんの申し出に返事をしつつ、心配そうに俺の方をチラチラ見て来るさくらちゃんに、俺は大丈夫だと頷いてみせた。


「で、では…、お話終わるまで、外で待っていますね…?」


 名残り惜しそうな視線を俺に送りつつ、さくらちゃんは部屋を出て行った。


「さくらさんに聞かせたくないお話…ですか?」

「ああ…。察してくれて助かる。

 ここから先の話は出来たら君の胸一つに収めてもらえると有難い。


 石藤くん、まぁ、そこへでもかけて、聞いてもらえるかな?」


 俺が財前寺さんを窺い見ると、彼は苦笑いしして自分と対面の位置にあるソファの席を俺に勧めてきた。


「は、はい…。」


 その改まった雰囲気に、意外なほどすんなりさくらちゃんとの事を認めてもらったが、何かこれから厳しい条件でも言い渡されるのだろうかとソファの席に腰掛けて身を縮めていると、財前寺さんは、それを見透かしたようにニヤッと笑った。


「ああ。さくらとの結婚や付き合いに関して、こちらから条件をつけることはないから、安心してね?」


「…!そ、そうですか…。」


 考えていた事を言い当てられて驚きつつ、俺はホッと胸を撫で下ろした。



「さくらは、君以外の男性を受け付けない。こちらは君がさくらを娶ってくれるなら、願ってもない事だし、それに条件なんてつけられようもない。


 だから、これはあくまで、私から君へのお願いとして聞いて欲しい事なんだ…。


 桜を選んでくれるなら、他の誰よりも優先して愛情をかけてやって守ってやって欲しい。」


「は、はい!それはもちろん、そのつもりですし、そうしていきたいと思っていますが…。」


 娘の結婚相手にお願いというには、至極当たり前の事を言われて、当惑していると財前寺さんはニッコリ笑って礼を言った。


「ありがとう…。私には本当はこんな事をお願いする資格もないんだ。


 結婚相手に真摯に向き合うという当たり前の事が、私は長い間、出来なかったものでね…。」


「財前寺さん…?」


 そして、財前寺さんは遠い目をして、過去の事を語り出した。


「外見からも見て分かる通り、私は両親が北欧のF国出身で、私には同じF国出身の「フィラ」という婚約者がいたんだ。長男と、さくらの母親だ。


 だが、私は日本に留学中、同じ学校の学生だった、「リコ」という女性に強く惹かれてしまった。」


「……!」


「結局は、卒業時に別れてしまったが、彼女の事をしばらく忘れる事が出来なかった。

 婚約者は優しくて穏やかないい人で、やがて結婚し、長男も生まれたが、私は上手く向き合う事が出来ないまま、仕事に逃げた。


 輸入品を取り扱う仕事で会社は大きな利益を生むようになったが、家庭は冷えたままだった。

 そんな時、俺は学生時代の友人から「リコ」が私と別れてから、やけになって、夜の仕事をするようになり、挙げ句、客に勧められた薬の過剰摂取で、亡くなったという話を聞いた。


 あまりのショックで酒浸りになり、荒れていた私を助けてくれたのは、今まで蔑ろにしていた妻だった。


 彼女は、私を責めることなく優しい言葉をくれ、体によい温かい料理を作ってくれ、少しずつ私は心と体の調子を取り戻していった。


 やっと立ち直り、妻と心が通い合わせる事ができるようになった頃、二人目を妊娠している事が分ってね。嬉しかったよ。


 けれど、桜が生まれて数年後、妻に病気が発覚してね。それから1年足らずで彼女は亡くなってしまった。


 きっと、他の女性に心を向ける夫の世話に追われ、妻には多大な心労をかけていたんだね。


 結局、私は二人の女性を両方幸せにしてやれなかった。


 石藤くんは、こんな私を反面教師に、一人の女性を幸せになれる男になってくれ。」


「財前寺…さん…。」


 愛した女性を相次いで亡くし、寂しそうな笑顔を浮かべる彼に、俺は何と言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。


「まあ、君は誠実な人だから、いらぬ事だとは思うんだが、君を見合い相手として、情報を集める内に、境遇が私と少しも似ているように感じてしまってね…。


 君が高校時代に付き合っていた女性、今は、既婚者で、白鳥香織さんといったか…。」


 !!


「俺、確かに彼女とは高校時代付き合っていましたが、別れてから一切関係はありません!」


 俺は財前寺さんの口から香織の名前が出た事に驚きつつ、きっぱりと主張すると彼は頷いた。


「うん。知ってるよ。ただ、彼女の夫が少々問題有りのようでね。

 一夫多妻制を利用している実業家として、半分タレントのようにメディアに取り上げられている、白鳥慶一という男なんだが、さくらの通う専門学校に仕事で来た折に、一目惚れをしたとかで、私の元にさくらとの見合いを要請して来た事があってね…。」


 !!!


 俺が驚愕に目を見開くと、財前寺さんはすぐに手を横に振った。


「ああ。もちろん。断ったよ?その頃、さくらは体調的に見合いなんかできる状態になかったし、既に3人も妻のいるところへ大事な娘を嫁にやるなんて、とんでもない話だと思ったからね…。」


「よ、よかった…。」


 俺は思わず安堵の息を漏らした。


「だが、口の回る狡猾そうな男でね。甘いマスクでその口車に乗せられ、騙される女性は多いだろうなとは思ったよ。


 失礼ながら、君の元恋人の香織さんは幸せな生活を送られていないかもしれないと推察された。」


「…!」


 俺は、財前寺さんの言葉に、香織の事を思い動揺してしまった。


「君は、優しい青年だから、元恋人の境遇を知ると、心痛めずにはいられないかもしれない。

 だが、彼女に何があったとしても心揺らされる事なく、ただ、さくらを優先して幸せにしてやって欲しい。

 もちろん。親としての希望であり、強制ではないがね。」


「俺は…。」


『良二くんはイケメンでなくても、運動部のエースとかでなくても、穏やかな優しい人だと思ってたのに、白鳥くんや、クラスの皆にあんな風に怒鳴るなんて最低だよっ!!……

 いいところ一つもないじゃんっ!!』


『良二くんより先に、白鳥くんと出会っていればよかった。

 もう、彼と体の関係もあるの。だから、みっともなく追いすがってこないで、私の事はすっぱり諦めてね。』


 別れ際の彼女かおりの言葉や、メールの内容を痛みと共に思い出し…。


『どうぞ?良二さん。』


『おっぱい見せろって言いましたっっ!!!///』


『気付かないままに、12年間も初恋を拗らせていた私は面倒臭い女だと思いますか…?』


『石藤良二さん、小2で出会ったあの時からずっとあなたの事が大好きです。私と結婚してもらえませんか…?』


 朝、突然現れた彼女さくらちゃんの言葉や、彼女がくれた、優しいスープの味を癒やしと共に思い出し…。


「香織とは終わった事です。まだ、辛い気持ちはありますが、未練はありません。

 俺は、今、さくらさんと歩いて行く未来に希望を抱いています。彼女を誰よりも優先して、幸せにしてあげたいです。」


「ありがとう…。石藤くん。さくらは君みたいな男性ひとに会えて幸せ者だよ。」


 俺が自然と心に決まった事を口にすると、財前寺さんは満たされたような笑みを浮かべていた。




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