社長令嬢の邸宅へ
「夢のようです。大好きです。良二さん…。」
「さくらちゃん…。」
俺の胸に頬をすり寄せながら、銀髪美少女が幸せそうに愛を囁くのを、俺は面映い思いで聞いていた。
朝起きたら、家で俺の為にスープを作ってくれていた謎の銀髪美少女が、俺の見合い相手の財前寺桜さんで、なおかつ、俺が勘違いしてしまった(らしい)デリバリーのお店の娘、チェリーちゃんで、更には12年前、不審者に追いかけられていたところを助けたさくらちゃんだという事が発覚し、まだ、正直混乱しているところはあった。
けれど、俺は彼女の求婚を受け入れた。
12年前に出会った少女が、俺が香織を引きずっていた同じ10年間という年月俺を想い続けていてくれた事に運命的なものを感じずにはいられなかったし、
彼女の一途さ、懸命さに、俺は一歩を踏み出す勇気の大切さを教えてもらった気がする。
人生がこんな風に急に動く事があるのかと自分でも驚いてしまうが、目の前で嬉し泣きをしている彼女を今、確かに尊くも、愛おしいものと思い始めている自分がいた。
胸に灯った小さな愛を大切に育てていきたいと思った。
その為には、やらなければならない事があった。
「さくらちゃん。俺、さくらちゃんのお父さんに会って、昨日の事を謝罪しなければいけない。
きちんと許しをもらってから、君と結婚を前提にお付き合いしたいんだ。」
「は、はい…。分かりました…。今、権田さんに連絡を取ってみます。」
そう告げると、さくらちゃんは大きく頷き、スマホを取り出した。
「ああ、権田さん?昨日から心配かけてしまってすみません。良二さんとお話できまして、出来たら一緒に父に会いたいのですが…。え?連絡済み?あ、ありがとうございます。それで、お迎えをお願いしたいのですが…、え?今家の前に?わ、分かりました。」
さくらちゃんは、スマホで、運転手の権田さんとのやり取りの後、電話を切ると、勢い込んで俺に伝えて来た。
「えっと、良二さん。父は今、家にいて、会ってもらえそうです。」
「よ、よかった…。」
取り敢えず、門前払いにはならなさそうで、俺はホッとした。
「それで、お迎えをお願いしたのですが、権田さん、今、ちょうど家の前にいるそうで…。何だか、私達の行動が分かっているかのように、タイミングが良くってビックリですね?えへへ…。」
「え。そ、そうなんだ…。それはビックリだね…。ハ、ハハ…。||||」
無邪気に笑うさくらちゃんに、俺は引き攣ったような笑いを浮かべた。
よく考えてみれば、社長令嬢のさくらちゃんが、見合い相手とはいえ、夜に酔っ払いの独身男の家に一人で行かせるとか心配しかないけど、
権田さんに渡された防犯セットの中に盗聴器とか仕掛けられてて、ずっと様子を窺っていたなんて事ない…よね?
*
「さくらお嬢様…!おはようございます!」
「おはよう…。権田さん、心配かけました…。」
外へ出ると、家の前に黒塗りの高級車が停まっていて、車外で待機していた運転手の男性=権田さんがさくらちゃんに挨拶すると、彼女ははにかんだような笑顔を浮かべた。
権田さんとは12年前にも一度会っているが、相変わらず、ガタイのいいワイルドかつ精悍な顔つきをされていて時の流れを感じさせない、年齢不詳の方だった。
「石藤様…でいらっしゃいますね?お久しぶりでございます。」
続いて、俺に向き直り、記憶を辿るように、一瞬遠い目をして、深々とお辞儀をする権田さんは、やはり、12年前の俺を覚えているのだろう。
しかし、あの時と今では立場がちがう。
お見合いをすっぽかした上、何もなかったとはいえ、まだ10代の未婚の社長令嬢を朝帰りさせてしまった俺は、表情と体を固くして、権田さんに向き合った。
「はい。お久しぶり…です。
この度は、桜さんとのお見合いを連絡もなしに欠席した上、桜さんを外泊させてしまい、大変申し訳ありませんでした…。」
殴られる覚悟で俺が頭を下げると、さくらちゃんと権田さんは慌てたような声を出した。
「りょ、良二さん…!」
「石藤様、そんな!どうかお顔を上げて下さい。私は一介の使用人に過ぎません。
お伝えしたい事があるなら、どうか旦那様に一番先におっしゃって下さいませ。」
「は、はい…。」
「ただ、私が勝手に推察させて頂きますに、お二人の気持ちは既に通じていられるようですね…。」
「「…!!//」」
俺とさくらちゃんは、権田さんに指摘され、赤い顔を見合わせた。
「私は意見を言う立場ではございませんが、12年前、さくらお嬢様を助けて頂いた石藤様には言葉に出来ない程感謝しております。
さくらお嬢様と石藤様が結ばれるなら、こんな喜ばしい事はございません。
権田は、お二人の仲を応援しておりますよ?」
「「権田さん…。」」
権田さんは、ニッコリ笑顔でこんな俺に温かい言葉をくれ、目元を潤ませていると、さくらちゃんも涙していた。
*
「石藤様、あちらが旦那様とさくらお嬢様のいらっしゃる財前寺邸になります。庭の中程まで車で入って行きますね。」
「…!!」
家から車を走らせる事、1時間ほどで、
権田さんに、声をかけられ、正面を見遣ると、目の前に目を見張るばかりの大豪邸が現れた。
ロータリーのようになっている広い庭を進んでいき、大きな邸宅の前で車は停まった。
「「お帰りなさいませ。さくらお嬢様。
ようこそいらっしゃいました。石藤様。」」
車から降りると、ハウスメイドらしき年配の女性が二人出迎えてくれた。
「真山さん、作原さん、只今帰りました。私と良二さんをお父様のところまで通して頂けますか?」
「「畏まりました。」」
「よ、よろしくお願いします…。」
さくらちゃん、社長令嬢とは聞いていたが、こんなすごいお家に住んでいたとは…。
ビビりながらも今更帰るなんて言えない俺は震え声で挨拶し、メイドさんに頭を下げたのだった。
*あとがき*
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