王子になれなかった俺
「白鳥!最後のシーン、キスのフリだけだった筈だろ?何で香織に本当にキスしたんだよっ!?」
「うっ…。」
観客が捌けた後、俺は白鳥に怒りをたぎらせて襟首を掴み上げた。
「りょ、良二くん…!乱暴な事しないでっ!」
教室内は、ざわめき、香織は、半泣きになり、青褪めていた。
「や、やめろっ!熊みたいに乱暴な奴だなっ。」
俺の手を払いのけると、白鳥は髪の毛を撫で上げてしゃあしゃあと言ってのけた。
「君みたいに芸術を理解しない奴に言っても分からないかもしれないがね、俺は眠り姫に恋をした王子の気持ちになり切るあまり、思わず瀬川さんににキスをしてしまっていたんだ。そこに下心などない。」
「はあ?役になり切ったからって、打ち合わせも了承もなしに、勝手にキスしていいわけないだろ?」
「瀬川さんだって、眠り姫としてキスを受け入れてくれたんだ。騒ぎ立ててるのは、君だけだよ?」
「なっ、そんなワケ…!…!!」
香織を見ると、彼女は俺から気まずく目を逸らした。
「ホラね?まぁ、彼氏の君にはすまない事をしたと思うが、せっかく彼女の晴れ舞台が成功したというのに、それを台無しにする言動はいかがなものかと思うよ。
クラスの皆も怖がっているじゃないか…。」
芝居がかった仕草でクラスの皆を手で指し示すと、白鳥は醜悪な笑みを浮かべた。
「俺がおかしいって言うのか?」
周りを見回すと、他のクラスメートは、皆、俺と目を合わせようとせず、困ったような顔をするばかりだった。
俺が遣り切れない気持ちになったとき、須藤さんが白鳥を睨みつけ、凛とした声で非難した。
「私は、白鳥くんの言ってる事の方がおかしいと思う。
真剣に演劇を目指している人達の集まりで、納得した上で、キスの演技をしたならともかく、
クラスの皆で楽しむ為の文化祭の出し物でそこまでやるべきじゃないよ。
彼氏のいる女の子にキスするなんて、白鳥くん、非常識だよ。」
「須藤さん…。」
「ほ、穂乃花…。」
「へえ、須藤さんは、演技とはいえ、彼氏のいる女の子にキスするのは非常識という価値観なんだね。君がそんな事言うなんて驚いたよ。」
「は?どういう意味?」
白鳥は、怯むことなく茶化すようにそう言い、須藤さんは不快そうに額に皺を寄せた。
「こういう画像が、演者のLI◯Eグループに送られて来たんだけど…。これ、君と石藤くんだよね?」
「!!」
スマホを渡され、須藤さんは、目を見開いた。
「?? ……!!」
俺もそのスマホを覗き込んでみると、
そこには俺が須藤さんを押し倒すような格好で、教室の床に倒れている画像が映っていた。
「親友の彼氏とこんな事してる君が、俺の事を責められるのかな?可哀想に瀬川さんはその画像見て、かなりショックを受けていたよ。」
「良二くん、穂乃花…。」
白鳥は香織は辛そうに顔を歪めた。
「違うよ、香織!これは、大道具のセットを動かした時に、転倒したのを石藤くんが支えてくれようとしてこんな姿勢になっただけだよ。」
「須藤さんの言う通りだよ!香織、俺達には何もやましい事はない。」
俺と須藤さんは、香織に必死に弁解したが、香織は、俯くばかりだった。
「わ、私は香織に喜んで欲しかっただけなのにっ…なんでこんなっ…。」
「須藤さん…。」
涙で言葉を詰まらせる須藤さんの肩を俺はポンと叩いた。
「っていうか、この画像撮った奴、誰だよっ!?
あの場にいたなら、転倒した状況も分かるだろうし、すぐに起き上がって、壊れてしまったセットを作り直したのも見ている筈なのに、ここだけを切り取って画像に収めて周りにばら撒くとか悪意しかないだろっ!」
俺がクラスメートを見渡すと、皆固い表情になっていた。
「もうやめてよっ!!」
「香織…、っ…!」
香織は甲高い叫び声をあげると、俺の腕をとって、教室の外へ引っ張っていった。
そして、屋上前の階段まで来てそこで足を止めた香織は、俺に向き合うと、矢継ぎ早に俺を非難してきた。
「良二くんはイケメンでなくても、運動部のエースとかでなくても、穏やかな優しい人だと思ってたのに、白鳥くんや、クラスの皆にあんな風に怒鳴るなんて最低だよっ!!
演技でキスしたぐらいで何っ?!自分は親友の穂乃花とあんな事してっ!!
楽しみにしていた文化祭の劇を台無しにしてっ!!
いいところ一つもないじゃんっ!!」
「!! か、香織…。」
俺は、彼女の言葉にショックを受けながらも、反論した。
「あの画像は、ただ転倒しただけだって言ってるだろ?
須藤さんも、俺も少しでも香織が舞台で輝けるように裏方頑張ってた。
それなのに、浮気なんかする訳ないだろ?
香織は彼氏と親友がそんなに信じられないのか?」
「そ、それは……。信じたいとは思っているけど…。」
香織は、葛藤するように目を伏せた。
「それに、いくら普段穏やかだろうと、彼女が、他の男の子とキスして、冷静でいられる奴がいるのか?
香織は、白鳥からキスされて、拒否する様子も嫌がる様子もなかったよな。」
「そ、そんな事…!劇の最中だったから、仕方なく…。」
俺が責めるように言うと、香織は弁解するように言った。
「その後もその事について白鳥に抗議しないし、庇うし。
一体香織は、誰との関係が大事なんだ?」
「それは、良二くんだって同じでしょ?
私より穂乃花を庇う。他の娘に優しくして私を大事にしてくれないなら、一緒にいる意味なんてないっ!!」
香織に強い口調で言い放たれ、ズキズキと胸に痛みを感じながら、呆然と聞き返した。
「それは…別れるって事か…?」
「ええ。そうよ。良二くん、今までありがとう。そして、さよなら!」
そう叫ぶと、彼女は階段を駆け下りて行き、ズキズキとした痛みを感じて俺はその場に崩れ落ちた。
「いて…、いて…え…!」
彼女が去って、胸が激しく痛んでいた筈なのに、俺が押さえていたのは腹だった。
今まで忙しさに紛れていたけれど、朝から腹痛があったのだった。
「う、うぐぅっ…!ふぐぅっ…!」
急な激痛に、膝立ちから、床に寝転ぶ姿勢になり、ズボンのポケットからスマホを取り出し、助けを呼ぼうとすると…。
「…!!!」
スマホの画面には、香織からのLI◯Eメールが表示されていた。
『良二くんより先に、白鳥くんと出会っていればよかった。
もう、彼と体の関係もあるの。だから、みっともなく追いすがってこないで、私の事はすっぱり諦めてね。 香織』
「かっ…かおりっ…。」
そして、その下には文化祭の劇の白鳥とのキスシーンの画像が添付されていた。
「うっ…うぐぅっ…。」
切り裂くような痛みの中、俺はスマホを取り落とすと、そのまま意識を失った…。
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「うっ…。うふぅっ…。あまりに良二さんが報われないですっ…。酷すぎますっ…。」
「さくらちゃん…。」
目の前で話を聞いていた銀髪美少女は、青い目から綺麗な涙をポロポロ零した。
「お腹痛かったのここですか…?私がくるくるして差し上げます。」
「わっ…!//も、もう痛くないから大丈夫だよ。」
急に腹の当たりを触られて驚いた俺は身を捩った。
「今痛いのは、背中でしたね…。ううっ。
せめて、背中をさすらせて下さい…!」
「えっ。いや、さくらちゃん、あのね…。///」
さすさすさす…。
「ううっ…。良二さんの背中広い…。」
「〰〰〰〰//(ううっ…。こそばゆい!)」
涙ながらに頼み込まれ、拒否しきれなかった俺は、彼女の白く温かな手に背中を触られてくすぐったさに身悶えした。
「それで、その後良二さんは大丈夫だったんですか?」
「あ、ああ…。幸い、あの後、倒れているところを他の人に発見されて、すぐ救急車で病院に運ばれてね。
盲腸だったらしくて、すぐに手術を受けたんだ。その後、腹膜炎が発症して入院が長引いてしまって、学校に戻れたのは、三学期の半ば頃だった。入院中に10キロ痩せて、そのまま今でも体重は大体変わらずかな?」
「良二さん、確かに、以前より大分痩せられましたよね。
それで、その…。香織さんとは…?」
さくらちゃんにおずおずと聞かれ遠い目で答えた。
「ああ。俺が手術を受けている間、流石に罪悪感を感じたのか、彼女一度病院に来たそうなんだが、事情を察した俺の母親が、帰したらしい。
ようやく学校に来れた時には、白鳥と香織
は当然のようにカップルになっていたから、
お互い話もしないし、目も合わせなかった。
クラスメート達から俺を腫れ物を触るような扱いをされて、居心地が悪くてね。
3年になって、白鳥とも香織ともクラスが別になって心底ホッとしたよ。
中学からの友達も同じクラスになって、そこからは、まぁまぁ上手くやっていたよ。」
「その、須藤さんという方とは…?」
「須藤さんは、入院中もプリントやノートのコピーを持ってきてくれたり、何かと気づかってくれたんだけど、俺との噂が立ってしまっていたんで、皆に誤解を与えると彼女にも迷惑かけると思って、なるべく距離を取るようにしていたよ。」
俺がそういうと、さくらちゃんは、残念なようなホッとしたような複雑な顔をしていた。
「そ、そうですか…。」
「それから、ずっと香織の事を引きずって、彼女も作らずいて、12年ー。
いつの間にか世の中は一夫多妻制の許される社会になって、目まぐるしく変わっていくのに、俺の心はあの時のままでさ…。
お見合いが上手くいかないのも当然だったのかもしれない。
この間の同窓会で、久々に一夫多妻制を利用するリア充の白鳥と、その妻になった香織に会ったんだ。
失言をしてしまった俺に「あなたと添い遂げなくてよかった」って言われて、堪えたよ。
まだ、俺はこんなに傷を受ける程、彼女の事が好きなんだと思い知らされた。
それから、その時今は結婚した須藤さんに「昔俺の事が結構好きだった」って言われて、香織の事を引きずる余りに、俺は色んなものを見落として、幸せになれる機会を失ってしまっていたかもしれないと思ってさ…。
これからは、ちゃんと自分の意志で幸せを掴んでいきたいと思ったんだ。」
「それで、私との見合い話を受けてくれたんですね…。」
さくらちゃんは、胸に手を当て、感慨深そうに何度も頷いた。
「ああ。情けないよな…。高校時代の恋愛を12年も引きずるなんてさ…。」
「それを言ったら、私だってそうですよ?小学生の時の初恋を12年引きずっているんですから!」
「さくらちゃん…?」
さくらちゃんは、上目遣いで恥ずかしそうな笑みを浮かべて、俺に囁いた。
「良二さん、聞いてくれますか?私の今までの12年間…いえ、19年間の事を…。」




