文化祭の悪夢
「ドラゴンが倒された後、茨に覆われていたお城が元の姿に変わるところ、もっと背景の入れ替わり、もっとスピーディーにできないかな?」
「そうだな。もう一度タイミング合わせてやってみようか。」
クラスの他の皆が休憩に行く中、大道具役の俺と須藤さんは作り終えた劇の背景を、劇中でどう変化させていくか、実際に動かして検討していた。
そもそも、男子の中で長身でガタイのいい俺、女子の中で背の高い須藤さんは、背景を動かしやすいだろうという安易な理由で大道具役に選ばれている。
当日は、他に何人かクラスの奴が手伝ってくれるにしても、中心になって動かしていくのは、俺達なので、シナリオにそって何度も練習し、動きを覚えて置く必要があった。
「よしっ。じゃ、ここ、と、ナレーション入ったらすぐ動かすな。」
「うん。」
『『王子がドラゴンを倒したその時です…。はいっ。』』
俺と須藤さんは、同時にシナリオを読み上げて、かけ声をかけると、それぞれ後ろから背景の後ろの持ち手を持って、前の背景の上に重ねようとしたが…。
ズルッ…!
「きゃっ…!?」
「わっ!危なっ…!」
ドサドサッ!!
背景を早く変えようと焦るあまり、足を滑らした須藤さんを支えようとして、俺は彼女と共に、床に倒れ込んだ。
「いてて…。須藤さん、大丈…!?」
「いたた…。石藤くん、大丈…!?」
胸を打って痛みを感じつつ、起き上がろうとすると、同じように、起き上がろうとしていた須藤さんと至近距離で目が合った。
なんと、俺は須藤さんを押し倒し、のしかかるような格好で、倒れ込んでしまっていた。
「うわっ…!ごめん!!///」
「あっ!う、ううん、わ、私こそごめん!///焦って転んじゃって。」
俺が慌てて離れ、謝ると、須藤さんも急いで謝って来た。
「あっ…。背景大丈夫かな?
あ〜。ここ、取れてる。作り直さなきゃ。」
転ぶと同時に手放してしまい、床に転がっている背景を見に行くと、後ろの持ち手が壊れてしまっていた。
肩を落とす須藤さんに、俺は少し考えながら聞いてみた。
「う〜ん。いっそ、持ち手は取ってしまってもいいんじゃないか?」
「え?」
キョトンとする須藤さんに、俺は更に説明した。
「この背景を今、仮止めしている板から外して、ペラ紙のまま、前の風景の後ろに一緒に止めておいて、背景の変わるタイミングで、上から垂らせば、大掛かりな動きがなくてすむんじゃないか?」
「!!それ、いい!後ろから垂らすだけで一瞬で変えられるもんね。」
俺の提案に、須藤さんは、手をパンと叩いて賛成してくれた。
「うん。須藤さん、香織がヒロイン役だから余計に一生懸命頑張ってくれてるみたいだけど、あんまり無茶しないでいいよ?
他にも、動きでキツイところあったら俺、フォローするから、言ってくれな?」
俺がそう言うと、須藤さんはびっくりしたような顔で目をしばしばさせた。
あれ?俺、変な事言ったかな?
やばい。普段、香織以外の女子とはあまり話した事がなくて、何かやらかしてしまったかもしれない。
内心焦っていた俺だが、須藤さんはすぐに笑顔を見せてくれた。
「あ、う、うん…。ありがとう。石藤くんもあんまり無理しないでね?
香織が白鳥くんとラブシーン演じるの、振りだけとはいえ、本当はいい気持ちしない筈なのに、無理して背中押してくれたんだよね?」
「い、いや…。」
見事に気持ちを言い当てられてしまい、俺が目を白黒させていると、須藤さんは、にっこり笑って言った。
「こんなに優しい彼氏他にいないんだから、石藤くんを大事にしなきゃダメだよって香織に言っとくね?」
「須藤さん…。」
取り柄のない俺をそんな風に言ってくれて、須藤さんはいい人だなぁと感動していると、一瞬彼女は怪訝な表情になり、さっと後ろを振り向いた。
「??どうかしたのか?」
「あ、ううん…。物音がした気がしたんだけど、気のせいだったみたい。
さっ。石藤くんの案でセット作ってみようか。」
「ああ。」
俺は頷き、須藤さんと共に背景のセットを作り直し始めた。
しばらくして、休憩からクラスの皆が帰って来て、演者の人達は、衣装係が作って来た衣装を実際に身に着けて稽古を再開した。
「きゃーっ!香織、綺麗✧✧お姫様みたい!!」
薄く化粧を施した香織は、ピンク色の眠り姫のドレスがとてもよく似合っていて、皆に歓声を上げられていた。
普段から美人の彼女の、更に美しさを引き出された姿に惚れ直す思いだった。
「王子と姫の写真撮るから、白鳥くんと寄って?」
「えっ。」
「いいよ?こんな感じ?」
王子役の衣装を身に着けた白鳥は、香織に寄り添い、ポーズを撮り、皆にスマホで写真を撮られていた。
香織は、戸惑いながらも、嬉しそうな表情を浮かべていて、なんだか俺はモヤモヤしていたところへ…。
「香織、彼氏との写真も撮ってあげるよ。ホラ、石藤くん寄って寄って?」
「ほ、穂乃花…。」
「須藤さん…。」
須藤さんに声をかけられ、戸惑いながら、香織と俺は顔を見合わせた。
「あっ。じゃあ、良二くん。撮ってもらおうか。」
「う、うん…。」
カシャッ!
須藤さんに撮ってもらった画像を見せてもらうと、着飾った香織と俺が並ぶ様子はまるで美女と野獣のようで、全く釣り合っていなかった。そのせいか、画像の中の香織はぎこちない笑みを浮かべていた。
「香織のLI◯Eに送っとくから、あとで石藤くんにも分けてあげてね?」
「う、うん…。ありがとう、穂乃花…。」
「須藤さん、ありがとう。」
須藤さんの心遣いに、俺達は礼を言ったのだった。
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そして、文化祭当日。
複雑な気持ちもあるけれど、裏方として、彼女の晴れ舞台を精一杯盛り上げてあげなければと俺は固く決意していた。
緊張の為か少し腹痛があり、朝食が食べれず、親に心配されるのを大丈夫だと振り切って準備の為いつもより早めに登校した。
学校へ着くと、準備やらリハやらで、忙しさに紛れて腹痛は収まってくれていた。
そして、迎えた本番ー。
大勢の観客の前で、香織も白鳥も、堂々と演技を披露してくれた。
俺と須藤さんは、裏方で、場面毎に背景を忙しく変化させていた。
『王子が倒されたその時です』
「(須藤さん、いくよ!)」
「(うん。石藤くん!)」
パッ!
ナレーションが入った時、茨に覆われたお城が、一瞬にして、元の姿に戻るシーンも無事終わり、これで大道具の仕事がほぼ終了になった俺と須藤さんはホッと息をついた。
その後は、劇の様子を録画中のカメラの映像を、タブレットに飛ばしたものを舞台裏から他の皆と共に見守る事にした。
王子役の白鳥がお城の中に入り、眠り姫役の香織に近付きその美しさに驚いていた。
「なんて綺麗な方だろう…!」
けっ。白鳥め。キザな役が本当に似合う奴だ。
ううっ…。この先のシーンは、あまり見たくないなんだよな…。
そして、白鳥は香織に近付くと、キスをするフリを…。
チュッ。
!!?
皆が静まり返る中、リップ音が小さく響いた。
え?今の本当にキスしていないか…?
「(い、石藤くん…!!)||||」
周りがざわめき、須藤さんが青褪めて、心配そうに俺を見ている。
白鳥にキスをされた香織が驚いたように目を開け、次に恍惚の表情を浮かべ、奴と手を取り合い立ち上がるのを為すすべもなく見守り、そして、観客から、割れんばかりの拍手と歓声が飛ぶのを聞きながら、俺は激しい胸の痛みに耐えていた。




