元カノとのすれ違い
そうだ。銀髪に青い瞳という容貌のあの子は確かに「さくら」という名だった。
「懐かしいなぁ…。君があの時のさくらちゃんか…。」
俺は銀髪美少女=さくらちゃんの顔をしみじみと眺め、感無量だった。
「あの時の安産のお守り、実は今でも持っているんです。」
「ええっ?」
「ホラ!」
驚く俺に、さくらちゃんは、持っていたカバンの持ち手に色褪せた桜色のお守りがぶら下がっているのを見せてくれた。
「わぁ、ホントだ…。」
「本当は神社に納めなければならないのでしょうが、私にとっては宝物になっていたものでしたので…。」
さくらちゃんは、お守りを大事そうに手の平に包みながら、昔を懐かしむような表情をした。
「それから、良二さん、あの時に権田さんにも会っているんですよ?」
「え。」
「ホラ、私を交番に迎えに来た運転手さん、あれが権田さんです。」
「ああ!あの、ガタイのいい黒服の人!」
俺はさくらちゃんに言われて、あの後、血相を変えて交番に飛び込んで来た、鍛え抜かれた長身の男性の姿を思い出した。
「うわぁ…。あの人強そうだったもんな…。俺が昨日君に仕出かしてしまった事を知れば、ケチョンケチョンにされそう…。」
弱い上に、あの頃からかなり痩せて貧弱な体格になってしまった俺は、権田さんの攻撃に為すすべもないだろう。
恐怖に慄いている俺に彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「うふふ…。そんな事されませんよ。権田さんも、お父さんも、あの時私を助けてくれた良二さん達には言葉に表せないぐらい感謝しているんですから。
事情を説明して下さった後、名前も告げずに去って行ってしまった二人の事を本当に素晴らしい若者達だと思い出す度に口にしていました。もちろん私もそうです。」
「いや、そんな、大げさな…!俺達は、たまたまあの場に居合わせただけで…。」
俺が慌てて否定しようとすると、さくらちゃんは、静かに首を振った。
「いいえ。怖い人から逃げている時、大人の方何人かとすれ違いましたが、皆怪訝な顔をするばかりで、声をかけてくれる人はいませんでした。
異変に気付いて、手を差し伸べて下さったのは、良二さん達だけでした。」
「いや、あの時は…。」
あの時、君の異変に気付いたのは、元カノの香織だった。俺は、彼女と一緒にいたから、たまたま君を助ける流れになっただけなんだよ…。
言い淀んだ俺に、さくらちゃんは純真な瞳で語った。
「あの時の良二さんと香織さんはとても優しくて、二人とても仲がよくて、私にとって、目指すべき理想のカップルでした。
ずっとお二人は一緒にいられて、結婚されるものと信じて疑いませんでした。
けれど…。
最近、そうではなかったという事実を知って、大きなショックを受けました…。」
そう言って俺を心配そうにチロリと見遣り、目を伏せた彼女に、俺は苦笑いして頷いた。
「ああ。君の夢を壊してしまってすまないが、香織とは、あの後、3ヶ月もしない内に別れたんだ…。」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
久々に放課後一緒に帰れ、寄ったコンビニのイートインスペースで、俺と香織はお互い紅茶とコーヒーを飲みながら、疲れた顔を見合わせた。
「良二くんと最近、全然ゆっくり会えないね…。」
「まぁ、劇の練習で忙しいからな。文化祭の終わるまでの辛抱だよ。」
不満そうな声を漏らした香織に俺も同じ思いだったが、わざと何でもないような声を出した。
「うん…。引き受けては見たけど、ヒロイン役ってやっぱり大変。セリフのない時も、お客さんから見て、おかしくない動きをしていなきゃいけないんだよね。白鳥くんが色々教えてくれるから、助かってるけど…。」
俺は、白鳥の名が出た時、ピクッと眉を顰めたが、すぐに取り繕って笑顔を浮かべた。
「そ、そうか…。大変だけど、頼れる奴がいてよかったな。大道具も頑張ってるぞ?須藤さん、『香織のドレスの色がよく映えるような背景にしたい』って言って、衣装係にまで声掛けて、背景の色を決めてるんだよ。友達想いで本当にすごい奴だよな?」
「へ、へぇ…。穂乃花そこまでやってくれてるんだ。有難いな…。えへへ…。」
香織は、疲れの為か、ぎこちなく微笑んだ。
「文化祭終わったら、良二くんとデートしたいなぁ…。」
「ああ。どこ行きたいか、考えておいて?」
「うん。あっ、でも…。良二くんの行きたいところでいいよ?」
「えっ?」
デートの行き先は大抵香織の行きたいところへ行っていたのだが、珍しく俺の行きたいところと言われ、目を丸くしたのを覚えている。
2週間前、文化祭の出し物をクラスで、話し合い、劇「眠り姫」をやる事になったのだが、香織とクラスのイケメン、白鳥慶一が、ヒロイン、王子役に推薦された。
美人ながらも、ハッキリした物言いの香織は、今まで、こうした出し物で、王子様役をした事はあってもお姫様役に選ばれる事はなかったらしい。
だから、選ばれた事にすごく驚いたし、俺がいるのに、劇の上とはいえ、他の男子とラブシーンを演じる事に抵抗があったらしい。
断ろうかどうしようか、相談をされた時、正直、俺は劇の上でも、香織が他の男子とラブシーンを演じるところなんて見たくないなと思った。
けど…。
彼女の表情で、俺は分かってしまった。
香織が、本当はその劇の主役をすごくやりたがっていて、俺に許可を出して欲しいと思っているという事に…。
彼女が、その日ドーナツを食べたい気分なのか、パンケーキを食べたい気分なのか、未だにちっとも分からないというのに、こういう事はすぐに分かってしまうのは、何故なんだろう。
心中は穏やかでなかったが、俺は笑顔で彼女の背中を押した。
「劇の上の事なんだから、俺は嫉妬なんかしないよ。香織にやりたい気持ちが少しでもあるなら、チャレンジしてみなよ。」
「いいの?良二くん。ありがとう…。私、頑張るね!」
香織は、顔を輝かせて喜んでいた。
複雑な心中ではあったが、香織がヒロインとして輝けるよう、自分は劇の裏方に徹する事にしようと決意した。
その後、大柄の体を見込まれ大道具係になっていた俺は、同じ係で香織の親友、須藤穂乃花さんと協力して城や茨の道などの背景を作っていった。
と言っても、絵の下手な俺は、須藤さんの下書きと指示に従って、輪郭をなぞっていったり、色を塗ったりするだけだったが…。
配役の担当の人は、俺達以上に忙しそうで、昼休みも放課後もずっと、演技の練習をしていた。
特にヒロインの香織は大変そうで、中学で演劇部だったという王子役の白鳥に、演技について色々教わっているようだった。
二人が談笑しているところは、美男美女でとても絵になり、俺は胸の奥がモヤモヤするのを無理に抑え込んでいた。




