記憶の中の銀髪少女
12年経った今でも、その子と逢った時の事は、とても印象深くて、昨日の事のように思い出せる。
その時は、高校入ってから出来た初カノの瀬川香織と付き合ってからちょうど一年経つ頃で、交際も順調だった。
美人でしっかり者で快活で、クラスでも人気者の彼女に告白され、優柔不断な俺がリードされるようにして始まった交際だったけど、
時折見せる彼女の弱さを守ってあげたいと俺に出来る事は全てやり、絆を育んで来た。
「関係をゆっくり進めたい」という彼女の要望で、まだキスまでしかいっていなかったけど、お互いの家を行き来し、家族公認の仲になっていて、彼女とずっと一緒にいるものと信じて疑わなかった。
「良二くん、帰りどっか寄ろうよ?」
「おう。いいね。香織はどこ行きたい?」
その日も、学校からの帰り道、香織に放課後デートに誘われた俺は二つ返事でOKして行き先の希望を聞くと、彼女は、自分の顔を指差して、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふふ…。この顔を見て当ててみて?」
「ええ〜?香織のそのクイズ、難しいんだよな?
うーん…。カラオケ…かな?」
「違いまーす!今日はカラオケの気分じゃありません!」
俺は額に手を当てて考え答えたが、即座に否定されてしまった。
「うーん…それじゃあ…。」
と、俺が答えを捻り出そうとした時…。
「あっ…。」
隣にいた香織が何かを見て、小さく声を上げた。
「…?」
俺が彼女が見ている方向へ目を向けてみると、住宅街の道沿いに、ランドセルを背負った小学生低学年くらいの女の子が視界に入った。
陽の光にキラキラ光る銀色の髪を靡かせて、時折後ろを振り返りながら、こちらに向かって走って来るその女の子の姿を見て、俺は目を丸くした。
「銀髪の子とは珍しいな…!」
「それも気になるけど、あの子、ちょっと様子が変じゃない?」
香織の言葉に、その子をもう一度よく見てみると、何かに怯えた表情で必死の様子で走っていて、確かに様子がおかしかった。
「ちょっと、声をかけてみるか…。」
「え。あ、ちょっと、良二くん、待っ…!」
香織に慌てて声を止めようとしているのも気付かず、俺はちょうど俺達のところまで走って来た銀髪の女の子の前にずいっと進み出た。
「ねえ。君…!」
「きゃあああーーっ!!||||||||」
銀髪の女の子は、俺を見て飛び退り、大きな悲鳴を上げた。
「良二くんのバカッ!余計怖がらせてどうすんの!!」
「ご、ごめん。」
香織にも噛みつかれ、俺は慌てて銀髪の女の子に謝った。
特にスポーツをやっていたわけではないが、俺は身長はそこそこ高く、結構体格の良い方だった。
いきなり塗り壁のように大きな男子高校生に行く手を阻まれたら、女の子が驚くのも、当然だよな。
俺が反省して、頭を掻いていると、香織が女の子の近くに寄り、優しく話しかけに行った。
「ごめんね。私の彼氏が、驚かせてしまって。でも、悪気はないんだ。
あなたの様子がちょっとおかしかったから、気になって、声をかけただけなの。
何か困ってるなら、手伝える事あるかな?」
「…!!」
香織の言葉に、銀髪の少女は、綺麗な青い目を大きく見開くと、どもりながらも、堰を切ったように話し出した。
「わ、わたし、へ、変な男の人にさっきから後を追いかけられて…。こ、怖くて逃げていたんです…。」
「「!!」」
俺と香織は、驚いて顔を見合わせた。
やはり、その女の子は、危機的な状況に陥っていたらしい。
女の子の後方を確認したが、今のところストーカーらしい人物は見当たらなかった。
「それは、怖い思いをしたね?」
香織が女の子を労るような声をかけると、その子は、涙目になり、彼女の腕に縋った。
「わ、私としばらく一緒にいてもらえませんか…?」
恐怖に震えている女の子の頼みをもちろん無下になどなど出来ず、俺達は同時に頷いた。
「ああ。もちろんいいよ。」
「いいよ。お姉さん達と一緒に行こうか。」
そして、香織とその銀髪の女の子が手を繋ぎ、俺がその少し後ろを歩き始めてしばらくしてから、後方に視線を感じて振り向くとー。
暗い色彩の服の痩せた男が、電信柱の陰に隠れて、こちらの様子を窺っていた。
「あ、あの…。さっき追いかけて来た人、後ろにいます…。||||」
「えっ。||||」
女の子も気付いたのか、震え声で伝えて来たて、香織もさっと青ざめた。
後ろで、女の子の方をジトッとした目つきで見ているそいつがストーカーで間違いないらしい。
微妙に焦点の合わない男の目は、どこか異常で、もしかしたら、クスリとかやっている奴かもしれない。
俺は緊張に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、香織と女の子に、小声で伝えた。
「(ちょっと俺行って来るよ。いざという時は、二人すぐに逃げて。)」
「え。りょ、良二くんっ…!」
「お、お兄…さ…!」
青褪める二人を置いて俺はストーカーの近くまで行き、声をかけた。
「おい…。」
「…!!」
体格で勝る俺に、威圧的に声をかけられ、奴は驚いたようにビクッと肩を揺らした。
「あんた、あの銀髪の女の子の知り合いか何かか?」
「あ、あ…う…。あ…。」
男は、目をキョドキョドさせて、碌に喋ることも出来ないようだった。
視線を避けようとする奴に顔を近付け、無理矢理目を合わせ俺は、奴に凄んだ。
「違うんなら、怖がってるんで、あの子つけ回すのやめてくんねーか?
じゃねーと、俺もあんたを怖がらせる事になんぜ…?
言っとくけど、俺、空手やってるからな?」
「あひゃぁっ…!!|||||||| ぼく、悪くなっ…。あああぁっ…!だれか、助けれぇっ……!」
正拳突きの構えを見せる俺に、ビビった奴は悲鳴を上げながらスタコラとどこかへ去って行った。
「い、行ったか…。」
ほうっと安堵の息をつき、その場に膝をついた俺の元に香織と銀髪の女の子が駆け寄って来た。
「りょ、良二くん大丈夫っ?」
「お、お兄さんっ。」
「ああ。ちょっと脱力しただけ。俺は無傷だから大丈夫だよ。」
香織達の手前、何でもない顔をしたが、実は心臓バクバクで、膝も手も震えていた。
はー、怖かった。
ナイフでも持ってたらどうしようかと思った。
「良二くんすごいっ!空手やって実は強かったんだね?」
「す、すごい…ですっ…。」
尊敬の目で見てくる香織と女の子に、俺は苦笑いを浮かべた。
「い、いや…。ソレ、ハッタリで…。
空手やってたのは、小学生低学年の頃で、瓦一枚も割れないうちに辞めちゃったから、実はあんまり強くないんだ。」
「ええーっ。そうなの?全く無茶するんだから。でも、良二くん、守ってくれてありがとうね。」
「お兄さん…。無茶させてごめんなさい…。あり…がと…。」
カッコつかない俺に呆れさせ、すまながらせてしまったが香織と、女の子にお礼を言われ、自分の役割を果たせた事にホッとしていた。
それから、駅前までの道を香織が女の子に優しく話しかけながら和やかに過ごした。
その会話を主に俺は聞いているだけだったが、大体の事情は分かった。
その銀髪の女の子は、名門の桔梗小学校に通うさくらちゃんという子で、
いつもは、家の人に車で送り迎えしてもらっていたが、今日は、急な車の故障で、家の人が代わりのタクシーを呼んでくれている間に、好奇心から学校を飛び出し、徒歩で帰って来たのだという。
そしてその途中で、ストーカーに追いかけられ、怖い思いをしてしまったという事だった。
「運転手さんには心配かけて、悪い事しちゃった…。本当の事、言ったら、私も運転手さんも、お父さんに怒られちゃう…。」
駅前の交番に着いたとき、女の子は、俯いて被害を報告するのを躊躇っているようだったが、香織がうまく言ってくれた。
「悪いのは、ストーカーした人だよ。
お父さんも、運転手さんも、さくらちゃんが本当の事を言わない方が辛い思いをすると思うよ?
私達もちゃんと立ち会ってあげるから。ねっ?」
「は、はい…。お姉さん、分かりました。ありがとう…。」
というわけで、俺達は、交番でストーカーの被害を報告し、お家の人がくるまで付き添う事になった。
お家の人を待っている間、不安そうにしているさくらちゃんに、俺も何か出来る事はないかと考え、そう言えば先週、香織とフラッと寄った神社で、お守りを買った事を思い出した。
「さくらちゃん。このお守り、よかったら、あげるよ。」
「え…?えと…。//」
白い小さな紙の袋に包まれたそれを差し出すと、さくらちゃんは、躊躇いながら受け取った。
そして、彼女は紙の袋から、桜の花びらが描かれたピンク色のお守りを取り出すと、目を輝かせた。
「わあ…!かわいい…✧✧」
「それ、全てが上手くいくお守りらしいよ?よかったら、さくらちゃんが持ってて?」
「お兄さん、ありがとう…。」
「いえいえ。」
最初は俺を怖がっていたさくらちゃんとの間に和やかな空気が流れたところで、香織は怪訝な顔をした。
「ん?そのピンクのお守り…、もしかして、この間一緒に行った神社で買ったの?」
「あ、うん。そうだけど…?」
香織が従姉妹のお姉さんに、お守りやら、グッズやらプレゼントするといって、あれこれ買い物に夢中になっている間に俺も一つだけ買ったものだったが、香織は、呆れた顔でお守りを指差した。
「良二くん!それ、安産のお守りだよ?」
「へっ?」
「??」
「あの神社の神様、安産祈願のご利益があるので、有名なんだよ?知らなかった?」
「え。そうだったのか?」
香織に連れられて、社務所の終了間際に駆け込んで少し寄っただけだったから、どんな内容の神様か、知らなかった。
俺は、さくらちゃんに慌てて謝った。
「ご、ごめん。さくらちゃん。安全祈願のお守りかと思って違う目的のお守り買ってしまったみたいだ。
返してもらっていい?」
まだ小学生の女の子に、安産祈願のお守りを渡すなんて、セクハラ行為とみなされかねない事をしてしまった。
俺はさくらちゃんの前に手を出して、お守りを回収しようとしたが、彼女はふるふると首を振った。
「これ、可愛いから持ってたいです。お兄さんがいるんじゃなかったら、目的が違ってもいいので、もらえませんか?」
お守りを大事そうに握り締め、満開の桜のような笑顔を浮かべるさくらちゃんに、とてもそれ以上は言えず、俺はただ頭を掻いた。
「ええっと…。いい…のかな…。」
「良二くん…。(もしかして、ロリコンのスケコマシ野郎なの…?)」
何故か、その後しばらく香織に冷えた視線を向けられ、いたたまれなかった俺だった。
✽あとがき✽
いつも作品を読んで下さりありがとうございます!
他作品ですが、「8回目の嘘コク」誕生日編のおまけ話を以下のように投稿する予定です。
今日3/25(火)〜3/28(金)
12:00 おまけ話・誕生日編 毎日投稿
ご興味ある方はこちらもお願いします。
今後とも各作品どうかよろしくお願いしますm(_ _)m




